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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第三章
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67.【婚礼前夜の巻】ティアラのこと

※結婚式の準備にまつわるアレコレ話です。

「…今、なんておっしゃったの?ジェラルド様」


「“際限なし” だが?」


 カレンはベッドからムックリと起き上がった。


「カレン?」



 ジェラルドが王都から帰ってきてから数日。

 ダヴィネス城では、カレンとジェラルドの婚礼の準備が着々と進められていた。


 ジェラルドは、王都へ行っていた間に溜まった仕事に掛かりきりだ。

 カレンとゆっくり過ごせるのは、夜に二人きりになった時だけだった。


 ジェラルドはカレンの素肌を味わった後、ジャック・エバンズにジェラルド自ら依頼した、ティアラの話をした。


 直後、今の今まで溶けそうに潤ませていたカレンのライト・ブルーの瞳が一瞬で冷え、顔色をなくした。



「カレン?」

 ジェラルドはカレンの表情や行動を訝しみ、自身も起き上がった。


 カレンは少し俯いて、座った姿勢のまま微動だにしない。


 ジェラルドはカレンの顔にかかる乱れた髪を手で優しく払う。


「…です」


「ん?」


 カレンはジェラルドの方へ向き直る。

「ダメです。ジェラルド様」


 ジェラルドはカレンが何のことを言っているかわからない。

 カレンは硬い表情だ。


「…ティアラのことか?」


 カレンはこっくりと頷く。


 ジェラルドは眉を上げた。

「なぜ?」


「“際限なし”でティアラを頼むなんて…ジャックに常識は通用しません」


「そうだな」

 それはジェラルドもよくわかっている。


「きっと…とんでもない費用になると思います。いくらなんでも…ダメです。私、困ります…」


 ・


「まさか拒まれるとは思わなかった」


 ジェラルドの執務室で、フリードと話す。

 ティアラの話だ。


「気を遣われたんでしょう。いかにもカレン様らしいですよ」


「しかし、一生に一度のことだぞ。私なりのカレンへの気持ちだ。いくらなんでも身代が傾くわけではない」


「まぁ、ご成婚にかかる予算は多めに取ってますし...足りなければジェラルドの個人資産もありますしね」


 ジェラルドはどうしたものか、と考える。


 その様子を見て、フリードもふむと考える。

「ジェラルド、カレン様は近々パメラと会う予定はありますか」


「ああ、確か明日は会いに行くと言っていた」


 フリードは不敵な笑みを浮かべる。

「では、パメラに任せましょう。きっとカレン様は納得しますよ」

 と、自信満々だ。


 ・


 翌日の午後、カレンはパメラの邸を訪れていた。


 秋に出産予定のパメラは「早く出産してシャンパンを飲みたい」と言うが、その言葉に反して幸せそうな様子はカレンを安心させた。


 お茶を飲みながら、話は自然と結婚式、そしてくだんのティアラのこととなる。


「“際限なし”…?」


「…はい」


 夕べ、思わずジェラルドに言ってしまった言葉も正直に話した。


 パメラは「さすが太っ腹だわね」と感心しながらクスクスと笑いだした。


「カレンさん、ジェリーの“際限なし”は、決して費用のことだけではないのよ」


 ?

 カレンはピンとこない。


 カレンの不思議そうな顔を見て、パメラはふふ、と淡褐色の瞳をきらめかせた。


「…カレンさん、これは老婆心からの言葉だと思ってね。殿方ってね、たまにとても可愛らしいやり方で愛を示すのよ」


「可愛らしいやり方…?ですか?」


「そう。あのフリードだって、真夜中に私がどうしてもりんごの飴細工が食べたいって言ったらね、なんと自ら作ってくれたのよ」


 えっ!

