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第92話 身近な観測者

☆トッド視点ー


研修で訪れたこのエルフの村にとても興味深い少年がいる。年の頃は13歳くらいか。対象エルフの弟という俺にとっては利用するに実に良いポジションの少年だ。彼はどうもエーリカ嬢がリュータの恋人になっている事が気に入らないらしい。リュータと顔を合わす度に忌々しそうにリュータを睨んでいた。


魔法が使えるようになってから不思議な事に以前よりも他人の気持ちや考えている事がわかるようになった。まだ試した事はないが、俺の能力である魅力の効果も強くなっているかもしれない。


だが、このビクトルという少年については、態々魅了を使わずとも彼のリュータへの感情を利用すれば上手く操れそうだ。俺はこのビクトル君に話しかけてみる。案外面白い話が出来るかもしれない。


夕暮れ前。子供はそろそろ帰宅する時間だが、ビクトル君は一人湖を見ながら佇んでいる。夕食前の帰宅途中、彼にとって自由になる僅かな時間帯だ。


「やあ、ビクトル君、だったかな?まだ帰らないのかい?」


不意に声を掛けられたからか、ビクトル君は俺に胡乱な視線を向けた。まあ、無理もない。同じ立場なら俺だって警戒するさ。


「ああ、僕はミツミネから魔法を習いに来ているトッドっていう者だ。よろしくな。」


「…」


俺は簡単に自己紹介したが、ビクトル君はそれに対して何も言わず、未だ俺への警戒を解かない。


「そう警戒しないでくれ。僕はこの国とは違う別の国から来てるんだ。」


「そうなの?」


「ああ。ここからずっと東にある大きな海の向こうにあるアメリカっていう国から来たんだ。」


よし。どうやらビクトル君の興味を引けたようだ。ならばもう一押しするか。


「見ての通りこの国の人とは見た目も違うだろう?」


「うん、そうだね。」


ビクトル君の警戒はやや解けたようで、少しは俺に興味を持ったようだ。勿論、だからといってこのまま畳み込むような真似はしない。今は挨拶がてら二言三言の会話が交わせればよい。この日はこうしてビクトル君とぼちぼちと会話しながら彼を家の近くまで送った。


翌日も昨日と同じ頃に、やはり偶然通りかかった体でビクトル君に声を掛ける。彼も昨日ほどは俺を警戒していないようで、俺はビクトル君から祖国アメリカについて尋ねられるままに答え、逆に俺は軽くエルフの村の事やビクトル君に日常について尋ねた。


「何か困った事とか無いかな?」


「困った事?」


「僕は他のみんなとは立場が違うから、違った物の見方が出来るからね。だからご両親やこの国の人には言いたくても言えないような事とかあれば誰にも内緒で聞くくらいは出来るからさ。」


「…」


俺がそう言うと黙って考え込むビクトル君。考える事はいい事さ。


「まあ、もしそういう事があったなら、遠慮なく話してくれ。解決の糸口くらいにはなるかもしれないからね。」


この日はこうしてボールをビクトル君に投げ渡し、昨日と同様に彼を送って宿舎に帰った。



三日目も昨日と変わらず、四日目にして漸くビクトル君に変化が現れる。


いつもの様に二人で雑談をしていると、ビクトル君は不意に黙り込み、そして唐突に自分の姉であるエーリカ嬢について話し始めた。


「ねえ、トッドさん。僕は姉様達はあいつらに騙されていると思うんだ。」


「あいつらって、リュータとサイトウの事かい?」


「そうだよ。だっておかしいよ。姉様達がヒト族の男なんか好きになるわけ無い。特にあいつなんて何人も女を囲って!僕はどうにかして騙されている姉様達をあいつ等から助け出したいんだ。」


まあ、この俺もビクトル君が言うところの「ヒト族なんか」な訳だが、本人はその事には気付いていないようだ。


俺は対象エルフの身柄確保について、その手段を考えていた。当初は対象エルフを直接俺の魅了で言いなりにさせようと考えていたが、サイトウによると能力も魔法の一種であるらしく、そうすると俺よりも魔力が強いエーリカ嬢には魅了は作用しない可能性が高い。その場合、俺が彼女に魅了を仕掛けた事が露見する危険が有る。


そのため、俺は対象エルフの身柄確保は自分が直接行うよりも協力者が行い、更に対象エルフが逆らえないように人質を取る事に方針転換した。


協力者は俺よりも魔力が弱い者を見極めた上で魅了をかける。この場合、協力者は誰もそんな事はしないと思われている意外な人物がいいだろう。ビクトル君は知らず知らずのうちに自ら協力者兼人質候補になろうとしている訳だった。



ビクトル君は俺の方は見ずに湖をみながら、一方的なリュータの糾弾を続ける。これはビクトル君によるリュータへの何ら根拠の無い一方的な罵詈雑言、名誉毀損の類で、あの狼獣人の女の子が聞いたら殴りかかっているんじゃないか。


俺が見る限りビクトル君には精神科医によるカウンセリングが必要だ。彼の両親は一体何をやっているのかと他人事ながら腹立たしく思う。


ビクトル君のこの症状の原因となったものは生活環境の激変と彼の強いシスターコンプレックスだと思う。今までの生活が奪われ、一年間に渡ってシスターコンプレックスの対象たる二人の姉を失い、更には再会出来ても姉達にはリュータとサイトウという相手がいた。元の姉達がいる生活に戻れず、また姉達を奪われたという事実が強いフラストレーションとなってビクトル君にかかり、リュータを憎み、リュータに全ての責任を押し付ける事により精神の健康を保とうとしているのではないだろうか?


