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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第二章
39/75

39. 思わぬ再会 ーキュリオスー おまけ付き

 晩餐会の翌日、疲れが出たのか、カレンはかなり日が高くなってから目が覚めた。

 昨日泣きすぎたのか、少し頭痛がする。


 いつものジェラルドのベッドで、もちろんジェラルドはもう起きていていない。


 窓から差す冬の光は穏やかで明るい。

 今日は快晴だ。


 夕べは夜会の盛装を解き手早く入浴を済ませると、ジェラルドの懐深くに抱き締められて眠りについた。


 ニコルを呼び身支度を済ますと、ジェラルドの寝室のソファで果物とお茶だけの朝食をとる。

 目元の腫れが引いておらず、ニコルから濡らした冷たいタオルを渡された。


「…ニコル、パメラ様は?」

 水に溶かした鎮痛剤を飲み、目元を冷やしながら聞いてみる。


「お加減はだいぶ回復されたようで、今朝一番にお邸へ戻られました…フリード卿もご一緒に」

 ニコルは淡々と答えた。


 …よかった。


 寝坊でご挨拶ができなかったことは悔やまれるが、フリード卿が付いているなら大丈夫と信じよう。

 …それにしても急がば回れ的なフリードの行動力はすごい。

 ジェラルドの後押しもあるだろうが。


「お嬢様、もしご体調がよろしければ、厚着をして厩舎へ起こしいただくようにとジェラルド様から承っております」


「? …そう、わかったわ」


 腕や手のせいで長らく乗馬は絶対禁止だった。

 たまに馬達の顔が見たくて厩舎へ行っていたが、ここ数日は晩餐会のことでバタバタしていて行けていない。


 もしかして乗馬解禁??でもそれなら乗馬服でっておっしゃるはずね…

 少し要領を得ないけれど、薬のお陰で頭痛も収まったし、ぜひ行きたい。


 服を着替えて、言われた通りぶ厚い外套を着た。


「…ニコル、私の目、まだ腫れてる?」


「うーん、お目覚めの時よりはましです。でも、十分おキレイです」


 …ありがとう。


 ジェラルドは目敏いのだ。心配させたくなかったが仕方ない。お化粧で誤魔化して厩舎に行くことにした。


「お供します」

 今日の護衛はネイサンだ。


 階下では、使用人達が昨日の片付けに精を出している。


 祭のあとの静けさね…


 安心するような、寂しいような。

 夜会や晩餐会の翌日は、いつも少し気が抜けた空気が漂う。

 今日は特にそう感じる。


 その横を通って、行きなれた回廊を厩舎へと向かう。


 回廊横の庭は、夕べの雪が新たに積もりすっかり根雪になっている。

 有にカレンの膝くらいまではあるだろう。


 ふと立ち止まり、景色を眺める。

 一面がキラキラと眩しく、反射する様が美しい。


「レディ、そろそろ…」

 ぼーっと見ていたら、ネイサンに先を急かされた。

 どうもネイサンはカレンの突発的な行動を警戒しているふしがある。

 これも仕方ない。


 カレンは厩舎へと歩いた。


 ジェラルドがいる。

 隣は…顔は見たことがあるが、誰だろう。軍服を着ている。

 見知りの若い馬丁と馬丁頭もいた。


「! カレン」

 ジェラルドがカレンに気づき、微笑みながら近寄ると額にキスする。

 と、目元をじーっと見つめ、短いため息を吐いて、癒すように両瞼にも優しくキスを落とす。


 まあ、やっぱり見逃さないわよね…


 ふと見ると、顔は知っているが名前は知らない部下が、カレンとジェラルドの様子を「信じられない」という顔で見ていた。


 カレンは一瞬、え?と思ったが、目が合うとすぐに逸らされた。


 カレンの目線を追ったジェラルドが、ああ、と紹介した。


「カレン、こいつは副官のウォルターだ。当面フリードの仕事をやってもらう」


 ああ、なるほど。

「ウォルター副官、カレンです。よろしくお願いします」


「はっ、こちらこそよろしくお願いいたします、レディ・カレン」

 ウォルターは急に振られ、慌てて挨拶をする。


「さてカレン、実はあなたに贈り物があるんだ」


「...? 昨日素敵なジュエリーをいただいたばかりです」


 いや、あれはほんの私の気持ちに過ぎない。

 本当は昨日贈りたかったんだが…


 と、いやに思わせ振りだ。


「連れてきてくれ」

「はっ」


 馬丁頭に命じた。


 そこに現れたのは…


「…!!!」


 カレンは茫然として目を疑った。


「…キュリオス…?」


 馬丁頭に引かれ、悠然とした足取りで現れたのは、ストラトフォードの領地に残したカレンの愛馬、栗毛のキュリオスだった。


 カレンは驚きのあまり、開いた口が塞がらない。


 首だけでキュリオスとジェラルドを交互に見た。


 ジェラルドは顎に手をやり、笑顔で頷く。


 カレンは一歩、また一歩とキュリオスに近づいた。

 キュリオスの黒い濡れた瞳が愛おしげにカレンを見つめる。と、キュリオスの方からカレンへと歩みより、カレンの体へ首を巻き付け、さも嬉しそうに頭を擦り寄せた。


 カレンもキュリオスの艶やかな馬首へすがり付く。


「…キュリオス!どうしているかと…会いたかったわ…」

 カレンは滂沱の涙だ。昨日から泣いてばかりだが、止まらない。


 ジェラルドはその姿を見つめる。


 若い馬丁がズズッと鼻を啜った。


 しばらく感激の再会を楽しむ。


 カレンが少し落ち着くと、ジェラルドは、何としても今年中にキュリオスをダヴィネスへ持ち込みたかったこと、そのためにストラトフォードの兄にも協力してもらい、時間をかけてキュリオスを迎えたことを話してくれた。


「あなたの腕ももう心配ないだろう。明日からでも乗馬を再開するといい」


 明日と言わず…!

