第203話 グレートエスケープ 炎立つ
クィーンズスクエアで統治機構から迎えに来ていたエージェントと接触し、車寄せに来ていた黒い国産ワンボックス車に俺達は乗るように促される。
「ちょっと待ってくれ、飲み物とか菓子とか買わないと」
その30代と思しき男のエージェントはニコリともせず「ご心配無く」と応じた。
「必要と思い既に購入してあります。雑誌や小説もあります」
そこまで気を配って貰って有難い。
ワンボックス車が第三京浜に差し掛かる頃。エーリカ達は早くもウトウト舟を漕ぎ始め、話し相手もいない俺は退屈を持て余す。そう言えば今は助手席に座るエージェントが雑誌や小説も買ってくれていたんだっけか。
そう言えば暫く小説を読む暇も無かったなと、俺は一冊の小説を手に取ってみた。表紙は書店員さんにより紙のブックカバーが被せてあり題名はわからない。
元より乱読である俺は特に気にせず表紙をめくる。その題名は『女教師・教え子と内緒の同棲』って、官能小説じゃねぇか!一応三冊あるうちの他の二冊の表紙もめくると、『女教師・屈辱の教鞭』『監禁・女教師は逃げられない』。
三冊とも全部官能小説かよ!しかも女教師のばかりとか、どんだけ女教師好きなんだよ、この人は。思わず助手席に目をやると件のエージェントが振り向いていた。そして小説を手にしている俺を見るとニヤリと口元を歪ませ、イイネとばかりに親指を立てる。いや、違うから、俺はあんたと同好の士じゃないからな。
俺達を乗せた統治機構差し周りのワンボックス車は第三京浜から環状8号線を経て関越自動車道へ、そして花園ICで国道140号線に降りて一路秩父の地を目指した。
〜・〜・〜
昼過ぎに横浜を出発した俺達が害獣特別封鎖地区(害特封地)の入口に当たる巨大で頑強な門を潜る頃には夕方になっていた。
害特封地内に入れば国防陸軍の秩父特別駐屯地で最悪拘束されるかと思いきや、そのままヘリに乗るよう促された。
これが国側のどういう意図によるものかわかりかねる。だが今は早く真琴達に会いたいのでそのまま乗る事に。
駐屯地の飛行場から飛び立ったヘリは西の山の端にオレンジ色の残光と空を覆う群青の中を満峰山を目指し飛ぶ。そして秩父盆地の端から奥秩父上空へと差し掛かると、眼下の暗い山々の其処彼処から大きく燃え上がる火柱が立っている。
そこは異世界から北の大精霊によりこの世界へ転移されて来たアースラ諸族連合の人々が居住する地だ。
「見て、あの火柱。フランメル祭りの火よ!」
フランメル祭りとは、異世界はアースラ大陸のエルム大森林で冬至に行われる祭りだ。その祭りでは太陽神と森の神ウッダと北の大精霊に今年の恵みを感謝して来年の恵みを願う。それと共に冬至の弱った太陽に力を与えるべく一年で最も長い夜を一晩中炎を燃やし新たな太陽を迎えるのだという。
エーリカ によれば、この世界の冬至には祭りの準備が間に合わず、今年はクリスマスに合わせる事になったのだとか。
「とても綺麗ですね」
フレデリカも窓に顔を寄せて眼下の炎に魅入っている。
「リュータ、どう?」
「あぁ、綺麗だな。エーリカ 、実行委員会で頑張ってたもんな」
「うん。でもね、私が頑張ったのはね、リュータと一緒にフランメル祭りの火柱を見たかったからなんだ」
くぅ、恥ずかしそうに頬染めて、何て可愛い事を言うかな。
「エーリカ姉様、弟の前でデレるのはちょっと」
おっと、まさかのビクトルから突っ込みだ。
「何よ、言うようになったわね。ちょっと前まで姉様姉様だったくせに」
そうそう、その姉様好きが大事件を起こしたんだからな。言わないけど。
俺とフレデリカが目の前で繰り広げられる姉弟喧嘩に顔を見合わせて苦笑している間にも、ヘリは満峰山の上空に至っていた。
