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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第二章
46/75

46.【番外編】煌めきのスフェーン(下)

※12月の晩餐会の準備をしていた頃のお話です。

「…あ、来られました」


 開店早々に、窓の外を見たティムがカレン達に知らせた。


「いらっしゃい」

 店主が声を掛けると、聞いた通りカウンターの隅へ腰掛けた。

「オススメとエール」

「へい」

 予想通り、オススメを注文した。


 カレンはジェラルド越しに見るともなしにジャック・エバンズなる男を観察する。


 髪はボサボサで、身なりも気を遣っていない。

 ただ、手がとても美しい。長細く繊細そうな指をしている。


「カレン」

 ジェラルドが注意する。

 いけない。見つめ過ぎると不信に思われてしまう。


 どうやって近づこう…と考えていると、ジャック・エバンズの視線が、ピタリとカレンに止まった。


 え?


 じーっと見つめられる。いやたぶん見つめられている。と言うのも、前髪が伸びて目にかかっているのだ。


 カレンも目が離せない。


「カレン?」

 ジェラルドがカレンの様子を訝しみ、思わず振り向いた。


「!」

 男はジェラルドを認めると、目の前のエールを一気に飲み干し「持ち帰りで」と店主に言った。


 何?なんなの???


 せっかく待ったのに、逃げられては困る。

 カレンは立ち上がり、男へ近づいた。


「っ!カレン」

 ジェラルドが慌てる。


「初めまして。あなた、ジャック・エバンズさんですよね?」

 カレンは男に向かって話した。


「……そうだが」

 ジャック・エバンズはカレンの視線から目を反らして答えた。

 近づくと、存外に若いとわかる。


「あなたにお願いがあります。私は…」「知ってる」


「え?」


「あんた、ちょっと前にここで呑み比べしてただろ。ショットで」

「ええ」


 ああ、見られていたのね…


 店内に緊張が走る。

 店主もティムも、男とカレンの様子を見守っている。

 後ろでジェラルドが気を放っているのがわかる。


 しかし、男はしらっとしている。


「今日は領主様とデート?こんなとこで」


「ええ、そう」

 何もかも知られているらしい。


「で、俺に用って?」

 男は持ち帰りのオススメを受け取り、代金を払う。


「スフェーン」

 カレンの言葉に、ジャック・エバンズは動きを止めた。


「…あの依頼、あんただったのか」

 男は改めてカレンへ視線を走らせた。


 ふーん、と呟く。


「その原石いし、持ってきてる?」

「ええ」

「なら着いて来な」


 と言うと、男は店を出た。


 なんというか、掴み所がない。

 カレンは急いでジャック・エバンズの後を追う。


 ジェラルドも黙ってカレンの後ろから付いてくる。

 そしてネイサン達もその後を追う。


「…ったく、ゾロゾロと…」と男は呟くが、そのまま歩く。


 着いたのは、城塞街北街区76-2 薄暗い路地の先の扉だ。看板等は何もない。


 男は鍵を開けると、扉を開け放したまま中へ入った。

「あんたと領主様だけだ」


 カレンはジェラルドと顔を合わせ、お願いします と目で訴えた。


 ジェラルドは尚も警戒しているが、男に従う。

 外にネイサン達を待たせて扉を閉めた。


 外はまだ明るいが、部屋の中は薄暗い。


 男はランプを灯した。

 見渡すと、雑然とした部屋だとわかる。


 部屋の真ん中に机があり、ふたり掛けとひとり掛けのソファがある。

 至る所にスケッチの紙が散らばり、本も雑多に積み上げられている。


 奥に小さなキッチンがあり、男は持ち帰りのオススメを置いてきて、また戻ってきた。


 別の扉があり、寝室なのかもしれない。


「掛けたら?」


 ジャック・エバンズはひとり掛けのソファへドッカリと座ると、カレンにも座るように薦めてきた。


 カレンはおずおずとふたり掛けのソファへ座った。

 ジェラルドは腕組みをして立ったままだ。


「悪いね、領主様、狭くて」

「構うな」


 …怒ってる。


 というか、ジェラルドを前にして、全く動じていないこのジャック・エバンズという男が計り知れない。

 でも、敵意は感じられないのでジェラルドも黙っているのだろう。


「で?石は?」


 カレンはレティキュールから、スフェーンの入ったベルベットを取り出し、中からスフェーンの原石を出した。

 ベルベットに乗せて、雑然とした机の上に置く。


 男はスフェーンを手に取り、目の前へ持って行った。


「……」


 そして、上に翳す。

 カレンもつられて上を見ると、天窓があり微かな自然光が差している。


「すげぇな」

 男はポツリと呟く。


 男はカレンへと顔を戻した。


「で、これを…クラバットピンに?」

「ええ、そうです」


 男はスフェーンをベルベットの上へ戻すと、ボリボリと頭を掻いた。


「割れちまうよ」


「難しいと?」


「というか、やれても小さくなって領主様の瞳より小さくなるかも」


 あ!


