75.【番外編】目覚め
※第一章『follow your heart』の直後のお話です。
甘々の余韻です。
お楽しみいただけますように……
ジェラルドによって自室に運ばれたカレンは、ぐったりとベッドに横たわっていた。
ほぼ丸一日をジェラルドのベッドで過ごしたのだ。
初めての経験に、心身がまったくついていかない。
「ったくジェラルド様は…!」
エマがぶつぶつと文句を言いながら、横たわるカレンの体を湿らせた暖かなタオルで優しく拭く。
エマの後ろでニコルが心配そうに主の様子を伺っている。もう戸惑ってはおらず、女主付きの侍女らしくエマの手伝いをしていた。
カレンは何も考えられず、ただ体の芯の熱さを感じながら、タオルの温かな感触と気だるさに誘われ、そのままうとうとと眠りについた。
∴
……甘い香り……
翌日、正午もとうに過ぎた頃、カレンはゆっくりと瞼を開けた。
まだ気だるさは残るが、寝覚めは悪くない。
うつ伏せた格好で、首だけ横に向けており、目覚めた視線の先…枕の隣に何かあるのに気づいた。
手だけをそっと伸ばす。
たくさんの、小さな白い花を付けた可憐な一枝。
この香りは…金木犀? でも、もっと軽くて繊細な香り…
「あ、お嬢様、お目覚めですか?」
ニコルが近寄る。
「…いい香りね」
カレンは指先で白い花に触れた。
カサリ、と何かが指に触れる。
「今朝ジェラルド様が置いて行かれました。カードを添えて」
ニコルはニコニコとしている。
カレンはゆっくりと横向きになり、カードを読んだ。
─Dear Karen
How do you feel when you wake up?
Even though I loved you so much, I want to love you again soon.
with love
Gerald─
愛するカレン
目覚めの気分はどう?
あんなに愛したのに、またすぐにあなたを愛したい。
愛を込めて
ジェラルド
ま…あ…!
カレンは一気に目が醒めた。
かぁっと頬が染まるのが自分でわかる。
「銀木犀なんて、珍しいですね。初めて見ました」
そうだ。
香りは金木犀に似ているが、その甘さはもっと軽くて繊細な銀木犀。
とても希少だと記憶にある。
「なんでも先代の奥様がそれはそれは大切にされていたそうで。ジェラルド様が、一枝を庭師に命じて手折られたそうです…素敵ですね。起きられますか?」
ニコルは言いながら、カレンの背中へ枕をいくつか挟んだ。
そんな大切なものを…
カレンは銀木犀の枝を手に取ると、顔を寄せ甘い香りにうっとりと目を閉じた。
そしてもう一度、カードを眺める。
─I want to love you again soon.─
ベッドでのジェラルドの官能的な姿が重なり、体が勝手に熱くなる。
素敵だった…ジェラルド様……
ニコルはそんな主の様子を微笑ましく見る。
「実は、夕べ遅くにいらしたんですが、お嬢様は死んだみたいにお眠りになってて…起こすのは忍びないって、ご自身の寝室に戻られました」
「そうなの?」
「はい。ちょっとガッカリされてましたけど、後ろでエマさんが怖い顔をされてて」
ニコルはクスクスと笑う。
カレンはその様子を想像して、クスリと笑った。
「お体はつらくありませんか? 何か召し上がられませんと」
ニコルの言葉に、カレンは急激に空腹を覚えた。
「そうね、お腹がペコペコだわ」
カレンは実に1日半ぶりに、温かなスープとサンドウィッチの食事を口にしたのだった。
∴
「キャ……!」
「お嬢様? どうされましたか?」
食事を終え入浴するカレンは、浴室の鏡に写った自身の上半身を見て、短い悲鳴を上げた。
「こ、これ……」
長い髪をまとめ上げて露になった首筋から胸元…みぞおち…お腹、よく見てみれば、腕の内側、視線を落とすと太股や足の甲にまで、ジェラルドの残した赤い印が散っている。
「お体の後ろ側も…かなり賑やかですよ、お嬢様」
ニコルは呆れたように言う。
いかに好奇心の強いカレンも、鏡で背中を見る勇気が出ない。
…こんなに…でも、確かに…
カレンはバスタブに身を沈めながら、またもやジェラルドとのことを思い出す。
記憶のある部分だけでも、赤い印を刻んだジェラルドの行為は幾度もあって…
ブクブクブク…
カレンは恥ずかしさを紛らわすように、口元まで熱いお湯に浸かったのだった。
・
「あ! フリード様!」
執務室前の廊下でフリードはエマに呼び止められた。
フリードは兵舎の食堂でランチを済ませ、午後の仕事に取りかかるところだ。
「?」
「ちょっと、こちらへ」
エマは執務室から離れた廊下の隅へと、身振りでコイコイ、とフリードを誘った。
「フリード様、ジェラルド様に諫言なさってくださいまし」
エマは声をヒソヒソとフリードに物申した。声音に反してその勢いは強い。
「なんだ?」
フリードは見当がつかない顔だ。
「『なんだ』じゃありませんよ! カレン様ですっ。先ほどやっと目覚められて…まったく、あんなになられるまで…!」
お目覚めになられないんじゃないかと、ニコルとヒヤヒヤしましたよ!…と、多少大仰ではあるが、それ程に心配だったのだろう、前のめりにフリードに話す。
フリードはあぁ、と察した。
「それで…私に言えと?『手加減しろ』と。ジェラルドに」
エマは大きく縦に頭を振った。
「これでは先が思いやられます」
エマは大真面目だ。
いや、それは無理だろう…とは言えず、フリードは少し思案する“振り”をした。
「わかった…だがあまり期待しないでもらいたい。…わかるだろうエマ、ジェラルドの思いの丈の強さを。やっとカレン様を手に入れたんだ。大目に見てやってくれ」
紆余曲折あり、やっと結ばれた二人だ。
二人のことをよく知る者同士、それぞれ思うところはある。
エマは大きなため息をついた。
「…わかりましたよ。それにしても坊っちゃまは果報者ですね…フリード様のような臣下をお持ちで」
最後は、幼い頃から面倒を見てきたジェラルドの肩を持ったエマだった。
∴
フリードは、大きなため息とともに執務室の扉を開けた。
「? どうしたフリード」
いつもとは様子の違うフリードにジェラルドが声を掛ける。
「いえ、なんでもないです…が」
フリードは席に着く。
全面的にジェラルドの味方をしたいところだが、エマの懸念もわからなくはない。
板挟みの側近の難しいところだ。
「ジェラルド、『ほどほど』ってわかりますか」
「なんだ?」
「いえ、さっき廊下でエマに嫌みを言われまして」
「嫌み?」
フリードは言いにくいことを言う役目に嫌気がさすが、仕方ない。
「……カレン様ですよ! やっと目覚められたそうで」
「!」
ピンときたジェラルドは顎に手をやると、ニヤリと笑う。
「許せ。自分でもどうしようもない」
「だろうと思いましたよ。さ、ディナーまでには片付けましょう」
予想通りの答えに、フリードはジェラルドとは目を合わせず、さっさと仕事に取りかかったのだった。
いつもお読みくださりありがとうございます!
随分久しぶりの投稿となりました。
甘いカレンとジェラルド(の、余韻)が恋しくなり、綴ってみました。
よろしくお願いいたします。




