五十六話 冷却期間?
売り言葉に買い言葉でちょっと乱暴な事を言ってしまった。俺ピンチ。
「ほう。お前は俺に丁寧にお願いしろと? 新人冒険者が調子に乗り過ぎなんじゃないのか?」
ギルマスもヒートアップしてます。この状況って不味いんじゃなかろうか? ただでさえ詐欺師扱いなのに、ギルマスに喧嘩売っちゃった? まだ冒険にすら出て無いのに、冒険者としての俺、終わりそうです。俺、土下座するべきなのかもしれない。
「調子に乗り過ぎ? お願いの仕方も分からん馬鹿に、人に物を頼む時の作法を教えてやったんだよ。一つ賢くなって良かったな」
違うんです。違うんですよ。喧嘩を売る気は無いんです。ただ口が止まらないんです。シルフィ。準備運動は必要無いよ。穏便に、何とか穏便に済ませるから。ベル、気付かれないからってギルマスの頭の上で遊んじゃ駄目。
「本気で命が要らんらしいな」
要るよ。命ってとっても大事な物なんだよ。俺の異世界生活がウハウハな予定から、バイオレンスに移行しようとしている?
ギルマスを見るとミチミチって音がしそうなほど、額に血管が浮き上がっている。穏便に済むのか? 取り合えずこの場所から脱出したい。何か事件でも起こらないものか。迷宮から魔物が溢れ出すとかでもこの際オッケーだ。
「脅しがショボイな。素直に殺すと言えよ。なんだ? 世間体か? 後でコッソリ始末する為に言葉を濁しておきたいのか? 姑息で小心者か……ぷっ。救いようがないな」
穏便に済ませたいんだけど、ギルマスの顔を見ていると、ムカムカして抑えが聞かない。出会いが最悪だったからか? このままだと本気で殺し合いに発展しそうだ。さっさと逃げよう。
「脅し以外に言う事は無いのか? 時間の無駄だな。もう帰って良いか?」
怒りで言葉が出ないのか、パクパクしているギルマスに言う。お願いここで頷いてちょうだい。もう二度とギルマスには会いに来ないから。お互い関わり合いにならないようにしましょうよ。
「ふざけるなよ」
おおう。腹から絞り出すような声だ。シルフィがいなかったら漏らしてそうだ。何で頷いてくれないんだよ。ここは冷却期間が必要でしょ。お互い距離を置いて冷静になろうよ。煽っているのは俺なんだけど。
「ぎ、ギルドマスター。このまま話を続けるのは問題が起こりそうです。一度冷静になる時間が必要だと思われますが」
おお、エルティナさんありがとうございます。とても助かります。ギルマス。乗っかって。いや、先に俺が乗っかろう。ここは嫌みな言葉を混ぜ込まないようにして、冷静に別れよう。
「そうですね。冷静な話し合いは出来そうにありませんし、俺は帰りますね」
立ち上がり扉に向かう。ギルマスは何も言葉を発しない。俺が扉から出ると一緒にエルティナさんも出てきた。エルティナさんの後ろに付いて行くと、ギルマスの部屋から何かが壊れる音が聞こえて来た。荒ぶっていらっしゃる。
「えーっと、エルティナさん。魔石の換金をお願いしたいんですが」
エルティナさんが俺を見て、とても困った表情をした。さっさと帰れよって事だよね。分かってるよ。でも今の状況だといつ迷宮都市にいられなくなるか分からないし、買い物の資金が必要なんです。
「私としては速やかに此処を去られる事をお勧めします」
言葉に出して言われてしまった。その位の空気は読めるよ。でもしょうがないんです。
「あはは、そうなんでしょうけど、資金が必要なのでお願いします」
「ふぅ。分かりました。こちらに……」
ため息を吐かれてしまった。エルティナさんにはご迷惑を掛けまくりだな。ごめんなさい。ついて行くと奥まった部屋に通された。内密に事を進めるための部屋だそうだ。俺の場合はカウンターで対処すると、問題が起こりそうだから此処なんだそうだ。
「では魔石をお願いします」
エルティナさんにトレイの上に魔石を出すように促された。魔法の鞄からジャラジャラと魔石を出す。ドンドンドンドン魔石が出て来る。こんなにあったのか。
「エルティナさん。全部乗りそうにないんですがどうしましょう? まだ半分ぐらいなんですが……」
エルティナさんの口元が引きつっている。マジすみません。
「では、こちらにお願いします。ですがどちらでこれ程の魔石を?」
「死の大地ですね。ゾンビの魔石は気持ち悪かったので殆ど入っていません。あと洗浄もちゃんと掛けているので、清潔ですよ」
新たにトレイを用意されてそこにも魔石を出す。ギリギリで収まった。いくつあるんだろう? ゾンビの魔石を取っていたらこれの倍はあったのか。もったいなかったかも。
「死の大地! なぜあのような場所で!」
物凄く驚かれた。
「まあ、訓練です」
他に言いようが無い。
「そ、そうですか。では確認させて頂きます」
一つ一つ魔石を確認しながら別のトレイに並べて行く。これはEランク、これはDランク、これは……ぶつぶつ言いながら確認している。
スケルトンがEランク。ソルジャーはDランク。ナイト、メイジはCランク。ジェネラルはBランク。リッチはAランクって前にシルフィに教えてもらった。全部で幾らになるのか楽しみだ。
まあ、Aランクの魔石もある程度の価値は有るらしいが、素材の方が高値で取引されるらしく、物凄い大金は期待できないらしい。
ちなみにスケルトンとゾンビに素材は無いそうだ。世知辛い。死の大地って素材としても死んでいる。ある意味一貫していて凄い。
