第86話 求法者達の行進
渋谷式新魔力交流は実施する場所が限定される。何故かと言えば、この魔力交流は仮初の異世界を創り出して研修生達に自分が魔法のある世界にいると錯覚させ、魔法は当然存在するし自分も魔法が使えて当たり前!と一時的でも思い込ませる必要があるためだ。
満峰神社は神聖な気が漂う聖地ではあるが、日本人にとってはある意味見慣れた神社の風景とも言える。また、そこから神道、修験道などは想起出来ても魔法を想起する事は難しいだろう。そのため、渋谷式新魔力交流では満峰神社から場所を移し、県境を越えた山梨側にある広瀬湖の湖畔に再建されたサバール村で行う事になっている。
エルム大森林から村ごと転移して来たエルフ達は、自分達が転移して来た地であるこの広瀬湖の周辺に自分達の村を再建する道を選んだ。それは緑豊かな山の中で湖があるという故郷の立地に近かったという事、火竜の一家が近くに棲んでいて互いに良い関係が築けている事、そして、アースラ諸族連合には参加するけど、そうそう馴れ合いはしないというエルフ独特の排他的気風がそうさせたそうだ(ユーリア談)。
斉藤はそうしたサバール村が作り出す独特の雰囲気が最も異世界に雰囲気が近いと考え、村人のエルフ達とバーン達に協力を仰いで渋谷式新魔力交流の舞台としたのだった。彼等の協力には無論報酬を支払っている。バーン達には「立ってるだけだからいらないよ」と固辞された。その代わりに俺はバーン一家の元に出来るだけ顔を出すようにしている。
満峰神社からサバール村までは徒歩で移動する。神社の送迎用マイクロバスもあるが、往路と復路での自らの変化を実感して貰いたいがためだ。サバール村までは魔法で身体強化が行える俺達にとっては全く大した事のない距離と運動量であり、研修生達はそもそもが軍人が主体なので、登山道や林道でもない舗装道路(少々荒れてはいるが)を10㎞、20㎞歩いたところで問題ないだろう。それに復路は身体強化が使えるしね。
今朝方、俺達はサバール村に向けて宿坊を出発した。国道を下りつつ山梨県へと山を貫く長いトンネルの手前で大休止を取る。研修に際して研修生には特に服装の決まりはなく、陸軍からの二人とアメリカ人の三人は日米で微妙な違いがあるものの、ブーツに野戦服、ブッシュハットという出立ちだ。俺と真琴と大沢軍曹、それにラミッドとアミッド、ガーライルと彼の部下達も陸軍組と同じ格好だが、エーリカ、サキ、ミア、アーニャと彼女の部下達(みんな猫獣人の女戦士だ)はアウトドアショップのカタログから取り寄せたちょっとお洒落な登山の服装をしている。因みに舞と雪枝は大学からの課題の提出期限が迫っていたため宿坊の自室でお勉強中だ。
この大休止地点はアースラ諸族連合の皆が度々休憩に使う場所であるため、警備隊により簡易的な小屋やトイレが設けられている。俺達は小屋から椅子を取り出し、それぞれがリュックサックからレトルトの食料を取り出して昼食の支度に取り掛かった。
皆、魔法でレトルトパックを加熱するが、まだ魔法が使えない研修生達の分は俺が代わりに加熱する。
「魔法とは便利な物ですね、ヒジカタ教官。」
俺が研修生達のレトルトパックを温めていると、トッドが話しかけてきた。
「リュータでいいよ。同い年だろ?」
「そうか、それは有難いな。じゃあ僕の事はトッドと呼んでくれ。ところで、リュータのこの魔法はどういう物なんだ?他の皆は熱を加えているようだが、見たとかろリュータのはそうではないようだけど?」
ほう、鋭い。なかなか良く見ているな。
「これは念力の応用で、分子を振動させて摩擦熱を発生させているんだ。この方が加熱するよりも早く全体的に温められるからね。」
「電子レンジという訳か。」
「そうだな、人間電子レンジだな。」
そう言って俺とトッドは笑い合う。スカした奴だと思っていたが、彼もそう悪い奴じゃなさそうだな。
