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フルコース

 フロンティア3号で太陽系を飛び立って早10年が過ぎた。

 この小型の外宇宙調査船はその積載量から、人間は一人しか乗れなかった。その間、搭乗員は当然ながら一人で外宇宙を漂う事になる。

 肉体、精神、学力。全てで高い水準を求められ、尚且つ孤独に対する耐性と適正も求められる科学調査員は文字通りエリートだ。

 俺もその一人として地球を飛び出すときは盛大に見送られたものだ。

 同じ調査船は200隻ほど作られ、上位陣から低い番号を割り振られたため、自分の成績は3位だった事になる。自慢になるがエリート中のエリートだという自負はあった。

 孤独に対する適正もあると思っていた。昔から緘黙で人付き合いが苦手だった。幼いころから基本一人で本を読むのが好きだった。

 だから、今回の任務は何の問題もなく遂行できると思っていた。


 大きな間違いだった。俺は今、発狂寸前だ。

 丸10年。誰とも、一言も会話を交わさないという事がどれだけこたえるか分かっていなかった。

 最初は良かったんだ。太陽以外の恒星、未知の鉱物、ブラックホール。全てが新鮮で新しい発見は興奮の連続だった。

 テラフォーミング可能な惑星を見つけた時は、人類史に己の名前が残る事に大興奮して違う意味で発狂しかけた。

 だが、それは長くは続かなかった。星々の煌きに目を輝かせたのは最初の数日だけだ。基本真っ暗で変化のない宇宙空間。彼方にある星の光は僅かで心細い。地球を眺めている方が余程変化があるというものだ。

 未知の鉱物だって、何十種類も見つけたら段々飽きる。この狭い調査船で詳しく調べられるわけじゃないから、サンプルを持ち帰るだけ。ただのお使いだ。

 ブラックホールなんて興奮したのは最初の1つ目だけで、後は死を招く危機でしかない。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」


 声にならない声。何の意味もない音の振動。それが自分の口から洩れる。

 今すぐにでも任務を放り出して地球に帰りたかったが、その場合は莫大な違約金が発生する契約だった。契約書を渡された時は「なんの意味が?」と首をかしげたが、こういう事か。

 畜生! 宇宙開発局のお偉方の連中、この事態を最初から想定していたな! このただ広いだけの真っ暗な空間を、あと10年も彷徨わないといけないのか!!

 積載量の関係から食事はインスタント食品かレトルトのみ。これも精神を病むのに十分だった。

 もう嫌だ! 人と話したい!! 号泣しながら見送ってくれた両親に会いたい! 出発する前に食べたステーキ、寿司、ラーメン!! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!


「くぇrちゅいおp@!!!」


 肺の中の空気を吐き出しながら叫ぶ。両目から涙が滝のように流れ落ちる。地球を飛び立ってから、初めて流した涙だった。

 僅かな体温を保ったまま、それは冷たい調査船の床に落ちて気化して消えた。


 瞬間、目の前の宇宙が一回転した。星空の定点観測のように、星々の光が線を引いて元の位置に収まった。


「………は???」


 調査船が回転したのなら問題ない。だが、今は自動操縦中で俺は操縦桿に触っていない。それとも、俺の目か精神がおかしくなったのか? もしかして、スラスターがいかれたのか? 船の故障も、当然自分一人で対応しなくてはならない。くそったれ! 泣きっ面に蜂だ。

 その時、もっとあり得ない物を見た。目の前の宇宙空間に、一軒の小料理屋が浮いていた。


「…!????????」


 今度こそ、言葉を失った。本格的に俺の精神がいかれたのかと本気で心配になった。


「もしかして…、エイリアンの宇宙船か?」


 それなら話は別だ。形はとても宇宙船には見えないが、地球の常識を宇宙人に当てはめるのは愚かというものだ。見よ! あの扉から零れ出でる光の暖かさ!

 とりあえず宇宙服に着替えて船外に出てみる。

 

 後から思えば、やはりこの時の俺はおかしくなっていたのだろう。あり得ない物を見て混乱するよりも、誰かと話せるかもしれないと言う期待の方が大きかったのだから。




 扉を開けて中に入る。そこには4人掛けのテーブルが2つとカウンター席が5つ。客はいない。

 無人船か? 中の様子よりもその事にがっかりする。


「はは…、何を期待していたんだ俺は…。」


 こんなところに人がいるわけがない。ガックリと肩と視線を落とす。


「いいえ、ちゃんといますよ。」


 突然、声を掛けられた。余りにも懐かしい、他人の声。慌てて顔を上げると、目の前にどう見ても小学校低学年にしか見えない少女が割烹着姿で立っていた。


「志乃ちゃん料理店へようこそ。料理長兼店長の志乃と申します。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください。それと…、たくさんおしゃべり、しましょうね。」


