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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第三章
59/75

59.【番外編】ヘレナ滞在記(3)おまけ付き

※「二度目の見送り」の後のお話です。

 ☆途中まではダヴィネス城の、ある料理人見習いの視点で。


 -

 ベジタブル・スープ

 カワカマスのアスピック、季節の野菜とともに

 胃袋の煮込み、春のドミグラスソース添え

 鴨のピュレ....

 ・

 ・

 ・

 揚げたジャガイモ

 -


 領主様の婚約者…レディ・カレンから返ってきた、ある日のディナーメニューのカードを見て、料理長オズワルドさん以下、料理人やキッチンメイド達は困惑した。


『揚げたジャガイモ』


 この素朴ながら庶民の腹を満たす愛すべき献立が、まさかダヴィネス城のディナーメニューに、堂々と載る日が来るとは…


 カードに記された『揚げたジャガイモ』は明らかにレディ・カレンの筆跡だ。


 ジェラルド様達が東部へと行かれ、妊娠がわかってからも食が進まない日が続いたが、姉君の隣国王太子妃殿下が来られてからは少しずつ食欲が戻ったようで、ジェラルド様不在の留守を預かる使用人達はホッと胸を撫で下ろした。


 妃殿下はご自身の経験から、レディ・カレンの食生活にもお心を砕かれ、ダヴィネス城へ来られたその日にわざわざ厨房まで来られてメニューの相談をなさった。

 隣国の王族と直の対面など予想だにしなかった厨房の面々は緊張のあまり冷や汗が止まらなかったが、レディ・カレンと同様の気さくさに驚きつつも頼もしく感じて安心したのだった。


「『揚げたジャガイモ』か…」

「妊娠中って、思いもしかなった物が食べたくなるものだけど…」

「しかし…レディはいつ揚げジャガイモを召し上がったんだろうなぁ?」

「付け合わせには?」

「いや、出したことはない」

「ご実家とか?」

「うーん…侯爵家だぜ?そりゃないだろう」

「まぁ良かったじゃないさ。海亀のスープとかだったら、今頃オズワルドさんは悲鳴を上げてるわよ」


 それもそうだな、わっはっは…と、その日はそれで話は終わった。


 だがしかし、翌日のメニューカードにも、レディ直筆の『揚げたジャガイモ』の記載があった。しかも(二人分)とある。


 通常のメニューもキレイに召し上がられ、揚げたジャガイモも食べ残しはない。


 その次の日も、そのまた次の日も『揚げたジャガイモ(二人分)』は続いた。


 ついには一週間ぶっ通しで、メニューカードには『揚げたジャガイモ(二人分)』が載った。


 料理長オズワルドが気を利かせて、4日目頃に揚げたジャガイモにハーブをまぶした翌日のメニューカードには


 Deep-fried potato

 Two portions

 Just put some salt on it!


『揚げたジャガイモ(二人分)塩だけでお願い!』


 わざわざ「!」マーク付きに、オズワルドさんの片眉が上がったことは言うまでもない。

 メニューカードを持ってきた、レディ付き侍女のニコルさんは申し訳なさそうにしていた。


 そして、遂に8日目には…

『揚げたジャガイモ(三人分)』


 一目見たオズワルドさんは、直ぐに侍女頭のエマさんを訪ねた。


「ビックリだけど…黙々とお召し上がりなのよ…他のものもキチンと召し上がってるから、心配ないとは思うわ」

 エマさんは苦笑気味だ。


 日頃は少食のレディからは想像がつかないが、美味しくお召し上がりならば問題はないだろう、という結論になった。


 ・


「…ねぇカレン、あなた、胃は大丈夫なの?」


 ヘレナは三人分の揚げたジャガイモを無心にパクパクと食べる妹を心配する。

 さすがに三人分は多い。


「ん…なぜだか美味しくて止まらないのです」


 食欲旺盛なのは良いことだが、このまま食べ続けるととんでもないことになる。妊娠で一旦増えた体重はなかなか戻らないことは経験上よくわかっているし、何より体重が増えたことによる体への影響が心配だ。


