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七百六十二話 再会

 聖域での妖精との初対面はなんとも微妙な結果に終わった。妖精は警戒心が高く全ての姿を現すことなく、また、精霊との関係は忘れられており、人間の危険性はしっかり覚えていた。シルフィの力押しで再会の約束は交わしたが、仲を深めるには時間がかかりそうな感じだ。




「さて、裕太、始めるわよ。まずはフェアリーリングね。どこに作るべきかしら?」


 妖精と会って少し聖域を散歩させてもらって無事に楽園に戻ってきた翌朝、朝食が終わったとたんに気合十分なシルフィが作業開始を宣言した。


 ……食後の休憩を挟みたいところだが、万が一妖精が俺達を待っていたら申し訳ないので素直に立ち上がる。


「ノモスとドリーとヴィータに相談した方が良いんじゃないかな?」


 お酒が絡んでいるシルフィは少し暴走する傾向があるから、他の大精霊の意見も聞いておいた方が無難だろう。


 まあ、他の大精霊達もお酒が関係すると暴走傾向が強まるのだが、それでもドリーとヴィータは信頼できる。


 ノモスと名前が出ていないディーネ、イフは……お酒に関しては暴走に薪をくべるタイプだから参考にはできない。


「それもそうね。じゃあ私が呼んでくるから、裕太は先に森の方に行っておいて」


 まあ、出入口を作るなら場所は森の中か花畑予定地だろうから、その方が効率がいいか。


 精霊って普段は効率なんて気にしないけど、お酒が関係すると以下略。


「了解」


「師匠、あたし達はどうする? 何か手伝うことがあるか?」


 立ち上がった俺にジーナが質問してくる。手伝いは……。


「今のところ大丈夫だから、ジーナ達はいつも通り訓練しておいてくれ。……ああ、出入口が完成したら呼ぶからみんな見学に来るといい」


 特に手伝ってもらうことが思い当たらなかったから断ったのだが、ジーナの視線がキッカに向いたことでキッカが妖精に興味を持っていたことを思いだす。


 ジーナって男っぽい性格なのに、こういう細やかな気づかいは素晴らしいよね。


「分かった」


「ゆーた、べるたちはー」


 ジーナに続いてベル達も話しかけてくる。お仕事あるかな? とワクワクした様子だが、残念なことに仕事が思い当たらない。


 いや、トゥルとタマモとムーンはノモス達の仕事を見学させてあげた方が良いか。


「トゥル、タマモ、ムーンはノモス達がフェアリーリングを造るお手伝いかな? 残ったベル達は楽園のパトロールをお願いね」


 トゥル達を誘ってベル達にお仕事がないと言うとションボリしてしまうので、いつも通りパトロールと言う名の自由行動をお願いする。


「わかったー」


 いつものことなのにハリキッテお出かけしていくベル達。みんな純真無垢で可愛らしい。


「あっ」


 精霊樹も関係してくるかもしれないから、サクラにも同行してもらった方が良かったかも。もうベル達と一緒に飛んでいってしまったけど……まあ、用事が出来たら呼べばいいか。


