52. パメラの結婚と…
ジェラルドが東部から帰り、しばらくするとフリードが帰ってきた。
フリードとウォルターは申し送りを済ませると、入れ替わってウォルターが東部へと立った。
数日後には、またジェラルドも東部へと再度立つ。
領土の平定には、ソフトとハード面両方のケアとバックアップが必須で迅速かつ丁寧な対応が望まれる。長年の圧政に耐えたシャムロックの民達への対応も同じことが言えた。
カレンは、今しかないと意を決した。
それは、延びに延びているパメラとフリードの結婚式の決行だ。シャムロック戦のことで予定は大幅に狂った。
パメラは「二度目だし…」と結婚式にはこだわりはない風だが、カレンからの贈り物のウェディングドレスの仮縫い時には、顔を輝かせていた。
フリードはおそらくパメラ次第だとカレンは踏んでいる。
…でも、積年の恋を実らせたんだもの。フリード卿だってレディ・パメラの花嫁姿を絶対見たいはず。
1時間でもいい。
城塞街の大聖堂にはすでに話はつけてある。
やるなら、ジェラルドとフリードがダヴィネス城に居る今しかなかった。
「お忙しいのはわかっております。でも…お願いします、ジェラルド様」
カレンは執務室でジェラルドに頭を下げた。
「私は構わない。むしろ…」と、ジェラルドはフリードを見る。
振られたフリードは、ジェラルドとカレンの顔を見た。
お願い、フリード卿!
ふうと息を吐くと、珍しく笑みを漏らした。
「…カレン様には勝てません。明日の午後なら」
やった!カレンは勝利を勝ち取った気分だ。
「では早速準備します」
と、意気揚々と早々に執務室を後にしようとした。
「あの、カレン様!」
フリードがカレンを引き留めた。
?
カレンは振り返る。
「…ありがとうございます」
フリードが深く頭を下げる。
カレンは、ううん、と首を横に振り、ジェラルドへ素早くウィンクを投げると足早に去った。
「…敵いませんね」
「ああ、まったくだ」
ジェラルドは苦笑する。
さて、片付けますか、とフリードは明日のため高速で仕事に取りかかった。
・
翌日、晴れ渡る空のもと、フリードとパメラの結婚式が城塞街の大聖堂で執り行われた。
カレンは方々の準備に追われた。
明け方、いつまでたっても寝室に姿を見せないカレンを心配したジェラルドに窘められ、数時間だけジェラルドの腕の中で眠った。
寝不足に変わりはないが、無事この日を迎えられたことが嬉しくて仕方ない。
急なことにも関わらず、皆快く対応してくれたことも大きい。
今、礼服に身を包んだフリードと、息を呑むほど美しく華やかなウェディングドレス姿のパメラが祭壇の前に立っている。
パメラの「二度目だから純白は憚られる」との希望で、ウェディングドレスは優しいアイボリーにした。パメラの髪や肌色によく映える。
付添人はジェラルドとカレンが務める。
ジェラルドも惚れ惚れする礼装姿だ。
カレンは感慨深くフリードとパメラを眺め、パメラの言葉を思い出していた。
ー 愛しい人は、何人いてもいいのよ ー
フリードがひとつきの暇を取り、パメラとの婚姻の約束を取り付けたと報告を受けてから、カレンはパメラを訪ねた。
