第59話 アウドレッドに潜入#4
「剣王国の貴族が魔族と関わってる? それは本当か?」
「さあな。俺もよく情報を仕入れる奴から聞いただけの情報さ。
ただ、そいつが姿を見たっていうから妙に記憶に残っててな。
だから、確かめるには直接そいつから話を聞いてみるのが早い」
『だとよ。どうする?』
『なら、聞いて確かめるのが一番だな』
ユトゥスは残っているパフェを口の中に押し込むとブランディにその情報元について尋ねた。
「そいつに会いたい。どこにいる?」
「そいつはホームレスだからなぁ。
昼はどこにいるかしらんし、夜ならきっといつもの場所にいるだろ。
だから、行くなら夜にしろ。そいつはこの店の奥の通路を進んで右手にいる。
ただ、お前がその姿で会いに行っても警戒するだろうから......ほらよ、これを渡していく」
ブランディがユトゥスに渡したのは小さな紙でできた食事券であった。
「そいつが俺の廃棄したゴミを片付けてくれた際にくれてやってるものだ。
それを提示すれば一回だけタダで食事をくれてやる約束でな。
だから、これを提示すれば恐らく俺の知り合いってことが伝わるはずだ」
「そうか。受け取らせてもらおう」
ユトゥスは代金をカウンターに置くと立ち上がり、そのチケットを受け取って入り口へと向かった。
そして、ドアノブに手をかけた時、ブランディが最後とばかりに声をかけた。
「ユトゥス、お前のこと色々わけあって行動してるのは理解してるつもりだ。
だが、これからお前が関わろうとしてるのはどうにも底が見えない。それでも行くのか?」
ユトゥスはドアノブから手を放し、ブランディの方を向けば真っ直ぐな瞳で言い放つ。
「あぁ。何が俺の目的に繋がってるかわからないしな。
それにこんなきな臭い話を放っておく方がどうかしてる」
「.......そうか。なら、気を付けて行けよ。弟妹分を悲しませるな」
「......善処する」
ユトゥスは店を出て、大通りに向かって路地裏を歩き始める。
それから、店から少し離れたところで腕組みしながら何やら考え込んでいるブラックリリーが口を開いた。
『剣王国って人族一番! 人族最高! って感じで他の種族に威圧的なんだよな?
だって、前の村にいた騎士だってあのスケベ狐に魔族の血が入ってることに反応してたみたいし』
『シンプルに考えるなら剣王国も一枚岩ではないということだろう。
とはいえ、剣王国は建国の始祖であるレイザクスが魔王を倒したことで生まれた国であり、今でも魔族に対して強い敵対心を抱いている国でもあるはずだ』
『そんな国のさらに貴族という立場でありながら、魔族と通じるというリスクを冒してまで得るメリットがあるのかって感じか。
ふーむ、そう聞くと確かにきな臭い。それじゃ、オマエはさっき言った通りにホームレスに話を聞きに行くのか?』
『そのつもりだ。だが、さすがに夜までに時間が早すぎる』
『それに集合時間にもな。んじゃ、本屋行こうぜ』
『そうだな』
そして、ユトゥスはこの街にある本屋へ寄り、目欲しいものを手当たり次第購入すると宿に戻っていく。
それから、部屋に戻れば、先に戻っていたフィラミアの姿があった。
「先に帰っていたか」
「はい。ちゃんと栄養を考えて色んな食材を買ってきました。主様の方はどうでした?」
「俺の方でも収穫があった。そして、より詳しく話を聞くために夜に少し出る。
その時、貴様はここで待機していろ。誰もいないのは怪しまれるからな」
ユトゥスがそう言い放てば途端にフィラミアがどこか訝しむような目で見つめてきた。
まるで自分のこかれからの予定を疑っているかのような目だ。
すると、フィラミアはその目をしながらそっと口を開く。
「......その人はもしかして女性ですか?」
「さあな。性別は聞いてない。だが、それを聞いて何の意味がある?」
「当然ありますよ! 主様が私以外の他の女性に最初に落とされれば、それは私のプライドが許しません! 最初に勝つのはこの私です!」
『相変わらずだな、この卑し狐は』
『言ってやるな』
「そんなことか。まぁ、貴様の話は心底どうでもいいが、これから予定あるか?」
「予定ですか? いえ、無いですけど......」
「なら、俺達の装備を整える。帰る途中で貴様に合いそうな防具を見かけてな。
買うかどうかの意見を貴様に聞きたい。だから、買い物に行くぞ」
「デートですか? デートですね!? 行くに決まってます!!
