56話 鍛冶仕事、発注させていただきます。
ども、坊丸です。中村文荷斎さんと愛知郡中村の刀鍛冶、加藤正左衛門清忠さんのところに来ています。
これから、鍛冶仕事の発注と可能なら専属鍛冶師になってほしい話をしないといけません。自分で話しても信じてもらえれないだろうから、中村文荷斎さんの話術と信長伯父さんからもらった「柴田勝家のところに預けている自分の甥っ子の津田坊丸って小僧に、正式に領内の石高を増やす方策を行えと命令しといたから、勝家や坊丸に何事か頼まれたら、できるだけ便宜を図るように」って書状の力を信じるしかないんですがね。
え?そんな文面なのかって?自分がかいつまんで説明したと言いたいところですが、恐ろしいことに、信長伯父さん、ほぼ今の感じの文面で添え状を書きやがりました。さすが、織田信長です。うつけって言われた部分って、今も少し残ってるんじゃぁ…
ところで、中村文荷斎さんの名字って、出身地のここ、中村からとったんだろうか?すこし気になるところです。
それはさておき、加藤さんと交渉しましょう!おもに文荷斎さんが、ですが。
「で、与兵衛、鍛冶仕事とはどういうことだ?」
「うむ、こちらの坊丸様に、信長様から領内の石高を上げる策を出すようご下命があったのだ」
「ん?石高を上げるのだろう?農家と相談すればいいことだろう?それが何故、儂のところに?」
「こちらの坊丸様が言うにはな、石高を上げるには、良い種や苗、良い土や肥、そして、良い農機具と申すのだ」
と、文荷斎さんは言いますが、そんなこと言ったかな?まぁ、やってることを要約するとそんな感じだから間違いじゃないけど。
「先ほど、ご紹介いただいた、津田坊丸と申します。こちらが加藤殿に作ってほしい農具の見取り図です。良い農機具があれば、より効率的に農作業が行え、一人でできる作業や耕す畑の広さが増えまする。すなわち、石高が上がる道理。よろしくお願いいたします」
と、備中鍬とシャベルの模式図を書き付けた紙を懐から取り出して、加藤さんに見せます。
「こほっ、こほ。失礼いたす。う~む、鍬の先端を三又にしたようなものと鋤の先を尖らせたうえにわずかに曲げたものですか。曲がりの鋤の方は、持ち手が従来の横一本のものと孔があいたようなものがあるのですな」
「はい、鍬の先端を三又にすれば、振り下ろしたときに力が集中して、より深くまで刺さると思うのです。そして、三又、四つ又にすれば、隙間があいたところから掘り起こした土が崩れるように逃げるのでは、と考えています。鋤の方も先を尖らせれば鋭く土に入るのでは思いました。また、すこし先端を曲げれば、掘り起こした土を抱え込めるようにして起こしたり、運んだりできるのではと」
「鋤の持ち手に孔をあけたものはどうするのです?横棒一本のほうが工作が簡単だが。木材で穴をあけた持ち手を作るなんて、こんな細工は大変だと思いますが」
「持ち手のところも鉄で作れませんか?」
「作れなくはないが、貴重な鉄をわざわざ持ち手にしなくてもいいでしょう」
「そうですね…。でも、まずは試作品がほしいので、新しい形の鍬を5~6本、鋤の方は穴あきの持ち手1本、通常の持ち手5本ほどつくっていただきたく。それと…」
「それと?」
柴田の親父殿には駄目だしされたけど、試作品を作るくらいならいいでしょうと思って、千歯扱きの図面もこっそり懐に入れてきておいたので、加藤さんに見せてみました。
「なんですか、この器具は。木の台に長い釘がまるで櫛の歯のように並んでいますが?」
「千歯扱きといって、稲穂から籾を外す、脱穀に使う器具です」
「ふむ、まぁ、作れといわれれば作りますが、儂は鍛冶師ですよ。台の方の細工の方は致しかねるが」
「坊丸様、正左衛門の申す通り、正左衛門は鍛冶師ですございますから、鍬や鋤、この器具の台座の部分の木工は大工か木工ができる職人に頼まないとなりませぬな」
「与兵衛、すまないが、そうしてくれ。儂のできる部分はしっかり作る。あと、代金についてだが…」