 訓練に出かけるベル達を見送り、俺もトゥル達と一緒に森に向かう。


 聖域の内部で自然のバランスも良く清々しい空気なのだが、長い年月を積み重ねた本物の聖域を体験した後だと、まだまだ未成熟なのだと痛感する。


 でも、楽園は楽園で発展途上中の若々しいエネルギーがあり悪くないとも思う。


 みんな若く元気いっぱい……あっ、楽園のほとんどを占める精霊はみんな俺よりも年上の可能性が高いのか……でもまあ、精霊の中では若い方だよね。


 くだらないことを考えながらトゥル達と戯れつつ森に到着すると、既にノモスとドリーとヴィータと、なぜかディーネも合流していた。


 ディーネは呼ぶメンバーに入っていないはずだが、まあ、ディーネは好奇心が強いから話を聞いて遊びに来たのだろう。


「作る場所は決まった?」


「妖精は精霊樹に反応を示していましたから、精霊樹が見える位置にフェアリーリングを設置することにしました」


 集まっている大精霊達に話を聞くと、ドリーが結論を教えてくれる。精霊樹が見える位置か。


 精霊樹の根元じゃないのは精霊樹の成長を見越して、離れているけれど精霊樹が見える場所ということだろうな。


「了解。じゃあ始めようか」


 俺にやることはないのだが、楽園の責任者として見届けるくらいはしよう。


 俺が作業開始を告げると、トゥル達がそれぞれの大精霊達の元に向かう。大精霊の近くでしっかりお手伝い兼お勉強をしてほしい。


 フェアリーリングを設置する場所に向かい、大精霊達が作業を始める。


 ここにフェアリーリングを造るのか。精霊樹からそれなりに歩いたので、安全マージンを含めているにしても精霊樹の成長力の凄まじさを感じる。


 現在でも地球では観光名所や保護認定されそうなレベルの巨木なのだが、サクラを見て分かるとおりまだ赤ちゃんなんだよな。さすが精霊樹、ファンタジー世界でも貴重な木だけはある。


 精霊樹でこの大きさとなると、ファンタジーの王道である世界樹はどれほど大きくなるのだろう?


「裕太ちゃん、妖精ちゃん可愛かったでしょー」


 ファンタジーな植物に思いをはせていると、作業が無く暇なディーネが話しかけてきた。


「まだ全身を見たことがないから分からないかな」


 バランスが悪い雪だるま状態しか知らないので、さすがにまだ評価を下すことができない。


 俺の言葉に興味を持ったディーネに、妖精と出会った状況を説明すると可愛らしいわねと言いながらクスクスと笑うディーネ。


 こういう姿を見ると母性たっぷりな女神のように見えるんだけどね。


 俺とディーネが話している間も、ノモス達は順調に作業を進めていく。昨日の俺には痕跡すら見つけられなかった状態からフェアリーリングを復元できたノモス達からすると、二度目の再現など容易いことなのだろう。


「裕太、妖精の花蜜酒をお願い」


「了解」


 ヴィータに言われて妖精の花蜜酒を取り出しひしゃくを添えて渡す。


 ヴィータが昨日と同じくキノコに妖精の花蜜酒を掛けて、キノコに妖精の門を開くようにお願いする。


「綺麗な玉ねー」


 ディーネが妖精の門を見て感心しているが、体がジリジリと妖精の花蜜酒に近づいていっている。ディーネ、お前もシルフィと一緒……あ、シルフィも近づいている。


 二人を見ないようにサクッと妖精の花蜜酒を魔法の鞄に収納する。舌打ちしてもダメだからね。


「さて、じゃあお茶でもしながら妖精が来るのを待とうか」


 時間がかかるだろうし昨日と同じくお茶の準備を始める。さて、今日のおやつはなんにしようかな?





 のんびりした時間が一時間ほど続き、お茶のおかわりついでに妖精の門を近くで観察する。


「えっと、こんにちは」


 そしてその最悪なタイミングで妖精が門から顔を出してしまう。


 焦りながらもなんとか挨拶を絞り出すが、妖精は顔を恐怖に引き攣らせたまま固まっている。


 無理もないか。警戒対象が突然目の前にドアップで現れたんだからな。怖いに決まっている。


 このままだと話が進みそうにないし、妖精がショック死しそうなので、クマに出会ったかのごとくゆっくりと後ずさりをして、シルフィと交渉役をチェンジする。


「おはよう。昨日の約束通り来てくれたのね。ありがとう」


「…………おはよ」


 しまった、まだ朝だから挨拶はおはようだった。なるほど、それで返事がこなかった……訳がないか。たしかに間違いだが、俺と顔を合わせた妖精の顔にそんな間違いに気が付く余裕はなかったもんな。


