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異世界で死に戻りしたからBadEndを回避したい  作者: くろぬこ


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20/23

【第20話】干渉×記憶×交差

 

 師匠達の戦いが始まってから、どれくらいの時間が経っただろうか……。

 体感的には、兎人の転生魔王と戦っていた時間を超えてるかもしれない。

 

 剣を構えたヴォルグを中心にして、青白い魔紋を全身に刻んだ師匠が、風の獣となって疾走している。

 二人の戦いの激しさを物語るように、鋼剣鬼の異名で知られるヴォルグの足元は、地表の様子がすっかり変わっていた。

 平らだった地面が、無数の斬撃痕と凹凸状の地表に変化している。

 

 魔女との兎狩り勝負を思い出す縦横無尽な動きで、兎人の首を跳ねた高速の剣が鋼剣鬼に迫る。

 だがヴォルグは、二メートルはあろう巨躯に見合わぬ素早さで、師匠の刃を剣で跳ね返す。

 

 得意とする足の速さを活かした、相手を翻弄する師匠の戦法に対し、鋼剣鬼は動き回らずにどっしりと構え、自分に接触する刃だけをひたすら叩き返している。

 異名に剣鬼が含まれているだけのことはあり、恐るべき集中力と反射神経で、あの師匠を相手に激しい剣戟の攻防を続けていた。


「そろそろ限界じゃねぇのか? クソジジイ!」


 兎人の時みたいに、言葉を交わす余裕もなかったのか、声を発すると同時に師匠の動きが急変する。

 黙々と初撃から攻め続けて師匠が、上下左右からの一撃離脱戦法を止め、いきなりヴォルグと真正面から刃を交えた。


「面白れぇことを言うじゃねぇか、チビスケ……。お前こそ、そろそろ魔力マナの限界じゃないのか?」

「そんなわけねぇだろうが! クゾジジイこそ、息切れしてるんじゃねぇのか?」

 

 間近で顔を突き合わせて、交えていた刃を一度外し、師匠が後方へ飛ぶ。

 ヴォルグから離れた場所に、師匠が軽やかに着地する。

 肩で息をしながら、睨み合う両者。

 両手に握り締めた剣を、大きく後ろへ逸らすようにして師匠が構えた。

 

「そろそろ終わらすぞ。全力でこいや、クソジジイ!」

「あ? 俺と力比べをするってか? 今のお前じゃ無理だぞ、チビスケ……」

「じゃかあしい! てめぇの剣を、叩き折ってやらぁ!」

「……もはや、見境みさかいなしの。獣だな……」

 

 溜め息混じりに青白い息を吐きながら、鋼剣鬼もまた剣を大きく後ろへ逸らす。

 地を跳ねた師匠が先に動き、相手との距離を一瞬で詰めた。

 響く鋼音と共に、激しく互いの刃がぶつかる。

 

「ウォオオオオオオ!」

 

 薙ぎ払いのヴォルグと師匠の振り下ろし斬撃が交わり、十字に交錯した刃と刃の間に火花が散った。

 どちらか分からぬ声量の咆哮が重なり、両者の力が拮抗する。

 

「それが全力か? チビスケ……」

 

 鍔迫り合いをしながらも、ヴォルグが更に一歩前へ踏み込んだ。


「――軽すぎるわッ!」


 力強く踏み下ろした靴底が地面に沈み、蜘蛛の巣状に亀裂が走る。

 全身に魔紋を浮かべた師匠が相手でも、鋼剣鬼は止められないのか、ヴォルグが豪快に剣を振り抜いた(・・・・・)

 離れたところにいる俺まで風圧が届くほどの凄まじさに、唖然としたが――。

 

 剣を振り抜いたヴォルグの後ろには、いつの間に回り込んだのか、剣を振り上げた師匠がいた。

 真っ二つになった、兎人魔王の最期を思い出す状況で、師匠が剣を地面に振り下ろし、決着――。

 

「……そんな弱い剣で、俺のハガネが通るわけねぇだろうが。チビスケ!」

 

 そう叫びながら、斬られたはずの(・・・・・・・)鋼剣鬼が身体を回す。

 ヴォルグの裏拳が師匠の胴体に突き刺さり、くの字に身体を折り曲げた師匠が、空高く舞った。

 俺の後方に飛んだ師匠が、先ほどの軽やかな着地とは違い、地面に叩きつけられ、地上を何度も跳ねるように転がる。

 派手に着地を失敗し、地面に寝転がった師匠へ、おもわず駆け寄った。

 

