第184話 行き行きて精霊樹
雨が降っている。火炎旋風で上空へ巻き上げられた煤や塵による黒い雨ではない。
「ねぇねぇリュータ、僕が雨を降らせてあげようか?」
煤や塵が核となった雨雲から降る雨は黒い雨粒で、所謂「黒い雨」って奴だ。俺達が放った火炎旋風で出来た煤や塵なので放射線や人体に有害な化学物質は含まれてはいない。とはいえ、そんな汚れた雨を誰も浴びたくないのが人情というものだ。
俺達は取り敢えず上空に漂う雨雲を見つつ、雨を凌げる森まで引き換えそうという事にしたのだが、俺の背中に飛び乗って戯れていた水竜のレマールが簡単な事のようにそう提案した。
「そんな事出来るのか?凄いな、レマール」
「当たり前だよ。僕は水竜だからね(フフン)」
じゃあ頼むよと、レマールに北の精霊樹の上空から雨を降らして貰う事に。
〜・〜・〜
背中におぶさっていたレマールはショタの人型から水竜の姿に戻ると、そのまま上空へと飛び上がり、大きく口を開けて
「#@〒☆¥%♪€!」
と、人の聴覚では聞き取れない咆哮を上げた。すると、北の精霊樹の上空に出来ていた雨雲はレマールによって新たに生起された雷雲によって忽ち追い払われてしまった。
「「「おおー!」」」
地上でその様を見上げていた一同から感嘆の声が上がる。そしてレマールの雷雲は太陽を覆い隠すと辺りは忽ち薄暗くなり、やがてゴロゴロと雷鳴が鳴り始める。それから間も無くザァッと雨が降り始め、すぐにバケツをひっくり返したような土砂降りとなった。
俺達は予め森の中に退避していたので誰も雨に濡れず。天候を操る水竜って凄いなと得意気な顔のレマールをよしよしと褒めながら思った。
〜・〜・〜
レマールの雷雨を持ってしても地熱を完全に冷ますには至らなかったようだった。雨が上がり、雲の隙間から薄日が差し頃となっても地面から白い湯気が立ち昇っている。その中に見える焼け落ちた建物、そこかしこに転がる炭化した骸。そこに聳え立つ北の精霊樹が無ければ、さながら地獄の光景だ。
千里眼による偵察を終えたフレデリカが戻り、残敵を掃討した皆が集まって来る。もう俺達と北の精霊樹を遮る物は無くなり、行手を阻む者もいなくなった。
「遂にここまで来たね、お兄ちゃん」
「そうだな。もう何年も経っている気がするよ」
傍に来ていた妹の雪枝と顔を合わせ、思わず苦笑する。誰の思惑か、この世界に転移させられて3ヶ月程になる。初夏だった季節も既に秋になっていた。そして、漸く元の世界に戻る事が出来る(かもしれない)場所へと至った。
「これで元の世界に帰れるんですかね?」
「まだ楽観出来ないわ。ここからがある意味本番なんだから」
どことなく浮き足立っていた舞を真琴が嗜める。だが、そう言う真琴もやはりどことなくそわそわした感じだ。まぁ無理もないだろう。皆、今まで早く帰りたい、戻りたいなどと口にはしていなかったが、常に思っている事はわかっていた。俺もみんながいればどこでもいいやなどと思いつつも、やはり帰りたい思いは有ったから。
武田少尉、山本少尉に大沢軍曹。アメリカから日本へ来ていたフレデリカ、オスカー、トッド。彼等はこの世界の者達とはそもそも関係がなかっただけに帰郷の思いも強いだろう。
そして俺達は北の精霊樹へと歩みを進める。斉藤の予知では俺達はここで元の世界に戻る事が出来るのだという。詳細は不明で、この先どのような展開が待つのか皆目わからないが、進まずにはいられない。俺は再集結した一同に前進を命じた。
〜・〜・〜
さて、この北の精霊樹ってどれくらいのモノかと言うとだ、地球じゃあり得ない樹木である。1G下で普通に樹木の形態を維持しているのってどういう事なんだろうか?かなりな重量な筈で、本来ならその重量故に垂直に伸びずもっとピラミッドのような台形に近い形になるか、垂直に伸びるにしても先細りなると物理学士の斉藤が言っていた。
これは恐らく北の大精霊の魔力が作用しているのでは?とは舞の見解。多分そうなんだろうと俺も思う。
因みに、北の精霊樹を前にうだうだしていた間に斉藤が弟子のアックスと共に精霊樹を測量していた。それによると、高さは約800m、根元の幅は約60mという事だった。
イメージとしては何だろうか?『未知との遭遇』のデビルズタワーがそのまますっと伸ばして枝と葉がわっさわっさと茂った感じというか。そうそう、朝靄が晴れて姿を現した精霊樹を見たトッドが「ラピュ○だ!ラピ○タだ!」と騒いだのは意外だったな。
日本やアメリカ出身の者達は間近に見る北の精霊樹に感嘆を禁じ得なかった。だがエルム大森林で生まれ育った者達にとっては精霊樹は北だけではなく東と西にもあり、なんだかんだ目にした者も多い。敢えて例えるならば、我々日本人、特に神奈川、静岡、山梨、愛知辺りの人々は富士山を見て育ち、その聳え立つ雄壮さと神々しい山容に感動しつつも「うん、まぁ富士山だよね」となるようなものだろうか?
