【第18話】チビスケ
「まとな仕事をするのは、一年振りだったけど。悪くないスタートだな。賞金もタンマリ貰えそうだし。ヘッヘッヘッ」
馬に跨る師匠が、上機嫌な笑みを浮かべた。
おそらく、先ほどの戦いを思い出したのだろう。
「魔王とか大袈裟なこと言うわりには、雑魚の集まりだったし。オルトロスの群れと喧嘩した時よりは、楽だったからな~」
「……え? オルトロスって、魔獣ですよね? アレの群れと、戦ったことがあるんですか師匠?」
「おう、あるよ……。火吹きワンコも数が集まると、キャンキャン鳴いてウルサイし。髪とか服が燃えたりして、面倒くさかったけどさ……。あの時も、一人でやったから。賞金も独り占めして、結構もうけたんだよな~。ヘッヘッヘッ」
楽しそうに思い出を語る師匠だが、こっちは完全にドン引きである。
過去の世界線で遭遇した記憶が確かなら、オルトロスは体長が一メートルもある、火を吐く魔犬のモンスターだ。
わりと大きな犬ではあるが、それ以上に目立つ特徴が、犬の頭が二つあること。
赤い魔紋が刻まれた犬頭が火の玉を吐くため、魔獣に指定される危険なモンスターだ。
傭兵だったグレンさん曰く、魔獣ハンターじゃなくても倒せる、一番弱い魔獣とは言ってたが……。
五十は超える兎人の群れに一人で飛び込んで、魔獣ハンターを舐めるなと、吠えてただけのことはある。
火の玉を吐く魔獣の群れに、飛び込む絵面を想像しただけで、俺には無理だ……。
凄い度胸だと驚くが、見習いたくはない。
「双頭火犬って、第一紋の魔犬よね? 火の玉を吐く二つ頭の……」
俺と一緒に馬上で揺られながら、師匠との会話を静観していたエリスが、俺の後ろから口を挟んだ。
「お? ダークエルフも、知ってるのか?」
「……知ってるわよ。闇魔法で使役できる、第一紋の召喚魔獣でしょ?」
「召喚って……。魔法で魔獣も出せるとか……。ホントなんでもアリだよな、魔女様は……」
俺の後ろにいるダークエルフを、師匠が呆れた色を含んだ、げんなり顔で見つめる。
「闇魔法は私と相性が悪過ぎるから、使わないわよ……。第一紋は使えるけど。会話のできない犬を召喚しても、魔力の無駄遣いじゃない……。犬の散歩に、興味無いわよ」
「散歩ね……。犬だけなら、まだ良いんだけどな……」
含みのある言い方で、後半はボソボソと小さめの声で師匠が呟く。
これ以上は話を広げるつもりは無いらしく、エリスも再びだんまりをきめこむ。
微妙に空気が悪くなった気がしたので、話を切り替えることにした。
「賞金で思い出しましたが……。賞金を取りに、また街へ来ないといけないのが、面倒ですね」
後ろが確認できる程度に顔を回せば、小さくなっていく村が遠目に映る。
俺の予想通りに、鐘の音から異変に気付いた巡回騎士達が、村に駆け付けてくれたが。
まだ残って、大量の兎人が転がる現場を、検分してるんだろうな。
「数が、数だからな……」
彼らの口ぶりから賞金査定の為に、数日は調査にかかりそうな雰囲気だったけど……。
お嬢様の誘拐を阻止した件も、屋敷に領主が不在だったから、改めて来てくれと言われたし。
そのついでに、賞金を受け取れば良いけどさ。
「たぶん、百は超えてましたからね」
「この街の近くだけで、尻尾付きの魔王が三体目か……。王都や東の方は、どうなってるんだろうな」
前方へ戻した視線を横に向けると、険しい顔をした師匠が目に映る。
転生前の記憶を辿れば、俺がいた謎の空間に百人くらいは、転生者がいたような気はするが。
出現時期は同じなのか、それともバラバラなのか……。
前回の世界線でも、そのあたりの謎は解明できないままに終わったよな。
「魔王には、巣があることは教えてやったから。そこらへんは、街の奴らに任せるしかないな。トウマがシラヌイと仲良くなってなければ、そんなこと誰も気づかなかっただろうな」
