第三話
俺の手を引いて歩き出した獅子堂だったが、当然彼女は俺の家を知らない。
「……店長の家、どこにあるんです?」
ビルの物陰を出て数歩。さっそくそんなことを宣う獅子堂に、俺はため息を吐いてしまう。
「こっちだ」
獅子堂と俺の手は、硬く結ばれたまま。
おまけに獅子堂は傘を持っていなかった。俺の傘に入るように体を寄せてくるものだから、彼女の感覚と体温を、直に感じながら夜道を歩く。
繁華街を、店を背にするようにしてしばらく歩くと、住宅街に入る。
途中、自動販売機が小さな明かりを付けているのを見つけた。
「なんか飲むか、獅子堂」
「奢りっすか?」
「この聞き方で奢りじゃなかったらどうかと思うぞ、俺は」
確かに、と苦笑しつつ、自動販売機の前で品定めする獅子堂。
その表情は、子供のように無邪気で、先ほどまでの落ち込んだ雰囲気が消えていることに、俺は幾ばくの安堵を覚える。
「じゃ、コーラで」
「俺はコーヒーにでもしようかな」
「またコーヒーっすか? 毎日カフェインばっかり摂取してると、体に悪いっすよ?」
それで、表情が明るくなったと思ったらそんなことを言ってきやがる。お前は俺の母親か、なんて軽口を叩きながら、俺はコーラを獅子堂に渡した。
二人でそれを飲みながら、更に夜道を歩く。
「……ここだ」
辿り着いたのは、二階建てのアパートだった。
昔ながらの木造アパート、と言った具合で、かなり古びて見える。初めて入居した時、見た目のボロさに「入居先ミスったかな」と思ったくらいだ。
「お。ここが店長のお家っすか」
「あんま大きい声出すなよ。木造で壁が薄いもんだから、隣の家の声、割と聞こえるんだ」
「りょーかいっす」
俺の部屋は入り口から見て一番奥にある。軋む扉を開いて、先に獅子堂を家の中に入れる。
「綺麗に整ってますね。店長、割と几帳面だから納得っす」
「そりゃ良かった」
今更になって『職場の後輩を家に連れ込んでしまって良かったのだろうか』と一瞬の懸念が頭を過るが、ここまで来てしまったものは仕方ない。
「部屋は奥の扉だ。傘を片付けるから、先に行ってくれ」
「はぁい」
この家は玄関を入ると廊下があり、右にキッチン、左に行けば風呂。まっすぐ進めば小さな部屋。
奥の扉に消えていった獅子堂を見送り、濡れた衣類を風呂場の洗濯カゴに放り込んで部屋に向かえば、獅子堂は。
「……何してる」
「今、店長の匂いを感じているところです」
部屋の片隅に置かれたベッドにダイブして、顔面を布団に押しつけているところだった。
「……変態か? 獅子堂がそんな趣味があるとはな」
「お前なぁ」
「あはは。流石にキモかったっすね」
そんなことを言いつつ、獅子堂は一向に顔を布団から離そうとしない。
「……獅子堂?」
なんだか様子が変だ。寝転がった獅子堂の肩をとん、と叩けば。
「店長」
「ん」
「……ごめんなさい。しばらく、このままにしてもらってもいいですか」
その声が、また震えていたモノだから。俺は何も言わず、スチールデスクとセットになったチェアに腰を下ろす。
先ほど買った飲みかけのコーヒーを口に含めば、なんとも言えない味がして。
俺は、一気に速度が遅くなったように感じる時間の中で、ただ獅子堂が顔を上げるのを待ったのだった。
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