「師匠!」

「痛ッ……。もうちょいだと、思ったんだけどな……。魔薬がもうちょっと、抜けてたら、ゴフッ」

 

 地に両手を突いた師匠が、赤い血の混じった嘔吐をした。

 ……吐血。

 もう身体が、限界に……。

 

「師匠、剣が……」

「ケホッ。あ? ……あー。もう、折れちまったか……」


 長物だった鉄の剣が、半分ほど欠けた状態になっていた。

 師匠は大した驚きもせず、欠けたロングソードを放り投げる。

 

「クソジジイのハガネは使わせたから。魔力マナは大分、減ったはずだけどな……」

 

 ヴォルグの二つ名に、なんで鋼がついてるのかと疑問に思ってたけど、そういうことか。

 鋼剣鬼の、本当の意味は……。

 兎人を真っ二つにした師匠の剣技を、背中で受けたのに平気な面をして、こちらへ悠々と歩いて来る大男に目を向ける。


 俺達に剣が届く距離で、鋼剣鬼が足を止めた。

 怪物を前にしたような気持ちで、二メートルの巨躯を見上げる。

 剣で斬れないバケモノに、勝てるわけがない……。

 

「もう一押し、かな……」

「師匠……」

 

 口元に垂れた血を、手の甲で乱暴に拭い、師匠が立ち上がろうとする。

 でも力が上手く入らないようで、すぐに片膝を地に落とした。

 その様子を、なにをするわけでもなく、鋼剣鬼が静かに見下ろしている。


「弱くなったな、チビスケ……。酒と魔薬に溺れて、老いた俺の膝を折る力も無くしたか……」


 少しばかり悲し気な顔で、ヴォルグが師匠を見下ろす。


「なんだ、クソジジイ。わざわざ、待ってくれてありがとうよ……。すぐにぶっ倒して、やるからさ……。よいしょっと」


 歯を食いしばりながら、震える足でようやく師匠が立ち上がる。

 身体を左右にフラフラと揺らし、立ってるのがやっとな状態で、戦えるようにはとても見えなかった。

 

 師匠……。

 どうして、そこまで。

 

「どうして。この村のために、そこまでする……。リューネ?」

 

 俺の気持ちを代弁するように、ヴォルグが尋ねた。


「勘違いするなよ、クソジジイ。この村のためじゃねぇ……。この村はな、弟子が育った村なんだよ……」

「弟子? ……まさか、リューネ。その小僧は……」


 ヴォルグが目を大きく見開いた後、俺を鋭い目で睨みつける。


「ヘヘッ。可愛い弟子の頼みは、断れねえよな……。なあ、師匠・・?」

「小僧の亡霊を、まだ追いかけてるのか。リューネ……」

「追うさ……。何度でも、追うし。もう、離すつもりも無いさ……」


 完全に消失していた師匠の肌に、ジワリジワリと青い魔紋が浮かび始める。


「やめろ、リューネ。俺は、お前を殺したくはないんだ……」


 ヴォルグが細めた視線の先へ、俺も同じように目を向ける。

 師匠が腰元の帯剣ベルトに、手を伸ばそうとしていた。

 傭兵の剣を折られた師匠が、兎人魔王から奪った二本の短剣に、触れようとしている。

 

「私だって、そうだよ……。でも、モンスターは見逃せねぇんだろ? だったら、クソジジイ好みの勝ったヤツが、負けたヤツに言うことを聞かせるしか、ねえだろうが……」

「どうしてだ、リューネ……。どうして、そこまでして……」

「言わなくても分かるだろ、クソジジイ……。アイツがそばにいて欲しい時に、いてあげられなくて……。それに気づいてやれなくて、見殺しにしたことを……。今日まで、ずっと……。私は死ぬほど、後悔してたんだからなッ!」


 師匠の咆哮と共に、再び全身に広がり始めた魔紋が――。

 彼女の命を燃やすように、眩いばかりの青白い光を灯す。

 青白い光に照らされて、師匠の手元から伸びた銀色の糸が目に入った。

 陽光に反射するように一瞬だけ煌めいた銀糸が、俺の指先と繋がったように見えた、その瞬間――。


 俺の目に映ったのは、見覚えの無い景色だった……。


 ――でも、俺は知っている(・・・・・・・)