 カレンは驚いて目を見開いた。

 そして、フリード卿が串に差したりんごを振り回す姿を想像した。


「それは…!」

 カレンは笑いが込み上げる。


「おかしいでしょ?でもね、それがあの人の愛情表現なの」


 妊娠して思うままの生活のできないパメラに、退屈しないよう飽きないように、とフリードは夫として最大限の努力をしてくれている、とパメラは続けた。


「…驚きました」

 普段のフリードからはまったく想像がつかない。


「これ惚気じゃないの。私もね、改めて感心してるから」

 パメラは真面目な顔だ。


「…愛、ですね」

 カレンはポツリと呟く。


 パメラはふふふ、と魅力的な笑顔だ。

「だからねカレンさん、つまりジェリーの言うところの“際限なし”って、あなたへの愛よね…」

 ほんと、殿方って想像以上にロマンティストで困るわよねぇと、パメラは微笑みながらお茶を飲んだ。


 ジェラルドの際限のない愛…カレンはああ、と余りにも察しの悪い自分を叱りたい気分になった。


「私、ジェラルド様に謝らないと、ですわね…」

 と、気落ちした様子で呟く。


「ふふ、そうねぇ…あの子、表には出さないでしょうけど、なんせ真面目だから」

 いたずらっぽく目を輝かせる。


「そう…ですよね…」

 カレンは不安になる。


「カレンさん、大丈夫ですよ。あなた達は心が通じあっていらっしゃるもの。ね?」

 なんとも茶目っ気のあるパメラに励まされはしたが、内心カレンは後悔しきりだった。



「ではまた、独身会で。楽しみにしていますよ」

 と言うパメラに見送られ、カレンは帰途についた。


 ・


「ジェラルド様、ティアラのこと…申し訳ありませんでした」


 その日のディナーの席で、カレンはジェラルドに謝罪を申し入れた。

 カレンの沈んだ顔に、ジェラルドはディナーの手を止めた。


「カレン…そんなに畏まらなくても…」

 ジェラルドはクスリと笑う。

「パメラに何か言われた?」


「いえ…あの、パメラ様は“際限なし”はティアラのことだけでは、ないと…」

 さも言いにくそうに告げる。


 それはそうだが、カレンにこんな顔をさせたかったワケでは、決してない。

 そもそも、ジェラルドが勝手にしたことなのだ。


「カレン」


「はい…」


「気にしなくていい。あなたは受け入れてくれさえすれば…それでいいんだ」


「でも…」


 ジェラルドはカレンの頬へ手を充てた。

 深緑の瞳は、優しくカレンを包み込む。


「!」

 と、カレンは大きく目を見開いた。


「カレン?どうした?」


「あ!」

 まただ。


 カレンは視線を下げ、お腹の膨らみへ手を充てた。


「カレン?体調が良くない?」

 ジェラルドが焦る。


 カレンはゆっくりと顔を上げ、ジェラルドを見た。

 嬉しいような、泣きそうな顔だ。


「…動きました、今…」


「!」


 ジェラルドは直ぐに立ち上がると、カレンの側で跪いた。


 カレンはジェラルドの両手を取り、そっとお腹へ充てる。


「!」

 ジェラルドがハッとして、カレンの顔を見た。


「…すごいな」


「ええ」


 カレンは手を伸ばし、ジェラルドへ抱きつく。


「ジェラルド様、ありがとうございます。私は幸せです」

 涙声だ。


「カレン、礼を言うのは私だ。あなたが私に幸せをもたらした」

 ジェラルドはカレンの細い背中を優しく撫でる。

 そして、カレンの顔を両手で包み、親指で涙を拭った。


「幸せはまだまだ続く…愛している、カレン」


「ジェラルド…愛しています」


「…ティアラも楽しみになった?」


「…はい」

 カレンははにかむ。


 それは良かった、とジェラルドはカレンの額にキスをした。


 今まで二人の様子を眺めていたモリスが、こほん、と咳をする。

「ジェラルド様、カレン様、お食事がまだ途中のようでございますよ」


 そうだった。


「カレン、あなたは二人分食べないと」

 ジェラルドは極上の微笑みだ。


「はい」


 ジェラルドはワイン、カレンはコーディアルのグラスをカチリと合わせて、ディナーは再開された。

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