「あの、ヒジカタ教官。」
次いでオスカーが俺に話しかける。
「なんでしょう?」
「俺の事もオスカーって呼んで貰えませんか?」
「わかった。じゃあ俺もリュータで頼む。」
「O.K.リュータ。」
オスカーはそう言うと嬉しそうにニッと笑って親指を立てた。彼は日本人が想像するアメリカ西海岸の陽気なアメリカ青年を体現したかのような青年だ。
この後、陸軍の武田少尉と大沢軍曹が加わり、何だかんだと昼飯を食べながら男ばかりで話が盛り上がった。
☆フレデリカ視点ー
トッドとオスカーがヒジカタ教官とファーストネームで呼び合うようになる様を私は呆然と見ていた。タイミングとしては、ヒジカタ教官が私の昼食用ビーフシチューのレトルトパックを魔法で温めてくれ、「熱いから気を付けて」「有難う、ヒジカタ教官」と言葉を交わし、内心「きゃー、喋っちゃった」と喜んでいた矢先の事だった。
日本に来るまで、私はヒジカタ教官の姿をあの炎を纏った姿でしか知らず、私はその画像から彼は一体どんな人なのだろうかと想像を逞しくしていた。あの動画が日本で撮影された物なので、彼が日本人であるという事はわかる。そしてスタイルの良い長身の若い男性という事も。だけど、当然顔などはわからず。かっこいい人であればいいのだけど、例えそうでなくても私に生きる目的や活力をくれた人だ。是非とも会ってみたかった。
そして遂に昨日会ってみたら、驚いた。動画通りに長身で引き締まった身体、黒髪に切れ長の目、黒い瞳は見ていると吸い込まれてしまいそう。高くスラッと伸びた鼻梁、少し薄めで固く結ばれた唇は意志の強さが窺える。まさに東洋の神秘、黒髪の貴公子だった。私はこの人が会いたかった動画のヒーローである事に感動し、思わず感極まって泣いてしまった。きっとヒジカタ教官は初対面で泣き出した私にドン引きしてしまった事だろう、はぁ。
研修初日のガイダンスが終わり、その日の昼過ぎには自由行動となった。同じ研修生のサオリとは早々に打ち解けていたけど、宿舎にいる女の子達が私とサオリの歓迎会を催してくれた。そこには日本人の女の子達の他に異世界のエルフや獣人の女の子達もいて、この研修が魔法の研修である事が実感できた。
そして、更に驚いた事に、そこにいたユキエ以外の5人の女の子達がみんなヒジカタ教官の恋人だという事だった。サオリもその事実に驚いていて、マイは「え?何で?何でなの?」とサオリに詰め寄られて、恥ずかしそうにしながらその訳を話してくれた。
「えっと、私は中学一年生の時に先輩に一目惚れしちゃって。それからずっと片思いしてたのだけど、モンスターアタックの時に偶然再会して、私が魔物に殺されそうになっていたところを先輩が助けてくれたの。だから、もうこの機会を逃すものかって必死で付いて行く事にしたの。」
話を聞いてみると、みんなそれぞれ劇的な出会いや出来事がヒジカタ教官との間にはあったみたいだった。
「でも五股になるんでしょう?みんなそれでいいの?」
「ん〜、まあ、リュータはかっこいいし、強いし、優しいからね。女の子が放っておかないでしょう?だから私達で守らなくちゃね?」
エルフのエーリカさんからそう問いかけられた他の女の子達もうんうんと頷いていた。
いや、まあ、私は別にヒジカタ教官の恋人になりたいとか、そんな事考えていた訳じゃないから別にショックとかじゃないけど、嘘ですゴメンなさい、ちょっとは考えました。だけど、私は流石に5人も恋人がいる男性は無理かなと思った。
その後、翌日のエルフ村までの行軍に備えて歓迎会はお開きになった。会場となったマイの部屋を出て自室に戻る途中、私はマコトに呼び止められた。
「ねえ、フレデリカさん、ちょっと左手を見せて貰ってもいいかしら?」
「?、はい。どうぞ?」
私が左手を開いて見せると、マコトさんは手のひらの母指の付け根辺りに視線を落とした。
