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「おはようございます」
寝起きの私に挨拶するエイナル先生は、さらっと女子生徒の部屋に入ってきています。
私があまり反応しないから、エイナル先生も気を緩めてしまったんだろうね。普通に、私が寝ているベッドの上に座っている。
「エイナル先生、普通にベッドに座っていますね。これ、普通なら通報されますよ」
私がそう言えば、エイナル先生は慌てるそぶりも見せず、そうですね。と、平然と言った。
私の周りには、おかしい人しかいない。
だけど、いつも無表情でどこか怖いイメージのあったエイナルさんは、少しずつ表情を見せてくれた。
少しずつ、エイナル先生のイメージが変わり始めている。
「悠陽さん、朝早くから私がここに来た理由を話します。回りくどく言うのも面倒なので、ハッキリと言います。貴方、何か悩み事を抱えているでしょう」
浮かれモードだった私は、そんな事を言われるなんて思いもしなかったから、つい動揺してしまい、肯定してしまった。
エイナルさんは、やっぱり。なんて言って、ため息を吐いた。
「あくまでも、私の勝手な想像にすぎないのですが、悠陽さんは、悩み事を自分一人で解決しようと、溜め込んでしまう人でしょう」
「うっ、その通りです……」
「そう、ですか。ではこれから悩み事が出来た時、私には、私だけには、必ず相談するようにしてください。でないと、貴方が壊れてしまいます」
約束ですよ、とエイナル先生は言って、小指を差し出す。
この世界でも、約束をするときには、指切りげんまんをするらしい。
私の小指をエイナル先生の小指と絡めて、私たちは歌った。
指切りげんまん 嘘吐いたら 針千本 飲ーます。
「では、早速話してください」
私は促されるままに、今まで考えていたことをすべて話す。
もう一人の私の事、本当の体の事、記憶の事、突然異世界に放り出された不安の事。
漠然とした不安のことについて話すことや、説明が難しい事について話していたので、すごく長い話になってしまった。だけど、エイナル先生は、静かに、最後まで聞いてくれた。
話を聞き終わったエイナル先生はしばらく沈黙し、どこかを見て考え事をしているようだった。
そして、私の方に向き直ると、真剣な顔で言った。
「私は、何があっても貴方の味方であると約束しましょう。もし不安ならば、魔術を使って、私を僕としても良いです」
「えっ……」
なぜ、そこまでするのか。
どうして、そんなことをしてまで、私を信用させようとしているのだろうか。
「なぜ、と言いたそうな顔ですね。聞かれる前に、答えましょう。理由は簡単です。ただ、貴方の不安を取り除きたいからです」
エイナル先生は私の手を取り、両手で優しく包む。
エイナル先生の体温がじんわりと伝わって、心が穏やかになる。
「私は、貴方の傍にいます。約束しましょう。もし貴方が外に出て色んなものを見聞きしたいというのなら、貴方の傍にいて、剣となり、盾となることを誓います。ですから、大丈夫。怖い事なんて、何もないんですよ」
優しい声で、諭さとすように言うエイナルさんのその態度や、私の手を包む大きな手の温かさに、私の心は満たされる。
昨日起きた発作、漠然とした不安や死への恐怖。いつの間にかそれに支配されていた私は、エイナル先生によって、救われた。
恐怖をはじめとする負の感情による解放から、私は安心して涙を流した。
最初は一粒、また一粒と、ほんの少し涙が出るだけだった。
なのに、エイナル先生がまた安心させるように、温もりをくれるものだから、涙が余計に溢れてしまう。
あぁ、今がまだ早い時間で良かった。こんな無様な姿を見られなくて済む。
そんなことを思いながら、私はエイナル先生に抱き着いて、号泣していた。
「ごめんなさい、エイナル先生」
ようやく落ち着いた私は、エイナル先生から離れる。
まだ少し喉がツンとするけど、震えた声で私はエイナル先生に謝る。
「いえ、むしろ嬉しいです」
そう言って笑う先生は、いつもの大人っぽさが無くて、なんだかちょっと可愛い。
でも、私ばかり悩み事を聞いてもらったり、泣いていたりと迷惑をかけているのは申し訳ない。エイナルさんも、何か抱えていることとかないのだろうか。
無表情でいる理由、とかさ。
「あの、エイナル先生も何か悩み事とかないんですか?」
私がそういえば、エイナル先生は笑う。が、どこかぎこちない。
「一応、あるにはあります。が、今はそれを話す時ではない、とでも言っておきましょうか」
その言葉に私は項垂れる。すると、エイナル先生は私の頭を撫でて、先ほどの言葉に付け加えをする。
「今は話す時ではないだけで、いつかは話します。ですから、そんなに落ち込まないでください」
「……わかった」
私の言葉を聞いて、エイナル先生は、良い子ですね。と言って、また満足そうに笑って、頭を撫でる。
エイナル先生って、頭を撫でるのが好きなのかな?
「瞼が腫れていますね。少し、冷やしましょうか」
エイナルさんはそう言って、手際よくハンカチを濡らし、私の瞼にあてる。
ほわぁ、瞼がひんやりして気持ち良い。
久しぶりに、私はだらけモードに入る。
ふふふ、エイナルさんという、甘えられる存在ができたからね!




