第175話 故郷は遠くにありて、って遠すぎ!
夜になるとエルム大森林は原始の闇に包まれる。広大な樹海の中に点在していた僅かな文明の灯火、文化の光は魔王国軍によってその担い手と共に消し去られてしまっていた。今やこの暗闇の中、明かりを灯しているのは皮肉な事に北の精霊樹を囲むように駐屯している魔王国軍のみとなっていた。
真夜中、考え事で寝付けなかった俺は、夜風に当たろうと斉藤やラミッド達と共に充てがわれた大型テントを出た。
俺達は一応魔王国軍に抗する軍事組織であるため、真夜中であろうとそこここに不寝の歩哨が立って警戒に当たっている。そんな中に俺がふらふら歩いていれば彼等から誰何を受けるのは必定。なので俺は彼等の手を煩わせないよう気配を消すと、野営地から少し離れた北の精霊樹を見下ろせる大岩に登って胡座をかいた。
俺達が屯しているのはエルム大森林の中央山地、その北の端辺りだ。大森林、樹海と呼ばれていてもエルム大森林の全てが余す所無く木々に覆われている訳じゃ無い。俺達が転移した場所からして見晴らしの良い丘陵地で、延々と麦畑(の成れの果て)が広がっていた。
俺達が今いるこの辺りにしても、木々が深く生い茂っているものの、元が岩山であるため木々の繁茂を寄せ付けない露出した大岩が散見出来た。
そうした大岩に登って胡座を組む。眼下に見下ろす北の精霊樹は魔王国軍の篝火により下からライトアップのように照らし出され、どことなくクリスマスツリーを連想させた。
一頻りその幻想的な夜景を見続け、その光景に慣れると、俺は昼間に行われたこの地に参集した諸族、諸団体の会合、通称「顔合わせ会」での出来事を思い出していた。
〜・〜・〜
戦兎族や黒狼族、有志連合軍サラクーダ派遣隊の皆とは共に時を過ごし、戦って来ている最早戦友であり、互いに信頼し合う間柄となっている。だが、ここで合流したドワーフ、エルフ、ダークエルフ達は当たり前だが初対面。そんな彼等から見れば俺は別の世界から来た得体の知れないヒト族の若僧なのだろう。彼等は今後自分達の運命にどう影響するのか見極めなければならず、故に窺うような、試すような視線を俺に向けていた。
ドワーフの棟梁ワルターさんは俺の事を神使様と呼んで敬うように接しようとしたが、それでいて自らの腹を明かす気はないようだった。有志連合軍のオズワルドさんも同様で、俺とは目も合わさない。
森エルフの二人の族長達は比較的穏やかに接してくれるものの、その分何を考えているのかその表情からは全く窺い知れない。だから露骨に俺を胡乱げに見るダークエルフ族長のウルドさんや顔合わせ早々に噛みついてきたカチュアさんの方が少なくとも何を考え、俺に対してどう思っているのかがわかる分、こちらとしては気が楽ではあった。それが例え俺に良くない印象を抱いているものだとしても、だ。
来たくて来た訳じゃないこの異世界。何故か神使様だと担ぎ上げられ、北の精霊樹へ森の民を導いて、なんて言われてしたくもない戦いを繰り返して来た。特にアルメウス公爵は立派な人?吸血鬼?だっただけに勝っても喜べる事じゃなかったしな。
別にこの世界の人達に感謝して欲しいとか、そんな思いは無い。秩父のキャンプ場でモンスターアタック以来、こんな巻き込まれ事ばかりだから今更であるし、俺自身この世界の人達と深い間柄になっているので彼等のために俺が出来る限りの事はしたいと思っている。
とはいえ、あのような対応をされると此方もいい思いはしないが、彼等も魔王、ひいては魔神による被害者だ。これまでの生活を失う恐怖や先の見えない不安や戸惑いもある事だろう。そこは俺が慮らなければならない、のかもしれない、のか?
はぁ〜、モヤモヤするな。
思わず溜息を吐いて見上げた異世界の夜空。宙天からは大きく輝く白い月ラーマが見下ろしている。不意に元の世界でエーリカと見た満峰神社での満月が思い出された。
「帰りたいなぁ」
思わず口から出た言葉。
俺がこの世界に転移して3ヶ月ほどになる。恋人達に妹、友人に仲間。親しい者達と一緒とは言え、何故か今、俺は無性に元の世界、生まれ育った祖国、故郷が懐かしかった。
「帰りたいなぁ」
"帰リタイ"
ん?何だ、今の思念は。
突然、何の前触れも無く俺の頭の中に何者かの思念が流れ込んで来た。人のものではあり得ない、何と言うか、魂に絡み付いて来るような強力でねっとりとした思念。
"帰リタイ帰リタイ帰リタイ帰リタイ"
それは望郷の念。ただただ、ひたすらに生まれ故郷に帰りたいという純粋な望郷の念だった。
俺はまずいと思いつつも、頭の中に流れ込んで響くその思念を聞くうちに捕らわれたかのように身動きが出来なくなっていた。というか、動く気が起きないまま俺自身も故郷に帰りたい望郷の念に身を委ねてしまっていた。
その間にも、何者かの望郷の念は俺の心を侵食し続け、次第に俺達の望郷の念は同調していった。
"帰リタイ帰リタイ帰リタイ帰リタイ"
"帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい"
"帰りたい帰リタイ帰りたい帰リタイ帰りたい帰リタイ"
すると、目の前に青い光が広がる。その眩しさに目が慣れると、そこには何処までも広がるコバルト色の空、群青の海、白い雲を貫き飛び行く先には海鳥群れる島々に緑に覆われた大地が続く。
その風景を目にした俺は懐かしさと共にどうしようもなく深い悲しみに襲われた。
"俺(我)はあの生まれ故郷であるあの美しい世界から愛する人を奪われて理不尽にも追われた"
"だが、それはもういい。ただ俺(我)は帰りたいだけ"
その思念は俺が発したものなのか、何者かが発したものなのか、混ざり合ってよくわからない。ただ俺達が、
「タ!リュータ!しっかりしてリュータ!」
不意に名前を呼ばれ、身体を揺さぶられて我に返った。
「リュータ、大丈夫?リュータ!」
尚も名前を呼ばれて目を開くと、そこには両眼に涙を浮かべたユリィの今にも泣き出しそうな顔があった。
「ユリィ?」
まだ少しぼーっとしたまま問いかける。
「あぁ、リュータ、良かった戻って来て」
そう言ってユリィはそのまま胡座をかく俺の腰の上に跨ると、俺の頭をその豊かな胸に掻き抱いた。
うん?どうしてこうなった?だが、この状況もこれはこれで…
俺はこの状況を今ひとつ理解出来ていないまま、暫くユリィにこの身をなすがままに任せた。そして俺も彼女の腰に両腕を回してギュッと抱きしめると、ユリィのいい匂いと豊かな胸の柔らかさを堪能した。
〜・〜・〜
暫く俺とユリィは抱き合っていた。
「ユリィ、落ち着いたか?」
俺が依然ユリィの胸に抱かれたままそう尋ねると、ユリィが俺の頭を押し抱く両腕を緩めたので見上げる。
「バカ、それはこっちのセリフよ!」
俺と目が合ったユリィは未だ涙目でそう言うと、再び俺の頭を抱きしめたので、もう一度ユリィの胸の谷間へ逆戻り。
うん、これはもう一回くらいあってもいいと思うな。
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それでは次話もお楽しみに!




