12・1 好きでいる覚悟
「だいぶ予定より早く終わったが、どこかへ寄って行かないか」
教会庁から帰る馬車の中で、険しい表情でエメリヒが提案した。
アドリアーナは王宮で降ろしたので、車内にはふたりきり。エメリヒは私を誘ったのだと思う。だけど人相が悪すぎて、まるで果たしあいでも申し込んでいるみたい。
そう思ったら楽しくなって、それまでぐるぐるとしていた気持ちが、少しだけ軽くなった。
「カフェはどうだ? 騎士団の先輩にお勧めを教えてもらったんだ」
「いいわね」
私も美味しいものを飲んで落ち着きたい。
◇◇
馬車が止まった。どこからか軽快な音楽が流れてくる。
「お祭りかしら?」
「聞いていないが」とエメリヒも首をひねる。
そこに馭者が「渋滞でこれ以上は進めません」と言ってきた。
「見に行ってみる?」
音楽とともに楽しそうなにぎわいが聞こえてくるし、小窓から見えるひとびとは明るい表情で道の先に向かっている。
「ラウラが構わないなら」
ふたりで馬車を降りる。メインストリートからそれた、下町のような区画だった。
そばを通り過ぎようとした女性に「お祭りですか」と尋ねると、
「違うけど、そんなもん! みんな広場でお祝いをしているんだ」との返事が返ってきた。
彼女の向かう先は広場で、中央にある噴水のへりに数人が上ってリュートや縦笛、太鼓で演奏をしている。そのまわりで沢山のひとたちが踊っているものの、確かにお祭りではなさそう。
活気はあるけれど、見るものはないみたい。馬車に戻って当初の予定どおり、カフェに向かったほうがいいのかしら。
「ラウラ」
掛けられた声にエメリヒを見ると、右手を差し出して思いつめたような顔をしていた。
「一緒に踊ってもらえないか。本当は歓迎会の時に誘うつもりだったんだが、機会を逸してしまったから」
その手をみつめ、それからエメリヒをみつめ、腹をくくって手を重ねた。
嬉しそうに微笑むエメリヒ。
「でも私、どう踊ればいいかわからないわ」
社交場で踊るダンスしか知らないもの。
「俺だって!」
エメリヒは笑うと、周りのひとたちのようなステップを踏み始めた。私も慌てて合わせる。
両手を繋いで、跳ねるように踊りまわる。激しく波打つ赤い糸。段々楽しくなってきて、正しく踊れているかなんてどうでもよくなった。
エメリヒは満面の笑みで、とても幸せそうで――。
好き、と思った。
◇◇
踊り疲れて、広場の隅のベンチにエメリヒと並んですわった。
「なんだかわからないが楽しかったな!」と言うエメリヒは、珍しく興奮した様子をしている。
「私も楽しかったわ」
周りはまだまだ軽やかな音楽と共に踊っている。
「エメリヒ」
「……っ!」
彼が驚いたように目を見開く。
気づいていたのね。私が名前を呼んだことがないことを。
最初は特に意味はなかった。どちらかといえば、こんなひとの名前を口にしたくないという思いがあったぐらい。
だけどいつのころからか、口にしづらくなっていた。
その理由は考えないようにしていた。たぶん、私はずっと前から、自分の気持ちがわかっていたのだわ。
「あなたが好き」
エメリヒの目がますます大きくなる。
「でも、好きでいることが怖いの」
もし自分が意地悪な人間に戻ってしまったら。もしエメリヒが心変わりをしたら。
どうしてもそう不安になってしまう。
「ラウラ」エメリヒは真摯な顔をで私を見る。「俺は謝らなければならないことがひとつある。赤い糸の切り方は、みつけた」
「ええ? いつの間に」
「君と図書館で書物に目を通していたときに。『一度切った縁は二度と戻らない』そう書いてあったから、黙っていた」
赤い糸を見る。私と彼の左手の小指を繋いでいる。最初は絶対に切ると意気込んでいた。だけど今は――
「明日、その箇所を見せる」とエメリヒ。「ラウラが俺との縁を切りたいと思ったら、実行していい。魔力があれば誰でもできるらしい。これは俺の覚悟だ」
それはどういう意味?
「俺はラウラを失いたくない。だから絶対に君の不安を払拭する。信じてほしい」
エメリヒは歓迎会の日も、教皇様のお話を聞いたあとも、今も、真摯に私に約束をしてくれている。
それを信じられないって、悲しいことだわ。
「ありがとう。エメリヒを信じるわ」
「手をとってもいいか?」
ええと答えると彼は私の手をとり、視線を合わせながら
「ラウラが俺のすべてだ」と言って口づけた。
その箇所が燃えるように熱い。
そして、顔も。




