番外編 エメリヒの恋《中編》
エメリヒのお話です
久しぶりに入る学校図書館は、人の姿がちらほらとありながらも、しんとしている。
俺は図書館も、こういった厳粛な雰囲気も好きだ。が、普段はあまり来れない。
放課後はほぼ近衛騎士団に行っているからだ。今日は週に一度の休みの日で、赤い糸について調べるために来た。
天井まで届く書架の間を縫って、目的のエリアに向かう。
するとどこかから、「こんなところで待ち伏せか」というコンラッドの声が聞こえてきた。
言われたほうは声を抑えているようで、返答しているのはわかっても、なにを言っているかまでは聞き取れない。でもコンラッドの強く非難する口調から、相手はラウラ・ロンベルだと推測できた。
気になりながらも目的エリアに進むと、そこにはコンラッドとアドリアーナが立っていた。
ふたりに声をかける。なにをしているのかと問うと、コンラッドは「またラウラがアドリアーナをいじめようとして、俺たちを待ち構えていたんだ」と答えた。
確かに、彼らの前にラウラ・ロンベルがいた。一人用の机に座っている。机上には積みあがった書物。背表紙が見えるものは、どれも民間伝承についてのものだ。
彼女は赤い糸について調べているようだ。コンラッドの言うように、『待ち構えていた』ようには見えない。彼は勘違いしたんじゃないのか――
俺の内側で、なにか、ザラリとした不快な感触がした。
アドリアーナに探し物のある場所を教え、自分は赤い糸についての調べ物を始めることにする。
ラウラ・ロンベルは嫌いだが、目的は一緒だ。共同戦線を張ったほうが効率はいい。
そう持ちかけようとして、彼女がコンラッドとの婚約解消を望んでいることを知った。
脳裏に、涙を目に溜め絶望しているラウラ・ロンベルの顔が蘇る。あのときの彼女は、コンラッドを好きなようだった。
そしてコンラッドが言うには、彼女は王妃の座を望む権力欲にまみれた悪辣な令嬢だ。
いったいなにが本当なんだ?
いや、余計なことを考えるのは、あとだ。図書館に来れる日は週に一度。時間を無駄にしたくない。
彼女が目を通した書物のリストを借りて、俺も調査を開始することにした。
◇
閉館間際、貸出カウンターに行くと、ラウラ・ロンベルが数冊の本を借りるところだった。司書に笑顔を向け丁寧な対応をしている。
意外だった。俺が知っている彼女は、いつも怒った顔で居丈高で意地悪で、感じが悪い。
でもすぐに、それは俺たちに相対しているときだけだと気づいた。彼女が他の人間といるときのことを、俺は知らない。
もしかして俺の知っているラウラ・ロンベルは、彼女の中の一部でしかないのか?
ふと、さきほどのコンラッドの勘違いを思い出した。どう見ても長い間調べ物をしていた彼女を、「待ち伏せしていた」と疑っていた。
それから赤い糸が出現した日の中庭のことも。コンラッドは彼女に向かって「文句など聞かない」と怒った。でも彼女の目的は違った。あの時も勘違いだった訳だ。
もしかして今までにもそんなことがあったのか?
そもそも俺だって赤い糸が彼女に繋がっているとわかった時に、彼女が仕組んだことだと決めつけたじゃないか。
図書館のエントランスを出ると、大階段を降りていく彼女の背が見えた。
俺の後ろからはコンラッドとアドリアーナが出てくる。そしてコンラッドは、不機嫌な口調でラウラウに「なんだ、まだいたのか」と、話しかけた。
返事をしないラウラ。コンラッドはさらに不機嫌になって、「婚約者を無視するのか!」と声を荒げた。
なんだか、コンラッドのほうが感じが悪く見える。
でも彼は品行方正な王子のはずだ。悪女であるラウラ・ロンベルにだけは辛辣ではあるけれど――
この前も今も、彼女が言葉を発する前にコンラッドがケンカ腰で、突っかかっている。今まで彼の辛辣さはアドリアーナを守るためのものだと思っていたが、こうやって見ると――
突然、コンラッドがわずかな魔力を放出した。詠唱が必要ではないほどの僅かなものを、連続して二回。
なにが起きたか、頭で理解するよりも先に体が動いていた。
ラウラ・ロンベルが階段から転落しそうになっている。
全力で階段を駆けおり、落下寸前の彼女を抱き留めた。
心臓が、恐ろしいほどバクバクとしている。
今、確かにコンラッドは魔法を使って、彼女を突き落とそうとした。
どうしてだ?
しかも、アドリアーナを利用した。彼女は気づいていないみたいだが……。ラウラ・ロンベルもただの事故だと思っているみたいだ。
でも、気のせいじゃない。
コンラッドを見る。婚約者を心配する様子は微塵もなく、アドリアーナを気遣っている。
いや。なにかコンラッドなりの事情があるのかもしれない。あいつは卑劣な男ではないはずだ。知り合って二年半。ずっと親友として親しくしてきた。コンラッドは公明正大で、気持ちのいい男だ。 そうだろう?




