第32話 夜明け前
夜明け前、10月中旬の奥秩父。この時間は気温低く、東の空は既に白み始めているものの、森の中はまだまだ暗い。ここまでの移動によって高くなった体温は、着衣の夜露と汗の湿り気を蒸発させ、ここいる誰もがもうもうと白い湯気を上げている。
すると、前方からこちらに音も無く気配が二つ。先行して偵察に出ていたラミッドとミアだ。
「兄貴、正面の山の中腹に猿どもがいたぞ。」
「数にして30体くらいです。周囲に他の群れの気配はありませんでした。」
ミアは夜目が利く猫科の獣人なので、こうした任務が得意だ。今回の長距離偵察でも率先してこうした斥候に志願したくれた。ラミッドはミアの護衛だ。
「二人ともご苦労さん。よくやってくれたな。少し休んでいてくれ。」
「わかった。」
「はい、有難うございます。」
俺が二人の働きを褒めて労うと、ミアは嬉しそうに微笑み、ラミッドは言葉少なく頷いたものの、まんざらでもない感じでテレていた。
彼等をアラクネから助けてから、もう一年以上になる。ラミッド(アミッドもだが)は随分と体が大きく成長している。俺が虎兄弟に徒手格闘術、剣術を鍛え、魔法を教え、今では俺達のパーティでも立派な戦力となっている。だが、まだまだこういう所に子供らしさがあって可愛いものだ。
ミアも身長が伸びて、しなやかな身体の猫系美少女に成長している。
俺が指示を出す前に、サキが二人に温かいミルクティーが入った水筒を手渡した。サキは頭が良く、とても気の利く女の子だ。俺の行動の先を考え、適切な対応をしてくれている。今では俺の副官というか、秘書という感じで、一緒に行動する事が多くなっている。彼女もこの一年余りで身長も伸び、美少女感に磨きがかかっている。
今、俺達のパーティは、最近になり害獣出現特別封鎖地区(害特封地)に現れ、害特封地内の国防軍や中央省庁の出先機関などに被害をもたらしている新種の魔物「翼猿」の調査と殲滅に向かっているところなのだ。
この翼猿は、読んで字の如く背中に二枚の翼が生えた猿の魔物で、身長は160㎝くらい。全身は茶褐色の剛毛で覆われ、猿だけに知能はそこそこ高く、動きもなかなか素早い。しかも、翼によって飛翔して上空から投石したり、槍を投げたりと、なかなか厄介なのだ。満峰神社にも一度襲来して、撃退している。
そんな翼猿の他の魔物と連携した、執拗な空と陸からの襲撃に業を煮やした国防軍の秩父地方特別派遣任務部隊司令部から依頼され、俺達のパーティは、翼猿の調査(突き止めた群れの生息地に電波を発信するマーカーを仕込む)を行なっている。
因みに、エーリカ達を拉致しようとした勢力は、事態を重く見た政府と国防軍上層部によって摘発され壊滅したとされている(俺は信じちゃいないが)。後日、正式に国防大臣からの謝罪(もちろん直接ではない)があり、俺達とは和解している。現在は、いろいろと紆余曲折有りつつも協力関係にあり、こうして様々な依頼を受けたり、俺達も物資を送ってもらったりしている。
俺は今回の長距離偵察に参加した全員を集めた。自分も含めて総勢20名。
「猿の巣探しも、取り敢えずこれが最後だ。この群れは満峰山にも近く、比較的個体数も少ない。こいつらは俺達で殲滅する。両側から挟み撃ちだ。右からはガーライルの隊、左からはアーニャの隊で頼む。」
「了解です。」
「わかったわ。」
ガーライルは狼の獣人、アーニャは猫の獣人だ。ガーライルは20歳くらいで、アーニャは18歳くらい。彼等が率いる隊には他の獣人も混在していて、皆、この一年の間に異世界からこの世界に転移して来ていて、俺達が保護して仲間になった。
初めは、異世界のヒト族の下になんか付けるかニャ!とかなるかと危惧したが、一部を除いてそんな事は無く、すぐに仲間になってくれた。最初に遭遇した狼獣人のガーライルによれば、獣人族には、より強い者に従い、惹かれる習いがあって、彼等は俺の実力と二柱の神の加護を感じ取ったため、すぐに従って仲間になったのだという。また、俺達がサキ達を保護して仲間にしていた事も好印象だったそうだ。
俺は作戦の内容と戦闘の手順を皆に説明する。
「まず俺が上空に魔法で雷の網をかけて、奴らが飛べないようにする。そして左右から挟撃だ。稲妻が見えたら戦闘開始とする。こいつらは満峰山のみんなの脅威になるから一匹たりとも逃すな。何か質問は?」