 ――そこは魔獣王の棲む、瘴気溜りの大沼。

 ――俺は、ただ見ていた。

 ――魔獣を統べる王と呼ばれるバケモノと、血塗れになりながらも、たった一人で死闘を繰り広げる魔獣ハンターを。

 ――俺は、後悔していた。

 ――俺が馬鹿なことをしたせいで、義姉のように慕っていた人を、危険な目に遭わせたことを……。

 ――俺は、手を伸ばした。

 ――血塗れな右手の甲に浮かぶ魔紋が、色を失っていく意味を知り、己の死を悟りながらも……。

 ――俺は……やり直せるなら、もう一度……。


 俺は、勇気を振り絞って立ち上がり、咆哮する師匠に向かって――。


「師匠!」


 なんで、こんな無謀なことをしようとしたのかは、自分でも分からなかった。

 俺みたいな弱いヤツが、英雄クラスの魔獣ハンターの戦いに混ざったとしても。

 勝つどころか、同じ土俵に立つことすら不可能なのに――。


「馬鹿、なにやってるのクドウ(・・・)! お姉ちゃんの後ろに、さがりなさ――」


 それでも、俺の中から沸き上がったナニかが、立ち止まることを許さなかった。

 驚いた顔で振り返った師匠が、何かを叫んでいる。

 俺の師匠が、俺のせいで死ぬようなことは、もう二度としたくない。

 睨み合う魔獣ハンター二人の間へ、割り込もうとした俺の眼前に、青白い閃光が墜ち――。

 

「冷てっ……。なんだぁ、こりゃあ? ……氷魔法か?」


 なぜかヴォルグが、離れた場所で喚いている。

 肌についた白いモノを手で払いのけ、ヴォルグがさっきまで、己が立っていた場所を睨んだ。


「氷の槍が……空から、降ってきやがったのか?」

 

 ヴォルグが立っていた地面を貫いた、氷で作られた一本の槍。

 白い霧を吐き続ける氷槍を中心にして、地面にも白いしもが広がっていた。

 俺と師匠を避けるようにして、白く染めた地表に、黒い人影が写る。

 

「やっぱりトウマは。私がいないとダメね……」

 

 俯いてた俺の頭が、声がした方へ顔を上げる。

 

「エリス……」


 それは心から、待ちかねた声だった……。

 フード付きのローブを着た人物が、天を向いた氷槍の先端に降り立つ。


「てめぇ、魔術師か?」

 

 ブーツの底を片足だけ器用にのせ、風魔法で空中浮遊をする人物を、二メートルのヴォルグが睨み上げた。

 目深に被ったフードに手を伸ばし、その素顔を晒す。

 

「モンスターがいて。魔薬でおかしくなった馬鹿弟子に、小僧の亡霊……それで終わりかと思ったら。さらに、魔女まで出てきやがったか……。どうなってんだよ、この村は……」

 

 横に長い特徴的な耳を持つ、褐色肌の女性を前にして。

 ヴォルグが驚きと困惑の混じった、渋い顔を作る。

 

「どこから湧いた虫なのかは、知らないけど……」

 

 水平に伸ばした右腕の先へ、第二紋の魔法陣が展開される。

 氷の剣を生成し、内円の魔法陣が消滅し、リング状の魔法円紋だけが残る。

 

「その汚い手で、私のトウマに触らないでくれるかしら。ニンゲン」


 二つの魔法円紋を右腕に纏い、ヴォルグが立つ正面へ向け、エリスが掌を動かした。

 空中を浮遊する氷剣が傾き、剣先がヴォルグの頭を指して、ピタリと止まる。


「無詠唱で第二紋か……。これだから、魔女ってヤツは……」

牛頭鬼ミノタウロス級の魔獣は、氷漬けにした方が……」

 

 エリスの右腕に纏う二つの魔法円紋が、同時に青白く発光する。

 氷の剣が、刃から白い霧を吐き始めた。

 

「早く潰せそうね」

 

 エリスが掌を握ると同時に、氷剣が前方へ跳ねた。

 鳥の如く高速で飛来した氷剣を、即座に反応したヴォルグが叩き落す。

 本気の師匠並みに速く、意思を持ったように暴れ回る氷剣と、ヴォルグが激しい剣戟を繰り広げる。

 

「チッ……。エンチャントか!?」

 

 氷剣と打ち合うヴォルグの肌が白く染まり、ヴォルグが忌々し気な顔で舌打ちをした。

 

「私のトウマから、離れなさい。ニンゲン!」

 

