72. ・番外編・【婚礼後夜】それぞれの思い
※カレンとジェラルドの結婚式後のお話です。
◼️カレン×ヘレナ×ウィンダム公のお茶会
「しかしあのティアラは罪深いね…」
結婚式の翌日、カレンとヘレナ、王家の名代のウィンダム公は、ダヴィネス城のテラスで午後のお茶を楽しんでいた。
ダヴィネスでは、領主の成婚から1週間は休日とされ、また夏至祭もあり領地内はお祭りモードへ突入となる。
カレンとジェラルドも普段よりはゆっくりと朝を迎えたが、既に夫婦同然の生活をしており、新婚旅行に行くわけでもないので、遠方から来たゲスト達のもてなしに忙しい。
特に、身内とは言え公式に来ている隣国王太子妃殿下ヘレナや我が国の王家名代のウィンダム公の対応は疎かにできない。
しかし二人ともカレンにとって身内と言える近しい間柄ではあるので、雰囲気はゆるゆると和んでいた。
優雅な所作でティーカップを口許に運びながら、ウィンダム公は昨日のカレンの花嫁姿について思うところを漏らした。
「そうですわね…私もあれ程の代物は、ちょっとお目にかかったことはありませんわ」
ウィンダム公の言葉に、姉も同意しながらお茶を飲んだ。
さすがに、目の付け所は王侯貴族のそれと言える。その美しさや価値に敏感だ。
これにはカレンも苦笑するしかない。
「ダヴィネス伯の君への愛の証なんだろうが…いやはや恐れ入ったよ…もちろん、君の花嫁姿あってこその代物だがね」
チラリと意味深な目付きでカレンを見る。
「確かに…私もあんなドレスやティアラを身に付けられるなら、もう一度結婚式を挙げたいくらいよ」
ヘレンは笑いながら冗談めかす。
「それは聞き捨てならないね、ヘレナ妃殿下」
ウィンダム公も姉の冗談に笑う。
そして、少し真面目な顔をした。
「しかしカレン…君ら夫婦を見ていたら、結婚も悪くないやもと思えてくるよ…」
「「えっ!?」」
ウィンダム公の発言に、カレンとヘレナは思わず声を上げた。
「ん?そんなに驚くことかい?」
「それは…ねぇ?カレン?」
「はい…」
ウィンダム公は昔から独身主義を豪語し、実際に貫いているし、およそ1人の女性で満足できるとは到底思えない。
又従兄弟である希代のプレイボーイの思わぬ発言に、姉妹は衝撃を受けた。
「ははは、まあ、夢を見させてもらったということだよ」
「でも閣下、一度くらいはご結婚も良いかも知れませんわよ?」
ヘレナは思いがけないウィンダム公の発言を面白がる。
「いやいや、さんざん遊んだこの私が今更祭壇の前には立てないさ…」
多少自嘲気味ではあるが、恐らく本音だろう。
カレンとヘレナは顔を見合わせた。
サワサワと初夏の風が渡る。
「ここは…」
おもむろにウィンダム公。
「はい?」
カレンが応える。
「ここにいると毒気を抜かれるような気がするね…空気も風も、」
ウィンダム公は、その洗練された横顔を庭へと向けた。
「すべてがゆったりとしているからかな…」
根っからの都会人の独り言とも取れるが、今だかつて目にしたことのない、寛いだ雰囲気のウィンダム公に、このダヴィネスでのひとときが安らぎになれば…と願いつつ、カレンはお茶を口にした。
・
◼️カレン×ヘレナ 姉妹のひととき
ウィンダム公とのお茶会からの続きで、カレンとヘレナの姉妹はお喋りに興じる。
「ねぇカレン」
「はい?お姉様?」
「今朝の朝食でね、とっても嬉しいことがあったのよ」
「? 何です?」
「なんと女性ゲストの席に花冠が置かれてたの!」
「花冠…夏至祭りの?」
「そう!小振りでとっても可愛いくてね、女性達は全員感嘆の声を上げてたわね…」
後で見せてあげるわ。と、ヘレナはさも嬉しそうだ。
このことはカレンも知らなかった。
自身が眠る間もないほど多忙にも関わらず、フローリフトのフローラがゲストのために準備してくれたのだ。
…なんて気遣いなんだろう…
カレンは改めてフローラの細かな仕事ぶりやプロ精神に感心するとともに、その心遣いに心が温かくなった。
落ち着いたら、フローラにお礼を言わなくちゃ。
「ねぇカレン、ここのフローリフトって…専属?」
きた!