 頭の中は?マークで一杯だが、そのニコニコ笑顔に疑問を口にすることは出来なかった。

 何よりも、10年ぶりの他人の声だ。そっちのほうが重要だった。


「今日は特別なお客様ですから、特別に奥にご案内いたします。そちらの方がゆっくりできますから。さあ、こちらへどうぞ。」


 志乃と名乗る少女がに促されるまま店の奥に進むと、そこには畳の敷き詰められた座敷があった。


「おおっ!?」


 正直、これだけで感動ものだ。思わず声が漏れる。


「さあさあ、堅苦しい宇宙服は脱いでリラックスしてください。ここは如何なる状況下でも人が過ごせるように調整してありますから、空気の心配はいりませんよ。」


 直ぐに宇宙服を脱いだ。船内服は結構ラフなのだが、全く意識しなかった。そんなことよりも畳に触れる。稲わらの手触り、匂い。祖父母の家に敷かれていたものと同じ匂いがした。

 畳の匂いついでに、空気を胸いっぱいに吸い込む。船内の無機質な空気と違い、新緑の香りがする。地球を発つ前は何の気もなしに当たり前のように吸っていたそれが、たまらなく愛おしく、美味しかった。 この空気だけで金を払っても良いくらいだ。


「メニュー表です。飲み物、食べ物。好きなのをご注文ください。何でも出せますよ。」


 渡されたメニュー表に載っている写真だけで涎が出てきた。酒も食い物も選び放題だ。


「あ、あの。…じゃ、じゃあ生ビールを。そ、それとス、ステーキとお任せ握りと…豚骨ラーメン。あ、あとマルゲリータを…」


 なんだ? うまく伝えられない。緊張で口がスムーズに動かない。俺は緘黙ではあったが、こんなどもるような人間ではなかったはずだ。10年の孤独と無口はこうまで喋る行為を退化させてしまうのか。

 注文の品も一貫性がなくて滅茶苦茶だ。食い合わせもへったくれもない。しかも、油ものが多い。出発する前はむしろあっさりしたものが好きだったはずなんだがな?


「ふふ。慌てなくて大丈夫ですよ。ご注文はちゃんと承りました。それでは、ごゆるりとおくつろぎください。」


 志乃と名乗った店長は正座してスッと三つ指をついてお辞儀をする。その動作は優雅で気品に溢れるものだった。

 すぐにビールが運ばれてきた。瓶もグラスもキンッキンッに冷えていやがる。グラスに注ぐと、ジュワワッという音と共に黄金色の液体と雪化粧の泡がグラスを満たした。


「う、うぉぉぉ。。。」


 麦芽とホップの香りが鼻を刺激する。夢にまで見たビールが実際に自分の手の中にある。地球にいたころは何を感じるでもなく飲んでいたそれが、今たまらなく愛おしかった。

 思わず両手でグラスを掴んで一気に口に運ぶ。最初はゴクッと言う音がすぐにグビグビグビに変わった。

 カンッとやや乱暴にグラスを置く。決して小さくないグラスの中身は空だ。一気飲みしてしまった。良い子も悪い子も真似をしてはいけない。


「ぶはぁぁぁぁぁーーーー。」


 深く息を吐く。麦芽の残り香すら惜しい気がする。それくらい、体中に染み渡った味だった。これが夢幻だろうが、たとえ麻薬だろうが今の私は全く気にしないだろう。本当に犯罪的に美味しい一杯だった。


 続いて出てきたのは鉄板と重厚な肉の塊だった。まさか、目の前で焼いてくれるのか!?


「そのまさかですよー。」


 彼女はそう言って、鉄板に油を敷く。ただの油じゃない。ごま油だ。

 シューという音と共に、ごま油の香りが鼻の奥を刺激する。あかん、この匂いにすら金を払いたいくらいだ。

 薄くスライスされたニンニクの香りがこれまた、たまらない!

 そこに豪快に肉が投入される。ジュワワワワーという音と共に肉が焼かれる。この香りは・・・まさか和牛か!?


