番外編 手作りクッキーと可愛いエメリヒ
アドリアーナのクラスから出てきた生徒に、彼女を呼んできてほしいと頼むと、瞬く間に彼女が廊下に飛び出して来た。
「ラウラ様! どうしたんですか! 会いにきてくれるなんて、嬉しすぎます~~!!」
ばふん、と私に抱きつくアドリアーナ。
彼女から少し間を置いて、エメリヒも出てきた。私たちから少し離れたところで止まって、微笑む。
私は彼に向かってうなずくと、あらためてアドリアーナを見た。
「あのね、あなたに謝りたいことがあるの」
「え、ラウラ様に謝ってもらうようなことはなにもないですけど」
「あるわ。いつだったか、私はあなたの手作りクッキーを拒んだでしょう? あなたの真心を踏みにじってごめんなさい」
目を見開いたアドリアーナが、あわあわと慌て始める。
「え、ラウラ様は悪くないですっ! 仲良くないひとに手作りクッキーを渡すほうが非常識なんですよね? あのあとエメリヒとマクシムとに怒られたんです! 私の方こそ世間知らずでごめんなさい!」
「だとしても、あなたの真心に対して私は鈍感だったから。ごめんなさいね」
きちんとアドリアーナに謝って。それから後ろ手に持っていた包みを差し出した。
「私もクッキーを作ってみたの。どれほど手間がかかって、作業が大変かがよくわかったわ。あのときは大切なクッキーをくれようとしてくれて、ありがとう」
緊張しているのか、鼓動が早い。
アドリアーナは目を見開いて、包みを見ている。それから――
「え、え、ラウラ様の手作りクッキーですか! 私なんかがもらっていいんですか! やっぱりあげないなんて言っても、もう遅いですよ!」
早口でそうまくしたてると、素早く包みを手に取った。
「やったぁ――!! ラウラ様の手作りクッキー!!」
嬉しそうにきゃっきゃと喜ぶアドリアーナ。包みを捧げ持ち、くるりと一回転する。
「そ、そんなにたいそうなものではないわ! 初めて作ったから、美味しいかはわからないわよ」
喜んでもらえて一安心したのも束の間、なんだかすごく恥ずかしくなって、顔に熱が集まる。
「だって」にんまりとするアドリアーナ。「ラウラ様の『手間と真心』がこもったクッキーですよ! 嬉しくないはずがないじゃないですか!」
はしゃいでいるアドリアーナは、突然ハッとして動きを止めて、エメリヒを見た。
「いくらエメリヒでも、これは譲らないわよ!」
「問題ない」
きりっとした表情でそう返答したエメリヒは、私の元にやってくる。
「俺ももらえる約束だからな!」
「あ、エメリヒの分は今は持っていないの」
私がそう答えると、エメリヒは激しいショックを受けたような表情になった。
「どうしてだ、ラウラ!」
「いくつも持って謝罪っておかしいもの。お昼休みのときに渡すわね」
「くっ! ラウラの手作りは俺が一番に食べたかったのに!」
そんなにエメリヒは私の作ったクッキーを楽しみにしていてくれたの?
「では、今取って来るわね」
「いいですラウラ様!」そう言ってアドリアーナが私の上着のすそをつまんで引き留めた。「もう、エメリヒは仕方ないなあ。ラウラ様に面倒をかけちゃダメでしょ!」
それからアドリアーナは包みを開くとクッキーをエメリヒと私の間に差し出した。
「美味しそう! さすがラウラ様! 形も焼き色も最高! 早く食べてみたいから、エメリヒ、ひとつだけ分けてあげる」
「いいのか!」
エメリヒがパッと顔を明るくする。
「その代わり、あとでエメリヒの分からひとつくれなくちゃ嫌よ」
「わかった!」
そう答えたエメリヒに、私は慌てる。
「あのね、エメリヒ――」
私がそう言いかけたのと同時に、エメリヒが「ん!」と私に向けて口を開いた。
カッと頬が熱くなる。
「エメリヒ、ここでは」
「どうしてだ?」と首をかしげるエメリヒ。
それはすごく可愛いんだけど!
でもいくらそれがマナーとはいえ、人前で食べさせあいっこをするのは恥ずかしすぎるのよ!
「もしかしてエメリヒはいつもラウラ様にクッキーを食べさせてもらっているの!?」
アドリアーナが驚愕の表情で私たちを見比べる。
あら、どうして彼女は驚いているのかしら。
あ、きっと恋人がいたことがないから、マナーを知らないのね。
「恋人同士はそうするものなんだ。ケストナー先生が教えてくれた」
エメリヒが教えると、ぶふっと、噴き出す音がした。
目を向けると、マクシムさんとケストナー先生が口を抑えながら肩を震わせている。
アドリアーナがまなじりをあげて二人をにらむ。
「もう! ふたりともエメリヒに嘘を教えたわね!」
「「え! 嘘!?」」
そうなの?
