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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第二章
33/75

33. それぞれの恋(上)

「…ニコル?」


 寒い日の午後、カレンは編み物をしていた。

 義妹のベアトリス、そして親友のアリシアに相次いで誕生する赤ちゃんのために。


 ダヴィネスの長い冬の間の手慰みに編み物は持ってこいだ。


 実は、カレンは編み物はさほど得意ではない。だが右手右肩のリハビリがてら、編み物は適している。

 侍女のニコルは手先が器用で編み物も得意だ。ニコルに教えを請いながら、編み進める。


 ふと見ると、ニコルが編み棒から目を離して、ぼうっとしているので声を掛けた。


「ニコル…」


「…え、あ、申し訳ございません、お嬢様、いかがされましたか?手がお辛いですか?」


「…ううん、そろそろ休憩したいかなと思って」


「承知しました。お茶のご準備をしますね、お待ちください」


 そう言うと、ニコルは一旦編み棒をカゴに置き席を立った。


 カレンはニコルの動きを目で追う。


 …最近、ちょっとぼうっとしてるのよね…。


 ・


 ニコルはストラトフォードの家から連れてきた、カレン付きの侍女だ。

 ダヴィネスへ来るとき、兄は侍女は3人は連れていけと言うのを、大仰にしたくないからと1人に厳選した。それがニコルだ。

 カレンより少し若いが、目端が効き頭の回転も早い。何より明るくて、カレンはいつも救われる気持ちになる。実際のところ頼りっぱなしで実に心強い。

 しかし、ニコルもいつかはお嫁に行くだろう。カレンの手でお嫁入りをさせてあげたい。それはカレンの夢のひとつでもあった。


 ・


 ニコルに直接は聞いてはいない。


 なぜなら、たぶん、それは“恋”だから。

 恐らくカレンの知る限り、ニコルの初めての恋だと思っている。


 主としてはできる限り見守ろうと思う。仕事に支障が出ない限りは。

 カレンは使用人の恋愛には不干渉の主義だ。それはストラトフォードの母もそうだったから。

 ただ、母は常に目は光らせていた。

 使用人と言えど、特に嫁入り前の侍女は若くて美しい娘も多い。いずれは契約を終えて実家に帰るか、はたまたストラトフォードにいる間に良縁に恵まれ、お嫁に出すことになるやも知れない。

 いずれにせよ“預かって”いるのだから、守らなければならない。それが主の務めだ。その母のスタンスをカレンも引き継ぐことにしている。


 ニコルのお相手は…確か…


 ・


「『ハーパー』ですか」


 そう、護衛くんだ。


「ええ。手短にお願いします」


 ジェラルドの執務室。

 フリード卿を捕まえて話を聞く。


 ~


 恋愛に口出しするつもりはないが、相手の身元は確認しておきたい…あくまで主として。


 ジェラルドに聞いてもいいが、カレン付きの護衛の身元を確かめるのは、なんだか厚意を無にするようで憚られた。なので、聞くとするならフリード卿かアイザック卿。でもアイザック卿は団長として己の部下のことをどう答えてくれるか、少しわからない。はぐらかされる可能性もある。