「代金については心配するな。信長様からこの通り、柴田様、坊丸様への協力依頼の書状もある。柴田様が信長様からそれなりの金子を引き出したようだし、柴田様も此度のことには力を入れておるゆえ、支払いは安心せい」
といいながら、文荷斎さんは、柴田の親父殿から預かった信長伯父さんの命令書というか添え状というか、そんな感じの書面を加藤さんに見せています。
さすが、信長伯父さんの書状、一読した加藤さんは、ご納得の様子。
「あのぉ~」
加藤さんの奥さんがおそるおそるという感じで話しかけてきました。
「ごほっ、なんだ、伊都、客人の前だぞ」
「すいませんね、お前さん。与兵衛さんとお前さん、それにそちらの坊丸様の話が聞こえたものでね。今のお話しだと、このお話は、織田の殿様のお墨付きってことになるんだよね」
「そういうことになるが」と文荷斎さんが怪訝な感じで答えます。
「ならさ、私の従兄弟のお松が、東海郡の二つ寺村ってところで桶職人をやってる福島って家に嫁いだんだよ。桶職人ならそういった木工は簡単にできると思うんだ。せっかくだからさ、従兄弟のお松のところも、その話にかませてやりたいんだよ。どうかな?与兵衛さん!坊丸様!」
「どうします、坊丸様?」
って、文荷斎さん、こっちに振ってくるの?
「大工や木工職人を今から伝手を探して頼むよりは、話が通りやすいでしょうから、いいんじゃないですかね」
と、とりあえず肯定。投げやりじゃないよ。投げやりじゃないんだったら。
「だ、そうだ。お伊都さん、正左衛門、お願いできるか?追ってこちらから話をしに行くが、先に話を通しておいてくれるとありがたいのだが」
「与兵衛さんの頼みだもんね、まかしといておくれよ」
「与兵衛、すまんな、伊都が無理を、ごほ、言ったみたいで」
なんか、加藤さん、さっきから咳が多いな。大丈夫かな?
「加藤殿、先ほどから、咳が多いと、お見受けいたすが、大丈夫ですか?咳と一緒に血を吐いたりしませんか?」
正左衛門の体を心配してる振りをしながら、結核だったら嫌だな、と思って、喀血していないか聞いちゃいました。この時代、リファンピシリンもストレプトマイシンもエタンブトールもないからね。
「おお、坊丸様、先ほどから咳が多いこと、ご無礼を致した。この左足を戦で痛めたときに、左のあばら骨も痛めたらしく、痰が出ずらいのでな、咳払いが多いし、咳も出るのだ、まことに相すまん」
「いえいえ、こちらこそ、戦場での怪我のための咳とは思いいたらず、すみません」
なんだ、戦のせいで、肋骨骨折したんですね。そのせいで呼吸機能が悪いと。納得です。
「正左衛門、足以外にもあばらも痛めておったのか!知らなかったぞ!」
と、その話を聞いた文荷斎さんが急にあばらを痛めた話に食いついてきましたよ。どうした、いったい。
「与兵衛、気にするな。儂もあえて言わなかった。戦場で何か所も怪我をしたなど恥ずかしくてな」
「もしや、刀鍛冶をやっておらぬことや数が多いものを断っておるのもそのせいか!」
「与兵衛、みなまでいわすな。つまりはそういうことだ」
「そうか、そうだったのか…。こたびの話、もし、お主の体に障るのなら、無理はせずとも…」
すこし、沈鬱なかんじで、この話を断ってもいいという話を切り出す文荷斎さん。その横顔は、武士や有能な文官としてのそれではなく、友の体のことを思う友人の顔になっています。
いや、文荷斎さん、簡単に断ってもいいって話を切り出してますけどね、自分としては、このお話しを断られると、大変困るんですが…
「与兵衛、それ以上言うな。昔なじみの友達が、わざわざ織田の殿様も絡んだ、金になるいい話を持ってきてくれたのだ、全力で請け負わせてもらうさ」
と、穏やかな、いい笑顔で返す加藤さん。
いや~、良かった、良かった。二人の友人関係的にも、こっちのお仕事の展開的にもね!
もうお分かりと思いますが、鍛冶屋の加藤さんは、賤ヶ岳の七本槍の加藤清正のお父さん。
伊都さんの親戚の桶職人の福島さんは、賤ヶ岳の七本槍の福島正則のお父さん。