「クッキーは食べさせあいっこをするものではないの!?」
慌てて私がそう尋ねると、他学年なのにいつの間にかやって来ていたノエルが笑った。
「それはエメリヒとラウラさんのルールにすればいいんじゃないかな」
ということは、やっぱりしないのね!
恥ずかしさのあまり、全身が熱くなる。
だってお父様の前でも、エメリヒのお母様たちの前でもやってしまったわ!
誰もなにも言わなかったし!
「……そうか。俺はケストナー先生に騙されていたのか」
エメリヒが険しい表情でうなずく。
「本来なら許せないことだ」
「そうよ! ……? 待って、エメリヒ。『本来』って?」
エメリヒが真顔で私を見る。
「俺にとっては嬉しい嘘だったからな。クッキーを前に、恥ずかしそうに口を開けているラウラはすごく可愛い」
「っ!?」
「あのラウラ見たさに、ラウラがフォルトナー家に来るときはクッキーを用意していた」
「っ!?」
「愛らしく震えている様子は子猫みたいで」
「っ!?」
「ぜひともこれからも続けよう」
「む、ムリよ! 恋人同士のマナーだと思っていたから羞恥にがんばって耐えていただけだもの! ――エメリヒに食べさせるほうは続けてもいいけど」
「当然だな」
眼光鋭いままうなずいたエメリヒは、私を見つめたまま「ん!」とふたたび口を開いた。
「でも、ここでは!」
人目が! アドリアーナや守り人たちだけでなく、廊下を行き交う生徒だってたくさんいる。
エメリヒが私に顔を寄せ、「独り身のくせに俺をからかって遊ぶ先生への反撃だ」と囁く。
なるほ……ど?
本当に反撃になるのかいまいちわからないけど、エメリヒに協力するのだと思えば、多少は羞恥心が和らがないこともない。
「ど、どうぞ、エメリヒ」
アドリアーナが持つクッキーを一枚つまんで、エメリヒの口元へ差し出す。
するとエメリヒはぱくりと食べて、もぐもぐ。そして食べ終えると――
「さすが、ラウラ。美味しい」と優しげに微笑んだ。
すてきな笑顔に胸が高鳴る。
それからエメリヒは私を抱き寄せるとケストナー先生を見て、「いいことを教えてくれて、ありがとうございます」と余裕の笑みを浮かべた。
「ちっ、つまらん」と舌打ちをする先生。「些細なことで一喜一憂していたエメリヒはどこへ行ったんだ」
「先生、意地が悪いですよ!」
私が言いたかったことを、アドリアーナが代弁してくれる。
「先生にもクッキーを食べさせてくれる素敵な相手が早くできるといいですね」と、エメリヒが先生に向かって微笑む。
「可愛くないぞ、エメリヒ!」
「いいんですよ、俺は。ラウラが可愛いのだから」
「あら、エメリヒは可愛いところがいっぱいあるわ」
私がそう言うと、エメリヒが勢いよく私に顔を向けた。驚いた表情をしている。
それから徐々に赤くなって、しまいには顔を背けてしまった。
「結局、ノロケか」
「ラウラ様とエメリヒが幸せそうなら、いいわ」
「中身はまだ、奥手だったか」
「ぼく、なにしに来たんだろ……」
マクシムさん、アドリアーナ、ケストナー先生、ノエルが口々に言いながら去って行く。
「私、なにかおかしなことを言ったかしら」
真っ赤になっているエメリヒに尋ねる。
「俺が可愛いはずがないだろ!」
「エメリヒはものすごくカッコいいけど、時々とても可愛いわよ?」
「っ……!」
エメリヒはますます顔を背け、大きな手で口を覆ってしまった。
「ラウラの前ではいつでもカッコよくいたいのに……」
うぅん。でも今まさに、可愛いの最高潮なんだけど。
それに私の手作りクッキーを誰よりも先に食べたがって、すねるところとか。
でもそう言ったら、エメリヒはますます恥ずかしがりそうだから、伝えないほうがいいわね。
……耳まで真っ赤になっちゃって、すごく可愛いのだけどな。
《おわり》
第二回SQEXノベル大賞で銀賞をいただいて、記念の番外編です!
書籍化するので、楽しみにしていただけると嬉しいです!