 …となると、頼みの綱はフリード卿になる。


 ただ、フリード卿が1人の時、しかもニコルとハーパーが揃ってカレンの側にいない時は滅多にない。無いに等しいので、今、カレンは焦っている。


 今日はニコルは週に1度の休みの日だ。

 ここ1ヶ月ほど、ニコルの休みの日はハーパーも護衛に付いていない。


 しかもニコルは休みの日、いつもよりおしゃれをして、カレンに「行ってまいります」と告げ城塞街へ出掛けている。


 カレンはピンときた。


 デートだわ。


 今日も真新しい可愛いドレスを来て、早い時間にカレンへ挨拶をすると出掛けた。

 表には出さないようにしているが、ウキウキとした楽しげな雰囲気は隠しきれず、なんだかこちらまでドキドキしてくる。

 カレンは「何か美味しいものでもお食べなさい」と、封筒に入れたお小遣いをニコルに渡した。

 ニコルは「いただけません」と固辞したが、いいからいいから、と半ば無理やり押し付けた。たまには主らしいことをさせてほしかった。


 ニコルが部屋から出て数分後、カレンは今日の護衛を確認すべく扉を少し開けてみた。


「レディ、何かご用でしょうか」

 …やっぱり。今日の護衛はハーパーでもネイサンでもない。たまに見る、ハーパーよりは年上の少し厳めしい感じの騎士だ。


「…いえ、なんでもないわ」

 そう言うと、カレンはパタンと扉を閉めた。


 あとはジェラルド様…確か今日は早くから寒稽古と聞いている。朝食の時にはすでにいなかったから、そろそろ戻る頃かしら…と、カレンは時計を見た。

 お付きはフリード卿かアイザック卿…もしくは両方。


 …賭けてみようか


 緊張しつつ、執務室の扉をノックする。

「入れ」

 ! やった、フリード卿の声だ。


「失礼いたします」

 カレンはそそくさと部屋に入り、外の護衛には話の内容が聞こえないように、扉をパタンと閉めた。


「…カレン様?」

 フリード卿は、なぜカレン様?なぜ扉を閉める?と、訝しんでいる。


 ~


「訳をお聞きしてもよろしいですか?」

「言えません」


「……」

 フリードは眉を上げた。


 なぜ、ハーパーのことを探るのか、という問いに対するカレンの答えだ。


「…いずれにしても、」

 と言い、フリードは立ち上がり、扉を開けようと扉の方へ近づく。


 ! 


 他の護衛達には聞かれたくない。

 察してもらいたいが、フリードは実に主に忠実だ…忠実過ぎるほどに。


 あ、待って


 カレンも扉に近寄り、勢い、扉を開けようとするフリードの腕を掴んでしまった。


 ガチャリ


「!」「!」「!」


 なんというタイミングの悪さだろう。


 ジェラルドが外から扉を開け、フリードの腕を掴んだカレンを目にする。


 見る見るうちに剣呑な雰囲気となり、瞳が怒りで波打つ。


 …まずいわ


「私は何もしてません!」

 フリードはカレンの手を振り払い、両手を挙げた。


「…理由わけを聞く」

 地を這うような低い声だ。


 ふと見ると、左手に鞘に納めた剣を持っている。

 どうやら真剣での稽古だったらしい。


「あ、あの、ジェラルド様?私がね、「カレンには聞いていない」」


 …恐い。


 ジェラルドはソファに腰掛け、目の前のローテーブルにガチリと音を立てて剣を置いた。


 フリードの顔色は無い。


 カレンとフリードは立ったままだ。


 と、フリードはスッと片膝を付いた。

「ジェラルド、私の失態です。申し訳ございません」


理由わけを聞くと言っている」


 …恐すぎる。

 カレンは固まったまま、ジェラルドとフリードを目だけで追う。


 暖炉は煌々と燃えているのに、部屋の中は外より寒いと感じる。


 理由も何も、私が勝手に押し掛けただけで…まさか、本当にフリード卿の頭は体から離れてしまうの??