「初めて見た時は凄いって思ったけど、何度もこの辺を行き来してるから。ねぇ、ユリィ?」
「うん。流石に最初の驚きは無いわね」
戦兎族の情報員で旅慣れたケリィとユリィもそんな事を言っていた。
北の精霊樹は大精霊の宿る聖なる樹であり、その地は聖地。なので本来、森の民は北の精霊樹にはあまり近寄らず、やや離れた場所から敬するのがしきたりなんだとか。そして精霊樹の守護を担うのが戦兎族であり、精霊樹を祀っていたのが森エルフという訳だ。
だから北の精霊樹には大勢の人数が近付く事なんて出来ない筈なのだが、皮肉な事に魔王国軍の守備隊がこの辺りの木々を切り払い、下草を刈り取ったため容易に進む事が出来ている。
とはいえ、高さ800mの樹木ともなると近いように見えて案外そうでもなくて。魔王国軍によって均された道を進む事、小1時間。だが、老人や子供もいる集団だ。訓練された軍人ではないので歩調を合わせて進むという事は出来ず、4Kmは歩いただろうか?
そして漸く辿り着いた北の精霊樹、の麓。その周囲には魔王国軍が建てた幾つかの監視塔がある他は森エルフが祭祀に使っていた巨石を用いた磐座のような礼拝所が見られるのみ。人影はなく、魔法で周囲を探知しても魔力の反応も無く、全くの無人である事がわかった。
森エルフの礼拝所、その向こう側は森エルフですら立ち入らない禁足地だ。いつ来たのか、俺達を森エルフ達が取り囲んでおり、その中きらシルヴァ族のエルンスト族長とバーシュ族のゴーシュ族長が歩み出てきた。そんな彼等を警戒してエーリカが鋭い目付きで身構える。
「サバール支族の娘よ、そう警戒する必要は無い。我等は神使様の邪魔をしようというのではない」
「そうだ。我等はここに大精霊様をお呼びして神使様とお引き合わせするために来たのだからな」
エルンスト族長とゴーシュ族長がエーリカにそう諭す。
「エーリカ、ここはお2人に任せよう」
餅は餅屋って言うからな。
「うん。リュータがそう言うなら」
エーリカはそう言うとやや警戒レベルを下げて、それでも俺の側からは離れないでいる。
その様子に2人の森エルフの族長は互いに顔を見合わせて苦笑いをしてから、表情を引き締めて大精霊を召喚する儀式について説明し始める。
「神使様、我等森エルフのシルヴァ支族とバーシュ支族は北の大精霊様を祀る部族。年に一度、この礼拝所で大精霊様をお迎えしてそのお言葉を賜ります」
「そして、魔王国軍が全世界に対し戦争を起こす前の年、我等はこのようなお言葉を賜りました」
「「明くる年、魔王が世界の全てに戦いを挑む。汝らは何もせず、異世界の神使と共に我が元へ来よ」」
二人の族長は何故か声を合わせて大精霊の言葉を俺に伝えた。
「神使様は疑問に思っていたのではないですか?何故森エルフも戦兎族も魔王国軍の手から精霊樹を守らなかったのかと」
エルンスト族長にそう尋ねられ、俺は少々気不味い思いをしながら頷いた。確かにそう思っていた。特に戦兎族は精霊樹の守護と言いながら何故魔王国軍から精霊樹を守らなかったのかと。
「それは大精霊様から何もするなというお言葉とお告げが有ったからなのです。そしてその後の事は神使様の知っての通り」
「戦兎族と共に森の民を率いて北の精霊樹の元へ来い、ですね?」
俺がゴーシュ族長の言葉を継ぐと、二人の族長が揃って頷いた。
「その真意は直接大精霊様からお聞きになるのが良いでしょう。そのために我等がこうしているのですから」
「では神使様、儀式を執り行ってよろしいですかな?」
俺は散々俺達を引っ張り回してくれた大精霊の真意を聞くべく、ゴーシュ族長の言葉に頷いた。
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それでは次話もお楽しみに!