 カレンはバッと後ろのジェラルドを振り返った。


 ジェラルドはニヤニヤしている。


 バレたわね…。時すでに遅しで、サプライズプレゼントの夢は破れた。


「? なんかまずかった?」

 ジャック・エバンズは言いながら、サラサラとスケッチブックに何かを書いている。


「…いえ、いいのよ」

 もうカレンはどうとでもなれ、という気分だ。


「あの宝石商は依頼主があんたって言わなかったからな…断ったんだ。どこぞのお貴族様の酔狂には付き合ってらんねーし。スフェーンなんて難しい石はやりたくねーし。後で難癖つけられてもな…」


 と、ブツブツと独り言を言いながらスケッチしている。


 ほれ、こんな感じ。と、差し出されたスケッチを見て、カレンは目を大きく見開いた。


 クラバットピンの仕上がりのスケッチ。

 スフェーンのファイアも描かれており、丸みを帯びたスフェーンの周りにはダイヤモンドが品よくあしらわれている。


「…美しいな」

 カレンのすぐ後ろから、スケッチを覗いたジェラルドも感嘆の声を上げた。


「ただ、言ったとおり難しい石だからよ、賭けになる。これは職人の腕っつーより石の特性だから…そこらへん、大丈夫?見たとこ、そんなスフェーンはまずないよ」


「構いません」

 カレンは迷わず即答した。


「!」

 ジャック・エバンズは瞬時に答えたカレンに驚いたようだ。


「…あんた、やっぱスゲーいい女だな…」


 なんですって?なんの話?


