68.【婚礼前夜の巻】フローリスト:フローラ・シモンズ
※結婚式の準備にまつわるアレコレ話です。
カレンとジェラルドの結婚式1週間前。
まだ夜の明けきらないダヴィネス城だが、使用人達は既に働いている。
結婚式を前に、ダヴィネス城は臨戦体制だ。
その中に、ダヴィネス城専任のフローリストである、フローラ・シモンズもいた。
領主の結婚式に際して、いつもの仕事に加えて披露宴会場の白亜の大ホールに正餐室、ゲストの客間…すべての部屋へ花を活けなければならない。
当然ながら人手が足りないので、ハウスメイドや臨時雇いのメイドに手伝ってもらいながらの大仕事になる。
だが、専任のフローリストとして各部屋のチェックを怠りたくはない。
恐らく、後にも先にもこの様な大きな仕事はない。
元の雇い主の花卸し業者と綿密な計画を立てた。
しかし、花は生物だ。
前乗りのゲストのことも考慮し、ここから先、ゲストが帰るまでは恐らくまともな睡眠は取れない。
「ねえ、フローラ、少し休憩したら…?」
鬼気迫りながら花を生けるフローラを見て、ハウスメイドのケイトが心配して呆れる。
「…うん、もう少し」
フローラは、大ホールの領主夫妻のテーブルへ花を生けていた。
レディ カレン、成婚担当のアイリス・モナハンと相談した結果、この度の結婚式・披露宴のテーマは夏至となった。
ダヴィネスの夏を祝う夏至祭の前日に行われる結婚式だ。
ダヴィネスの自然を大いに讃えるべく、初夏の色とりどりの花々で彩ることにした。
白樺の葉、ゼラニウム、白いレースフラワー、バターカップ(キンポウゲ)、バラ、マーガレット、ベルフラワー、ワスレナグサ、スズラン…
総大理石の白亜のホールには、どれもよく映える。
「あ、ケネスだよ、フローラ」
休まないフローラに呆れるケイトが、大ホールに机や椅子を準備する兵士や従騎士の中から目ざとくケネスを見つけたらしい。
「……」
フローラは無言で作業に集中する。
「あ、こっちに来る。あたし、何か食べ物持ってきてあげるね」
と、ケイトは何の気を回したのか、さっさと場を離れた。
「フローラ、お疲れさま。精が出るな」
ケネスがフローラに話し掛けてきた。
フローラは作業しながら、首だけケネスへ向けた。
「うん、お疲れさまケネス。大変だね、準備」
「お互いにな。でも俺達は人海戦術だから…あんたとは訳が違うよ」
ケネスがフローラに同情する。
「うん…でも任されたし、ありがたいわ」
フローラは作業の手は止めずに、自覚なしにニコリとケネスへ微笑んだ。
「!」
ケネスはフローラの珍しい笑顔に一瞬固まる。
「な、なんか俺に手伝える事があったら…」
「じゃ、そこのマーガレット、取ってもらえる?」
ケイトが居ないので、遠慮なくケネスを使う。
「これ?」
ケネスは大量の花からフローラへ差し出す。
「…違う、その隣の白いの」
「あ、ごめん」
ケネスは花の種類などわからない。
しかし、目の前のフローラの真剣な顔をずっと見ていたい。
ケネスはしばらくの間、フローラを手伝っていた。
「おーい、ケネス!」
作業中の従騎士達から呼ばれた。
「あ、呼ばれた、ごめんフローラそろそろ行くよ」
「うん、忙しいのにありがとね、ケネス。助かったよ」
「…いや、なんかあったらまた手伝うし。じゃ」
ケネスは少し照れながら言うと、その場を離れた。
「フ・ロ・ー・ラ♥️みーちゃった!」
入れ替わるようにケイトが残り物のシチューとパンを持って現れた。
戻ってきたケイトを一瞥すると、フローラはふうっと息を吐いた。
「もう、戻るの遅いよ」
「だってー、お邪魔かなと思って」
ケイトはニヤニヤしながら、パンをシチューに浸してフローラに渡す。
お邪魔も何も…こちらは作業の真っ最中なのだ。余裕などまったくない。
「これ食べたら超特急で仕上げなくちゃ」
教会用の装飾もまだだ。やることは山積みだった。
ったく色気ないなぁ…とケイトは不満げに呟きながら、自分もパンを頬張る。
色気…その前に私にはやるべき事がある。