〜・〜・〜
満峰山に戻った俺達を待っていたのは、意外な事にそれまでと変わらない日常だった。
確かに斉藤には「やり過ぎだろ!」と怒られた。真琴と舞は脱走旅行を仕方の無い事と大目に見てくれたが、サキとアーニャとユリィからは責められたし拗ねられた。まぁその分の埋め合わせを目一杯すると約束して許して貰えはしたが。
俺が横田基地の破壊や米軍人の殺害なんかで起訴されたり、何かしらの罪に問われる事も無かった。
要するに、アメリカ政府のエージェントによるエーリカとビクトルの拉致誘拐事件、それに続く二人の奪還に伴う米空軍横田基地の破壊や人員の殺傷、それら全てが無かった事になっていたのだ。
勿論、横田基地が破壊された云々という事実は消えようがない。だからあれは俺が破壊したのではなく、基地内の火災が燃料タンクに引火して爆発した"事故"という事になっていた。
ではCIAのエージェントであったドッドを送り込むために仕組まれた魔法研修はどうなったのかというと、「そんな研修は存在しない」のだそうだ。となると1年間眠りから醒めないトッドはアメリカ側が回収してどういう扱いなのか知らないが、フレデリカとオスカーは「そんな研修は存在しないので、そんな人物も存在しない」となっていた。
アメリカ側はエーリカとビクトルの拉致誘拐を認めず、従って謝罪も無い。飽くまでも否定して無かった事にする。それに日本側も同調した形だ。
「私という人物はアメリカに存在してないんですか」
「俺は元からアメリカにいない存在だと?」
フレデリカとオスカーは祖国から自分達の存在を否定されてそう呟いた。自分達の全く預かり知らぬ所で陰謀を計画し、勝手に巻き込んでおいて失敗したら知らぬ存ぜぬ、挙句の果てにお前らなんか元から居ないから、なんて言われたら怒り心頭だろう。
「という事は、私このままここに居ていいんですよね?リュータ教官と一緒に居られるんですよね!」
「俺なんかいないって言うような国ならこっちから捨ててやる。それで雪枝とも一緒に居られるしな」
ショックを受けているとか激怒しているかと思いきや、二人とも案外と前向きに捉えているようで良かった。俺もフレデリカと一緒に居られるので良かったかな。
ん?ちょっと待ってくれ。何やら聞き捨てならないワードを聞いたような?
「黙っていてごめん、お兄ちゃん。私、オスカーと付き合ってるんだ」
な、何だって!聞いてないぞ、そんな事。
俺の頸部がギギギと音を立てて動きオスカーを捉えると、必殺の眼光を奴に放つ。オスカーは俺の殺気を真正面から受けると怯みながらも「す、すまないリュータ」と辛うじて声を絞り出した。
「怒らないでよお兄ちゃん。オスカーから告白されて付き合い始めたのはつい最近なの。お兄ちゃん、何かと忙しそうだったし、なかなか言い出せなくて」
まぁ確かにずっと異世界だったし、帰ってからもバタバタして、エーリカとビクトルの拉致誘拐があって満峰を離れていたしな。雪枝とゆっくり過ごす時間が無かった。
「竜太、雪枝ちゃんはもう大人なんだから恋愛の一つや二つくらいするわよ」
「そうですよ先輩。妹の雪枝ちゃんが大切なのはわかりますけど、妹の恋愛にお兄さんが口出しするもんじゃないですよ」
「それにリュータには恋人が6人もいるんですから説得力ありません!」
「リュータ、オスカーはいい奴じゃないの。それは知ってるでしょ?」
みんなから雪枝とオスカーの付き合いを認めるよう説得(説教?)された。しかし、これはアレだな。
「もしかして、みんな知ってた?」
俺がそう尋ねると、一斉に目を逸らす恋人達。知っていたんだな。
「…リュータ、確かに私達は雪枝から相談を受けていた。雪枝もオスカーも互いに真剣に想い合ってる。ここは素直に祝福すべきじゃない?」