「もちろんです。それもA5の霜降り和牛ですよー。ふふん、私もこれほどの大きさの肉をこうやって豪快に焼くのは久しぶりです。」


 し、霜降りのA5等級の和牛!? それもあんなでかい。。。300g? いや、400はあるか? 地上で注文したらどれくらいの金額になるのか見当もつかない。


 塩コショウがふられ、そこに壺? から取り出された液体が乗る。


「門外不出の特製ソースです。うんまいですよー!」


 その言葉だけで心が躍る。焼かれる間中、涎が止まらない。いったい何度唾を飲み込んだかわかならい。

 そして、出されたミディアムレアの和牛ステーキ。付け合わせはシンプルに人参とブロッコリー。

 即座にがっつく。一口、口に入れただけで視界に牧場の景色が広がった。

 悠々と草をはむ牛達。牧草とストレスフリーで育てられた牛の肉の柔らかさが舌全体をノックする。噛むたびあふれる肉汁は口全体を潤し、歯の一つ一つが喜んで踊りだしかねない勢いだ。いや、これはもう租借がダンスでカーニバルだ。

 そんな意味不明な感想が頭をよぎる。

 そんな濃厚な肉のパンチに、醬油ベースとワインをベースにしたさっぱりソースが上手く調和して味をくどくさせていない。濃厚なのにさっぱり。幾らでも食べられそうだ。


「美味い! 美味い・・・!」


 味を感じないはずの胃ですら肉とソースの味を楽しんでいる気がする。

 付け合わせの人参とブロッコリーも美味い。こちらは特別な味付けはなにもされていないはずなのに、人参本来の甘みとブロッコリーのシャキシャキ感がたまらなく心地いい。

 ただの人参とブロッコリーに感動する日が来るとは思わなかった。

 ステーキと一緒に、あっという間に平らげてしまった。


 これだけでも大満足なのに、続いて出てきたのは新鮮な寿司ネタ達。

マグロ、サーモン、イカ、エビ、イクラ、ウニなどの定番から、タイ、ブリ、アジ、サバ、カツオ。アナゴ、タコ、ホタテ、赤貝、ツブ貝。そして卵とキュウリ。

 これは・・・出張寿司スタイル!


「さて、こちらでも久しぶりに腕を振るいますか。」


 そう言って、ねじり鉢巻きをしながら腕をまくる彼女。手に取った包丁は何とも美しい、濡れているかのような霞仕上げ。特に包丁に詳しいわけではないが、本当にすごいものは素人でも凄いとわかるものだ。ゆえに、包丁一つで彼女の料理人としてのレベルとプライドがわかる。間違いない、一流だ。それも、超が付く一流。

 彼女の手に取られたマグロの切り身が、音もなくスッスッスゥ~と裁かれていく。何の淀みもない手慣れた手つき。

 シャリを手に取り重ね合わされ、目の前に出された大トロは、ネタはもちろん米も輝いていた。


「大トロ、お待ち! 遠慮せずにパクっとどうぞ。」


 言われずともそのつもりだ。箸を手に取り、わさびをトロにのっける。シャリに醤油が付かないように慎重に扱い、口に入れる。

 肉とは違う、魚の油の美味さに唸る。寿司は地上にいた時に、回転ずしなどでそれなりに食べてきたが、あれとは次元が違う美味さ。

 続けて出てくるサーモンやエビも一口でいく。こんな美味しい寿司は、本当ならもっと味わうべきなのかもしれないが口が止まらない。胃が早くこちらにも寄越せと催促してくる。

 

「うっぉおぉぉぉぉぉお。。。」


 言葉にならない嗚咽と共に、出されるネタを口に運んでは租借する。一つ一つのネタが、それに合わせられるシャリが、極上のハーモニーを提供してくる。この旨さの前には美味いという言葉すら足りない。なんと表現したらよいのだろう。


 〆の卵すら、出汁が染みてて格別の美味しさ。これほどの寿司、高級店ですら味わえないだろう。


 寿司店特有の熱いお茶を味わいながらすこしまったりしていると、次に出てきたのは巨大な寸胴。既に煮立っているようで、グツグツいっている。

 運ばれてくるチャーシュー、煮卵、メンマ、ネギ等の具剤が目の前で手際よく調理されていく。

具剤を切り終わると即座に麺の準備。麺をてぼ(麺を茹でて湯切りするあれ)に入れたらクルリと一回転させるパフォーマンスのあと湯の中へ。

 丼にタレと調味料が注がれ、そこに熱々のスープが注がれる。これまた濃厚な豚骨の香り。鼻の奥の嗅細胞が刺激され、脳のスイッチが入る。ステーキと寿司で一杯のはずの胃が再度鳴る。

 2分きっかりに茹でられた麺がチャッチャッと上げられ、スープの中へ。チャーシュー、煮卵、メンマ、ネギ、海苔が次々とトッピングされ、夢にまで見た豚骨ラーメンが差し出された。


