53話 玄久と豆腐
ども、坊丸です。玄久さんの奥さんの実家であるお豆腐屋さんに、玄久さんの案内で、次兵衛さん、文荷斎さんと一緒に向かうことになりました。今回は、次兵衛さんと二人乗りで騎馬で移動です。
「と、これが、騎馬の際の基本の動きです。手綱さばきと、鐙で腹を蹴る、この二つが肝要です。勝家様は、坊丸様に早く乗馬を教えたいようですが、ある程度体が大きくならないと話が始まりませんからな。今は、先ほど説明したことを覚えてもらうのが、第一ですな。おいおい、気性の優しい馬で引き馬から始めましょう」
二人乗りの状態で馬の後ろで次兵衛さんが手綱さばきなどをしながら、乗馬の基本を教えてくれました。
おいおい、引き馬からですか。ですよね。数えで5歳ですから、満だと4歳ですからね。絶対、乗馬訓練は早いと思ってたんですよ。
でも、柴田の親父殿が言うには、ある程度の格式の武家の皆さんは数えで6-7歳から乗馬訓練するらしいしなぁ。少し早いだけって印象なんだろうな、柴田の親父殿の印象としては。
と、言っているうちに熱田神宮の敷地の近くまで来ました。森のように木々が生い茂っているところもあわせて熱田神宮らしいです。本当は参拝もしたいけど、用件が済んで余裕があったらってことになりました。
「あそこに、熱田神宮の一の鳥居が見えるだろう、あそこから少し左手に行ったところがうちの奴の実家だ」
熱田神宮の南東にわずかに行ったところが、玄久さんの奥さんの実家のお豆腐屋さんだそうです。
「義親父、邪魔するぞ」
「おお、婿殿、どうした」
「ん?昨日のうちに、今日、伺うと使いの者を出したはずだったが、聞いておらんか?」
「いや、聞いてはおる。聞いてはおるが、急に来るなどあまりないのでな。何事かあったか?」
「うむ、今回は、権六殿からおからの手配を頼まれたのだ!」
「ん?おから?どういうことだ」
「富蔵殿、そこからは、それがしが、説明いたそう」
「おお、次兵衛様。その節は、ありがとうございます。で、おからの手配とはいったいどういうことで?ま、それはさておき、とりあえず、店の中にどうぞ」
富蔵さんの案内で豆腐を作る工場の脇にある座敷に通され、そこでお話をすることになりました。
で、ここから説明のターンですが、さすが、次兵衛さん、要領よくかいつまんで、でも重要なところはしっかりと説明してくれます。柴田家の家宰みたいなことをしているのは伊達じゃないぜ。
「と、いう訳だ。で、今の話に出てきた、織田の殿様から石高を上げるよういろいろ頼まれたのが、こちら、津田坊丸様だ。ちなみに、織田の殿様の甥に当たる方だ。失礼のないようにな。そして、こちらが、その補佐役、中村文荷斎殿だ」
「津田坊丸です。以後お見知りおきを」
「吉田次兵衛殿より紹介いただきました中村文荷斎宗教と申します。今後ともよろしくお願いいたします」
「私のようなものに、これはこれは、ご丁寧にすみやせん。そこにいる藤兵衛の義理の父に当たります、豆腐屋の富蔵と申しやす。とりあえず、よろしくお願いいたしやす」
「で、富蔵殿、先ほど申した通り、石田村で肥料の改良を行うにあたり、おからを使ってはいかがと、こちらにいる坊丸様が考えたわけなのだ。そういうわけで、融通してくれるか?」
「う~ん、どうですかね。おからもうちとしたら、立派な商品ですからね。おいそれとは…」
「毎日、豆腐を作るんならそれなりの量の雪花菜が出ると思うんですけど、駄目ですか?」
って、言ってみます。
「そうですね、えぇっと、こちらは…」と、富蔵さん。
「この小さいのは坊丸様だ、義親父」と、玄久さん。小さいの呼ばわりはどうかと思いますが。
「ええ、坊丸様、うちは毎日豆腐を作ってますから、毎日まあ、かなりの量の雪花菜が出ます。でも、雪花菜も売り物にもなるんでね、そこんところひとつ宜しくお願いしたいんですよ」
「なぁに、富蔵殿、なにも、売り物になるやつをよこせと入っておらんのだ、売り物になる分は、そのまま売り歩けば良い。豆腐を毎日作るのだから、雪花菜も毎日出るだろう。そのうち、売れなかった分の雪花菜を当面分けてもらえば良いのだ」
話をまとめながら説得してくれる次兵衛さん、交渉力もあるんですね。
