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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第三章
75/75

75.【番外編】目覚め

※第一章『follow your heart』の直後のお話です。

甘々の余韻です。

お楽しみいただけますように……

 ジェラルドによって自室に運ばれたカレンは、ぐったりとベッドに横たわっていた。


 ほぼ丸一日をジェラルドのベッドで過ごしたのだ。

 初めての経験に、心身からだがまったくついていかない。


「ったくジェラルド様は…!」

 エマがぶつぶつと文句を言いながら、横たわるカレンの体を湿らせた暖かなタオルで優しく拭く。


 エマの後ろでニコルが心配そうに主の様子を伺っている。もう戸惑ってはおらず、女主付きの侍女らしくエマの手伝いをしていた。


 カレンは何も考えられず、ただ体の芯の熱さを感じながら、タオルの温かな感触と気だるさに誘われ、そのままうとうとと眠りについた。


 ∴


 ……甘い香り……


 翌日、正午もとうに過ぎた頃、カレンはゆっくりと瞼を開けた。

 まだ気だるさは残るが、寝覚めは悪くない。


 うつ伏せた格好で、首だけ横に向けており、目覚めた視線の先…枕の隣に何かあるのに気づいた。


 手だけをそっと伸ばす。


 たくさんの、小さな白い花を付けた可憐な一枝。


 この香りは…金木犀オスマンサス? でも、もっと軽くて繊細な香り…


「あ、お嬢様、お目覚めですか?」


 ニコルが近寄る。


「…いい香りね」


 カレンは指先で白い花に触れた。

 カサリ、と何かが指に触れる。


「今朝ジェラルド様が置いて行かれました。カードを添えて」


 ニコルはニコニコとしている。


 カレンはゆっくりと横向きになり、カードを読んだ。


 ─Dear Karen

 How do you feel when you wake up?

 Even though I loved you so much, I want to love you again soon.

 with love

 Gerald─


 愛するカレン

 目覚めの気分はどう?

 あんなに愛したのに、またすぐにあなたを愛したい。

 愛を込めて

 ジェラルド



 ま…あ…!


 カレンは一気に目が醒めた。

 かぁっと頬が染まるのが自分でわかる。


「銀木犀なんて、珍しいですね。初めて見ました」


 そうだ。

 香りは金木犀オスマンサスに似ているが、その甘さはもっと軽くて繊細な銀木犀。

 とても希少だと記憶にある。


「なんでも先代の奥様がそれはそれは大切にされていたそうで。ジェラルド様が、一枝を庭師に命じて手折られたそうです…素敵ですね。起きられますか?」

 ニコルは言いながら、カレンの背中へ枕をいくつか挟んだ。


 そんな大切なものを…


 カレンは銀木犀の枝を手に取ると、顔を寄せ甘い香りにうっとりと目を閉じた。

 そしてもう一度、カードを眺める。


 ─I want to love you again soon.─


 ベッドでのジェラルドの官能的な姿が重なり、体が勝手に熱くなる。


 素敵だった…ジェラルド様……


 ニコルはそんな主の様子を微笑ましく見る。


「実は、夕べ遅くにいらしたんですが、お嬢様は死んだみたいにお眠りになってて…起こすのは忍びないって、ご自身の寝室に戻られました」


「そうなの?」


「はい。ちょっとガッカリされてましたけど、後ろでエマさんが怖い顔をされてて」

 ニコルはクスクスと笑う。


 カレンはその様子を想像して、クスリと笑った。


「お体はつらくありませんか? 何か召し上がられませんと」


 ニコルの言葉に、カレンは急激に空腹を覚えた。


「そうね、お腹がペコペコだわ」


 カレンは実に1日半ぶりに、温かなスープとサンドウィッチの食事を口にしたのだった。


 ∴


「キャ……!」


「お嬢様? どうされましたか?」


 食事を終え入浴するカレンは、浴室の鏡に写った自身の上半身を見て、短い悲鳴を上げた。


「こ、これ……」


 長い髪をまとめ上げて露になった首筋から胸元…みぞおち…お腹、よく見てみれば、腕の内側、視線を落とすと太股や足の甲にまで、ジェラルドの残した赤い印が散っている。


「お体の後ろ側も…かなり賑やかですよ、お嬢様」

 ニコルは呆れたように言う。


 いかに好奇心の強いカレンも、鏡で背中を見る勇気が出ない。


 …こんなに…でも、確かに…


 カレンはバスタブに身を沈めながら、またもやジェラルドとのことを思い出す。


 記憶のある部分だけでも、赤い印を刻んだジェラルドの行為は幾度もあって…


 ブクブクブク…


 カレンは恥ずかしさを紛らわすように、口元まで熱いお湯に浸かったのだった。


 ・


「あ! フリード様!」


 執務室前の廊下でフリードはエマに呼び止められた。


 フリードは兵舎の食堂でランチを済ませ、午後の仕事に取りかかるところだ。


「?」

「ちょっと、こちらへ」


 エマは執務室から離れた廊下の隅へと、身振りでコイコイ、とフリードを誘った。


「フリード様、ジェラルド様に諫言なさってくださいまし」

 エマは声をヒソヒソとフリードに物申した。声音に反してその勢いは強い。


「なんだ?」

 フリードは見当がつかない顔だ。


「『なんだ』じゃありませんよ! カレン様ですっ。先ほどやっと目覚められて…まったく、あんなになられるまで…!」


 お目覚めになられないんじゃないかと、ニコルとヒヤヒヤしましたよ!…と、多少大仰ではあるが、それ程に心配だったのだろう、前のめりにフリードに話す。


 フリードはあぁ、と察した。

「それで…私に言えと?『手加減しろ』と。ジェラルドに」


 エマは大きく縦に頭を振った。


「これでは先が思いやられます」

 エマは大真面目だ。


 いや、それは無理だろう…とは言えず、フリードは少し思案する“振り”をした。

「わかった…だがあまり期待しないでもらいたい。…わかるだろうエマ、ジェラルドの思いの丈の強さを。やっとカレン様を手に入れたんだ。大目に見てやってくれ」


 紆余曲折あり、やっと結ばれた二人だ。

 二人のことをよく知る者同士、それぞれ思うところはある。


 エマは大きなため息をついた。

「…わかりましたよ。それにしても坊っちゃまは果報者ですね…フリード様のような臣下をお持ちで」


 最後は、幼い頃から面倒を見てきたジェラルドの肩を持ったエマだった。


 ∴


 フリードは、大きなため息とともに執務室の扉を開けた。


「? どうしたフリード」

 いつもとは様子の違うフリードにジェラルドが声を掛ける。


「いえ、なんでもないです…が」

 フリードは席に着く。

 全面的にジェラルドの味方をしたいところだが、エマの懸念もわからなくはない。

 板挟みの側近の難しいところだ。


「ジェラルド、『ほどほど』ってわかりますか」


「なんだ?」


「いえ、さっき廊下でエマに嫌みを言われまして」


「嫌み?」


 フリードは言いにくいことを言う役目に嫌気がさすが、仕方ない。

「……カレン様ですよ! やっと目覚められたそうで」


「!」

 ピンときたジェラルドは顎に手をやると、ニヤリと笑う。


「許せ。自分でもどうしようもない」


「だろうと思いましたよ。さ、ディナーまでには片付けましょう」


 予想通りの答えに、フリードはジェラルドとは目を合わせず、さっさと仕事に取りかかったのだった。

いつもお読みくださりありがとうございます!

随分久しぶりの投稿となりました。

甘いカレンとジェラルド(の、余韻)が恋しくなり、綴ってみました。

よろしくお願いいたします。

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