第189話 裏切へのカウントダウン
⭐︎トッド視点
俺がCIAからの特命を受けて日本へ派遣されてから早くも半年が過ぎ季節は冬、12月の声を聞こうとしていた。
毎年、この時期は故郷のボストンで家族や友人達、時には恋人とクリスマス気分に浸って楽しいものだったが、今年は日本のこんな山奥にいてクリスマスどころじゃない。
俺の周りには日本人と異世界から来た人だか獣だかわからない連中ばかりだ。こんな奴らじゃクリスマスもクソも無い。あぁ、ローストチキンが食べたい。
ステイツからこの魔法研修に一緒に来た2人は俺と違ってすっかりこの状況や環境に馴染んでいる。それぞれ意中の相手がいるようだ。海兵隊のオスカーはどうもリュータの妹にご執心なようで、しきりにモーションをかけている。その成果はまだ実っていないようだが。フレデリカに至ってはもう既にリュータの恋人の一人になっている。寝たかどうかはわからんが、あの感じだとまだだろうな。
しかし、この2人。この研修が終わったら一体どうするつもりなのでだろうかと俺は呆れてしまう。政府の命令で研修に来ている以上、研修が終われば国に帰らなければならないだろうに。まぁ、2人がどうしようが俺には関係ない事だ。俺には俺の都合と任務があるからな。
〜・〜・〜
異世界からこの世界に魔物が送り込まれている事は既にこの世界共通の認識となりつつある。しかし、日本人だけならまだしも、この俺までその異世界に飛ばされるとは思わなかった。
異世界ではゾンビに吸血鬼、魔物に魔族、竜までがいて驚愕する事ばかりだった。リュータがいなかったら俺はこうして再びこの世界に戻って来る事は出来なかっただろう。
そう、リュータ。あいつは凄まじいばかりの魔力を持ち、どうやら色々と秘密がありそうだが、その能力と戦闘力は先進国の一軍を相手取っても引けを取らないくらいだ。
俺の任務は、そのリュータの元から奴の恋人の一人であるエルフの女を拉致し、祖国に連れ帰る事となる。
拉致の対象となるのはリュータの恋人であるエーリカとその妹のユーリカだ。姉であれ、妹であれ、かなり困難な任務である事に変わりは無い。
リュータの凄まじい戦闘力は異世界で見ているし、奴の相棒とも言える友人のサイトウもリュータほどではないが、侮って良い相手では無い。
そもそも拉致対象であるエルフ姉妹からして、一流の魔法使いであり、武器を取っても一流の使い手だ。俺は異世界での戦闘でエーリカの戦いっぷりも自分の任務のために可能な限り観察してきたのだ。技術ばかりではなく、涼しい顔で敵を屠る情け容赦無さも恐ろしいばかりだった。
とはいえ、俺は任務遂行のため、既に手は打ってある。上手くすればリュータの裏をかく事も出来るはずだ。
しかし、リュータの力はステイツにとって異世界の魔族や魔王なんかよりも現実的な脅威と俺には思える。
モンスターアタックによってそれまでの国家間の枠組みが崩壊した。消滅した国も多く、生き残った国々も海洋国家連合と大陸同盟とに二極化しているが、現在地球人類は協力して喫緊の脅威である魔物の拡散と跳梁に対処している。
しかし、そう遠くない未来にこの問題が解決された時。
モンスターアタックによりヨーロッパと中国は既に滅び、ロシアや我が祖国にも昔日の力は既に無い。そんな中、日本のみが軍事力、経済力に科学技術力を保持し、尚且つ魔法という未知の力を手に入れたのだ。そして、この日本にはリュータ・ヒジカタという戦略兵器のような"超人"がいるときている。こうした日本に対抗出来る国はこの世界にはもう無い。
俺は異世界から戻ると、そうした内容のレポートを急ぎ作成して本国に警鐘を鳴らした。エーリカをリュータの力を封じるための人質とする必要があると結んで。
〜・〜・〜
「やぁ、ビクトル。待たせたかな?」
俺は待ち合わせた公園のベンチに腰掛けているエーリカの弟ビクトルにそう声をかけた。
「いえ、トッドさん。僕も今さっき来たところです」
まるでデートの待ち合わせみたいな会話だが、無論そんなものではない。
ビクトルは姉であるエーリカとユーリカがそれぞれリュータとサイトウの恋人になった事が受け入れられず、シスコンを拗らせ、特にリュータに向けて憎悪を滾らせていた。
俺はそんなビクトルに目を付けて声をかけた。お姉さん達はあの2人に騙されている。俺がお姉さん達をリュータ達から解放し、君の元に戻す手助けをしよう、と。
彼は思春期、反抗期という事もあって不安定な精神状態にあり、美しくも優しい姉達に依存していたようだった。性格もいささか思い込みが激しい傾向にあり、本来ならメンタルケアを受けなければならない状態と言えるだろう。それだけに俺にとっては利用しやすくもあった訳だが。
彼は俺から自分が最も聞きたかった言葉を聞き、自分の正しさを確信したようだった。俺がビクトルと姉達の3人でステイツに住めるようにしてあげると囁くと、一も二もなく俺に協力を求め、自らも俺の計画への協力を申し出たのだ。そして今ではエーリカ達の動静を知るための重要な協力者となり、且つエーリカ拉致実行に際しては人質要員ともなっている。
「で、どうだい?リュータ達とお姉さん達が別行動する日は?」
拉致作戦は至ってシンプルだ。リュータ達とエーリカ達が別行動する日、特にリュータ達がミツミネから遠く離れた時に俺ともう一人の協力者によりエーリカの前でビクトルを人質に取って脅迫し、抵抗出来ないエーリカを拘束するというものだ。その後、こちらからの連絡で横田基地から特殊部隊を乗せたVTOLが飛来してミツミネ山を制圧、俺達を回収してそのまま輸送機で本国へ直行する。
誰も抵抗しなければ、誰も傷付く事はない予定、ではある。
「明後日、リュータとサイトウはアースラ諸族連合評議会の臨時評議会に出席するため満峰山を離れます。同行するのはマコト、アーニャとサキで、姉様達は残ります」
明後日、リュータとサイトウは完全にエルフ姉妹と別行動を取るようだ。これをチャンスと呼ばずに何と呼ぼうか。
「ありがとう、ビクトル君。君の協力のお陰で成功出来そうだよ」
「本当ですか?あの、それで僕と姉様達はトッドさんの国で一緒に暮らせるんですよね?」
ビクトルはステイツの何処かで大好きな姉達と一緒に暮らせると思っている。まぁ、そう思うように誘導したからな。それにビクトルの言う事も強ち間違っていない。ステイツのどこか人知れない施設で、という事になろうが。
「あぁ、間違い無い。3日後にはそうなっているさ」
ビクトルは「はい!」と満足気に返事をした。満面の笑みを浮かべて。
子供ってのは無邪気なものだ。利己的で欲望に素直で、そして残酷で愚かだ。この子は姉達を独占したいという自分の欲望を満たすためだけに全てを裏切り、結果的に自分を含めた誰もを不幸にしようとしている。
兎に角だ。これで手札は揃った。後は明後日の決行を待つばかり。相手はあのリュータだ。決して油断も楽観も出来ないが、俺は祖国のため、そして自らの自由のためにもこの任務をやり遂げなければならない。
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それでは次話もお楽しみに!