 怒りを含んだ声色で、エリスが握り締めた拳を、力強く横薙ぎに振り払う。

 横薙ぎの氷剣とヴォルグの正眼に構えた剣が、ギンッと鋼音を響かせる。

 

「ぬぅおおおお!?」

 

 十字に重なり、鍔迫り合いをした状態で、咆哮するヴォルグの巨躯が靴底で土を削りながら、地表を滑るように後退した。

 数メートルも離れた場所まで、強制的に後退されたヴォルグが、ギシリと歯ぎしりをする。

 正眼に構えたまま静止するヴォルグの両腕は、掴んだ剣ごと氷漬けにされていた。

 

「魔法の氷なら、魔力マナで消せるが……。むんっ!」

 

 全身に青白い魔紋を広げ、両腕から熱をもったような白い煙を出すと、身体にはりついてた氷が砕け散った。

 

「空にいる魔女を、どうやって落としたもんかね?」

 

 剣の腹を肩にのせたヴォルグが、空を浮遊するエリスを、悩まし気な顔で睨み上げた。

 

「あなたに、とても残念な知らせが、もう一つ……。氷の剣は、もう一本増やせるのよ」

 

 エリスが左腕を伸ばし、新たな第二紋の魔法陣を展開し始めた。

 

「魔女の討伐は、俺の専門外なんだがよ……。面倒なことに、なってきたな」

 

 一応は剣を構えるが、あまり乗り気でない顔をするヴォルグ。

 エリスが来てくれたおかげで、状況は少しだけ良くなったが……。

 

「ヘッヘッヘッ……。あの時(・・・)とは逆だけど。たまには、こういうのも悪くねえなぁ……」


 妙に嬉しそうな声色が下から聞こえ、俺は視線を落とす。

 地面に尻餅をついた俺の腕に、お姫様抱っこされてニヤニヤしてる師匠を見て、俺は口を尖らせる。

 

「笑ってる場合じゃないですよ、師匠……。ヴォルグさんを説得できないと。エリスが、ヴォルグさんを……」

 

 やはり限界を超えて、やせ我慢で立っていたのだろうか?

 吊り下げていた糸が切れた人形のように、俺の腕の中で大人しく寝転がる師匠が、掌を左右に振った。

 

「あー、ムリムリ。アレは死ななきゃ直らない、石頭の頑固ジジイだからな……」

「そんな……」

「それよりも、トウマ。一つ頼みがある……。師匠の遺言を、聞いてくれねぇか?」

「は?」

 

 このタイミングで、この師匠は何を言い出すんだ?

 

「物騒なことを言わないで下さいよ、師匠……。俺は師匠と一緒に、生きて帰りたいんですからね……」

「嬉しいことを言ってくれるね……。でも、それは無理だろうな。アイツが、それを許してくれそうにないからさ」

「……アイツ?」

 

 師匠の言ってる意味が今一つ分からず、俺は首を傾げる。

 

「クソジジイと戦っている間、なんで上からずっと見てる(・・・・・・・・・)んだと思ってたけど……。このタイミングを狙ってやがったんだよ、アイツは……」

 

 俺と重ねていた視線をずらし、俺の後方を見上げて師匠が苦笑する。

 その時になって俺は、周りの空気が変わったことに気づいた。

 チリチリと背に刺さる、異様な殺気。


 殺気を感じた空高き場所へ、俺は視線を上げた。

 俺の目に映ったのは、敵対するヴォルグへ向けられるべき、二つの魔法円紋を纏った左腕の掌。

 浮遊する氷の剣が傾き、剣先が俺と師匠の方を指していた。

 

「……エリス?」


 どうして……。

 その氷剣を、俺達の方へ?


「殺したいほど、私が憎かったのか? ……なあ、ダークエルフ」

 

 なにが、どうなって……。

 状況が理解できず、頭が混乱する。

 

「トウマ……。私ね、もう限界なの」

 

 氷のように冷たい声色を吐きながら、エリスの顔が俺の方へ向く。

 

 ……ああ……そんな。

 どうして、今の君が……その目を……。

 俺は君の……その顔を、見たくなくて。

 今日まで必死に、努力をしてきたのに……。


「そこをどいて、トウマ」

 

 恐怖に震えた、あの忌まわしき記憶が、俺の中に蘇る。

 白い息を吐く氷剣の奥で、感情を無くした銀色の瞳が、怪しく光った。

 

 ――その女を、殺セナイカラ。


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