第186話 精霊転送記アナザーテイル
「ご覧になりましたか?私の身体は魔王の分体が無数に寄生しています。西と東の精霊樹は分体の寄生が全身に及び、既に自我を失っているのです」
重い。ひたすら重い話だ。つまり、西と東の精霊樹が魔王の手に落ちたというのは魔王の分体に乗っ取られたという事。おそらく俺達の世界に魔物を送り込めたのはそうした西と東の精霊樹の能力を使ったのだろう。
「ではあなたに寄生している分体を全て取り除けば元に戻りますか?」
俺がそう尋ねると、北の大精霊は悲しげに頭を振った。
「とても残念な事ですが、表面の角を取り除いても、私の身体深くまで侵食しているので無理でしょう」
……
北の大精霊の言葉にここにいる全ての者が黙り込む。自分達が崇めてきた神にも等しい精霊樹の二柱が既に魔王によって失われ、そして北の大精霊もその後を追おうとしている。
「もうご存知でしょうけど、このエルム大森林と呼ばれる土地は、かつてこの世界に現れて神々と戦った、今では魔神と呼ばれている異世界の神を封じ込めた謂わば牢獄です。私達精霊樹はその魔神を封じ込める結界と監視のため存在していたのです。私の自我が失われると共に魔神を封じる結界も失われます」
「それは魔神が復活するという事ですか?」
斉藤がずいっと身を乗り出して尋ねた。
「魔神封じの結界は北の大精霊によってかろうじて保たれていた。その結界が近い未来に失われるのであれば、魔神は地下深くからエルム大森林の地表を穿って地上に顕現する。即ち魔神が復活するという事だ」
斉藤が自らの分析を説明する。
「魔神はこの地に封じられても決して諦めはしなかった。何千年、何万年かけて力を蓄え、魔族を創り出し、魔王をして魔族をまとめさせ魔王国を建国させた。その魔王国を魔王を通して手足として使い、結界を破る術を研究させ、遂にその方法を開発した。そして俺達の世界へ魔物の大群を送り込めた事からわかるように精霊樹には異世界に転移させる能力が付与されている。だから三柱の精霊樹には魔神を結界として封じるのみならず、魔神によって結界が破られた場合に魔神を別の世界へ転移させる役割も担っている」
なるほど。魔神が結界を破った後の保険もかけられていた訳か。この世界の神々も抜け目が無いな。それだけ一柱の魔神に手こずったという事だろう。
「魔神の分体によって三柱の精霊樹が魔神そのものとなった時、それは魔神復活だけではなく、魔神が精霊樹の持つ時空転移能力を使って、かつて自らを追放した世界への転移も可能とする事が出来る。そうですね?」
「その通りです。それがいつになるのか正確な時期は私にもわかりません。ですが、西と東の精霊樹と自分の身体への侵食具合から考えると、一年程後と考えられるでしょうか?」
斉藤の確認するような問い掛けを北の大精霊は肯定した。その上で魔神が復活し、自らを追放した世界、即ち俺達が生まれ育った世界へ転移して来るまで一年だというのだ。
勿論、魔神が必ずしも元に世界に転移して来るとは限らない。しかし、俺が以前に魔神と思われる存在と同調してパスが通じた時、俺に伝わって来たのは強い望郷の念だった。だから魔神が復活したら、すぐかとうかは別として、魔神は元の世界に戻ろうとするだろう。それは間違いない。
「でもあなた方は間に合いました。私の自我が消える前に。そして森の民を率いて私の元に至りました。私の都合でこちらの世界へ転移して頂き、私の願いも叶えてくれました。誠に有難う御座います。これより私の使える力の全てを使って皆様を、森の民を皆様が生まれ育った世界へと転移させます。リュータ様、異世界の皆様、森の民をどうぞ良しなにお願い致します」
北の大精霊が大きく両手を広げると、彼女の全身からはエメラルドグリーンの光が放たれる。すると俺達の周囲にはビリビリとした静電気を帯びた濃い霧がたちこめ、辺りは忽ちホワイトアウトのように真っ白で何も見えなくなった。
そして視界が完成に白一色になると、帯電していた静電気があちこちでバチバチと弾けてオゾン臭が漂い、一瞬フワリと身体が浮くような感覚を覚えた。
すると俺の前にエメラルドグリーンの光に縁取られた北の大精霊が現れたのだ。長くサラサラの緑の髪に二重の大きな瞳。間近で見ると更に凄い美人だ。
「リュータさんにはとてもご迷惑をかけてしまいましたね。本当にご迷惑なさい」
「俺達を帰して大丈夫なんですか?まだ何かしら角の影響を取り除く方法があるかもしれないのに」
何故か微笑む北の大精霊。
「心配して下さって有難う御座います。でも、それはもういいんです」
もういい、とはどういう意味なんだろうか?北の大精霊は自身の命を諦めているのだろうか?