でも知らない間にAランクの魔物と戦わされていてビビった。普通Aランクとかもっと何かリアクションがあるよね。シルフィに聞いたら勝てるんだから問題無いわよって言われた。あまり納得できなかったな。
「これは……裕太さん、この魔石はBランクですよね?」
「うーん。魔石の見分けがつかないので分かりませんが。Bランクの魔石なら三つはあるはずですよ」
「裕太さんは冒険者ギルドは初登録ですよね? 精霊術師の事もよく知らなかったみたいですが、どのような生活をされていたんですか? 服も変わっていますよね?」
疑われてる? まあ、怪しさ満載な自覚はある。
「初登録の単なる田舎者ですよ。服装が変わっているのは遠い所から来たからですね」
地球ってどの位距離があるんだろう? 物凄く遠いのは確かだと思う。
「何か隠していませんか?」
「隠し事は沢山ありますよ。でも悪い事はしていませんので、安心してください」
全然安心してくれてないな。目つきが完全に不審者を見る目をしている。
「裕太さん。それで安心できるとお思いですか? そもそも、裕太さんのおっしゃる初登録の田舎者が、Bランクの魔石を三つも持っている時点で怪しいのですが」
怪しいとハッキリ言われてしまった。
「そう言われましても、自分が怪しくないとどう証明したものか。ちなみにその魔石の山の中にはAランクの魔石も入っています。リッチの魔石ですね。怪しさが増しましたか?」
言い訳は無駄っぽいので開き直ってみる。
「………………どうやって手に入れたんですか?」
「あはは、倒して手に入れたに決まってますよね」
疑惑の視線が酷い。ギルドの受付嬢といい感じは幻だったみたいだ。ここからの挽回は可能なのか?
「ギルマスに報告しておきます」
「ランクアップしてくれますかね?」
「依頼を受けて、実力が証明されれば可能性はありますが、正規のランクアップ以外はギルマスの許可が必要になります」
分かりますねって目で見るエルティナさん。分かりましたと目で返事をする俺。一足飛びで高ランクは無理だな。ギルマスの判断とか、除名以外は認めないだろう。切ない。
「エルティナさん。今度からギルドで依頼を受けるつもりなんですが、ギルマスを怒らせたから依頼の受理を拒否されるとかありますか?」
「迷宮都市に滞在されるつもりなんですね。ギルマスが裕太さんに処分を下さない限り、依頼の受付を拒否する事はありません。ですが裕太さんとパーティーを組む方もいらっしゃらないと思いますので、大変だと思いますよ?」
悪い事言わないから、別の場所に行きなさいって顔だな。
「精霊術師だからですか?」
「それも大きな理由の一つですが、ギルマスとの揉め事もギルド内で共有しない訳にもいかないので、確実に避けられます」
あー、うん。評判ががた落ちだな。ギルマスに喧嘩を売るような奴と仲良くしないよね。ソロ確定か。……いいもん。俺にはシルフィ達が居るんだから寂しくないもん。
「まあ、俺はソロでも大丈夫なので、依頼の受理が可能なら問題無いです。魔石の代金で色々買い物がしたいので、お店も紹介してくれませんか?」
「……何が必要なんですか?」
もう勝手にしなさいって感じだな。でもエルティナさんの忠告に従って迷宮都市を出たら、喜ぶのはあのギルマスだ。それは楽しくない。
「服。防具。家具。調理道具。食材。調味料。本。ってところですね。お願いします」
「分かりました。では換金の時に地図をお渡しします」
完全に諦められたのか、その後は会話も無く、無表情のエルティナさんを眺めるだけで終わってしまった。Aランクの魔石が出て来た時だけ、少しピクッっとしていた。
「では、少々お待ちください」
そう言ってエルティナさんが部屋から出て行った。
「裕太。私に任せていたら、こんな態度を取られる事は無いわよ。今からでもやっちゃう?」
「やっちゃう?」「キュキュー」「どんってする」「クーーー」
シルフィ。楽しそうだな。ベル達は何をするのか分かってるのかな? トゥルのドンってするって微妙に怖い。でもお任せしたら周辺が地獄に変わりそうなので止めておこう。
「今のままでいいよ。バカにして見下してた奴が、大活躍した時のギルマスの反応が面白そうだ。みんなが居れば大活躍は間違い無いよね? ゆっくりと迷宮攻略を楽しむつもりだったけど、気合を入れて頑張るからシルフィも協力してね」
「……裕太。性格悪いわよ」
うん。ギルマスに姑息な嫌がらせって言っちゃったけど、俺の方が姑息な事考えてるね。
「確かに性格が悪いかな。ねえ、シルフィ。性格が悪すぎたら精霊に見捨てられたりする?」
見捨てられたら大ピンチだ。
「内容によるわね。自然のバランスを崩したり、外道な行いをしなければ問題無いわ。あとは精霊とのコミュニケーションしだいね。精霊だって感情があるんだから、今回みたいな事の仕返しは問題無いわよ。だいたいあの男は精霊術師どころか精霊まで馬鹿にしてるわ。ふふ、裕太。あなたは私の契約者なのよ、分かっているわね?」
何を? って言いたいところだけど、言いたい事は目を見れば分かる。シルフィもちょっとイラついていたんだな。俺よりも沸点が低いのかもしれない。
精霊って清廉潔白で自然を愛するイメージだったんだけど、思った以上に俗っぽいのかも。ディーネも結構自分の欲に忠実だし、いまさらか。まあ、あのギルマスはぎゃふんと言う事になるだろうな。
読んでくださってありがとうございます。