流行りものや好みのものには人一倍目敏い姉だ。
さっそくフローラに目をつけられてしまった。
嬉しいような悔しいような…
「…はい。一応専属で…」
ヘレナはふーん、と言いながら「グレッグの誕生日が近いのよねー」などとブツブツ呟く。
まさかね…
しかし数ヵ月後、“思い立ったら”の姉のさすがの手回しの速さで、フローラを隣国へ貸し出すことになるとは、この時のカレンは予想だにしなかったのだった。
・
◼️カレン×アリシア 城塞街のドレスメーカーにて
「気分はどう?レディ・ダヴィネス?」
成婚から1週間後、ゲストのほとんどは帰りダヴィネス城にも日常が戻りつつあった。
カレンは城塞街のドレスメーカー{フェランテ・ドレス}の個室で、ゆったりとお茶を飲んでいる。
目の前にいるお相手は…親友のアリシアだ。
「なんだかバタバタで、やっとゆっくりしてるの。でもあなたが残ってくれて本当に嬉しいわアリー…カーヴィル卿には悪いけど」
カレンはペロリと舌を出した。
王都から駆け付けたアリシアは、赤ちゃんと共にダヴィネス城での滞在を楽しんでいた。
アリシアの夫、カーヴィル卿ことミラー伯爵は、「もう少しダヴィネスでカレンと過ごす」という愛しい妻の言葉に、その美麗な顔にあからさまに難色を示したが、愛しい妻のたっての願いに最後は折れてくれたのだ。
自身は劇職ゆえ長くは王都を空けられないため、数日前にダヴィネスを立っている。
「シーズン中はゆっくり会えなかったもの、このくらいのワガママは聞いてもらわないとね?」
アリシアは、カレンのよく知るアンバーの瞳をいたずらっぽく輝かせた。
二人は顔を見合わせて、ふふふ、と微笑み合う。
「それにしてもカーヴィル卿は相変わらずの『アリシア命!』ね?」
アリシアはカレンの言葉にティーカップを運ぶ手を止め、はあ?と、面白そうにカレンを見る。
「あなたがそれを言うの?」
「ん?なんで?」
カレンの不思議そうな顔を見ると、アリシアはぷふっと吹き出した。
「カレン…そっか、あなたはもうすっかり当たり前になっちゃってるのよね、」
アリシアはなるほどね…と独り言ちる。
「?」
カレンの(?_?)顔を見て、アリシアはずずいとカレンに顔を寄せた。
「な、なに?」
「あなたの閣下の方が、ハリーより数倍独占欲は強いと思うわよ」
「! まさか!」
アリシアはカレンを生ぬるい目で見ながら、ズズーッと淑女にあるまじき音を立ててお茶をすすった。
このようなお茶目な無作法も、気のおけない幼馴染みならではと言える。
アリシアはカップをソーサーに戻し
「普段は人一倍勘がいいのに…自分のことはほんと無頓着ねぇ昔から…」
と大げさにため息を吐いて見せた。
「なによ、アリーったら」
「わからないなら私が説明して差し上げるわ、レディ・ダヴィネス!」
カレンは、えー?とタジタジになる。
「まずね…」
アリシアはえっへん!と自信満々だ。
「とにかくあなたを見る目よ!あの魅力的なダーク・グリーンの瞳。それがすべてを語ってるわ…優しく揺らめいてて…」
アリシアは目を閉じている。
「まるであなたを覆いつくすみたいな…」
カレンは「確かに…」と思う。
アリシアはさらに続ける。
「でもね、時に獣みたいになって、あなたを食べちゃいそうな…うーんなんていうか、ちょっと危ない?…いえ野性的?なゾクッとする雰囲気を漂わせるの。でもそれがあの端正な顔と併さると、スッゴい色気で…」
アリシアは顎に手をやり、視線を漂わせる。
「さすが“黒い鬼神”って吟われるだけあるのかしら…王都ではあんな殿方は絶対居ないわね」
「……」
カレンは開いた口が塞がらない。
しかも親友にズバズバと指摘されたことは悉く当たっているような…それにしても聞いている方が恥ずかしくなる。