「お待たせしました! お熱いうちに召し上がれ。」


 言われなくとも! レンゲでスープをすくって一口。

 骨髄から染み出したコラーゲンが、クリーミーな香ばしさとコクを生み出している。口の中を潤したそれは、その勢いのまま喉の線毛細胞の一つ一つを潤しつつ胃に到達した。

 先ほど食べた肉と寿司はどこへいったのだろう? 温かいスープが胃を満たし、体全体が熱を帯びる。

 皮膚に、骨に、軟骨に、血管に、コラーゲンが行きわたっていく。。。


 続けて麺。濃厚なスープが絡んだそれはこれ以上ないほど輝きを放っている。ズルズルと一気にすする。スープのクリーミーさを十分に吸った、コクを湛えつつも細麺ゆえにつるつるとした喉越しと歯切れの良さでしつこくならない。

 ガツッとくる分厚いチャーシュー。黄身がトロリと舌で溶ける煮卵。安心安定のメンマ。シャッキシャキのネギ。海苔はスープに浸かっていないところはパリパリ、浸かっている部分はスープのコクと海苔の風味が合わさった何とも言えない味わい。


麺も具もかけら一つ残らず全て平らげ、残ったスープも一気飲み。


「ブッハァァァァァァーーーーー。」


 美味い。塩分糖分脂肪が多い物は体に悪い。その代表格たるラーメン。でも今はそんなことは知ったこっちゃない。この味を味あわないほうが犯罪だ。

 スープを飲み干した後のビールも格別だ。口と喉に残る油を胃に流してくれる。ラーメンの残り香とビールの麦とホップの香り。たまらない。


 ここまでで十分だったのに、最後のお楽しみが待っていた。運ばれてきたのはピザ窯とトマトソース 、モッツァレラチーズにフレッシュバジル 。そして、小麦粉の塊。それ以外にも調味料が幾つか。

 

「見ていてくださいね」


 彼女は笑みを浮かべ、生地を手に取った。軽く叩き、フワリと空中で回す。瞬く間に生地は薄く広がり、縁だけがふっくらと盛り上がった完璧な円が生まれる。見事な手つきだ。

 完成された生地にトマトソースが塗られる。真っ白な生地に描かれる赤。塗り方のそれは、まるで絵画でも描いているかのようだ。

 モッツァレラチーズがのせられ、オリーブオイルがそこに加えられる。

 一連の動作全てが、洗練されていた。プロでも中々このレベルはいないのではないだろうか?

 

「マルゲリータはすぐに焼きあがりますからね。でも、その間に一口どうぞ」


 そう言うなり、ピザはピザ窯へ。そして出される白ワイン。透き通ったワイングラスに注がれた淡い黄金色に輝くそれは、ほんの少し口に含むだけでイタリアのナポリの情景をありありと映し出した。

 10年ぶりのワインに酔いしれている間に、ピザは焼き上がった。最後にバジルがのせられて完成。


「シンプルゆえに、過去でも未来でも大人気! 人々に変わらず愛されるマルゲリータ、おまちどおさまです! 好きな大きなでどうぞ。」

 

 ピザカッターを手に取る。普段なら8等分くらいだが、今だけは4等分だ。てっぺんからかぶりつく。

 トマトのフレッシュな甘さと、モッツァレラチーズのトロリとした優しい甘みが舌で合流する。そこにバジルのオリーブオイルの香りがアクセントとして加わり、口の中でカーニバルが始まる。いや、イタリアのナポリだからこれはタランテラか? とにかく、舌と歯が喜んでいるのが分かる。

 租借のたびにダンスは速さを増して会場の熱気は最高潮に達していく。この熱気を早くこちらにも寄越せと胃が催促してくる。まあ待て、焦るな。しっかり味わった後で、おすそ分けしてやる。




 注文したものは全て出てきた。満足以上の満足だ。ここが実は天国で自分はもう死んでいたとしても後悔はない。

 そんなことをワインの最後の一口を飲みながら考えていると、彼女は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「まだコースは完成していません。ここからがある意味で本番です。」


 な、なんだと!??? 今までのが前座? あれほどの料理達が??

 困惑している自分の目の前に、彼女が出してきたのは缶ビールとポテトチップス。オーソドックスなうすしお、のりしお、コンソメパンチから、堅あげポテトに黒トリュフまで種類は色々。


「沢山お話しましょうと最初に言いました。今からはお話タイムです。あなたが見てきたもの、この旅で感動したこと、つらかったこと。全て教えてください。私も飲ませていただきます。」


 な、なんという! なんという背徳的な行為!! あの絶品料理達の後に、ジャンクフード! これはまさに、高級料理店で食事をして味は満足したけど何か物足りないと、家に帰った後に口直しするあれではないか!! しかし、抗えない!!