「あの、今すぐはダメですか?」


 カレンはキュリオスと会えたことで気持ちが高ぶり、いそいそと靴を脱ごうとした。

 すると、以前カレンにブーツを貸した馬丁もブーツを脱ごうとする。


「…カレン、明日からだ。…お前も脱ぐな」


 呆れたジェラルドが、若い馬丁に鋭い視線を投げた。


 はっ、すみません!と、馬丁は縮こまる。

 馬丁頭も渋い顔で若い馬丁を諌めた。

 ネイサンが苦笑している。


 誰ともなく、いやその場にいた全員に、ごめんなさい…と言い、カレンは恥じ入った。


 そして改めてジェラルドへ、

「ジェラルド様、私の願いを聞き入れてくださりありがとうございます。お礼の言葉も…」

 と最後まで聞かず、ジェラルドはカレンを腕の中へ閉じ込めた。


「私がやりたいからやった …嬉しい?」

 またカレンの目から涙が溢れる。

「はい。とっても」


 それならよかった、とジェラルドは親指でカレンの涙を拭う。


 カレンは泣き笑いの顔で、ジェラルドの首へ抱きつきその頬へキスすると、ありがとうございますと呟いた。


「…あの、ジェラルド様」

「ん?」

「もう少しだけ、キュリオスを撫でてもいいですか?」

「もちろん」


 カレンはゆっくりジェラルドから身を離し、キュリオスへと向かう。やはりキュリオスは自分からカレンに近寄るとカレンの顔や髪に鼻を擦り付ける。


 うふふ、元気だった?

 相変わらず美人さんね…明日は久しぶりによろしくね…

 などとこの上なく優しく、親しみを持って馬へと話し掛ける。


 と、若い馬丁が「頭、スヴァジル達が…」と少し困り顔だ。


 ジェラルドが厩舎を見回すと、スヴァジルを始め、スモークやダビデ、タラッサ等、他の馬達が、キュリオスとカレンの様子を見てじとじとと落ち着きがない。オーランドなど、鼻息を荒げ足元の藁を蹴散らしている。


 これは…あれだな。


 ジェラルドはやれやれ、とスヴァジルに近寄ると首筋を撫でる。

 …妬くな、私も同じ気持ちだ。


 スヴァジルは同情の眼差しで主人を見た…かはわからないが、この様子を、副官のウォルターは不思議な気持ちで眺めていた。



 ~おまけ~


「ウォルター、起きろ」


 その日の夜明け前、ウォルターは鋭い声で起こされた。

 声の主はフリードだ。


 まだ眠い目をこするウォルターを寝台から引っ張り起こすと、否応無しに兵舎の食堂へと連れて来た。

 まだ食堂には誰もおらず、夜勤の兵士も見当たらない。


 ウォルターは寝着だが、フリードはタキシードシャツだ。

 向かい合わせに座るウォルターに、フリードは一方的に話し始めた。


「私は今日から1ヶ月ほどいない。私の仕事をお前がやるんだ、ウォルター」


 そう言うと、目の前にジェラルドの署名入りの書類を投げた。

 ウォルターは訳がわからないまま書類に目を通すと、ポカンとした顔でフリードを見た。


「急なことで悪いが、急ぐ。今から言うことを肝に命じろ」


 その話は、聞けば聞くほどウォルターを困惑させた。


 それは、“ジェラルド様の取り扱い、主にレディ・カレンに関わること”だった。


 側近の仕事内容の引き継ぎのはずだが、フリードは最重要事項だ、と言い切る。

「女慣れしてないお前は特に気を付けろ」と、厳しい顔だ。


 一歩判断を誤れば、お前の家族はお前の亡骸を前に泣くことになる。


 そんな物騒な話を聞かされては平静ではいられない。


「ジェラルドは…」

 とフリードは続ける。


 とにかくレディ・カレンは特別で、他の何にも比べようがない。いまやジェラルドの魂はレディの手中にあると思っていて間違いない。


 ウォルターはまさか…と思った。

 無敵と吟われる辺境伯閣下の魂が、ひとりの女性の手の内に…?


「今にわかる」

 ウォルターの表情を見透かしてフリードが畳み掛けた。


 フリードはレディ・カレンの行動力を決して甘く見るな、とも警告した。


「ただのご令嬢ではない」


 これも今にわかる、と続けた。


「他のことは心配していない。お前の仕事ぶりは信用している。しかし、カレン様には甘いジェラルドだが、知っての通りあの人は“鬼神”だ。それを絶対に忘れるな。でないと…」


 ウォルターはゴクリと喉を鳴らす。


「ツーハンデッドソードの露になる」


 ウォルターは心底ゾーっとした。


 馬車でも真っ二つにしそうなダヴィネスの名剣、ジェラルドのみが振るうことを許されたツーハンデッドソードの鈍い耀きが脳裏に浮かぶ。


「…き、肝に命じます」


「頼んだぞ」

 次に会う時、お前の頭が体と繋がっていることを願っている。


 平然と言うと、ウォルターの肩をポンと叩いてフリードは去った。


 ウォルターは、余りの話の重さにぐったりと頭を垂れた。


 ・


 斯くしてその日の朝、カレンと会い、カレンへのジェラルドの態度を間近で目の当たりにしたウォルターは、フリードの「今にわかる」に大層納得した。


 俺の頭はまだ体とは離れませんよ、フリード卿。


 と、決意を新たにしたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

第二章本編はこれにて。

この後、番外編数話に続いて第三章となります。

引き続きお楽しみいただけますように…

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