晩餐会の夜、涙を溢した痛々しい姿のパメラではなく、そこにはすべてを悟り落ち着いたパメラがいた。
常に沈着冷静で、決して表情を崩さないフリードがどのようにパメラを説得したのかは想像の域を出ないが、ひとつきの間、一時もパメラの側を離れず寄り添い、根気よく口説き落としたのだろう。
パメラは「根負けした」と溢したが、決してそれだけではないだろう。
話の中で、ひときわカレンを感動させたことがある。
それはフリードがパメラに、パメラの亡きご主人への愛しさ、フリードへの愛しさ、お腹に宿る新しい命への愛しさ、それらは何一つ捨てなくていい、すべてを受け止める、と言ったことだ。
フリードは少年の頃、ジェラルドの叔父へ嫁いだ時からパメラを慕っていた。
ジェラルドの叔父が戦死し、パメラが悲しみに暮れる日々も、フリードは何かとパメラを気遣ったという。
パメラはフリードの想いを知りながらも、数年は優しさに甘えやり過ごした。
ジェラルドに代替わりし、側近として多忙を極め数々の戦果を挙げる中、パメラはフリードと深い仲になった。
自然の流れだった、とパメラは呟いた。
フリードの拠り所としての役割ならば、と言い訳をしながら、自分の気持ちとは向き合うことをしなかった、と言う。
怖かった、と。
しかし、パメラはフリードの子供を身籠った。
そして、フリードへの愛を確信したのだ。しかし同時に猛烈な後ろめたさがパメラを襲う。
それはカレンも晩餐会の夜に知った。
許されないことだと自分を責めたが、フリードは問題にせず、パメラのすべてを受け止めると言ったのだ。
今、二人は司祭のもと、婚姻の誓いを交わし、ジェラルドから指輪を受け取ると互いの指へ指輪を嵌めた。
パメラの指には、2本の指輪が光る。
亡きご主人とのものと、フリードとのもの。
それでいいのだ。
カレンの目から涙が溢れる。
ジェラルドはカレンを見ると、微笑んで頷いた。
フリードの長年の恋を知っていたジェラルドも、感無量の顔をしている。
フリードとパメラは口付けを交わし、無事結婚式は終了した。
急だったので参列者は限られたが、それでも二人を知る者達が駆けつけている。
自宅へ帰ったベアトリスとモイエ伯爵の姿も見える。
パメラの邸の使用人達も、各々おめかしをして、涙ぐんでいた。
アイザックは式の直前に東部から帰還し、城には寄らず大聖堂へ駆けつけた。
席に居るミス グレイが気になりつつも、フリード達の様子をじっと見つめている。
…本当によかった。
カレンは心から安堵の息を吐いた。
…!
なんだろう、寝不足だからか、少し眩暈がする。
でもまだ頑張らなきゃ
カレンは気持ちを引き締めた。
ジェラルドが気遣わしげにこちらを見ているが、にこりと返す。
拍手に包まれたフリードとパメラは、大きく放たれた大聖堂の扉から外へ出た。
そこには…
溢れんばかりの人が詰めかけていた。
街の人達、帰還したばかりの騎士や兵士、拍手と大歓声だ。戦勝の喜びもあり、歓喜の渦が大聖堂を囲んだ。
カレンとジェラルドは二人の後ろからその様子を眺めた。
…
…!