「ねぇ、この黒子って昔からあるの?」
「いいえ、1ヶ月ほど前に急に出来て、少しずつ大きくなったの。今はもう大きくなるのは止まったみたいだけど、星みたいな形でちょっとだけ気に入っているんです。」
私がそう言って笑うと、マコトもふふっと品よく笑い、彼女も私に自らの左手を開いて見せてきたのだ。
「えっ?」
「私にもあるのよ。偶然かしらね?」
驚いた。マコトの左手の平には私と同じ位置に同じ形の黒子があった。しかもマコトの話によれば、やはり一ヶ月くらい前からマコトだけじゃなくヒジカタ教官の妹であるユキエ、ヒジカタ教官の恋人であるエルフのエーリカ、マイ、狼獣人のサキ、猫獣人のアーニャの六人にも突然黒子が出来、それがみんな左手の平親指の付け根に星の形なのだと言う。
「…驚きました。こんな事ってあるんですね。」
「竜太の事、誤解しないでね。五人も恋人がいてはあまり説得力は無いけど、彼はとても優しくて誠実な人よ。明日は是非竜太に話しかけてみて。」
マコトはそう言うと自室へ引き揚げて行った。私にもヒジカタ教官の恋人達と同じ位置に同じ星形の黒子がある。これってどういう事なんだろう?だから彼女達は初対面の私にあんなにもフレンドリーに接してきたのだろうか?う〜ん、わからない。ただ言える事は私がヒジカタ教官に積極的になってもいいって事、だよね?
そして、現在に至る。
(あ〜っ、何やってるの私!何で気の利いた事が言えないの?)
ヒジカタ教官は最初に私のレトルトパックを温めてくれたというのに、私は彼と昼食を共にするチャンスを棒に振ってしまったのだ。自分のうかつさが恨めしい。
実は私、今まで恋愛経験とか無くて、男の人にどうアピールすれば良いか正直わからないんだ。昨夜の歓迎会でもその話をすると、「ええ!アメリカ人の女の子ってもっと恋愛に積極的で、ぐいぐい男に迫っていろいろ経験しているんじゃないの?」とサオリに驚かれたし、マイもユキエもそう思っていたみたいで驚いていた。彼女達のそれはきっと男の事しか考えてなくて、すぐにくっついたり別れたりするアメリカのドラマに登場する女の影響だ。アメリカだってそんな女の子ばかりじゃない、と思う。
私が落ち込んでいると、昨夜の歓迎会で仲良くなっためちゃくちゃ可愛い狼獣人のサキがヒジカタ教官に声をかけた。
「リュータさん。食べ終わったらこっちでお茶しませんか?」
「おう!じゃあお邪魔するよ。」
「きっとですよ?」
全然お邪魔じゃないですけどね。私がこのナイスプレーをしたサキに目を向けると、サキはニコッと笑い、私にウインクをして親指を立てた。あぁ、何て可愛くていい子なんだろう。
そして、食後のお茶会。ヒジカタ教官が私に話しかける。
「どうかな、ミスラングレー。何か困った事なんか無いかな?」
もうこの際だから言ってしまおう。
「ヒジカタ教官、一つ困った事が有ります。」
「どんな事かな?」
「はい。あの、ヒジカタ教官が私の事をリッキーって呼んでくれなくて困っています。」
「はい?」
ヒジカタ教官は私からの申告に少し驚いたようだった。でも私は昨日リッキーと呼んで下さいって言ったもの。
「わかった、リッキー。俺の事もリュータって呼んでくれ。」
「わかりました、リュータ教官。」
「「「「「えっ?(教官は付けるんだ…)」」」」」
何故かみんな怪訝そうな表情なんだけど、その後拍手してくれた。
私はヒジカタ教官からリュータ教官へと名前呼び出来るようになって、少しだけだけどリュータ教官との距腹が詰める事が出来てとても幸せで満たされた気持ちになった。そして、こんな気持ちになれたのは何年振りだろうかと亡くなった両親を思い出しながらも、日本に来る事が出来た幸運に心から感謝したのだった。
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さて、次話もサービスサービス!