エーリカによると、この翼猿は兎に角しつこいらしいのだ。一匹でも残すといつまでも恨みを抱いて思わぬところ、思わぬ時に報復してくるという。
俺は全員を見回す。皆俺をじっと見つめるのみ。そっ、そんなに見ないでくれよな。
「質問は無いみたいよ。」
エーリカが皆を代表してそう答えた。
「よし、かかれ。」
左右両分隊は、ガーライルとアーニャとにそれぞれ率いられて散って行った。続いて俺が率いる分隊も前に進む。
俺が率いる分隊は、俺、エーリカ、ラミッド、アミッド、サキ、ミアの6人。エーリカは俺と共にあるのが当然ですけど?という感じ一緒にいる。サキも俺の世話は私がします!という感じで同様。虎兄弟の二人は「「俺達、兄貴と共に戦うぜ!」」。そして、ミアはラミッドといい仲になっていたりする。皆、気付かない振りをしているが。
東の空は先程よりも、やや明るさを増している。俺が大気中の魔素を吸収して魔力に変換したところ、二体の翼猿がこちらに向かって歩き出した。あまりこちらに近づくと臭いで気付かれる恐れがある。
" ここは私の腕の見せどころね "
エーリカから念話が伝わってきた。エーリカが弓で仕留めてくれるという訳だ。
" 頼む "
".任せて "
エーリカは腰の矢筒から二本の矢を掴み出すと、二本とも弓に番え、
「風の精霊よ、我が矢に汝の力を与え給え。」
呪文を唱えて弦をを引き絞り、二体の翼猿を狙い放った。
二本の矢は風の精霊の加護により音も無く、高速で進む。次の瞬間、二体の翼猿はその喉を貫かれ、声も出せずに絶命した。
" お見事 "
" まあ、こんなものよ "
俺は間を置かず、翼猿の群れの上空に魔法で雷を走らせた。そして、その雷鳴に驚いた翼猿の群れは、突然の事態に右往左往し、嬉々としてグルカナイフを構えて飛び込んだ虎兄弟に討ち取られていった。
同時に群れの左右からも翼猿の悲鳴が上がり、ガーライルとアーニャの分隊が手筈通りに挟撃している事が窺えた。
エーリカはその間も矢を放ち続け、既に先程の二体を含め五体の翼猿を仕留めていた。俺は以前にエーリカから「一人で前に出て戦うのではなく、リーダーとして戦いの指揮を執れ」と指摘されて依頼、戦闘指摘に徹している。初めはぎこちなく、仲間が増える毎に指揮も複雑さを増して難しくなったが、朝倉少尉からレクチャーを受け、場数をこなす毎に、徐々にではあったが様になっていった、と思っている。
と、一体の翼猿が上空に飛び出した。俺は待ってましたとばかりに雷を直撃させ、感電死した翼猿はそのまま落下していった。
身体強化に伴って聴覚も強化されている。耳を澄ますと何も聞こえず、戦闘は既に終わったようだった。
虎兄弟も戻り、ガーライルとアーニャの分隊も俺の元に戻って来た。
「大将、猿は皆殺しにしました。俺の分隊に死傷者はありません。」
「リュータ、こっちも討ち漏らしは無し。あたしの隊も皆無事よ。」
因みに、仲間になったエルム大森林からの転移者達は、俺の事を「大将」と呼ぶ。まあ、ガーライルが呼び始めたのだが。
よし、敵を全滅させ、味方に犠牲に無し、素晴らしい戦果だ。既に陽は昇り、辺りは随分と明るくなっていた。皆を見渡すと、戦いによる興奮感と
とやり遂げた満足感に上気した表情をしている。
「みんな、素晴らしい戦い振りだった。良くやってくれた。満峰山に帰るぞ!」
「「おおー!」」
その後、皆が帰り支度をしている間、目に見える範囲で翼猿の死骸を焼却し、俺達は帰途に就いた。
「兄ちゃん、この曲がった短剣、なかなかいいな?」
「ああ、最初は何だこれと思ったけどな。」
俺の後ろを歩く虎兄弟の会話が聞こえてくる。グルカナイフは山林での戦闘に向いてると思い、俺が陸軍と掛け合って援助物資に含めてもらったものだ。この世界では今では剣だの、槍だのは入手困難だからね。
任務が終わって少し浮ついた雰囲気が流れている。あまり良くはない傾向だが、まあ、多少はしょうがない。無事に帰るまでが長距離偵察なのだが。
今回は距離も期間も長く、途中何度も魔物との遭遇戦もあった。しかし、皆よく耐え、よく戦い、今回の任務を完遂に成し遂げたのだ。ここで気を抜くなと叱責するほど俺も野暮じゃないつもりだ。
俺は自分が最大限に周囲の警戒をしつつ、次の小休止で皆の気持ちの切り替えをさせようと思った。
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