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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第三章
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71. ・番外編・【婚礼後夜】レディ・ダヴィネス

※【最終話】尖塔にて…カレンとジェラルド の直後のお話です。

 尖塔から帰ったカレンとジェラルドは、まだ盛り上がりを見せる披露宴会場…白亜の大ホール…を横目に、モリスをはじめ使用人達に促されるまま、主寝室へ入った。


「!」


 一歩足を踏み入れたカレンは、大きく目を見開いた。


 寝室は初夏を盛りのダヴィネスの花々が飾られ、ベッドには純白のタオルで作られた向かい合ったスワンがキスをしている。しかも床にもベッドにも、これでもかと花びらが撒かれ、一際芳しい香りがカレンを包んだ。


「あ…の…」


 いつもの寝室のあまりの様変わりに、カレンは喜びより先に驚きと照れくささが勝ってしまった。

 今日は、世間で言うところの『新婚初夜』なのだ。


 ふと見ると、ジェラルドも少し微妙な顔をしている。


「メイドが総出で設えました」

 モリスのさも嬉しそうな顔を見ると、何も言えなくなる。

 ジェラルドの成婚を何より楽しみにしてきたのだ。


「…礼をいう、モリス。素晴らしい寝室だ」


 ジェラルドの言葉に、カレンもハッとする。

「モリス、ありがとう。私からも礼を言います」


 モリスは満足そうに「もったいのうございます」と言うと、軽食を準備するために上機嫌で部屋を辞した。


 二人は手を繋いだまま、新婚仕様の寝室に立ち尽くした。


「……すごいな」

「…はい」


 これが、まだベッドを共にしていない夫婦であれば、熱々の夜を期待して心踊っただろうが、カレンとジェラルドはすでに夫婦同然の生活をしている。


 カレンの戸惑いをジェラルドはいち早く察知した。


「…片付けさせようか?」

「! いえ!皆がせっかく準備してくれたのです。それはできません」


 皆の気持ちを思うと絶対に無下にはできない。


「ちょっと…驚いてしまっただけで……」


「私もだ。とにかく座ろう、カレン」


 ジェラルドに促され、階段の上り降りでガクガクになった足を休ませるため、カレンはソファに腰掛けた。


 いつもとは異なり、ダヴィネスの紋章入りの純白のカバーが掛けられたソファに座り、カレンは改めて部屋を見回した。


「飲んで」


 水を注いだグラスを、ジェラルドが手渡す。


 喉が渇いていたのか、カレンは一気に水を飲んだ。


 ふーっと息を吐くと、目の前のカップル・スワンが目に入ってきた。

 それを見つめながら考える。


 新婚初夜の花嫁って、どんな気分なんだろう…?

 ドキドキ?は当然するだろう。

 緊張しない花嫁などいない。


 カレンも数ヵ月前、意を決してジェラルドの居るこの部屋を訪れた。

 思えば、その時が初夜と言えばそう…


「カレン?大丈夫か?」

 ジェラルドが考え込むカレンをの顔を心配そうに覗き、頬へ手を滑らせる。


「えっ、はい…」


「疲れたかな、ニコルを呼ぼうか」


「いえ、あの…」


「ん?」


「私達、順番が…その、いろいろ前後して…」


 ジェラルドがニコリと微笑む。

「そうだな。順番は前後したが…」


 言いながら、カレンの頭に飾ってある花をひとつずつ、手ずから外しはじめた。


 外した花をカレンへと手渡す。


「“初夜”のやり直しも悪くない」


 魅力的な笑顔で微笑むジェラルドの言い様に、カレンは思わず吹き出してしまった。


 そうだ、私は受け入れたらいい


 頭の花をすべてが取り外すと、ジェラルドはカレンの額へキスを落とした。


「カレン、渡したいものがあるんだ」


「?」


 ジェラルドはベッドの脇のサイドテーブルの引き出しから、ひとつの木箱と手紙を取り出し、まずは手紙をカレンへと手渡した。


「私の母からあなたへ」


「え?」

 カレンは目を見開く。


 ジェラルドのお母様…レディ・クララから?