血の気が引くのがわかる。
カレンは立っていられず、思わず大聖堂の長椅子に座り込んだ。
「カレン!!」
ジェラルドが慌てて駆け寄り、しゃがむとカレンの顔を覗く。
「姫様真っ青だぞ。裏に馬車を回す!」
「頼む!」
カレンの様子に気付いたアイザックが、素早く対応してくれた。
ほっとして気が抜けたのかも知れない。
「…ごめんなさい、おめでたい日なのに…」
「いいんだカレン…疲れが出たのかも知れない」
ジェラルドはカレンの隣に腰掛け、カレンの頭を自分の肩に寄りかけさせた。
東部への出立から今まで、気の休まることはなかっただろう。
青い顔で目を閉じたカレンは消え入りそうに心許ない。
二人は、大歓声を後に城へと戻った。
・
ジェラルドと…ニコル、エマの声も聞こえる。
あとは…
カレンはジェラルドの寝室で目覚めた。
まだ気分は良くない。
胃のあたりがムカムカする。
そういえば朝からお茶しか飲んでいないことに気付く。
もう夜なのか部屋の中は薄暗く、ランプの灯りが仄かにあたりを照らす。
「…! カレン、気がついた?」
ジェラルドの声が降ってきた。
「お嬢様!」「カレン様!」
ニコルとエマの心配そうな声が続く。
「ダメだカレン、起きないで」
起き上がろうとしてジェラルドに制されたが、元より力が入らない。
ジェラルドは椅子をベッドの脇に持ってくると腰掛けた。
「カレン、話がある」
礼装は解いているが、シャツの前を寛げたままで着替えていない。
真剣な顔でカレンの顔を片手で包む。
なんだろう、不安になる。
「カレン、あなたは妊娠している」
「………え?」
カレンは固まった。
やはり気付いてなかったか、とジェラルドは呟いた。
「侍医に診てもらった」
ジェラルドの目線を追うと、城の侍医がニコルとエマと共に控えていた。
「……」
「おめでたいことですが、まだほんの初期ゆえ、気付かれないのもご無理はないかと」
侍医が応える。
「お嬢様、申し訳ございません…」
ニコルが涙目だが、エマがニコルの背中をさすっている。
「……」
カレンは目を見開き、固まったまま言葉が出ない。
ジェラルドはカレンの様子を見て、小さく息を吐くと人払いをした。
「お、ジェラルド様、くれぐれもお控えくださいますよう…」
と、侍医が部屋を出る直前にジェラルドに釘を刺す。
ジェラルドは「わかっている」と苦々しく口だけ返した。
「大聖堂では生きた心地がしなかった…カレン、体調に変化はなかった?」
ジェラルドは親指で優しくカレンの頬を撫でながら聞く。
カレンは思いを巡らし記憶をたどる。
「…ジェラルド様達が東部へ出立されてからは眠りが浅くて…食欲も落ちましたが…」
月の物が来なかったのは、心配事があるせいだと思っていた。ニコルにもそう話した。
素直にそのことを告げる。
「…とにかくここの留守を守ることだけでした…気晴らしと言えば乗馬くらいで」
「乗馬は当分禁止だ」
ジェラルドがピシャリと言う。
カレンは瞬間、ムッと眉根を寄せた。
ジェラルドはその顔にフッと笑い、眉間にふわりとキスを落とした。
「ウォルターとアルバートが、あなたの事務処理能力の高さに舌を巻いていた…私より優れているかも知れない」
冗談めかす。
「まさか!」
とにかく必死でした…とカレンはこぼした。
「ともあれ、今は絶対安静だ。これは命令だぞ、カレン」
体力が落ちている。無理は禁物だった。
「ゆっくり休んで」
ジェラルドはカレンの額にキスを落とし、立ち上がろうとした。
「あ、」
カレンはジェラルドの手を離さず引っ張る。
「ん?」
カレンは両手をジェラルドに伸ばす。
顔色は良くないが、ライトブルーの瞳が甘えた眼差しだ。
ジェラルドは仕方ないな、という風に、カレンに力を加えないよう覆い被さると、口を塞いだ。
「…ん…」
カレンはジェラルドの顔を両手で包み、遠慮がちに舌を差し入れた。
「!」
ジェラルドは即座に反応したが、続けることはなく、惜しそうに唇を離し、横を向くと「ふー」と熱を緩めるように息を吐く。
「…カレン…侍医に窘められたばかりだ」
深緑の瞳をしかめる。
とにかく休んで、眠るまで側に居るから…と、カレンの頭を撫でる。
「あ、フリード卿達は…?」
尚も人の心配をするカレンにジェラルドは呆れながら、己の髪をクシャリとかき上げた。
「奴らは幸せの絶頂だ。あなたのお陰で。心配ない」
「…はい…おやすみなさい」
おやすみカレン、目を閉じて...と返し、額にキスを落とす。
しばらく経ち、カレンの規則的な寝息を確認すると、ジェラルドは静かに部屋を出た。