「アリー…」
「ん?」
「あなた…一体どれだけ観察してたの??結婚式では泣きどおしだったのに…」
アリシアはアンバーの瞳を一層煌めかせた。
「そりゃあ…一番の親友のことなのよ?その旦那様になる人だもの。ちゃんと見極めなきゃって思うでしょ?」
と、パチリとウィンクした。
…まったく。この子にはまいるわ。
カレンははぁとため息を吐く。
「…でもねカレン。あなたもそうよ」
「え?」
アリシアは真剣な顔だ。
「私にも…たぶん誰にも見せたことのない顔で閣下を見てる。信頼を寄せてて、安心しきってるの」
「アリー…」
「私、なんだか妬けちゃったわ」
アリシアはアンバーの瞳に温かな輝きを湛えた。
「アリーったら…」
「それにしても、まるで小猿みたいに木登りしてたあなたがお嫁入りなんてねぇ…」
それは言わないで!アリー~
親友の指摘に、カレンは何も言い返せない。
両手を挙げ、喜んで降参した。
「さあさあ奥様方、積もるお話がお有りなのはわかりますが、私これでも忙しいんですのよ?…と言ってもそれもレディ カレンのお陰ですけれど…まぁともあれ、さ、レディ ミラーの採寸を致しませんと」
マダム ガランテに急かされて、アリシアはフィッテング・ルームへ入った。
カレンのウェディングドレスを目にしたゲストの女性陣は、そのドレスがマダム ガランテの手によるものだとわかると、先を競って{フェランテ ドレス}へ殺到した。お陰でマダムは、結婚式以降休む間もないが、嬉しい悲鳴でもあった。
カレンは、鋭すぎる親友の指摘にやれやれと息を吐きつつも、その温かな言葉をありがたく受け止めたのだった。
・
◼️ジャック・エバンズ 結婚式直後、城塞街にて
城塞街の大聖堂で結婚式を終えたカレンとジェラルドは、大きく放たれた扉から、城塞街へと足を踏み出した。
そこには、領主の成婚を祝う大歓声とともに領主夫妻を一目見ようとする人、人、人で溢れかえっていた。
民達の誇れる領主の成婚に、ダヴィネス中が熱狂している。
初夏の空の下、花びらが舞い、カレンとジェラルドはライスシャワーを浴びる。
ダヴィネスに住まうあらゆる人々が、皆弾けるような笑顔で二人の成婚を祝っていた。
その風景を、建物の影からじっと見守る一人の人物がいる…ボサボサ髪の宝石職人、ジャック・エバンズだ。
その視線の先には、泣き笑いの顔で皆の歓声に応える、生まれたばかりの領主夫人…花嫁姿のカレンがいた。
カレンの頭には、ジャックの創った目映いばかりのティアラがある。
「きゃーっ!レディお綺麗~、この世のものとは思えないわ~!!」
「ねえ、あのティアラ、スッゴいわね!」
「なんでも、領主様が特別に職人に作らせたそうよ」
「あーん、領主様素敵~!」
ジャックの目の前のかしましい女性陣は、二人の姿を見たいがために、人垣の後ろからピョンピョンと跳ねながら、口も忙しい。
ジャックは女性陣の後ろから、その様子を胡乱な目で見た後、再びカレンへと視線を戻した。
喜びに溢れた顔は少し紅潮し、ジェラルドを見上げる瞳は、今日の夏空の如く澄みわたっている。
純白の美麗なドレスに負けない品格と存在感は、周りの喧騒を打ち消す程(ジャック目線)で、ティアラは太陽の日差しを浴びて一層煌めき、まさにダヴィネスへ降り立った最強の女神(ジャック目線)のようだ。
「…よし」
ジャックは口の中で一言呟くと、傍らに置いていた大きなリュックを背負った。
数日前、ダヴィネス城へティアラを納品したジャックは、すぐにはダヴィネスを立たなかった。
なぜなら、やはりどうしてもティアラを戴いた花嫁姿のカレンを一目見たかったのだ。
目的を果たしたジャックは、大歓声を背に、ひっそりと城塞街を後にした。
その口元には、珍しく笑みを浮かべて……