彼らの知らなかった事実を教えたことで、青ざめた顔で部下を街へ走らせた、巡回騎士の顔を思い出す。
シラヌイを除けば一ケ月足らずで、尻尾付きの魔王らしきモンスターの発見報告が三件。
二体の魔王共に、尻尾を使って本体を仲間に乗り移らせるスキルまでは確認済み。
街道でモンスターに襲撃をされたが、魔王の討伐は成功。
ただし、巣の破壊はできてない……。
つまり、シラヌイと同じ転生魔王であれば、二体の魔王は復活しているはずだ。
護衛対象から離れることによる別の襲撃を危惧し、倒した魔王の尻尾を追走しなかった人達を、責めるつもりはない。
でも、完全に身を隠してしまった魔王達を、探す手段を無くしたのは事実。
相手は獣ではなく、知恵を持つニンゲンだ。
失敗から学んだ者達が、次にどのような行動を起こすかは、予想がつかない。
「やっぱり、死体から仲間を増やせるスキルが厄介だな。兎野郎は、弱いうちに倒せたから良かったけど……。魔法が使えるヤツとか仲間にされたら、かなり面倒なモンスターだな……」
まさに、師匠の言う通りだ。
転生した魔王達の一番厄介なところは、倒された戦士が強ければ強いほど、そいつの死体を奪われて仲間にされた後の討伐難易度が、跳ね上がることだ。
万が一にも、師匠みたいな魔獣ハンターが魔王の仲間にされたら、もう手がつけられなくなるだろう。
もしもあったらの未来を、ふと想像する。
シラヌイが敵側で、魔薬に溺れたボロボロの師匠が不覚にも負けて、魔王のスキルで取り込まれて、仲間にされて……。
……あれ?
もしかして、過去の世界線でシラヌイが他の魔王達よりも有名になって、俺の耳にも届くくらい武勇を轟かした理由は……。
「で、トウマ。村にいるアイツらは、これからどうするつもりなんだ?」
「……え?」
「え、じゃねぇよ。魔王のシラヌイもそうだけど。トウマが言ってた、蟻人になっちまったナミタっていう女も。ほっとくわけには、いかねえだろ……。モンスターを見つけたら、巡回騎士に報告する。それが普通だろ?」
無意識に目を逸らしていた厳しい現実を、師匠が突然に俺へ突きつける。
「それに魔王は、弱いうちに叩かねえと危険だ。お前も、分かってるんだろ?」
普段のふざけた態度とは違い、魔獣ハンターとしての鋭い瞳を、師匠が俺に向けてきた。
俺がさっきまで、魔王のスキルを危険視したように。
その脅威をしっかりと認識した師匠が、叩ける今のうちに叩くべきだと、俺へ遠回しに伝えてくる。
「先に言っとくぞ、トウマ。お前の説明で、じゃあ様子を見るかと納得するのは、私だけだからな。巣がどこにあるか分かってるし、魔獣並みに稼ぎの良いアイツらを。他の魔獣ハンター共は、ほっとかねえぞ」
こればっかりは師匠が正論であり、俺には言い返すことができない。
たまたま同郷だった転生者のよしみと、山賊による不幸な別れをした親子に同情し、モンスターである二人を守ろうとしてる俺が、この世界では異常なのだ。
それは、よく分かってる……。
「せっかく弟子にしたヤツが、モンスターを庇って。国に賞金を懸けられちまうとか、勘弁だぜ」
耳の痛い話を聞かされ、両手に掴んでいた馬の手綱を、おもわず強く握りしめた。
「ま、そんな暗い話は置いといてだ……」
「え?」
「トウマ。この前、見せてくれた布切れ、持ってるか? 赤ん坊の時に、巻かれてたとか言ってたヤツだよ……」
「ありますけど……」
急な話の方向転換に戸惑いながらも、俺はポケットをまさぐる。
「そのことは。いま考えても、どうせ答えがでねえよ。弟子のヒモになって、甘えてる分の口止め料は貰ってるから。よそ者が見て見ぬフリしてる間に、村に戻って頭数を揃えてから、皆で考えろって話だ……。お、それだそれ。それを貸してくれ」