いや、俺は別に二人の交際に反対している訳じゃないんだよ。急な話なのと、まだ子供だと思っていた妹がもう大人と言って良い年頃になっていた事に改めて気付き驚いたのだ。
「そうだな。アーニャ」
「…うん」
俺は納得、したくはなかったが納得。確かにオスカーの為人は良く知っている。さっぱりしたいい奴で、明るく優しく誠実でイケメンだ。
俺はオスカーの肩をちょっと力を込めて掴むと、「妹を頼む。泣かしやがったらタダじゃおかないぞ!」という娘を嫁に出す父親が馬の骨に投げつけるスタンダードな台詞をぶつけた。
そしてオスカーが「任せて下さい、オニイサン」なんて抜かしやがったから、そのまま一本背負いを決めてやった。
〜・〜・〜
今回の騒動はこんな感じでオチが着いて終わった。結局、事件は日米双方の思惑から無かった事で一致し、その通りに処理された。俺には何のお咎めも無く、フレデリカとオスカーは祖国から居ない人物とされ、このまま無国籍として日本政府から永住許可と出所の怪しい見舞金(かなりな大金とだけ)が二人に出たりもした。
事件は半ばそうして有耶無耶にされたが、政府からは非公式ながら謝罪があった。しかし、その場で国内にいる対米協力者への処罰について言及はなかった。もうあまり突っついて再び大事になるのは望ましくなかったので俺もそれ以上追及しなかったが、これで二度目で腹立たしい。二度ある事は三度あると言うから釘だけは刺しておいた。
「そいつら全員に呪いをかけてやったからな」
そう呟くと、聞こえていたのか謝罪に来ていた政府要人と官僚達は青褪めた表情になっていたな。
これは後で聞いた話だが、この呟きがその後その筋に回りに回り、身に覚えのある連中が退職して行方不明になったりしたそうな。
それから山本少尉の事だ。トッドに魅了で操られた彼女は意識が回復すると、その間の出来事を全く憶えていない事が判明した。これは彼女に裏切りという罪の意識を与えない為にトッドが意図的にしたのかもしれない。
しかし、本人は憶えていないとはいえ、魅了で操らていたのは事実だから彼女は研修終了後も原隊復帰ならず、特別駐屯地司令部付きという曖昧な辞令を受けて駐屯地勤務をしている。
そして何と今では狼村のガーライルと良い仲になっているのだ。事件後、満峰山で軟禁されていた時に塞ぎがちだった山本少尉をガーライルが励ましたのがきっかけだとか。でも俺は知っている。実は山本少尉はケモナーな事を、特に犬科の。前に密かにうっとり狼獣人男子を見ていたから、俺はアリだと思うな。
あと忘れちゃいけないのが武田少尉と戦兎族のケリィのカップルだ。武田少尉は異世界まで行き、しかも今回の事件の全貌を知る立場なので山本少尉同様に特別駐屯地司令部付きとなって原隊復帰とはならなかった。尤も、武田少尉本人は恋人のケリィと離れなくて済み喜んでいたから本人的にもそれで良かったのだろう。
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満峰神社に戻ったとはいえ、どうもゆっくりはしていられないようだ。
横浜のクイーンズスクエアで舞から知らされていたが、エーリカとビクトル奪還で俺が不在だった間に狼の女神様から神託があったという。なんでも俺に戻ったら顔出せ的な内容だったそうなのだ。なので神社の本殿に向かわなくてはならない。これは俺だけではなくエーリカ、真琴、舞、サキ、アーニャ、ユリィと雪枝、それに何故かオスカーまでがご指名なのだ。
さて、今度は行手に何が待ち受けているのやら。
いつも『魔法修行者の救国戦記』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