 カレンは身震いした。


 フリードは、ただ黙って頭を垂れている。


 ジェラルドが剣を持って立ち上がる。


 だめだわ


「ジェラルド」

 勇気を出して強めに言ってみる。


 柄を手に取る。


「ジェラルド、やめて!」


 剣を抜こうとしたその時

「抜くなよ!姫様の前で!!」


 音もなく風のようにアイザックが現れ、ジェラルドの剣を抜かんとする手を制した。


「…離せ」

 冷たく、静かで底知れず低い声だ。


「~~ッ!」

 アイザックは力ずくで、固く握ったジェラルドの柄と真剣を納めた鞘をその手から奪う。


「ってーな!…お前ちょっと冷静になれ!フリードもなんとか言えよ!!」


 フリードは微動だにしない。


 カレンは、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。


 ・


「で?」


 その場をなんとか治めたアイザックは、執務机を背に腕を組んで仁王立ちだ。

 ジェラルドの剣は執務机の上にある。


 ジェラルドはそのままソファに座り、カレンは離れてソファの端にちょこんと座っている。アイザックの手を借りて、ようやく立ち上がれたのだ。


 フリードは向かいの1人掛けのソファへ座る。


 ジェラルドとフリードは無言を通している。


「あの…」


「はい姫様どうぞ」

 アイザックが振ってくれた。


「元はと言えば、私が悪いのです。軽率でした…」


 アイザックはポリポリと頭をかく。

「…軽率って?」


 カレンは、ふーっと息を吐き、かくかくしかじかで…と、緊張の収まらない様子で説明する。

 横からのジェラルドの視線を感じるが、悪いけど今は無視する。


「ふーん、ハーパーねぇ…」

 顎に手をやる。

「姫様の護衛にうわっついたヤツは充てねーよ。経験はまだまだだけど、ちゃんとしたヤツだから心配ねえとは思うけどー…」

 と、ジェラルドに視線をうつす。


「好きな女のことになると、後先見えなくなるのもいるからな」


 誰のことだか…

 ジェラルドが複雑そうな顔をしている。幾分落ち着いた様子だ。


 アイザックが続ける。

「そこらへんはわからんな。でも仕事は手を抜かないと保障する」


 でもやっぱりアイザック卿らしい答えだわ。


「…なぜ私に聞かない」

 いつの間にか通常モードに戻ったジェラルドが、カレンに問う。


 まだ声は低いが、先程までとは比べものにならない。カレンは少しホッとするが、説明では避けた部分を鋭く指摘され、また緊張が戻る。


「っあの、護衛の質を疑うようなことなので…憚られて…」

 カレンはジェラルドの視線を避けて、ぎゅっと両手を膝の上で握ると、下を向いた。


 ジェラルドは短く息を吐く。

「…すまなかった、フリード」

 ジェラルドが呟く。


「いえ」


 フリードは冷静なようだが、顔色はまだ戻っていない。


 ・


 その日の夜、アイザックとフリードは、城塞街の居酒屋にいた。

 ガヤガヤと賑わう店の、奥のカウンターに二人は並んで座る。


「今日は俺の奢りな」

 アイザックはエールの入った杯をフリードの前へドンと置く。


 フリードは黙って、それを半分ほど一気に飲んだ。


 その様子を黙ってアイザックは見る。


「久しぶりだったな、アイツのあの感じ」

 グイッと自らもあおる。


「しょっちゅうだと身がもたない」

 フリードは前を見たままだ。


 まあな、しかし…

「ダヴィネスはお姫様次第って、本気で思った、俺」


「有り様としては健全です…羨ましいですよ、ある意味」


「?」

 アイザックは誰が誰を羨ましいのかイマイチピンとこないが、フリードがいつもの調子を取り戻しつつあるのでヨシとした。


 ・


「少しダビデを走らせたい」


 そう言うと、フリードは愛馬の芦毛を駆って暗闇へと消えた。


 フリードの背中を見送ると、アイザックは何も言わず、青鹿毛のスモークの馬首を巡らせダヴィネス城への帰途へ付いた。



 夜半はとっくに過ぎている。


 フリードは、ダヴィネス城から少し離れた、瀟洒な屋敷の門を叩く。


 しばらくすると、気のよさそうな執事が現れた。

 執事はフリードを見て驚く。そしてもうしばらくすると、寝着の女性が現れた。

 ライトブロンドに淡褐色の瞳の美しい女性…レディ・パメラだ。


 パメラはフリードの、明らかにいつもとは異なる様子を認めると、心配そうに「フリード卿…?」と言い側に掛け寄る。


「…城には、帰りたくない」

 フリードは、色の無い顔色で呟くと頭をパメラの肩へ乗せた。


 パメラはフリードの背中へそっと手を回し、優しく撫でると、ただ頷くだけの返事をした。


 ・


 まだ夜明け前、フリードは眠るパメラの寝室をそっと出ると、愛馬のダビデを駆ってダヴィネス城へと帰った。


 薄く霧を纏う夜明け前、馬の蹄音だけが街道に響いていた。

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