にしても、下げてから上げるなんてテクなことしますねぇ」
「貴様が勝手に下げて上げてるだけだ」
『きっと何しても好感度上がりそうだな、この狐......』
―――数時間後
辺りが暗くなり始め、街灯と店から漏れ出た光で道が照らされる。
大通りでも人の数はそれなりにあり、周囲の店からは漏れた出た喧騒が聞こえてくる。
そんな道をユトゥスは一人ブツブツと独り言を呟きながら歩いていた。
「ふっ、新しい靴の履き心地も悪くない」
『ようやく補正値のついた靴を買えたみたいだな。つっても、超々鈍足から超鈍足になったぐらいだけど』
「その些細な変化が勝負の世界では大きく左右する。下手にケチれば失うのは自分の命だ。
だから、武器や防具ではケチらないことにしている。さすがに呪われてるのは考えるが」
『ふ~ん。ま、そりゃそうだな。お前にせっかく力を与えたのに志半ばで死なれても困るし。
それよりももう夜になったしさっさと行こうぜ。
確か、昼間に訪れた店を置くに行って右手に曲がるんだっけ?』
「あぁ、そうだ。行くぞ」
ナビゲーターのようにふよふよ浮いて数メートル先に進むブラックリリー。
そんな彼女の後を歩いてついていくこと数分、目的の場所に辿り着いた。
その場所には地べたに座るボロ布を着込んだような老人がいた。
「貴様か、マスターが言っていた情報提供者というものは」
「......誰だ。俺に何の用だ?」
「俺はあの男の知り合いだ。証拠にこれをくれてやる」
その老人は警戒したような目を向けるが、ユトゥスは気にせずその場にしゃがみ込み、地面にブランディから受け取った食事券を置いた。
瞬間、その男は目を大きく開き反射的に動き出せば、食事券に掴み取り懐へとしまった。
そんな男の様子を見つつ、ユトゥスは話しかける。
「俺はその券をくれた男から貴様のことを聞いた。
俺が知りたいのは貴様が魔族を見たという証言だ。それについて話を聞かせろ」
「不躾になんだって言いたいところだが、この食事券は本物だ。俺にはわかる。
で、魔族を見たかどうかって話だったな。言っておくが確証はねぇぞ?
あくまで遠くから見てそう思ったってだけの話だからな」
「それでも構わない。さっさと聞かせろ。老いぼれ」
「ひでぇ言い様だな。ったく......」
本意ではないユトゥスの言葉にホームレスは悪態を吐きながらも話てくれた。
それは数か月前のある晩の出来事の話。
ホームレスの男が空の下で飢えをしのいでいると、近くにある貴族の屋敷から光が漏れているのが見えたという。
その屋敷を特に理由もなく見ていると、光が漏れ出ている窓に人物のシルエットが見えたらしい。
しかし、その人物は何度か見たことがある領主の髪型のものだとすぐに分かったようだ。
それから少しして、髪型の違う人物のシルエットが映った。
すると、その人物には頭から角らしきものが生えていたことにその男は気づいたという。
「シルエットだけだったから見間違いという線もある。
だが、その人物の動きに合わせて角らしきものも自然に動いていた。だから、魔族だと思った。
まぁ、剣王国の貴族が魔族と繋がってるなんて普通思わないだろうがな」
『ふ~ん、確かにシルエットとはいえ角が動きに合わせて動いたなら怪しいな。本当に魔族がいたってことか?』
『かもしれないね、だけど、まだ確証とはいかないな。もう少し確実な情報が必要だ』
「そうか、わかった。有意義な話だった。褒美としてくれてやる。情報料だ、ありがたく受け取れ」
ユトゥスは懐から小銭袋を取り出し、コインを渡した。
それを受け取ったホームレスは意外そうな顔をしながらも、報酬に笑みを浮かべる。
「へへっ、口は悪いが礼儀は知ってるみたいだな」
「その金をどう使うかは貴様次第だ。話は以上だ。せいぜい頑張って生きろ」
ユトゥスはホームレスから離れると、領主の家がある方へと歩みを進める。
すると、その方向に気付いたブラックリリーはユトゥスの考えについて尋ねた。
『今向かってる場所って領主の屋敷がある方だよな? 潜入するのか?』
「その方が手っ取り早いと思ってな。潜入のための下準備として一度現地を下見するつもりだ」
『キシシ、どうやらオマエにも悪人の素質が出てきたみたいだな』
「違うな。余計な戦いを回避させるため......ん?」
『どうした?』
「見覚えのある魔力だ。少し確認する」
ユトゥスは<魔力探知>で捉えた魔力の方向へ向かうために両端の壁を蹴って屋根まで上った。
そして、月下の明かりで見えたのは白と黒のハーフカラーをし、角を生えた一人の魔族――アルミルの姿であった。