たまたま持ち歩いていた、銀色の刺繍がされた布切れを師匠に手渡す。
受け取った布切れの刺繍されたところを親指で撫でたり、師匠が鼻を近づけて匂いを嗅いだりしている。
「やっぱり。妙だな、コレ……」
「どうかしたんですか?」
「あの時は弱ってたから、あんま分からなかったけど。やっぱ、匂いが変なんだよな~。嗅いだことない匂いつうか、あん?」
布切れを指で摘みながら、眉根を寄せて難しい顔をしていた師匠が、何かに気づく。
なぜか俺の後方をじっと見ており、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「トウマ、これ。良い匂いするな……。すっげ、良い匂いがするぞ」
布切れに鼻を近づけ、わざとらしくフガフガと鼻を鳴らして、大袈裟な仕草をする師匠。
すると俺の後方から、とっても冷たい視線を感じた。
まるで肩口に氷の刃をのせられたような、首元がチクチクする痛い視線だ。
分かってて悪ふざけしてるだろ、この師匠……。
ひとしきり匂いを嗅いで、誰かさんをイライラさせて遊んでいた師匠が、ようやく布切れを返してくれた。
「たぶんだけど、その刺繍。魔法がかけられてるぞ」
「……魔法?」
「どんな魔法かは分からないが、微かに魔力を感じる……。トウマが赤ん坊の時から残ってるとしたら、相当強い魔法だ。もし親のことを調べるのなら、それは大事に取っといた方が良いぞ……。それを刺繍したヤツは、たぶん普通のニンゲンじゃないから」
おもわぬタイミングで、出生の手掛かりになりそうな情報を手に入れた俺は、戸惑ってしまう。
手渡された布切れに刺繍された己の名前を、じっと見つめる。
家の奥に仕舞っていたコレを取り出した夜に、死に戻りする前の……最期の日を、夢で見ることがあった。
抱きしめた混沌の魔女の足もとから、無数に生えた黒い触手に紛れて、俺の足を掴んでいた一本の黒い腕。
あの日は気づかなかったが、夢を通して注目することになった、女性のような細く長い指。
黒い手の小指から、これと似たような銀色の糸が伸び、地面から生えた腕に絡みついてたような……。
「おん? もしかして、お前。チビスケか?」
耳に入った男性の声に、考え事が中断された。
「誰だ、おっさん?」
「おっさん言うな。これでも、まだ二十五だ」
反対側からやって来た男性が、俺達とすれ違う直前に、馬の歩みを止めた。
「五、六年前に、一緒にいた頃があったけど。お前はどうせ、覚えてないだろうな……。お前と同業者のデッサだよ……」
「デッサ? ……なんか、聞いたことある名前だな」
師匠が腕を組みながら、視線を宙に彷徨わせる。
「公認の魔獣ハンターでもないのに。魔獣のミノタウロスと、追いかけっこして遊ぶようなクソガキに絡まれて。ケツを大怪我したことを。俺は、今でも忘れてねぇぞ……」
「んー? 小っちゃい時に、こっちへ来て……。ミノタウロスの角で、カンチョーされたヤツがいたのは覚えてるけど……。あっ、思い出したぞ! カンチョーのダッサ!」
「デッサだ! ていうか、そこは覚えてんのかよ!?」
ようやく思い出したのか。
顔を真っ赤にして、プルプルと身体を震わせた魔獣ハンターのお兄さんを、ゲラゲラと笑いながら師匠が指差す。
「牛頭鬼は、第二紋で召喚する魔獣よ……。私の第二紋で作った剣と、本気で打ち合えるくらいの怪力だから。弱いニンゲンなんて、一撃でも触れたら終わりよ? あのニンゲン……やっぱり、頭おかしいわね」
俺の肩口に顔を寄せたエリスが、呆れたような声で魔獣のことを教えてくれる。
「で、そんなダッサな男が、私に何の用だ? ナンパか?」
「デッサだ。見た目は少しくらい大人ぽくなったと思ったが、やっぱり中身は悪ガキだな……。お前の師匠が探してたのを思い出したから、声を掛けたんだよ。ていうか、なんで一緒じゃねぇんだよ? ケンカでもしたのか?」
