第176話 竜太しっかりしなさい
「ユリィ、本当にもう大丈夫だ。有難う、お陰で助かった」
俺としてはまだユリィに抱き締められてその胸の谷間に顔を埋めていたかったが、テントを黙って抜け出している以上、早めに戻らなくてはならない。ユリィもそうだろう。
「本当に大丈夫?」
ユリィは心配そうにそう言うと俺の頭を抱き締める力を緩めた。
「まぁ、ユリィのお陰で、別の意味で頭クラクラしてるけど」
「もう、本当に馬鹿なんだからリュータは」
どうでもいいが、ユリィは俺の事をよくバカ呼ばわりするな。まぁ、別にいいのだけど。
ユリィはちょっと名残惜しそうに跨っていた俺の腰の上から立ち上がった。そして右手を差し伸べて俺を立たせてくれた。
それまでずっと胡座だったので、立ち上がってもフラついてしまう。転ぶような事は無かったが、すかさずユリィが身体を支えてくれた。
そのまま密着する俺達。俺を見上げるユリィと目が合うと、吸い込まれそうな黒い瞳。俺は堪らずユリィの肩を抱き、頬に手を添えた。すると、心持ち頤を上げたユリィはそっとその瞳を閉じた。
俺はユリィの肩を抱く腕に力を込めて更に抱き寄せると、ユリィの唇に唇を重ねた。
ユリィの唇は柔らかくて、熱を帯びたように温かくしっとりと濡れていた。ユリィはぐっと積極的に唇を俺に押し付け、俺の背中に回した両手にも力が籠る。
「…んん」
ユリィの口から甘い声が漏れる。俺が深くユリィの唇を喰むと、それが合図となったように互いに貪るように唇を求め、遂に舌先が触れると舌と舌を絡め始めた。
一頻り舌を絡めたキスを交わした俺達は、互いの間に唾液の糸を引きながら離れると、そのまま自然と抱き合う。
「ユリィ」
「うん」
「ユリィ、愛してるよ」
「嬉しい。リュータ、私もリュータを愛してる」
「ずっと俺と一緒にいて欲しい、ユリィ」
「もちろん、ずっと一緒にいるよ。私、絶対リュータから離れないから!」
こうしてユリィと俺は恋人同士となった。また、斉藤や大沢軍曹あたりに何かと言われるだろうが、そんな事は今更だ。
「そろそろ戻ろうか。みんなに報告しなきゃいけない事もあるしな」
「それって私達の事も?」
ユリィが俺の胸に頬擦りしながら訊いた。ユリィが頬擦りする度に彼女のウサ耳が俺の頬を撫でてくすぐったい。
「うん、俺達の事とさっき俺に起きた事だ」
そして、2人で野営地に戻る途中で呼び止められた。
「おや、そこのお二人。随分とお楽しみのようでしたね?」
気がつけば俺とユリィはエーリカ達にすっかり取り囲まれていた。
〜・〜・〜
「…」
「…」
え〜と、それで今の俺とユリィの状況なんだが、野営地で現在絶賛正座のまっ最中。
俺は自分の精神に何物かからの侵入され、人事不省に陥りそうだった俺をユリィが発見して助けてくれた事実を説明した。
「竜太に何かが起きた事は私達全員が察知して駆け付けたから、それは当然信じるわ」
真琴がそう言うとみんなが頷いた。自分の言った事をみんなが信じてくれてホッとすると同時に、俺の異変をエーリカ達は離れていても察知して駆け付けてくれた事に自分達の間の深い絆を感じて嬉しくなった。
「先輩、何を嬉しそうな顔してるんですか。問題はそこじゃないんですよ」
まるで断罪するかのよううな冷徹な声で舞が言い放った。
「そうですよ、リュータ。訊きたい事はまだまだあるんですから」
「リュータ、ユリィ、覚悟して」
サキとアーニャの咎めるような声が続いた。
俺は北町奉行所のお白洲に引き立てられ来た罪人のような気分になり、思わず当たりを見回してしまった。するとフレデリカと目が合うものの、その途端思いっきり「フンっ」という感じでそっぽを向かれてしまった。
〜・〜・〜
エーリカを始めとする掌に星形の痣を持つ女の子達はみんな強力な魔法使いだ。戦闘民族である戦兎族の女戦士にして魔獣使いであるユリィも、流石にそんな彼女達に追求の目を向けられて涙目になってしまっている。アドランゲが主人の危機とばかりに怒って出て来なければいいが。まぁ、あの子も空気を読む大蛇だから、きっとユリィの影からじっと事態を窺っているのだろう。
「それで、何でユリィはリュータと一緒にいたのかしら?」
エーリカに尋ねられたユリィがおずおずと話し出す。
「いえ、その、昼の顔合わせで新顔連中の態度が不穏だったから。あの連中がリュータに何か仕掛けないかちょっと心配で。今夜は、その、リュータの周りを見張ってたの。そうしたらリュータが夜遅くに一人でテントを出て行くから、跡を付けて、」
「それで、どうしたの?」
一度言い淀んだユリィに真琴が先を促した。
「岩場で胡座を組んだリュータの周りに何か黒い靄のような物が現れて。そうしたらそれがリュータを包み込んだからびっくりして」
「思わず駆け寄った、と?」
真琴の問い掛けにコクリと頷くユリィ。
そこに妹の雪枝が割って入った。
「まぁまぁ、みんなの怒る気持ちもわかるけど、ユリィのお陰でお兄ちゃんが助かったのは事実なんだから、この辺で許してあげて欲しいな?」
おぉ、我が妹よ!お兄ちゃんは雪枝の気持ちが嬉しいぞ!
