第57話 アウドレッドに潜入#2
アウドレッドの門番であるボルボンは町に入る冒険者や商人などの人達の身分証確認という毎日の流れ作業に半分飽きていた。
とはいえ、憧れの剣王騎士団(下級騎士だが)に入団でき、伝説の勇者によって建国された国の騎士の一人という自覚もある。
故に、代り映えしない毎日を過ごす中でも、怒られない程度に頑張っていた。
そんなとある日、一緒に組んでいた友人のモンブと仕事をしていると、風に流れてどことなく良いニオイがしてきた。
それこそ、普段小汚い冒険者や汗くさい太った商人とも違う気品溢れたニオイ。そう、さながら貴族の令嬢のニオイだ。
ニオイフェチの自分にはわかる。
門番という仕事を何年も続けているのは、下級騎士では到底お近づきもできない貴族の令嬢が乗る馬車からわずかに漏れ出たニオイを堪能するため。
しかし、この鼻孔にダイレクトアタックするような感じは馬車から漏れ出たとかでは到底あり得ない。
「まさか......!?」
目の前にいる冒険者の冒険者カードを確認する作業そっちのけで視線を遠くへ向けるボルボン。
瞬間、そのニオイの招待は誰なのかすぐにわかった。な、なんなんだあの卑しい女は~~~~!
ボルボンは確認していた冒険者に目もくれず「通っていいぞ」と流すと、丁度手の空いたモンブに話しかけた。
「お、おい、モンブ! モンブ!」
「なんだよ急に」
「アレ見ろってアレ!」
「アレ?......うっわ、なんだあの子!? めっちゃ可愛い!!
獣人なのが物凄く惜しいがなんだか些細な問題に感じてきた。
つーか、頭のアレってメイドがつけるやつじゃなかった?」
「ってことは、あの子をメイドにしてる貴族がいるってことか! どこのふてぇ野郎だ!
.......って思ったけど、あの子しかいないぞ。ん? 今誰か通ったか?」
「んなわけねぇだろ! それよりもボルボン、俺が口説き落とす。邪魔すんなよ」
「ハァ!? ざっけんな。俺が先に見つけたんだぞ。
挑戦権は俺にあるに決まってるだろ。お前こそ邪魔すんな!」
門番同士でやいのやいのと醜い言い争いを繰り広げていると、噂の獣人少女は目の前にやってきた。
「すみません。中へ入りたいのですが、冒険者カードを提示すればよろしいのですよね?」
「そうだね、俺に見せてくれればいいよ!」
「すっこんでろ、ボルボン! あ、俺がやるよ。コイツ、ただのニオイフェチの変態なんで!」
「何暴露してんだこの野郎! お前だって“可愛くても獣人族はないわー”って言ってただろうが」
「言ったことありませんー! 捏造すんなクソが!」
獣人少女の前で再びの醜い言い争い。
もはやこの時点でどの女性から見ても二人の評価が駄々下がりになっていることに二人は気づいていない。
「お二人とも落ち着いてください。ケンカはメですよ?」
「「うぐっ!!」」
「では、お二人が確認なさってください」
そう言って獣人少女が提示した冒険者カードを見る二人。
瞬間、ボルボンは色々な確認事項をすっぽかして名前だけを確認した。
なるほど、この子はユトゥスちゃんと言うのかぁ。
若干男の子っぽい感じがするけど、まぁいいか!
「で、その、何しにこの街へ?」
「ちょっとしたお買い物です」
「そっかそっか。でも、この国は人族以外には何かと厳しい目で見られることが多いからね。
特に君のような可愛い子はあっという間に路地裏に連れ込まれて何されるかわかったもんじゃない。
というわけで、この俺に――」
「この僕が街を案内してあげるよ!
なーに、剣王国の騎士たるこの僕がいれば何の問題もない!」
「おいお前! 何人のセリフ奪ってんだよ!
