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異世界で死に戻りしたからBadEndを回避したい  作者: くろぬこ


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【第14話】師匠

 

 リューネの話に耳を傾けながら、俺は突拍子もない仮説を思いついてしまう。

 馬鹿にした顔でエリスが発言した、この世界に俺が二人いた説が、実はもし本当だとしたら?

 

 そんなことを考えていると、リューネとエリスが急に押し黙り、会話が止まってしまった。

 まるで俺の発言を待っているかのように、妙な沈黙の間ができてしまう。

 脳裏によぎった仮説を頭の片隅に寄せ、俺は一生懸命に頭を回転させる。

 

「俺は親を知らぬ孤児として、この村で拾われ。エリスが言うように。今日まで、この村にいた。トランゼの街どころか、俺は王都にすら行ったことが無い」


 俺が迷子になった日から、エリスが俺のことを毎日見ていた発言には驚いたが、テーブルを挟んだ正面に座るリューネに、改めて俺の現状を伝えた。

 さっきまでの怯えた様子や戸惑うような表情とは違う、真剣な眼差しをリューネが俺に向ける。

 一言一句も聞き漏らさないと、妙に緊張感のある態度で、俺の言葉に耳を傾けていた。

 

「そっか……。じゃあさ、トウマに聞くけど……。クドウって名前に、聞き覚えは無いんだな?」

 

 引き下がるつもりはないとばかりに、リューネが同じような質問を繰り返す。


 ――久遠冬真クドウトウマ

 俺がこの世界に、転生する前の記憶を辿ろうとしたら、俺のフルネームとして思い出すのがそれだ。

 ただし、この世界に俺が生を受けてから、クドウの名字を使ったことは一度もない……。

 

「さっきも言ったように。俺は親の顔を知らない。もしかしたら、兄弟がいたかもしれないけど……。クドウさん、だっけ? 俺と血の繋がった、兄弟なのかな?」

「……トウマ。お前、いくつだ?」

「最近、十六になった」

「ふーん……。アイツが生きてたら、一つ下か? 近いな」


 リューネの話を聞いて、まず最初に思いついたのが、俺と同じ苗字の転生者が、リューネの前に現れた可能性だ。

 うちの国の人間を並べた時に、外国人には見分けがつかないという話を、前世の記憶で聞いたことがある。

 それと似たような感じで、彼女の記憶にあるクドウなる転生者と、俺がそっくりだと勘違いしたパターンだ。

 彼女の情報をもとに推測した、可能性が高い仮説の一つが、それだろう……。

 ただし、転生者の話をいきなり口に出しても、彼女がピンとくるはずもない。


 だから適当に思いついた兄弟説を、口にしてみたが……。

 顎に手を当てながら、難しい顔をするリューネから視線を外し、俺は席を立つ。

 

「どこに、置いたっけ……」

「トウマ、何を探してるの?」

「俺が、トウマだという証拠品」


 部屋の奥に積んでいた箱を開けたり、乱雑に放り込まれた小物を、奥から取り出したりしつつ、目当ての物を探す。

 

「なあ、エリス。魔力マナって、臭いとかあるのか?」

「さあ? 私は分からないわね……。でも、私より長く生きた闇精霊族ダークエルフに、似たようなことができるのは知ってるわ。……ニンゲンは、どうかしらね?」


 俺とのヒソヒソ話に、エリスが懐疑的な声色で答えた。

 そこが確証を持てない場合、微妙なラインだな……。

 俺に好意を持ってくれる闇精霊族ダークエルフと、素性を知らない初対面の魔獣ハンターの証言。

 どっちの言葉を、俺が信じるかの話になると……。


「お? みっけ」


 開けた小箱の中に入ってた、一枚のボロい布切れを取り出した。

 エリスからの興味津々な視線を感じながら、二人で席に戻る。

 銀色の刺繍がされた、古びた布切れをテーブルの上に置く。

 

「教会のシスターが俺を拾った時、赤ん坊に巻き付けられてた布だ」


 リューネとエリスが、頭を寄せて覗き込む。


「ト、ウ、マ?」

 

 この世界の文字で、銀色の刺繍がされた名前を、エリスが口にした。

 

「クドウさんも、同じような物を持っていなかったか?」

「いや、持ってなかったな……。そもそもクドウは。昔の記憶が無いって、よく誤魔化してたから。どこに住んでたかも、ぶっちゃけ知らねぇし……」


 視線を宙に漂わせながら、記憶を思い出そうとするリューネ。

 彼女の言葉を、俺もまた一言一句、聞き逃さないように耳を強く傾ける。

 

「誤魔化してた?」

「私の勘だけど……たぶんな。アイツは昔話を、あまりしたくなさそうだったから……。魔獣と一緒にいたところを、拾う前のことは。アイツがどこで何をしてたかは、よく分からねぇ……」