「そうね、そこはユリィにはとても感謝しているわ。でもね、私達が怒っているのはユリィについてじゃないし、リュータとユリィがその後2人でキスしてイチャイチャした事でもないの」
エーリカはそこまで言って言葉を切ると、俺を見据えた。
「リュータ、何で私達が怒っているかわかる?」
俺は唾をゴクリと飲み込むと、エーリカの目を見据え、その理由を答える。
「また一人で悩んで誰にも相談せずに抱え込んだから、です」
エーリカは「はぁ」とため息を吐くと徐に口を開いた。
「ねぇ、リュータ。前にも一人で抱え込まないでって私言ったよね?」
「先輩、一人で抱え込まないで私達に話して下さいよ」
「リュータ、私はリュータの副官ですよ?2人で1人なんですから何でも受け止めます」
「2人で1人、それは無い。でも私達は単なる恋人じゃなくリュータと運命を共にする伴侶。どんな事でも受け入れる」
「リュータ教官、私達は頼りになりませんか?」
フレデリカに涙で潤んだ瞳で見つめられると、なんだか物凄い罪悪感に苛まれるな。
「みんなこう言ってるわ?アーニャも言っていたように私達はそれぞれ竜太と恋人だけど、私達は竜太を核にした運命共同体だと私は思ってる。それについて竜太はどう思う?」
真琴の真摯な眼差しが正座する俺を捉えている。
「勿論、俺も真琴と同じ考えだ。俺はここにいるみんなを愛してる。エーリカも、真琴も、舞も、サキも、アーニャも、フレデリカも、ユリィも。みんな俺の命よりも大切な恋人だ。みんな、いつまでも俺と一緒にいて欲しいと思ってる」
運命共同体、正にその通りだと思う。
ちょっと、というか、かなり恥ずかしいセリフを真顔で口にしてしまった。だが、これは俺の偽らざる本心だ。
「リュータ、私もいつまでも一緒よ」
「先輩、末長く宜しくお願いしますね」
「リュータ、お嫁さんにして副官ですね?頑張ります」
「…リュータ、私の剣を貴方に捧げます」
「私の答えは勿論「イエス」ですわ、リュータ教官!」
「リュータと私の子供だったら強い子が生まれそうね?」
「竜太、私達の心が一つとわかって良かったわ。あなたからのプロポーズ、私達確かに受け取ったから。私も幾久しくお受けします、我が背の君」
ん?プロポーズだって?確かに俺が口にした事はそう受け取られても不思議ではないが。
真琴は魔力のせいか今じゃ二十歳くらいにしか見えないが、流石姉さん女房と言うべきか。何というか俺は真琴の掌の上で遊ばされているような気がするよ。今もそういう流れに持って行ったというか。
だが、遅かれ早かれ俺はここにいるみんなと結婚するつもりだったのだ。何というか、プロポーズのお膳立てをされたのはちょっと癪だが良しとしよう。
「おめでとう、お兄ちゃん。みんなに愛されてるね。ところで私は?」
「雪枝は大切で掛け替えの無いたった一人の妹だよ」
「じゃあ、これからも宜しくね、っと」
そう言うと雪枝は正座している俺の背中に抱きついた。長時間に及んでいる正座で痺れに痺れていた俺の両足はこの荷重に耐えきれず、俺は今までどんな強敵相手でも上げた事の無い悲鳴を上げた。
いつも『魔法修行者の救国戦記』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