「ふむ、次兵衛様、それならどうにかできますかね。雪花菜もある程度は捨ててますからね」
「次兵衛殿、富蔵殿、話の途中ですまない。今は坊丸様の肥料の改良案として少しの量で開始するつもりですから、それで進めていただき、もし、雪花菜が良い肥料になることがわかれば、次は石田村全体で、そして、柴田の領地、さらには織田の領地とどんどんたくさんの量が必要になりましょう。当面は、廃棄する分を分けていただく形にして、大量に必要になることが決まれば、そのときは、些少ながら、代金を支払う、と言うことにしては如何ですかな?」
お、将来的に金になるって話でアシストしてくれる感じですね、文荷斎さん。
「はじめは、捨てる分だけ。うまく行けば、どれくらい売れるかわからない雪花菜が金になると…。うん、良いでしょう。雪花菜が肥料と金に化ける日を信じて、今は、捨てる分をただでお譲りしましょう」
最初は無料で雪花菜を渡すことを渋っていた富蔵さんですが、廃棄の手間が無くなる点と将来的に金になるかもって話で、頭を縦に振ってくれました。
「富蔵さん、宜しくお願いします」と、頭を下げておきます。こんな頭でも、織田の殿様の甥っ子って紹介だから、ちょっとは価値があるかも知れないしね。
「では、売れ残った分をまずは数日分干して貯めていただき、ある程度の量になったところで、柴田の屋敷にお知らせください。こちらから人を出すか、石田村から人を寄越すかどちらか手配しますゆえ」
一気に話をまとめる次兵衛さん。流石です。
「お、話、まとまったみたいだな」と、玄久さん。交渉が始まったら、フラッと作業場の方に行ってましたが、話が終わった雰囲気を察して戻ってきましたよ。
「話がまとまったなら、義親父、豆腐、食わせてくれねぇか。俺がおごるからさ。義親父の豆腐は絶品なんだ」
「金払ってくれるなら、すぐ出すさ。婿殿、天秤棒のところから1-2丁、豆腐持ってきてくれるか?」
「お、いいのか。じゃあ、持ってくる」
ざるに二丁の豆腐を持ってくる玄久さん。勝手知ったる妻の実家、台所にも足を延ばして人数分の箸と小皿も準備してくれます。
「俺のおごりだ、食べてくれ」
「うん、美味い」
「美味しいですな、富蔵殿」
「美味しい豆腐ですね」
豆腐を褒められて、嬉しそうな富蔵さんと玄久さん。
富蔵さんは作り手ですからね、わかりますが、玄久さんも同じくらい嬉しそうです。
「そうだろう、そうだろう、義親父の豆腐は絶品だからな。もし、戦でケガをして戦働きができないようになったら、豆腐作りを習って、後を継いでもいいと思っているくらいだ」
「おいおい、婿殿。簡単に言うがな、俺の豆腐の味がすぐに出来るようになると思うなよ。と言うか、娘が悲しむからな。戦で怪我をするような真似はしてほしくないのだが?」
「義親父、例えば、の話だよ。俺だって、戦で怪我なんかしたくないさ。まぁ、権六の傍で戦っていれば、そうそう深手を負うとは思っていないがな」
「ならいいんだがな。例えばの話で言えば、あんまり深手を負っていたんじゃ、豆腐は作れても天秤棒を担いで売り歩けないだろうが」
「その時は、俺が作って、おっかあや子供たちに売り歩いてもらうさ。子供たちが大きくなる前は、義親父にも頼むしかないな」
「おいおい、それじゃあ、豆腐作りは任せて引退できても、売り子の仕事は引退できねぇじゃねえか」
「はっはっは、違いねぇ」
「そんなことになったんじゃたまったもんじゃねえから、絶対に怪我なんざぁ、するなよ」
「分かってるよ、義親父。俺だって、怪我なんかしねえで、戦働きで偉くなりたいからな、はっはっは」
「ならいいがな。とりあえず、食え食え、婿殿。あと帰りに豆腐とおからを持たせてやるからな、娘にも食わせてやれ」
「すまねぇ、義親父、助かる」
次兵衛さんは見慣れているんでしょうか、玄久さんのところの義理の親子の掛け合いを聞き流してますが、自分と文荷斎さんは置いてきぼりですよ。
でも、義理の親子でも本当の親子みたいな楽しい感じの掛け合いができるのって、なんか、いいなぁ。
実の父の信行パパは冥府だし、さすがに庇護してもらっている柴田の親父殿とあんな感じの掛け合いは出来ないからね。親子の掛け合い、少し憧れるな。