 ある意味最悪のサプライズをかましてしまったんだし……。


「トゥル、タマモ、ムーン。妖精が来てくれたから、ベル達やジーナ達を呼んできてくれるかな? あと、まだ妖精は緊張しているみたいだから、静かに合流するようにも伝えてね」


 ベル達とジーナ達を妖精と会わせるために、トゥル達に小声で伝言をお願いする。


 これで少し経てばみんな集まってくるだろう。


 人が増えることで妖精の警戒心が増す気もするが、楽園に誘致することを目的としているのだから、最低でも楽園に居る人間には慣れてもらわないと困る。


 妖精の誘致は成功させたいが、その結果としてジーナ達に窮屈を強いる結果になったらマイナスでしかないからな。


 集まってくるメンバーの分の椅子と飲み物、お菓子を用意する間も、シルフィと妖精の会話がぽつりぽつりと繋がる。


 やはり人間と精霊では信頼度にかなりの差がある様子だ。


「そういえばお土産はどうだった?」


 お、自信作のチョコレートの感想が聞けるようだ。シルフィ、ナイス質問。


「……たべてない」


 ぱーどぅん?


「あら? 毒など入れていないのだけど、警戒させちゃったかしら?」


 あ、それもそうか。自分の世界に引きこもる原因となった人間の渡したお土産を迂闊に食べるほど妖精の警戒心が薄い訳がないよな。


「どくがないのくらいわかる」


 妖精は毒の有無を判別できるらしい。ならなぜ食べない?


「そうなの? なら食べたらよかったのに。私のお勧めは中にお酒が入ったやつね」


「……くろくて食べ物にみえない」 


 見た目の問題!


 そういえばチョコレートを初めて見せた時、シルフィ達も疑っていたな。まあ、あれは木の枝を模した物だったから仕方がないけど……。


 今回のチョコレートセットはフルーツチョコとか色々と見た目も華やかだったのだけどな……黒いのはなかなか食べ物と認識し辛いのか。


 ホワイトチョコレートに失敗したのが痛かった。


「そう、残念ね。でも、美味しい食べ物だからその気になったら試してみてちょうだい」


「…………」


 シルフィの言葉に無言を貫く妖精。微塵も信じていない。


「……裕太。分かりやすくて美味しい甘味をお土産に用意してあげて」


 シルフィから難問が振られる。まだ甘味で妖精を篭絡することを諦めていないらしい。


 まあ、他に説得する方法も思いつかないからしょうがないが、そんな都合の良い甘味を俺に選べと?


 これまでも色々と甘味は作ってきたが、分かりやすいとなると……あぁ、プリンとかパンケーキとかかな?


 んー、プリンはプルプルだからスライムとか俺が想像もしていない理由で拒否される可能性がある。


 信用を築けていたら別だろうが、微塵も信頼されていない状況だと少し冒険な気がする。


 となるとパンケーキかな? パンケーキならパンに似ているから抵抗感は少なそうだ。そこにルビーが作った各種ジャムやバター、そしてハチミツを添えておけば喜んでもらえる気がする。


 おっ、ちょうどいいタイミングでベル達やジーナ達がやってきた。みんなに先にパンケーキを食べてもらって、その様子を妖精に見せたら警戒心も薄れるだろう。


 これならいけるか?


読んでいただきありがとうございます。

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妖精は想像以上に警戒心が強いな、 精霊達との交流を知らない世代だとしたら引きこもった後に産まれた世代かも知れないが、 当時一体何があったんだろう。 大精霊でもフェアリーサークルを作るのは骨なのだから他…
黒くて食べ物に見えないのならパンケーキに溶かしたチョコレートをかければ 美味しい✕おいしい=トテモオイシイになっていいじゃない! それはそうと妖精の詳細な容姿は今回も分からず 気になる…
チョコ溶けないか心配。妖精ってパンわかるのか?ジャムとか蜂蜜なら抵抗はなさそうだよね。
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