第88話 風呂上りの夜空に
研修二日目、サバール村に到着したのは昼過ぎとなった。その日は村長宅で渋谷式新魔力交流の打ち合わせを村長など村の幹部と行い、翌日の午前中は準備、午後一に実施と決まった。
村長宅での打ち合わせ後、一度俺達はゲストハウスに戻った。ゲストハウスにはサバール村からの常駐職員がいる訳ではないので、基本は自分の事は自分でしなくてはならない。日本でいうならば、旅籠以前の宿のようなものだ。現代ならばライダーハウスが近いだろうか?
食事も寝具も自前で用意し、館内は風呂もトイレも使えない。そのため外部に簡易トイレと浴室が作られている。しかし、浴室は簡易式ではあるが、それは浴室であって、浴槽はその限りではなく、本格的な男女別大露天風呂があるのだ。
第6回の研修の折、土魔法を修得した陸軍からの研修生が無類の温泉好きだったのだ。彼が折角山梨まで来て温泉に入れないのは辛いと嘆き、俺もここで満天の星空を見ながら温泉とか最高だろうなと思っていたので、気の合った俺達がじゃあ作ってしまおうとなったのだ。幸いな事にその研修生は工兵隊からの研修出向だったので図面が引けた。流石に源泉がないので温泉は無理だったが、魔法で水も出せれば、熱湯だってだせるので給水給湯設備も必要無く、建築資材は岩石だけの大露天風呂が完成した。
流石に24時間掛け流しという訳にはいかなかったが、満天の星空の下に広い浴槽に湯を張り、全身浸かって見上げた天の川は最高だった。入浴の習慣があるサバール村のエルフ達にも開放すると、それはもう大好評で、その後の相互の協力態勢にも良い影響を与えたようだった。村のエルフ達は俺達がいない時でも日を決めて露天風呂を利用し、娯楽の少ない村での生活にとっては大事なイベントともなっているようだった。
三年前からゲストハウスへの送電は止まっている。サバール村開村に伴ってこの元ホテルをゲストハウスとして整備する折に太陽光発電設備を国防省に頼んで設置して貰った。そのためゲストハウス館内は最低限の照明は確保されている。しかし、それは飽くまで"最低限の"であり、夜ともなると館内は一階のロビーと廊下以外はとても暗い。なので、夕食はまだ明るいうちにゲストハウスの庭に展張した大型テントで摂る事にしている。
今夜の食事はゲストハウスに予め持ち込んでいた食材と備蓄していた小麦粉を使い、石窯(これも風呂を作った研修生が作ったのだ)でピザを焼いて食べた。研修ではもう何度もこうしてピザを焼いており、ある意味研修では恒例の歓迎会のようになっていた。
その後、俺はサバール村ゲストハウス名物の大露天風呂に湯を張り、俺達一行は元よりサバール村のエルフ達にも開放して入浴する。男湯にも女湯にも老若男女の美形エルフ達がこぞって湯に浸かる様はある意味圧巻だ。
入浴が済むと、エルフ達は村の自宅へと引き上げ、俺達一行も皆それぞれ自室へと引き上げて行った。俺も一度自室へと引き上げ、それから持参した缶コーヒーを持って屋上に上がった。9月下旬の秩父多摩甲斐国立公園の山奥は夜半ともなると既に肌寒さを感じる。ゲストハウス周辺には人工の灯りは一切無く、澄み切った空気の夜空には満天の星々。白く輝く天の川が大きく流れている。
こうして一人夜空を眺めている時間が俺は凄く好きだ。満天の星々、流れ星、現れては流れて行く雲。何も考えず見上げていると自分が宇宙と一体化したように錯覚する。
ただ、最近はそうして夜空を眺めていると、誰かが俺に話しかけて来るようになった。それは二年前、秩父特別駐屯地を魔物の大群が襲ったあの日に聞こえた声だ。それは大した内容ではなく、修行頑張っているか?とか、少し悩んでいたり考え事をしている時などはああした方が良い、こうした方が良いとかアドバイス的なものだったりした。それに俺がああ、とか、うん、とか応える感じで、側から見たら俺が独り言を言っているように見えた事だろう。
今夜はこんな感じたった。
(明日は結構重要な日だぞ)
「そうなのか?」
(五人の内、二人は君を支える存在となる)
「それは誰と誰なんだ?」
(まあ、そいつは後のお楽しみって事にしろ)
「なんだよ、勿体ぶるなあ」
(おっ、誰か来たな。お邪魔虫は去るとしよう。それじゃあな、ごゆっくり。イッヒッヒ)
声の主は言って引き上げて?行った。結局のところ、この声の主が何者なのか未だわからない。斉藤の憶測では八百万の神の一柱だろうという事だったが、そうすると何という神様なのか。まあ、神様の割には気さくな、というか軽い語り口だが。イッヒッヒってなんだよ。
それはそうと、やはり屋上の出入口辺りから人の気配が感じられる。この気配はというと、
「アーニャ」