「い、いいのか!? あれほどの心づくしの料理の後で、これは?」

「もちろんです。料理とは、お腹を満たすだけが目的ではありません。心を満たすのが料理です。心が満たされて、初めて料理は完成するのです。」


 そ、それなら。。。

 一つ手に取って口に運ぶ。パキッ、パリパリ。う、美味い! 何の変哲もないただのノリ塩なのに、ジャガイモの土のにおいと海の香りが脳髄を直撃する。

 無我夢中で何枚かを一気に頬張る。口の中でバリバリ砕ける音と感覚がたまらない。飲み込んだ後の残り香と、チップの残りカスはビールで流し込む。ゔまずぎる!!

 極上の料理とは違う、誰もが知っている安定の味。それがこうまで美味に感じるとは!!

 急に酔いが回ってきたのか、饒舌になる。


「は、はじめは本当に楽しかったんだ。未知の空間、知らない物質、ブラックホール。でもそのうち・・・」


 口が止まらない。ポテトチップスと缶ビール片手に居酒屋で愚痴を延々垂れる中年オヤジのように、俺はこの旅で見たこと、感じたこと全てを語った。これからの不安も。

 彼女はそれら全てをただ黙って聞いて、受け入れてくれた。


「孤独がこんなにつらいとは思わなかった。本当に苦しかった。他の隊員たちはどうしているだろうか? 俺だけがこんな感じなのだろうか?」


 こんな風に弱音を吐く日が来るとも思わなかった。でも、吐き出せてよかったと思う。

 そんな俺に、彼女は。


「ふむ、そうですね。これはオフレコでお願いします。実はあなた以外にもご利用いただいた方が何人かおられます。ですので、これはあなただけの問題ではありません。そして、このお店は基本、同じ人の前には二度と現れません。施しが常態化すると、感謝は権利に代わってしまいますので。ですが、あなた方は別です。人類の発展と繁栄の為に、ある意味では詐欺に近い形で外宇宙に送り込まれました。たった一人で、碌な料理も作れない小さな宇宙船で送り出された。本来ならチームで長期間にわたって安定的に生活できる環境を整えるのが筋です。一部の人の利権と公約達成のための人身供養。これではあんまりです。ですから、本当に必要な時は再び現れることをお約束しましょう。決して、見捨てることはありません。ですから、安心してくださいね。」


 ほ、本当か!? 「見捨てることはない。」その言葉に涙が溢れる。この宇宙に、あなたは孤独ではないのだと言ってくれた。こんな嬉しいことはない。

 おっと、まだ言っていなかった言葉がある。この言葉を彼女に送らねば。目一杯の声を張り上げて感謝を伝える。


「ご馳走様でした!!!」




 気が付くと、元の狭い宇宙船フロンティア3号のコックピットにいた。

 さっきまでの経験は何だ? 宇宙空間に突然料理店が出現して、志乃ちゃんと名乗る少女がステーキと寿司とラーメンとピザを提供してくれた。

 船外カメラの過去映像を確認するが、何も映ってはいない。いつも通りの宇宙だ。

あれは夢か? それとも幻覚?? だが、それを胃と心が否定する。俺は確かに、絶品料理を味わい、彼女と会話し、心を満たされたのだ。

 彼女はオフレコで言っていたが、こんなこと地上に戻っても言えるわけがない。下手したら精神病棟に入れられるのが落ちだ。

 

「施しの常態化は感謝から権利に代わるか。至言だな。」


 この先どうなるかはわからない。再び発狂しない確証はない。でもなんとなく、自分はもう大丈夫だと思う。ありがとう、小さな料理長さん。

 俺は絶対にこの任務を完遂して、地球に帰ってやる!


 


 その後、彼のまえに志乃が現れることは二度となかった。男は英雄として凱旋し、その後の宇宙開拓の第一人者として、その名を歴史に刻まれることになる。




 志乃ちゃん料理店。それは必要ならばどこにでも現れる不思議な料理店。もしかしたら次はあなたの前に現れるかもしれません。




※面倒くさくなって色んな料理を一話に詰め込んだわけではありません。こんな状況におかれたら、とにかく色々食べたいだろうなと思いました。

※メニュー表は、地上の雰囲気を思い出してもらうために、今回はわざと出しました。



この作品ははっきり言って難産でした。

元々料理が得意でも何でもない私が、こんな料理店があったら素敵だなという想像だけで書きました。

作者青山が世に送れる唯一のほのぼの系となります。

エッセイを除けば、これが作者青山の最後の作品になると思います。

少しでも心暖かくなって頂けたら、幸いです。

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