「ふーん、まぁいいけど。でもさすがに四人分はダメよカレン」


 カレンは、揚げたジャガイモを食べる手をハタと止めた。

「…わかりました」

 不満そうな顔だが、いくらなんでも適量というものがある。


 元々は少食の妹なのだ。ここでまた体調を崩しては自分の来た意味がない。


 まぁでも、今までが今までだったし...元気で食欲があるのはいいことね…


 妹思いのヘレナは、温かな眼差しで妹を見つめた。


 しかし翌日、ディナーカードにコッソリと

『揚げたジャガイモ(4人分)お願い』

 と書かれたことをオズワルドから知ると、ヘレナはカレンに小さな雷を落としたのだった。


「…だって、美味しいんですもの…オズワルドの揚げたジャガイモ…」


 カレンはなおも食い下がる妹に呆れたが、オズワルドには例え書かれていても二人分以上は出すなとのお達しを出した。


「あ、そうそう。カレンは“オズワルドの”揚げたジャガイモが美味しいって言ってたわ」

 と直接オズワルドに言うと、厨房の雰囲気が一気に和んだのは言うまでもない。



 ~おまけ~


「…カレン、そんなに食べて大丈夫なのか??」


 揚げたジャガイモを無心に食べるカレンを見て、ジェラルドは目を丸くした。


 ジェラルドが東部から帰り、ヘレナ達も隣国へと帰った。

 ジェラルドはカレンと二人のディナーを楽しんでいた。


 カレンの『揚げたジャガイモ止まらない病』は波があり、今夜は絶賛発令中だ。


 ヘレナから「驚くと思うけど、心配ないから」と話は聞いてはいたが、普段少食のカレンからは想像つかない食べっぷりに驚きを隠し得ない。


「はい!とっても美味しいです…ジェラルド様も召し上がりますか…?」

 と、ジャガイモの皿を差し出す。


 ジェラルドは「どれどれ」とジャガイモを手で詰まんで食べた。


「…うまいな、久しぶりに食べた」


 心得た料理人オズワルドは、“揚げたて”にこだわり、カレンの食する揚げたジャガイモに関しては揚げたてを侍従が厨房からダイニングルームまで小走りで運んでいた。


 ジェラルドの満足そうな顔を見て、カレンはうふふ、と微笑む。


「ジェラルド様はどこで揚げたジャガイモを召し上がりましたか?」


「城塞街の屋台だ。あとは…居酒屋のツマミにも欠かせないな」


 カレンはその言葉にハッとした顔になり、次にはフム…と考え込んだ。


「なに?カレン」


「…私もストラトフォードの領地の屋台で食べたのですが…ジェラルド様の言葉で、今気づきました!」


「なにを?」

 ジェラルドは揚げたジャガイモを摘まみながら、楽しげにカレンへ聞く。


「コレ、エールとぴったりですね…!」


「!」

 ジェラルドの手がピタリと止まる。

「…飲みたくなった?カレン」


 カレンは「ん?」という顔になり、次には盛大に笑い出した。


「いえ、ご心配なくジェラルド様。今はお酒はあまり飲みたいとは感じません。でも…」


 カレンはジャガイモをパクリと頬張り、モグモグと咀嚼してグラスの水を飲んだ。


「飲めるようになったら、また是非連れて行ってください。その時は居酒屋の揚げたジャガイモを食べてみたいです」


「…わかった。約束しよう」


 ジェラルドはホッと胸を撫で下ろす。

 一瞬、カレンの読めない行動力を警戒してしまったが、カレンはそもそもは常識的な淑女なのだ。


 …常識的な淑女…?


 目の前の淑女は、揚げたジャガイモをさも美味しそうに頬張り、ニコニコと嬉しそうだ。


 ...私の淑女は本当に予想がつかない


 ジェラルドはフッと笑みを漏らすと、揚げたジャガイモを頬張る頬に指をなぞらせた。

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