フローラはモグモグと口を動かし、花生けのスケジュール、そして一番頭を悩ませていることに思いを馳せた。
・
結婚式4日前。
フローラは数時間の仮眠を取ると、明け方に目を覚ました。
同室のケイトはまだぐっすり眠っている。
起こさないように身支度を整え、部屋を出た。
フローリストであるフローラの、今の一番の悩み…それはズバリ、カレンのウェディングブーケだ。
1ヶ月ほど前に、ウェディングドレスの最終試着の場へ呼ばれたフローラは、レディのウェディングドレス姿を前に、固まってしまった。
それ程に神々しく眩しく、この世のものとは思えなかった。
あのお姿のレディに見合ったブーケ…フローラは考えるだけで頭が混乱した。
以来、ブーケをどうしようか答えが見つからず、ずっと悩んでいた。
フローラは考えながら玄関ホールへ着くと、巨大な花瓶に生けられた花をチェックする。
しかし、ブーケのことで頭がいっぱいだ。
もう日がない。
「あ、」
声に振り向くと、毎月の市で花を買ってくれるボサボサ髪の男が、大きな荷物を背負って立っている。
「あ…銀貨の人…」
思わず現金なことを言ってしまい、フローラはハッとする。
「………」
二人とも無言だ。
そう言えば、ボサボサ男は今月の市には現れなかった。しかも、かなりやつれている。(元々多少やつれた印象ではあったが)
「あの、ここへは…?」
フローラは思い切って尋ねた。
男は頭をボリボリと掻く。
「…婚約者様のティアラ、納品してきたんだよ、今」
…ティアラ!?
レディが結婚式でお召しになるティアラ?
文官のアイリスさんが気を揉んでいたあのティアラのことだ。
と、言うことは…
「あなた、宝石職人だったの?」
「そうだけど…あんたはなんでここにいんだ?」
髪の毛の間からの視線を感じる。
「あ…私、数ヶ月前から、ここ(ダヴィネス城)のフローリストになって、それで…」
「ふーん」
ジャックは珍しく興味を持った風だ。
「あの、でも、今はレディが結婚式でお持ちになるブーケで悩んでいます」
「ブーケ?」
「はい」
フローラは、なぜ咄嗟にジャックに悩みを打ち明けたのかはわからないが、なぜか口を突いて出てきた。
「…見たのかよ」
「え?」
「婚約者様のドレス…結婚式の」
「あ、はい。ご試着の時に」
「で?どんなだった?」
どんなって…フローラは目を瞑って、あの例えようのない美しさを思い起こす。
「…とにかく眩しくて…お美しいのはもちろんですが、レディの凛とした佇まいやたおやかさ…溢れるような優美さが、この世のものとは思えませんでした」
「…花に例えると?」
「白いカラー…ジャスミン…ダヴィネスのラベンダーも…」
「…なんで悩むんだ?」
「え?」
「婚約者様を見たイメージ、あるんだろ?あんたはただそれを花で表せばいーんじゃね?」
「……」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、フローラは何も返せなかった。
「いいか悪いか、ここ(ダヴィネス城)のお人達は俺ら職人におもろいイメージをくれるからさ」
ま、頑張んな、と言うと、ジャックは扉から外へ出た。
フローラは呆然と立ち尽くした。
そして、ハッとする。
…そうか…私、気負いすぎていたわ。
フローラは速足で与えられた作業部屋まで行き、バケツに浸けられた花々を見回す。
レディ・カレンのイメージ…
もう一度ウェディングドレス姿のレディを心に描く。そして、私にチャンスをくれたことを思い出す。
よし!
フローラは次々に花を選ぶと、ブーケの試作を始めた。
“俺ら職人”
ジャックは自身とフローラをひとまとめにそう呼んだ。
領主様とレディ・カレンから「芸術家」と称されているジャックから仲間として認められたようで、フローラは誇らしい気持ちだ。
フローラは自分のことは職人なのか芸術家なのか、そんなことはわからない。
しかし、得体の知れないぶっきらぼうな男に背中を押され、気持ちも新たにブーケを作る手を動かした。