「今…読んでもいいですか?」


 ジェラルドは微笑んで頷く。



 手紙の冒頭は、こう始まっていた…


 ~~~


 Dear Lady Daviness,


 - 親愛なるレディ・ダヴィネスへ -


 初めまして。

 私はジェラルドの母、クララです。

 この手紙を読む時には、私はこの世にはおりません。

 あなたに会うことは叶わないけれど、せめてものご挨拶としてこの手紙を受け取ってくださいね。


 ようこそ、辺境の地ダヴィネスへ。

 あなたはダヴィネスの方かしら、付近の領地から?それとも王都から来られた方かしら?それとも…いずれにせよ、私が生きている内にはどんな令嬢との縁談にも首を縦に振らなかった親不孝者のジェラルドが選んだ方なら、私は手放しで歓迎します。


 結婚式は無事に終わったのかしら?


 ジェラルドはちゃんとしていましたか?…あら、ごめんなさいね、私ったら…。まるで過保護な母親みたいで。


 あの子は…ジェラルドは幼い頃から私の手を煩わせたことなど一度もありません。

 いつも真面目に律儀に跡取りとしての責務を果たしてきました。それは辺境伯となった時から今に至るまで変わりません。

 自慢の息子…と言いたいところだけど、度々フリード達と深酒をするのはあまり誉められたことではないわね。でもこれも厳しい辺境の地を治める者の習慣のようなものかしら…?亡き夫も酒豪でしたから…


 ところで、あなたはジェラルドの瞳はお好きかしら?ダヴィネス家に代々伝わる、金の光彩を持った深緑の瞳…。前辺境伯であった私の夫も同じ瞳を持っていました。


 あなたとジェラルドがどういった経緯で結婚に至ったかはわからないけれど、ひとたびあの瞳に魅入られたなら、多少なりともお覚悟が必要よ。


 なぜなら…揺らめく深緑の瞳は決してあなたを逃しはしないから。


 私の夫がそうであったように、命の火が燃え尽きるまで、あなたを愛し抜くでしょう。

 あなたはその激しいまでの愛を一身に受けるのです。


 広大な辺境の地…このダヴィネスを治めるのは、容易なことではありません。

 ジェラルドが戦いに明け暮れる日々を、眠れずに過ごす夜もあることでしょう。


 でも、レディ・ダヴィネス、ダヴィネスの領主であるジェラルドを癒し、そして支えるのは、間違いなくあなたお一人だということを、決して忘れないでください。


 戦場では“黒い鬼神”などと吟われる我が子ですが、そもそもジェラルドはとても心根が優しく、それゆえに繊細な部分もあります。これは彼のごく身近な者しか知らぬこと。


 だから、レディ・ダヴィネス、どうか…どうかジェラルドに存分に愛を注いでください。

 私の分までも…


 死に絶えた私からこんな我が儘を申し上げて、本当にごめんなさいね。


 この手紙は、新婚初夜の寝室でジェラルドからあなたへ渡すようにお願いしました。


 あなた達の未来に…そしてこのダヴィネスの地に、幸多からんことを心から願ってやみません。


 愛をこめて

 クララ・ダヴィネス


 追伸:この手紙とともに、私からあなたへ贈り物があります。ジェラルドから受け取ってください。


 ~~~


「……」

 カレンの頬を涙が伝う。


「これは、母からあなたへと」

 カレンの様子を隣で見守っていたジェラルドは、細かな彫刻の施された美しい木箱を手渡した。


 カレンは急ぎ涙を拭うと便箋を封筒にしまい、見た目に反してずっしりと重みのある、その木箱の蓋を開けた。


「まあ…!」


 そこには、ジュエリーの数々が所狭しと詰め込まれてあった。


「母はジュエリーが好きで、もちろん街の宝石商も呼びつけてはいたが、高価な宝石というより、何かピンと来るものを好んでいたようだった」


 確かに、珍しいピジョンブラッドのネックレスもあれば、コスチュームジュエリーの大振りな指輪もある。

 まるで宝箱だ。


 カレンは、レディ・クララはかなりのコレクターと見た。


「それだけではなく、残りは街の宝石商へ預けてある。代々のダヴィネス領主夫人に受け継がれたものも…それらもすべてあなたへ譲るとのことだ」

 またいい時に覗いてみて、とジェラルドは気軽に言った。


「あ、」


「?」


「コレ…」


 カレンは宝石箱の中から、ドングリに糸を通したブレスレットを見つけ、そっと取り出した。


 なんて可愛らしいんだろう…もしかして…


「コレ、ベアトリス様が…?」


「…いや」


 ジェラルドはカレンから目線をずらして、少し気まずそうにした。


「! もしかして、ジェラルド様が?」


 ジェラルドはふわりと微笑んだ。


 …そうなのね!


 カレンは嬉しくなり、かえすがえすドングリのブレスレットを眺める。


「幼いながら、母のジュエリー好きは理解していた。身近な素材で作ったものだ」


「ドングリは固いから…大変だったと思います。レディは喜ばれたでしょう?」

 ずっと大切にしまっていたのだ。


「ああ。どんな宝石よりも価値があると言っていたな…」


 ジェラルドは懐かしそうに思いを馳せる。


 カレンは掌に乗る、ドングリのブレスレットをそっと両手で包み込んだ。


 …お義母様、そのお心、確かに受け取りました…


 と、ジェラルドの大きな手がカレンを包むと、そのまま広い胸に抱き締めた。


「…母は、あなたに無理を書いてなかった?」

 額にキスを落とす。


「まさか!…あなたをくれぐれもよろしく、とのことです」

 カレンは上を向き、まだ涙の跡の残る顔でジェラルドを見つめる。


「…よろしく、私のレディ・ダヴィネス」


「…はい、ジェラルド様」



 “初夜のやり直し”…とはよく言ったもので、モリスは扉の外で、いつ軽食を出したものかと気を揉むことになった。

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