 これにはジェラルドが即座に反応した。

「…なんだと?」

 怒りも露だ。


「あ、待ってジェラルド!」

 カレンはジェラルドを制した。ここでジャック・エバンズにヘソを曲げられたら水の泡だ。


 その様子を見たジャックは、その見た目に似合わないカラカラとした笑い声を立てた。


「いいね、領主様はやっぱ最高に美しく輝くダイヤモンドだよ。硬くて強い。俺には眩し過ぎるね」


 やっぱり何の話だろう。というかもしかして…


「あんたは…領主様とはまた違った輝きだよ。呑み比べの時にわかった。ゾクゾクする。その指輪みたいな、定まらない色んな輝きだよ」

 と、カレンを見て言う。


 …やっぱり。

 カレンは確信した。

 ジャック・エバンズは、正しい宝石オタクなのだ。良く言えば芸術家。つまり危険もないし警戒もいらない。


 しかし、ジェラルドは今にも掴みかかりそうなので、理解不能かもしれないが耳元で説明する。


 それを聞いたジェラルドは「は?」という顔をしたが、やはり警戒は解かないらしい。

 それは仕方ないので、とにかく大丈夫だから、と念を押した。


 とにもかくにも、ジェラルドへのプレゼントとして、持ち込んだスフェーンでクラバットピンを作ってもらう約束を取り付けた。


「納期は出来上がり次第っつーことで」とのことで、年末には間に合いそうにないが、それにもハイハイと応えた。


「あ、ひとつ条件あるんだけど」


「何?」


「なんかいっこ、あんたをイメージしたものを作らせて欲しい。今日会ってイメージ膨らんだから。そんで、今回のギャラはチャラでいいよ」


「?」

 まったく理屈がわからない。


 とにかく、これ以上居るとジェラルドが爆発しかねないので、取り急ぎ「わかったわ」とだけ言うと、ジャック・エバンズの家を後にした。


 帰りがけに{ 黒猫亭 }に顔を出し、今日のお礼とジャック・エバンズとのことは上手くいったと告げた。

 ティムには「ダヴィネス城で会えることを楽しみにしている」と言うと、瞳を輝かせて「はい!」と言われ、心が軽くなる。


 すっかり遅くなった帰りの馬車の中…


「まったく胸くその悪いヤツだった」

 ジェラルドは、ジャック・エバンズに怒り心頭だ。


 しかし、カレンはそうでもない。

 いかにも職人らしい、いえ、芸術家らしいと思えた。かなり偏ってはいるが…。

 スケッチを見た限りでは、やはりかなりの腕前と言える。


 お陰でジェラルドにはバレてしまったが、今日はとても楽しかった。


「ジェラルド様、今日はありがとうございました。いろいろありましたが、ずっとジェラルド様とご一緒で私は楽しかったです」

 と、引き締まった頬にキスをすると幾分機嫌は上向きになったが、すぐさま膝上に抱き込まれてキスの嵐が降ってきた。


「今日は我慢を強いられた。これで加工に失敗したらヤツの命は無いぞ」

 と、本気とも冗談とも取れることを呟くが、カレンはそれすらも愛おしい。


 ありがとう。光輝くダイヤモンドのジェラルド様。


 ・


 スフェーンのクラバットピンは、やはり晩餐会には間に合わなかった。

 それどころか、冬が終わりダヴィネスに春が訪れ、ジェラルドが祝賀会のために王都へ行く直前に、城塞街の宝石商経由で品物はもたらされた。


 カレンはすっかり忘れていた。


 包みを開けると、3つのベルベットのケースが現れた。


 長細いものを開けると…かつて見たスケッチ通りのクラバットピンだ。しっかりとファイアも認められ、周りにはダイヤモンドがあしらわれている。


「素晴らしいわ…」

 カレンは手に取り、うっとりと見つめた。


 カレンはその日の夜に、ジェラルドへクラバットピンを渡した。


「王都へ立たれる前に間に合ってよかったです」


「…腕は確かだったということか…ありがとうカレン。大切にする」

 ジェラルドもその仕上がりに満足そうで、カレンは安心した。


「…カレン、確かヤツは他にも何か、とか言ってなかったか?」


 …やっぱり忘れてなかったのね。


「はい…他にこれらが一緒に」


 小振りなケースを開けると、なんと同じスフェーンで作られたカフスボタンが現れた。


 クラバットピンと同様にダイヤモンドがあしらわれているが、渦巻き状のダイヤモンドの中央にわずかにファイアを宿した小さなスフェーンが乗っていた。

 とてもおしゃれなデザインで、カレンはため息が漏れる。

…渦巻きのダイヤモンド…なんだか怒った時のジェラルドを連想させる。


 ジェラルドも見事な仕上がりに目を奪われているようだ。


 そして、もうひとつのケースには…なんとジェラルドから贈られたカレンの婚約指輪とよく似たイヤリングだった。

 ブルーダイヤモンドとシャンパンガーネットが扇状に配置され、真珠が品よくあしらわれている。そしてなんと大きなダイヤモンドが一粒、ぶら下がるように付けられていた。


 ジェラルドは手づからそれをカレンに着けた。

 ジェラルドはカレンをしげしげと眺めると、はは、と笑う。


「どうされましたか?」


「いや、素晴らしくよく似合う。美しいよカレン…しかしヤツには一本取られたかな」

 いかすかないヤツだが…と、悔しがりながら喜んでいる。


 さらに、スフェーンを入れていたベルベットの巾着には、小さくなったスフェーンの欠片がいくつか入っていた。


 包みの中には、手紙も入っていた。

 ジェラルドと並んで、それを読む。


 ∴∴∴∴

 領主様と婚約者様へ


 遅くなったが品物を納品する。

 スフェーンは思ったより上手く扱えたが、やはりロスもかなり出た。

 ロスした物は返す。


 クラバットピンは、スケッチ通りの出来だ。

 領主様の瞳によく似てる。ファイアも上手く出てる。


 扱いにも慣れたから、もう1つスフェーンで作ってみた。カフスボタン。

 スフェーン自体は小さくなったけど、俺の家で怒りを露にした領主様のイメージでダイヤをあしらってみた。やっぱ領主様は激しくて眩しい。


 あとは婚約者様の指輪が気になったから、それと揃いのつもりでイヤリングを作った。

 ショットグラスを何杯も煽る姿が作ってる間中頭に思い浮かんで扇状になった。あと瞳を近くで見たからより薄いブルーダイヤにしてみた。

 指輪にはなかったダイヤは、領主様だ。

 あんたを決して離さないって感じで、しつこくて熱いイメージでぶら下げてみたよ。


 ギャラはチャラって言ったけど、案外ダイヤが高くついたから、適当な金額を宝石商に渡しといてもらえたら助かる。


 楽しませてもらった。


 ご用命があればまたどーぞ。


 ジャック・エバンズ

 ∴∴∴


「……」「……」


 カレンとジェラルドは絶句したあと、当分収まらないほど笑った。


 本物の変わり者、そして紛うことなき芸術家、ジャック・エバンズ。


 後日、その仕上がりに見合った金額を宝石商を通じてジャック・エバンズへ渡した。

 カレンとジェラルド連名の礼状とともに…



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