と、ここまで推測しておいてそんなビクトル君を利用しようというのだから俺も相当な屑だな。しかし、これも任務のためだ。悪く思わないで欲しい。


「この村の人達はリュータについてどう思っているのかい?」


「村の恩人だって言う人もいるけど、あいつを嫌っている人だっていっぱいいるよ。」


「例えば?」


「従兄のアルフレッド兄さんとか、エルヴィンさんとかさ、」


「男の人が多いのかな?」


「うん、そう。女は馬鹿だからすぐ騙されるんだ。」


その考えだと君のお姉さん達もその「馬鹿な女」になる訳だが、わかって言っているのだろうか。態々そんな指摘はしないが。何にしろ、この村には少なからぬアンチリュータが存在する事がわかったのは収穫だ。


「でもリュータは悪い奴じゃないぜ?君のお姉さんだってリュータに助けられたらと聞いたけど。この村だってリュータに随分助けられているんじゃないか?」


そのようにリュータを庇ってみる。すると、ビクトル君は俺をキッと睨みつけて立ち上がった。


「トッドさんもあいつの味方なんだね。ガッカリしたよ。」


果たして思った通りの反応が帰ってきた。この少年は実にわかりやすくていいね。


「まぁそう怒るなって。要は物事にはいろいろな見方があるって事なんだよ。僕だって今や世界中で英雄視されているリュータが、ここでは嫌われ者の悪者になっていと知って驚いているんだ。だからリュータがここでは嫌われ者になっている事実は重要だと思うよ。リュータは英雄かもしれないし、悪者なのかもしれない、だろ?」


「…うん。」


ビクトル君は渋々といった感じで俺に同意した。


「だったらビクトル君もミツミネに暫く住んでみたらどうだろう?間近でリュータやサイトウを見てみれば、彼等が本当はどんな人物なのかわかるはずだ。それでも彼等が君が思うような人物ならきっと悪い奴等でお姉さん達は騙されているって事じゃないかな?」


それでリュータとサイトウが悪い奴ではないとわかったら、もう言い訳は効かないが。


「…でも、どうやってミツミネに行けばいいの?」


おっ、乗ってきたな。さて、ここからが勝負だ。


「理由なんて何だっていいんだよ。例えば村長の息子としてアースラ諸族連合の仕事を見てみたいとか、この世界の文明を近くで見てみたいとかな。それもずっとって訳じゃない、二か月もあれば十分だろう。なんなら、僕も口添えするよ?」


考え込むビクトル君。美しい横顔だ。出来ればこんな謀略に巻き込んで汚したくはなかったな。


「口添えしてくれるって、本当?」


「ああ、もちろん。」


まあ、口添えくらいなら幾らでも。しかし、俺の口添えなんて何の効力もないけどな。


「わかったよ、トッドさん。父様と母様に頼んでみる。」


おそらく、ビクトル君のご両親も彼の態度には手を焼いているはずだ。彼等にしても村の再建や生活の再建のため忙しく働いている。お姉さん達の所に少し長めに遊びに行くと考えれば許可し易いだろう。手のかかる子な離れて内心ホッとするんじゃないか?


ビクトル君は帰宅して早速ご両親にこの件を掛け合ったようで、案の定ご両親はビクトル君のミツミネ滞在を許した。更にこの件はサバール村の村長からアースラ諸族連合への正式な依頼となって処理されるようだ。


研修の六日目。訓練予定が一日早く済んだため、俺達はサバール村を引き揚げてミツミネの研修所へ戻る事となった。ビクトル君はこの一行の中に入っており、リュータは複雑な表情をしている。エーリカ嬢は随分とビクトル君と周囲との関係に気を配っているが、ビクトル君は早速リュータの恋人である獣人の女の子達と睨み合いを始めていた。


さて、俺はこうして協力者(情報提供、内部撹乱)兼人質要員を確保する事が可能た。この後は俺も魅了で更に協力者を作り、頃合いを見て計画実行だ。


協力者を誰にするか。リュータの恋人を裏切らせたら奴は一体どんな顔をするものかな。流石にそれは性格が悪すぎだ。





いつも『救国の魔法修行者』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。 


それでは、次話も幾久しく!

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