7・1 秋の園遊会
馬車から降り立つと、周りを見渡した。久しぶりの王宮。馬車の乗降場にはたくさんの馬車が並び、貴族であふれかえっている。
最後にここへ来たのはコンラッドに攻撃される前日だから、もう三週間近く前になる。以前は日参していたことを考えると、まるで何十年もの間があいたかのような感覚がする。
「ラウラ、大丈夫か? 怖くないか?」
お父さまとお母さまが心配そうに私の顔をのぞきこんだ。
「ええ。お友達がいるから、平気よ」
コンラッドと私の婚約は正式に解消となり、発表もされた。社交界も街中も、その噂でいっぱいと聞いている。
そして今日は年に一度の王宮主催の園遊会。たくさんの貴族が集う。私はきっと注目される。
ただ、基本的に公式行事に招待されるのは成人だけなのだけど、これと年始の舞踏会だけは、未成年でも王立学校に通う貴族子女なら参加ができるのよね。
おかげで、学校のお友達もたくさん参加する。だから、心強いもの。大丈夫。
「あ! ラウラ様――!」
聞き覚えのある可愛くて元気な声がした。姿を見なくても誰かわかる。
振り返れば予想どおり、アドリアーナだった。ピンク色のドレスを着て、紅潮した頬で駆けてくる。それに慌ててついてくる、七人の守りびと。
「素敵――!」とアドリアーナが私に抱きつく。「ラウラ様ってば美しくて神々しくて、女神みたいです!」
「ありがとう」苦笑しつつ、よしよしをする。「あなたこそ、とても可愛いわ。妖精のお姫様みたい」
「例のドレスなんです」と彼女が私たちだけに聞こえるように囁いた。
ああ、とうなずく私。
『例のドレス』とは、コンラッドが贈ったもののことだ。もう彼を見限っているアドリアーナは、着たくないといってとても困っていた。
だけどコンラッドは腐っていても、王太子。しかもアドリアーナは国王夫妻に『これ以上あの子のメンツを潰さないでやってくれ』と泣きつかれたらしいのよね。
「彼の妃になる覚悟したの?」と、こそっと尋ねる。
「ムリです!」
小声だけど、きっぱりと断じるアドリアーナ。
だいぶマンガとは違う展開になってしまったわ。
マンガだとこの園遊会で、私はかなり酷く彼女をいじめる。そして、それをきっかけに精霊たちが初めて、精霊姫以外に姿を見せるのよね。
彼女をかばったコンラッドとの仲も一段と深まって、良い雰囲気になる。
うん、どのエピソードも起こりえないわ。
起こらないことで困ることもないし、心配することはなにもないわね。
アドリアーナの後方で待機している守りびとたちに視線を移す。
エメリヒは落ち着いたワインブラウン色の盛装をしている。きっと秋の園遊会に合わせた色選びをしたのだわ。制服姿よりも大人びて見える。
「みんなも素敵でしょう?」とアドリアーナ。「ラウラ様も一緒に会場に行きましょうよ。口さがない大人たちに、私たちは仲良しですってみせつけるんです!」
「アドリアーナ、まずは公爵ご夫妻に挨拶をしろ」とエメリヒが注意した。
「わわ、そうだった!」
アドリアーナは飛び上がると、慌てて私の両親に挨拶をする。
安全対策のために王宮に住む彼女には、マナーを習う時間が設けられている。でも、今までずっとサボっていたらしい。
いつもコンラッドが来て、連れ出されていたとか。こうなってくるとコンラッドって害悪でしかないのじゃないかしら。
当のコンラッドはお父様たちに許可を取るアドリアーナを、離れたところから不満そうにみつめている。でも文句は言わないから、少しは成長したのかも。
それとも自分を負かしたお父様が怖いのかしら。
「よし、それでは行きましょう、ラウラ様!」
話し終えたアドリアーナが私と腕を組む。だけど歩き始めていくらもいかないうちに、足を止めた。
「あ、そうだ、大事なことがあったんだわ」とアドリアーナ。「アルバンがエスコートを申し出てきますよ」
「私に?」
「はい。『絶対に今日は逃さない』って従者と話していたそうです」
留学生のアルバンも王宮に住んでいる。アドリアーナは、仲良しの侍従を通じて情報を掴んだらしい。
「どうしよう、イヤだわ」
エスコートぐらいなら構わないけれど、彼は学校で私を妃にしたいと宣言をしているのだもの。応じたら世間にあらぬ誤解を与えてしまう。
「ええっとぉ。それだったら」と振り返るアドリアーナ。「守りびとの誰かがエスコートをすればいいんじゃないかしら」
「それも、遠――」
「コンラッドは論外でしょ」とアドリアーナ。
当然だわ!
いえ、そうじゃなくて。
「フランツはアレだし、やっぱりエメリヒね」
きゅっと心臓が縮みあがった。それも、ないと思う。
今や守りびとの中では一番よく話すけど、それは同じ目的を持つ同士だからであって。
コンラッドのこともあるから、これ以上私との関係が誤解されるようなことは、よくないと思うのよ。
左手から下がる赤い糸がゆらゆらと揺れる。動きに合わせて近寄ってきたエメリヒが、私の前で止まった。
「精霊姫の望みだから」と険しい表情のエメリヒ。
「結構よ。悪いわ」
「全然悪くないですよ!」とアドリアーナが微笑む。「エメリヒにもちょっと事情があって。ラウラ様と一緒にいるほうが助かるんです。ね?」
エメリヒが無言でうなずく。
「そうなの? だったらお願いしようかしら」
「じゃ、エメリヒ。私がラウラ様から離れなければいけないときに、お願いね」
「……わかった」
あ、そのとき限定なのね。園遊会の間中なのかと思ったわ。
それはそうね。彼はアドリアーナの守りびとだもの。
なんだか肩透かしをくらったような気分だけど。
この気持ちはなんなのかしら……。