「リュータさん、私は大丈夫ですよ。精霊樹は分かれて存在していても根は一緒。大精霊は人格と記憶を共有する全にして個、個にして全の存在。ですから個体の死は大精霊の死ではありません。新しい器となる個体が有れば"私"は存在し続けるのです」
「では西と東の大精霊というのは、」
「はい。西であり東、東であり西、そして西であり東であり北なのです」
つまり個体としての精霊樹は別々に存在していても、その精神、というか魂は同じだと。だから例え全ての精霊樹が滅びても新しい個体があれば大精霊は記憶と人格を保持しながら存在し続ける。
「そこで、図々しいのは承知でリュータさんにお願いがあります」
またお願いですか?自分でも言っているけど本当、図々しいな。
「まぁ、いいですよ。何をすればいいんですか?」
北の大精霊は着ているワンピースの胸元に手を掛けると大きく広げた。
「え⁉︎」
北の大精霊のたわわな双丘が見え、そうで見えない。
そして北の大精霊は胸元に両手を差し込むと、薄っすらとしたエメラルドグリーンの光を帯びたハンドボールくらいの球を取り出した。(え?一体どこから…)
「これは精霊樹の種です。リュータさんへのお願いはこの子をあちらの世界に連れて行って欲しいのです。そしてどこか良い土地に植えて欲しい」
「それではこの世界での精霊樹が失われてしまうのでは?」
「それは構いません。元々私は魔神を封じ込めるために神々によって造られた存在です。魔神が復活したならば私の存在価値はこの世界にはありません。それに魔神を封じきれなかった私をこの世界の神々は決して許さないでしょう」
そう言って悲しげに俯いた大精霊。彼女の言う事が本当ならば、この世界の神々も酷い連中だな。ギリシャ神話の神々も然りだが、神様ってのは本当、勝手というかな。神に善も悪も無いとは言うけどね。何だか大精霊が可哀想に思えて来たよ。
「私とあちらの世界の神々とコンタクトが取れた時、だったらこっちへおいでよとあちらの世界の神々が私を誘ってくださいました。リュータさんに持ち帰って貰えばいいよ、と」
え?ちょっと待って欲しい。という事はなんですか?俺達がこの異世界に転移させられたのって、
「あっちの神々もグルですか?」
「グルと言いますか、リュータさんと護りの乙女達に来るべき魔神の復活に備えて修行させるためと言っていましたよ?」
…何だか使い勝手の良い手駒扱いだな、俺。元の世界に戻ったら何かしら言ってやりたい。
「わかりました。俺がしかと預かり、向こうの世界のどこかいい土地に植えますよ」
少し不安げだった大精霊はぱっと表情を綻ばせる。
俺は大精霊から精霊樹の種を受け取った。
「有難う御座います、リュータさん。この子の事、宜しくお願いします。それではあちらの世界でまた会いましょう」
北の大精霊はそう言うとエメラルドグリーンの光の粒子となって俺の目の前からパッと一瞬で消えた。
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それでは次話もお楽しみに!