「……なんの話だ? ナンパしたいなら、もっと面白い話をしろよ」
「だから、ナンパじゃねーつうの。お前を探してる師匠とすれ違ったのに。なんでお前が遅れて、ここを通ってるんだよって、話をしてんだよ」
「だから、なんの話をして……おい、ダッサ。いま、なんつった?」
「へっ?」
馬から降りた師匠が、突然に男の胸倉を掴んだ。
「おい、いつだ。クソジジイは、いつ通った!?」
「おおん!? み、三日前だよ。たしか……」
魔獣ハンターらしい恰好で、剣を腰に提げた男が戸惑った顔で、師匠の質問に答える。
「あのクソジジイが。なんでよりにもよって、こんなところに……」
「ったく。相変わらず、怒ったら鬼みたいに怖い顔すんな。師匠と同じだぜ……」
「トウマ、行くぞ! 教えてくれて、ありがとうな。街で会ったら今度おごるぜ、ダッサ!」
「デッサだっつってんだろうが!?」
慌てるように馬へ跨った師匠が、先を促すように馬を走らせた。
訳が分からないまま、師匠と並走する。
「なにか、あったんですか?」
「あったよ、問題発生だ……。三日前か……どこで入れ違いしやがった? クソジジイが、魔物の巣を探してフラついてくれてたら、ギリギリ間に合うか?」
師匠が険しい顔でブツブツと呟いた後、細めた目を俺に向けた。
「私に剣を教えたクソジジイも、魔獣ハンターをやってるんだ。トウマはずっと村にいたから、知らねえだろうが……。東では鋼剣鬼って言う名で、それなりに有名な魔獣ハンターだった。そのまま引退してくれたら、良かったのによ……」
師匠が口にした名前には、聞き覚えがあった。
過去の世界線で、この国が滅んで帝国へ逃げていた時に、何度も耳にした名だ。
魔王や魔獣の大軍から王族を他国へ逃がす為に、近衛騎士団と共に戦場で命を散らせ、英雄達の一人として名を遺した男。
「ああ、やっぱ微妙なとこだな……」
青メッシュの入った白髪頭を、師匠が乱暴にかきむしる。
俺の顔と、俺の後ろにいるエリスを、交互にチラチラと見た。
「トウマ。さっきの話の続きじゃねぇけどさ……。魔獣ハンターのクソジジイは、モンスターを見つけたら間違いなく倒すぞ。女の姿をしてようが関係ねぇ……。今から馬を走らせたとして、クソジジイより先に村へ到着できるかは、かなり微妙なところだ……」
デッサと師匠の会話を思い出しながら、今の俺達がいる位置から、村に到着するまでの時間を予想してみたが……。
「おい、ダークエルフ。お前、空を飛べるだろ。先に村へ行って、時間を稼いどいてくれ!」
「……は? なんでニンゲンのあなたが、私に命令してるのよ?」
師匠の言いたいことを、俺も理解する。
英雄に名を連ねた、魔獣ハンターの一人が、俺の村に……。
「エリス、俺からも頼む。シラヌイとナミタさんが、魔獣ハンターに殺される前に、先に村へ行ってくれ。俺達も急いで後を追うから」
「ちょっと、トウマ。本気で言ってるの?」
少し怒気を含んだエリスの声が、俺の耳に入る。
「頼む、エリス! このままじゃ、間に合わないかもしれないんだ!」
「……分かったわ」
しばらく沈黙の間はあったが、俺の耳元でエリスが小さく了承してくれた。
「シラヌイと……。蟻人になったニンゲンの……ナミタが生きてれば良いのよね?」
「ああ、そうだ……」
「ねえ、トウマ……。あとで、二人きりで話をしたいことがあるの……。大事な話をね」
「大事な話?」
後ろにいるエリスの顔色を窺おうとする前に、俺の背から人肌の温もりが消える。
魔法陣を両手に展開しながら、エリスの身体が空高く浮いていた。
雲の高さまで浮上したエリスが、高速の風になって周囲にある雲を散らし、彼方へ飛んで行く。
すまない、エリス。
頼んだぞ……。




