10・1 エメリヒの命令要請
講堂は学校の施設とは思えないほど豪華なのだけど、今日は飾り付けがされて一段と華やかになっている。急遽決まった、歓迎会が開催されるからだ。
主賓のひとりはシャルンホルスト国の第二王子エッケル殿下。エッケル殿下はアルバンの弟で、我が国の第二王子オリヴァー殿下と私の弟ルーカスの同級生でもある。どうしてなのか、ふたりを連れて、短期留学にやってきた。
そしてもうひとりの主賓は、ドレイファス国の王太子ヴィクター殿下。こちらも短期留学。
マンガにはなかった展開だし、どうして急にこんな状況になったのか、お父様もコンラッドもわからないみたいで戸惑っているのよね。
四人全員が同じ学年だから、そこになにか意味があるのかしらとも思うけど。
ざわざわとしている会場を見渡す。全生徒が集まり、開会式を待っている。誰もが急なイベントに驚いているように見える。
だって普通は王族って、こんなに簡単に他国へ来ないものね。
「絶対におかしいですよね?」とアドリアーナが言う。
なぜか、彼女はがっしりと私と腕を組んでいる。その向こうには、私をにらみつけているコンラッド。
彼がアドリアーナと腕を組めないのは私のせいではないのに、とんだとばっちりだわ。
「私もそうは思うけど、アドリアーナはどうして?」とコンラッドは無視してアドリアーナに尋ねる。
「だってシュテルン教信仰の国が揃ったんですよ――ってエメリヒが言ってました」
私の右隣に立つ彼が大きくうなずいた。
「女神デメルングの生き写しを奪いにきたと考えられないか?」
「まさか」
その存在を尊まれ、もしくはやっかまれて、取り合いされたり命を狙われたりするのは、精霊姫だもの。
「わかったわ。狙いは精霊姫アドリアーナね。コンラッドの妃になりそうにないとの情報が回ったのだわ」
「いや、意味がわかりません。どうして私なんですか」と口を尖らせるアドリアーナ。
「お前たちの考えが偏っているんだ」と呆れ声を出したのはコンラッドだった。「偶然だろ、こんなもの」
「偶然三ヶ国の王子たち五人を一ヶ所に集める? 意味もなしに?」とエメリヒが冷ややかな声で応じた。
「なにかはあると思うのよね」とアドリアーナ。「朝からずっと精霊たちが落ち着かないの。だから気を付けるに越したことはないのよ」彼女が私の顔を見る。「だからラウラ様からはなるべく離れたくないのですけど」
言葉を返そうとしたそのとき、
「姉上!」と声がした。
弟のルーカスとコンラッドの弟オリヴァー殿下が、笑顔でこちらへ来る。
初対面のひとたちが挨拶をしあう。
ルーカスが意味ありげな笑みを浮かべてエメリヒに、
「あなたのことは父上からよく聞いているよ」と告げ、エメリヒが真顔で軽く頭を下げる。
それってこの前の誕生会のことかしら。
手作りのケーキでもてなしたなんて恥ずかしいから、エメリヒには口止めしている。ここでルーカスが言及したら困るのだけど。
心配になって話をそらそうかとも思ったけれど、ふたりの会話はそこで終わった。よかった。
以前の私は、手作りの食べ物をよく知らない仲のひとにあげるなんておかしい、と考えていた。それを知っているお友達もいるし、暴露されたらいたたまれないところだったわ。
ひととおりの挨拶がなごやかな雰囲気の中で終わる。ふたりの王子は兄弟仲があまりよろしくないので、そこだけはよそよそしいけれどね。
ルーカスが、
「ところで、姉上はどうして精霊姫と腕を組んでいるの?」と私とアドリアーナの顔を見比べた。
「ラウラ様を守っているんです!」
アドリアーナが胸を張って答え、ルーカスは戸惑いの表情になった。
それはそうよね。意味がわからないわよね。
「こんなに男性がいるのに、姉上を守ってくれるのは精霊姫なんだ」
んん?
「これじゃ父上は、アルバン殿下の申し出を受けることになるかな。僕は姉上を国外に嫁がせたくないんだけどね」
「ちょ、ちょっと待って、なんの話なの?」
「アルバン殿下が、正式に結婚の申し込みをする準備をしている話」とにっこりするルーカス。
「そのための役人がこちらへ来ることになったから、エッケル殿下がついでに自分も行きたいとワガママを言い出したんだ。それでこの短期留学ってわけ」とオリヴァー殿下。
「なんてこと。そこまで話が進んでいるなんて」
てっきり軽薄王子の気まぐれだと思っていたのに。
「あんな俺様の妃なんかにはなりたくないわ」
アルバンはいつもいつも、私の気持ちを無視して口説いてくるから、最近はあまり好きではない――というよりはっきり言って、うっとうしい。
「ラウラ様は私が守ります!」とアドリアーナが更に私に密着する。
「いや。アドリアーナじゃ力不足だ」
とエメリヒが言って、ルーカスの前に進み出た。
「ロンベル公爵家嫡男であらせられるルーカス殿。公爵閣下の名代として、騎士見習いである私にロンベル令嬢を守るよう命じてくださいませんか」
ルーカスがくすりと笑った。
「いいよ。命じてあげる。僕の姉を守って」
「お言葉どおりに」とエメリヒが片手を胸に当てて恭しく頭を下げる。
お友達なのに、『命令』というのはもやもやする。
だけど『友達』としてでは隣国の王子に対抗できないからだ、とはわかる。アルバンはことあるごとにエメリヒが次男であることに言及する。
だから微笑みを浮かべて
「お気遣いをありがとう」とエメリヒに伝えるだけで、ガマンする。
「守るって約束しただろ」と険しい表情で答えるエメリヒ。
胸がとくんと鳴ったけれど、ほうっておく。
彼は顔がいいから。ドキドキしてしまうのは、仕方ないことなのよ。




