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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第二章
40/75

40.【番外編】たかがドレスされど…

※12月の晩餐会(上)の頃のお話です。

「お嬢様、晩餐会のドレスはどうなさいますか?」


 晩餐会の準備が進む中、ドレスのことは後回しになっていた。


「そうねぇ…」


 ストラトフォードの家からもかなりの数のドレスを持って来ていた。


 当初、ダヴィネスにはどんなドレスメーカーがあるのかもはっきりわからなかったし、当面はあるもので賄うつもりだった。

 今はベアトリスやパメラからの紹介で、部屋着や訪問着などの普段着は、ダヴィネスのドレスメーカーで作っている。


 新調しようかしら…間に合うかな…


 ダヴィネスのドレスメーカーの中でも頭ひとつ抜きん出ているのが〈FERRANTE DRESS〉(フェランテ・ドレス)だ。パメラの一押しだった。


 一度、パメラと一緒に城塞街のショップへ行った時、オーナーでデザイナーのマダム ガランテから「いつ来られるかと首を長くして待っていた」と言われた。

 本質を見抜くと言うのだろか、独特のセンスで王都のドレスメーカーにも全くひけをとらない。一度で気に入ってしまい、以降カレンは〈FERRANTE DRESS〉を贔屓にしている。

 春に控えた結婚式のためのウェディングドレスも、ここで作ってもらっていた。


 早速連絡を取り、晩餐会用のドレスの相談に来てもらうことにした。


 ・


「こちらの布地はいかがですか?レディ・カレンのおぐしとお肌によくお似合いかと」


 お針子とともに現れたマダム ガランテは、布地のサンプルを持ってきていた。


 それは、モスグリーンの輝くシルクタフタだった。


「…これに、このレースを組み合わせますの」

 次に、金の繊細なレース生地を広げる。

 今ではダヴィネス特産となったレースだ。中でも特上の品質のものを。


「わあ…綺麗!」

 ニコルは目を輝かせる。


 確かに、季節的にもそぐう色合いで、組み合わせると一層深みを増し高級感が漂う。


 …ただ、この色は…


「ねえ、マダム ガランテ、このモスグリーンって…」


 マダム ガランテはうふふ、と目を細める。


「レディのお考えのとおり…閣下の、」

 マダム ガランテは人差し指で自らの目を指差した。


 …やっぱり。


 王都でもよく見かけたものだ。

 パートナーや婚約者の瞳を模したドレスの色味。

 ブルーやグリーンならまだしも、グレイやアンバー等、普段ならきっと着ないだろうなぁという色味も、愛する人の瞳の色ならば躊躇なく着る。

 カレンは常々その慣習が疑問だった。


 そうまでして、愛を示したいものだろうか。

 せっかく作るドレスなのだ、自分の好みを通せばいいのでは?と。


 二人の関係の深さを暗に演出する小道具の役割だとしても…恥ずかしいではないか。


「あら、レディ、お気に召されませんか?とてもよくお似合いかと思いますのに…」

 カレンの表情を見て、マダム ガランテがさも残念そうに言った。どうやらマダムの中ではこの色味と組み合わせ一択だったらしい。


「いえ、そうではなくて…」

 見せてもらったデザイン画はとても素敵だ。


 しかしジェラルドがそういったことに関心があるかはわからなかった。

 喜ぶのかしら…どうなんだろう…


 カレンは、布地のことは一旦保留にして、思い切ってジェラルドに聞いてみることにした。


 ・


「それは…単純に嬉しい」


 え?そうなの?


 愛を交わした後、ジェラルドの腕の中で聞いてみた。

 あくまで一般的な質問として。


「男というのは…」

 と、ジェラルドは少し真面目な顔で話し始めた。


「愛する人を、自分色に染めたいという独占欲の強い生き物なんだ」

 なるほど。瞳色のドレスはその願望を満たすのね。


「なぜそんなことを聞く?」

 カレンの思案する顔を見て、ジェラルドは尋ねる。


 カレンはドキリとした。

「…いえあの…」

 浅はかではあるが、突っ込まれることは考えていなかった。


「ん?」

 ジェラルドはカレンの顔を覗く。


 この状況では誤魔化しようもないので、正直に言う。

「…実は、晩餐会用のドレスを新調しようかと思いまして…」

 と、今日マダム ガランテがジェラルドの瞳の色に似た布地を提案したことを話した。


「それで?あなたはどうしたい?」

 冗談めかしてはいるが、珍しく探るような目でジェラルドは尚も尋ねる。


「…迷っています……あっ、」


 ジェラルドはカレンを腕に抱いたまま、体ごと自分の胸の上へ乗せた。

 カレンはジェラルドの胸の上で向かい合わせになる。


「なぜ?カレン」


「は、恥ずかしくて…」

 今も十分恥ずかしい。カレンは顔を赤らめた。


「…是非着てほしい」

 ジェラルドは少し強い目線で、柔らかく胸の上に乗るカレンを抱き締めたまま見つめる。

 カレンはハッとした。


 これは疑わせてはダメなぶんだわ。

 カレンは思わず言い淀む。


「着たくない?」


「!」


 言うが早いか、ジェラルドはゴロリと上下の位置をカレンと入れ替え、怪我をしていない左手はベッドに縫い取られた。


 とたんにジェラルドの檻に囚われてしまう。


 上から見下ろす深緑の瞳が、強い力を持ったまま熱を帯びて揺らめきはじめた。


 カレンは全身がゾクリ、とする。


 ジェラルドは体を密着させたまま、カレンの耳元に口を寄せ、囁く。

「…着たくない?カレン」


 滴るような色気が声に交じっている。

 こうなれば、逃げようはない。


「…ジェラルド、意地悪」

 カレンは少し悔しそうに呟く。


 着たくないわけはないのだ。初めてのことで少し気恥ずかしかっただけで。

 乙女心は複雑なのである。


 ジェラルドはふふ、と勝者の笑みを漏らす。

「…あなたが言い淀むから…」


 と、耳から首筋にキスを落とす。


 ・


 翌日、マダム ガランテに「ドレスはそのまま進めてほしい」との伝言が届くことになり、マダムはほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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