俺が名を呼ぶと、一瞬ビクッとした気配が伝わって来た。しかし、それでも出てこない。バレちゃたけど、出て行っていいものか迷っているようだ。なので、
「良かったらこっち来ないか?一緒に星を見よう。」
俺がそう誘うと、漸く恐る恐るといった感じで近づいて来た。
「…リュータ、怒ってない?」
「全然、どうして俺がアーニャに怒るんだ?」
「だって、黙って跡つけて来ちゃったから、」
「心配してくれたんだろ?俺、夜空眺めるの好きでさ、時々こんな風にするんだ。」
「ヘェ〜」
気付けば、アーニャは出先で部屋着にしているのかジャージ姿だ。風呂上りにジャージだけでは夜風で体が冷えてしまう。俺は来ていた野戦服の上着を脱ぐと、寒そうに肩を抱いているアーニャに羽織らせて抱き寄せた。
「えっ!」
「冷えるからな。」
「うん。有難う、リュータ。」
更に体を寄せて来るアーニャの熱量と柔らかさ、アーニャの甘い香りを感じる。こうしてアーニャを抱きしめると、アーニャはそれが癖なのか頭をぐりぐりと俺の胸に押し付けるのだ。それが面白く、可愛らしくもある。ただ、そうするとアーニャの耳先が揺れて、俺の顎とか頬をくすぐるのだ。
「そう言えば、この世界にも星座ってあるんでしょ?」
「勿論だ。そうだな、今だったら、あの白い帯みたいのがあるだろう?」
「うん、"乳の大河"でしょ?この世界にもあるのね?」
今、アーニャが言った事は実に興味深い。もしかすると異世界の大地の惑星も地球と同じく銀河系のような渦巻銀河の辺縁にあるのかもしれないな。
「こっちでもやはり"乳の川"って意味なんだけど、川を挟んで大きく輝く三つの星を結んで夏の大三角形なんて呼ぶよ。」
「ヘェ〜、三つの星は何ていう名前なの?」
「うん。あれがデネブで、あっちがアルタイル。そっちがベガ。」
俺はアーニャに星を指差して名前を教えた。あれ?こんなような歌があったような…まあ、いいか。
するとアーニャが何気無く驚くべき事を言い出した。
「星と言えば、最近、私の左手に星の形の黒子ができたの。」
アーニャはそう言って俺に自分の左手を見せる。お互い夜目が利くからそのへんは大丈夫だ。確かにアーニャの左手の平、その親指の付け根部分に少し大きめで星の形っぽい黒子がある。何が驚きかと言えば、実は俺にも同じ位置に同じ形の黒子があるのだ。アーニャは最近と言っていたが、俺の黒子は子供の頃からある。
「実は俺にもある。」
そう言って俺もアーニャに左手を見せると、アーニャは「本当だ!」と言って驚き、次いで俺の左手を両手で握りしめると、顔を寄せて頬擦りをした。
「やっぱり、私達は星で結ばれているのね。」
「私達?俺とアーニャがって事?」
「違うの。みんなよ。」
アーニャの話によると、今から一ヶ月程前から急に左手掌母指の基節部に黒子が出来、次第に大きくなり、星のような形になったのだという。しかも、それがアーニャだけじゃなく、エーリカ、舞、真琴、サキに、そして、なんと雪枝にまで同じ時期から、同じ場所に、同じ形の黒子が出来たのだという。いや、それどこの八犬伝?
アーニャは尚も俺の左手に頬擦りし、時折控えめに唇をつける。普段は気が強くて勝気なアーニャのこんな時にしか見せない、俺にしか見せない甘えた姿。俺はアーニャの肩を抱く右手を離して彼女の顎に添えると、そっと顔を上に向かせる。目と目が合い、暫く見つめ合うとアーニャが瞳を閉じ、そして俺はアーニャの唇に唇を重ねた。
緊張して少し震えながらも懸命に唇を押し付けるアーニャ。俺は右手で腰を抱き、左手で髪を撫でると次第にアーニャは唇を開いていった。俺は少しづつアーニャの唇を食むようにキスを続ける。やがてアーニャは両手を俺の首に回し、俺はアーニャ背中に腕を回して俺達は抱き合いながらキスを続けた。
「愛してるよ、アーニャ。星に誓って。」
「私も、私も愛してる、リュータ。星に誓って。」
俺達の左手にある星形の黒子。これが一体誰の仕業なのか全くの謎だ。しかし、それは俺と俺の恋人と妹の雪枝にはこの時代、この世界で果たすべき何らかの役割というか、なすべき宿命があるという事を物語っているように思えた。
「アーニャ、もう戻ろう。冷えたら身体に良くないよ。」
「もうちょっとだけ、こうしてたい。」
アーニャはそう言って俺の腕の中で頭をぐりぐりと俺の胸に押し付け続けた。
明くる朝、俺の体からアーニャの匂いがするとサキに匂いチェックされ、呆気なく昨夜のアーニャとの逢瀬がバレてしまった。そして、何故か俺だけがエーリカと真琴とサキから責められたのだった。
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それでは次話にトライアターック!