「え? 魔獣と、一緒にいた?」

「んー? でっけぇ穴が、開いてたんだよ」

「……穴?」

 

 リューネが振り上げた拳を、高い所からテーブルに落とす仕草をする。


「魔獣の腹をぶち抜いて、地面にまで身体が埋まるくらいの……でっけぇ穴だ。アイツが空から落ちて来たみたいな、凄い穴だった……」

「へ、へぇー」

「ま、信じられない話だろうさ。私だって、アレを見たのは初めてだったからね」


 空から落ちてきたみたいな、大きな穴か……。

 村の傍にある絶壁に開いた、シラヌイの住処に繋がる大穴が、ふと脳裏によぎる。


「偶然に魔獣の血を呑んで、運よく魔法に目覚めたアイツを拾ってさ。私が面倒見ることになったのさ……。内血系の才能はあったから。私の弟子として、な……」


 リューネが再び震えだした腕を抑えるように、もう片方の手で強く握りしめた。

 顔から大量に脂汗をかきながら、辛そうな顔で眉間に皺を寄せ、遠くを見るような眼差しをするリューネ。

 その姿を観察しながら、俺は頭の隅に追いやってた、最初の仮説を思い出す。


 突拍子もない、推測だが……。

 アイツが俺から奪った前世の記憶を所持した、シラヌイ達のような転生直後のもう一人の俺が、別の場所に堕ちた可能性。

 馬鹿らしい話だけどね……。

 

 ただ、この女性の話には、すごく興味を惹かれる。

 俺と容姿が似た、もう一人の誰か……。

 クドウと言う名の転生者か、それとも……。

 

「リューネさん。一つお願いがあります」

「……あん?」

「俺を、弟子にしてくれませんか?」

「……え?」


 隣にいるエリスから、驚いた声が漏れる。

 俺は隣をチラリと見て、エリスと目を合わせた後、再びリューネの顔を見る。

 しばらく俺と無言で見つめ合った後、険しい表情をしたリューネが口を開いた。

 

「見ての通り、私は身体も心も、ボロボロの女だぞ? 魔獣ハンターは、やってたけど……。事故で弟子を死なせてから……酒に逃げて、魔薬に溺れて。駄目になっちまった女だぞ?」

「そうよ、トウマ。私は反対だわ。今にも死にそうな、こんな女に。本気で教えてもらうつもりなの?」

闇精霊族ダークエルフが、内血系の魔法が専門外だから。コイツが私に弟子入りを、頼み込んでるんだろ?」

 

 口を挟んだリューネを、エリスが鋭い眼で睨みつける。

 しばらく沈黙の間が続いたが、俺の顔を眺めていたリューネが、フッと薄く笑う。

 

「占いとかオカルトめいた話は、信じないタイプなんだけど……。これが、運命ってヤツかね?」


 リューネが震えを止めるために、己の腕を強く握り締める。

 それでも震えが止まらない拳を、リューネが額にコツンと当てた。


「たぶん、偶然じゃないんだよな? もう一回だけ……。私にチャンスをくれるって、ことだよな?」


 俺には理解できない独白を呟きながら、リューネが静かに目を閉じる。

 

「クドウ……。いや、トウマ。お前は、強くなりたいのか?」

「……強くなりたいです」

「なんのために、強くなるんだ?」


 昨日の戦いで、シラヌイやエリスが助けてくれなければ、村が全滅の危機に陥ってた。

 闇精霊族ダークエルフの血を呑んで、内血系の魔法が少し齧れるようになったからと。

 もう大丈夫だと、安心していた自分が恥ずかしい。

 今の弱い自分一人では、目の前にいる英雄クラスの魔獣ハンターに、立ち向かうことすらできない……。

 俺には今すぐ、更に上のステージへ進むために、指導してくれる先生が必要だ。

 

「守りたい人がいる。でも、今の俺は弱過ぎて、誰も守れない……。だから、強くなりたいんです」

 

 俺の言葉を聞いて、リューネの震えていた腕がピタリと止まった。

 

「ヘヘッ……。ずっと私の中で泣いてたアイツが、急に笑いやがった……」

 

 また独り言なのか、そう呟きながら笑みを浮かべたリューネが、再び目を開ける。

 

「良い目をしてるよな……。同じ黒色なのに。そこだけが、アイツとちょっと違う……。まっすぐで、綺麗な目だ」


 リューネが、俺の前に手を差し出した。

 

「えっと……」

「弟子にしてやるよ。……ん? 握手は、知らねぇのか?」

 

 同じように、俺も手を差し出す。

 握手した俺の手を、リューネが強く握りしめた。


「今度こそ、絶対に……」


 俺をまっすぐ見ていた青い瞳が、おもわず見惚れるほどに輝き始める。

 美しく、まるで宝石のように、キラキラと……。


「お前を、英雄にしてやるよ……。よろしくな、トウマ」


 ……英雄?