あ、この男の言葉は俺の代弁と思ってくれれば結構だから!」
「ふふっ、お気遣いありがとうございます。ですが、心配に及びません。
私はこう見えても案外強いですし、それに一人で街を巡りたいですから。
それで、入ってもよろしいのでしょうか?」
「えー、そんなこと言わずにさ」
「そうそう遠慮しなくていい――」
「入ってもよろしいですか?」
同じセリフを二度言われる門番二人。ただし、二言目には確かな圧がかけられていた。
その強いインパクトに門番二人は途端に委縮して「あ、はい」とボルボンが冒険者カードを返した。
そして、その隙に獣人少女は颯爽と歩きだしてしまう。あ、行ってしまう。
「では、お仕事頑張ってください」
あ、でも、労いの言葉かけてくれた。好き。
*****
そんな門番二人とのやり取りを遠くで眺めていたユトゥスは、その二人がどうにも哀れに見えて仕方なかった。
というのも、淫魔族にとって自分に興味を持つ相手には興味を失うという極めて難儀な性質があるからだ。
つまり、その性質を色濃く受け継ぐフィラミアにとって、あの門番二人とのやり取りは自分の容姿に見惚れてる点では嬉しいが、言ってしまえばそれだけであり路傍の石にしか見えてなかったということだ。
そう考えるとやはりあの二人が哀れで仕方なかった。
『なんか必死すぎて気持ち悪りぃな』
『言ってやるな。まだフェロモンの可能性もあるだろ』
「主様、お待たせしました。にしても、急にカードだけを渡してに一人で歩きだすなんてびっくりしましたよ」
「いや、なんというか......異様な食いつきだったから行けるかと思って試してみたら行けてしまった。
それにしても本当に貴様の容姿は男にとって目を引くものらしいな」
「まだ疑ってたんですか? まぁ、それもあると思いますが、他にも違う理由があると思いますよ?」
「それはどういう......あ、そうか、レベルか」
「はい。レベルは自分の強さを示す数値でもありますが、同時に存在感の主張としての役割もあります」
この世界のレベルとは文字通り自分の強さを表す客観的な指標である。
また同時に、レベルとはその人物が持つ覇気の強さでにあるのだ。
そんな強者が作り出す独特の空気感はレベルが高ければ高いほど強まり、自然と周囲の目を引く。
となれば、本来何しても多少レベルが上がるはずで存在しえない”レベル1”がその近くにいた時、その人物などもはや路傍の石のような存在感といえる。
いや、もっと言えば、人々が太陽に目を向けた時、太陽を見る過程で見ているはずの空気を見れも感じれもしないようなものなのかもしれない。
故に、ニオイなどによる別の要因で気づく可能性があっても”気のせい”で済んでしまう。
もし気づく可能性があるとすれば、路傍の石が自ら声をかけたり体当たりするか、魔力という別の要因で見つけてもらうか、感覚が鋭い人に気づいてもらうかなどの方法が必要だろう。
「とはいえ、さすがに俺一人での結果ではないだろう。
貴様もフェロモンでフォローしたのではないか?よく理性を残したままやれたもんだ」
「いえ、使ってませんよ」
「そうなのか? では、あの二人は素でやり取りを......」
『おいおい、マジかよ......』
ユトゥスはここ一番で驚いたような顔をし、門番二人に目を向ける。
また、その視線に誘導されたフィラミアも同じくその二人を見た。
そして、今も門番の仕事をしながら時折周囲を探るような顔の動かし方をしている二人を見て、ユトゥスとフィラミア、果てはブラックリリーまでもが思わず呟く。
「あれはモテねぇな......」「あれはモテないですねぇ......」『あれはモテねぇって......』
そして、二人は哀れな門番二人に背を向け、宿を取りに行った。
周囲の視線を集めてドヤ顔するフィラミアだったり、見つけた宿でフィラミアの可愛さのおかげで宿代を安くしてもらったりということもありつつ、ユトゥスは次の目的へと移った。
「さて、これで宿の確保もできた。フィラミア、その次の目的を覚えてるか?」
「周囲からの視線で集めた可愛いパワーで主様を負かせることです!」
「それは貴様の目的だろうが。全体の目的は食糧確保と情報収集だ。
故に、ここからは二手に分かれる。貴様は食糧を確保しろ。栄養バランスは考えろ?」
「わかりました。では、主様は情報収集ですね。集まる時間の目安は?」
「そうだな.....二時間後で宿に集合だ」
「わかりました。お気をつけて」
「そっちもな」
そして、二人はそれぞれの目的のために動き出した。
そんな早速周囲の注目を集めるフィラミアを見ながら、ブラックリリーは心配するように声をかけた。
『一人にしちまって良かったのか?』
『生粋の箱入り娘だから多少心配だけどね。でも、こうして信じて送り出すことも必要さ。
それにあの子は存外社交性のある子だ。それに頭も良い。迷惑かけるようなことは起こさないよ』
『ならいいけど。ところで、可愛いパワーってなんだろうな』
『さぁ? 可愛いでぶん殴ることじゃね?』