 外から差し込む光の加減なのか、黒い染みのように浮かんでたクマが、彼女の目元から消えたように見える。

 まるで憑き物が落ちたみたいに、どこかサッパリしたような、爽やかな笑みを浮かべるリューネ。

 彼女の白髪に、ふと目がいった。


 ……あれ?

 真っ白な髪だと思ったけど、青いメッシュが入ってたんだ……。

 

「気に入らないわね……」

 

 頬杖を突きながら、どこか不貞腐れたように、口を尖らせるエリス。

 不満タラタラな顔で、銀色の刺繍が編まれた、古びた布切れを手に持ち上げる。

 

「ねえ、トウマ。この刺繍した布切れ、ちょうだい」

「……駄目」

「ケチ」

「……ん? 取り込み中かね?」


 家の外から声がするかと思えば、杖を突く村長が、家の中を覗き込んでいた。

 

「おはようございます、村長。どうかしたんですか?」


 リューネと握手をしていた手を離し、村長を家に招き入れる。


「うむ……。ちょっと。トウマに、頼みたいことがあってな……。できれば、そっちにいる魔女にもな」

 

 村長が渋い顔をしながら、チラりと魔女と呼ばれたエリスへ目を向ける。

 

「お嬢様を、屋敷まで送り届けて欲しい。もうすぐナミタのところから、戻って来るだろうから。ワシの家で、詳しい話をしよう」


 ご機嫌斜めで頬杖を突くエリスと、俺は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

「オロロロロ……」

 

 ショートカットの白髪に、メッシュの青が混じった女性の背中を、俺は優しく擦ってあげる。


「うぇっぷ……。ほら見ろ、トウマ。私が吐いたゲロも、魔力マナで青白く光ってるだろ? これが、お前の目指すところだ」

「子供みたいに、嬉しそうにゲロを指差さないで下さい、師匠……。それに俺は、ゲロを光らせるまで、頑張りたくないです」

「なんだと、お前。師匠の言うことが、ウッ。オロロロロ……」

「はぁー……」


 ため息を大きく吐きながら、二日酔いで吐き続ける師匠の背中を、優しく擦ってあげる。

 まったく、俺とエリスがお嬢様の屋敷へ招待されている間に、街の酒場でどれだけ飲み明かしたんだよ……。

 

 目が飛び出るくらいの袋一杯の謝礼金を貰ったのに、踏み倒し過ぎたツケを払わないと、街から出れなくなったと。

 酒臭い息を吐きながら泣きついて来た時は、俺はこの人と関係者じゃないですと、知らんぷりすれば良かったのかな?

 お前を英雄にするための前払いだとか、訳の分からないことを言って、弟子の謝礼金で駄目師匠の借金を返済し、雀の涙しか残らなくして……。

 

「はぁー……」


 やっぱり、リューネさんに弟子入りしたのは、間違いだったかな?

 魔獣ハンターと呼ばれることが納得できるくらい、魔闘士としては、すごく才能のある女性なんだけど。

 それ以外が、想像以上にポンコツなんだよな、この師匠……。


「ふぃー。スッキリしたぜ」


 水筒から出た水で口元を洗い、満足気な顔をした師匠が、手の甲で顔を拭った。

 お肌がツヤツヤで、腹が立つくらいにスッキリした顔で、師匠が馬に跨る。

 お花を摘み(・・・・・)に、森の奥に入っていたエリスも、戻って来たようだ。

 

 シャルロットお嬢様から、――何事もなく無事に屋敷へ送り届けた――報酬として頂いた馬は二頭しかいない。

 残りの一頭に俺が跨ると、エリスが当然のように、俺の後ろに跨った。

 腰にエリスの手が回され、背中に柔らかいモノを感じながら、村への帰路を再開する。

 

「うぅ……。まだ胃に、残ってる気がする。やっぱり馬に揺られると、うっ、気持ち悪……」

 

 移動を始めて早々に、そんなことを言い始めた師匠を見て、盛大に溜め息を吐く声が俺の背後から聞こえた。

 馬上で青ざめた顔をする師匠を、横目にチラ見しながら、俺が弟子入りをお願いした、あの日の会話を思い出す。

 駄目もとでお願いしたら、魔獣ハンターの弟子入りを承諾してもらえて、あの時はすごく喜んでたけど……。

 

「ゲロ女」

「おい、ダークエルフ。聞こえて、うっ……」

「はぁ……」


 おっかしいよな……。

 もう少し、まともな人だと思ってたんだけどなー。

 肩を落としながら、大きなため息を吐いた。


 俺って、もしかして……。

 人を見る目が、無いのかな?


「オロロロロ……」


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