50話 毎度、魚屋の三郎です。鯵、いります?
ども、坊丸です。信行パパの元右筆、中村文荷斎さんが、農業改革の補佐役になってくれることが確定しました。
しかも、アイデアと伝手があるナイス補佐役です。
こんな人材どこで!って、末森城で信行パパの右筆やってた人材ですがね。
「治兵衛、文荷斎、漁師や網元に伝手はないか?」
「残念ながら…」
「それがしも、ございませんな、殿」
「だそうだ、坊丸。干鰯とかいう鰯からつくる肥料は難しいかもな」
「そうですね。あとは、いつも来ている魚屋にでも伝手がないか聞いてみたいと思います。それでもだめなら、伯父上か包丁頭の井上殿に相談ですね」
「うむ、それしかないだろうな」
「農機具の改良ですか…」
む、やはり次兵衛さんも文荷斎さんも、農機具の改良は微妙に乗り気ではないご様子。
まぁねぇ。負け戦の時に、鎌や鍬をもって襲い掛かる落ち武者狩りの農民の恐怖にさらされたことのある人は、新しい武器になるかもしれない鉄製の農機具を渡すのは、嫌かもねぇ。
あ、ちなみに、柴田の親父殿に駄目だしされているから、千歯扱きは外しておきましたよ。
「やはり駄目ですか」とすこし残念そうにしてみる演技。
「いや、駄目ではないですが…」
「そうですな、まぁ、そのうち必要になるでしょうな…」
「ほらな、坊丸。二人ともあまりのり気でないであろう」
「まぁ、今ある鍬や鋤とが少し形が変わるだけのようですから、そんなに心配することはないのではないでしょうか、柴田様。それに、まずはごく少量作成して、効果を見るのがいいでしょうな」
と文荷斎さんはとりなし気味に対応してくれます。いい人や。
「ふむ、既存の農機具の改良品とはいえ、試作品を何度か作るとなると、鍛冶屋にいろいろ頼まないとな」
「鍛冶屋ですか…、中村の鍛冶屋に一人、伝手がございますな。
加藤と申すものですが、もとは武士として美濃の斎藤につかえていたそうで、長良川で斎藤道三が討ち死にした戦で足や胸に傷を負い、今は妻の実家で鍛冶をしているものです。
腕は確かなのですが、元武士という矜持のためか、いろいろと仕事を選ぶらしく、なかなか苦労している様子。
柴田様から武士として扱う感じにして手伝ってくれと頼めば、必ずや、手伝ってもらえると考えます」
「そうか。その加藤とか申すものには後日、連絡を入れることにしよう。だが、まずは、塩水選と肥料よな」
で、塩水選を柴田の親父殿達の前で実践するはめに。
仕方ないので、塩と卵を借りようとして台所に行くと、お千ちゃんと魚屋の三郎さんが仲良さげに話していました。
「ごめんね、お千ちゃん、卵と塩、何か器を貸して欲しいんだけど。あと、籾すりする前の米とかある?」
「あ、坊丸様、卵と塩ですね。準備します」
「これはこれは、坊丸様。いつも贔屓にしていただいております、魚屋の三郎です。今日も鯵のいいのが入っていますよ」
「三郎さん、鰯はどう?」
「鰯、ですか?一度店に戻ればそこそこありますが、いつも柴田様のお屋敷は、鯵かそれよりも大きめの魚を買われるから、鰯は持ってきてないですね」
「鰯をたくさん、しかも定期的に購入するのはできる?」
「そりゃあ、買ってくれるっていうなら手配しますが、量によりますね。あんまり大量なら網元に交渉しないといけないですからね」
「鯵以外の小魚も含めて定期的に大量に購入、出来れば干した状態にしたものが欲しいって言ったら?」
「そりゃあ、鯵以外に雑魚も買ってくれるって言うんなら、いいんじゃないんですかね。
普段食べないような、売り物にならないような種類の魚も干した状態にすれば、買ってくれるんでしょ?売り物にならないってんで、捨てていたような雑魚も干して渡せば金になるっていうんなら、漁師の奴らは喜ぶと思いますよ。
干すのは陸で待つおっかあ達にやってもらえばいいだろうし」
「ちなみに、そういうのを一手に頼める網元とかに知り合いはいないかなぁ?」
「今の話、本当なんですか?まぁ、津島湊の野々村の伯父貴に話を通せば、まぁ、出来なくはないかな。もっと手広くやるなら、堀田道空様にも話を通さないと、締められるかもしれないけどねぇ」
「うん、分かった。じゃ、今の話を柴田の親父殿達にもしてくれないかな」
「えぇっ~、嫌ですよ。なんで、柴田の殿様と話すんですかい。坊丸様が鯵の干したのを頼むって話じゃねぇですか。」
「そこをなんとか。実は、伯父上に石高を上げる工夫を考えろって言われてて。
他の国でやっているらしい、干鰯っていう干した小魚を砕いたりしたものを肥料にする方法を試してみたいんだ。
だけど、自分だけだと、網元の偉い人や漁師の人に話を聞いてもらえないだろうから、名目上は柴田の親父殿や織田の家臣の人に交渉してもらうつもりなんだ。だからさ、三郎さんの網元さんや漁師さんへの伝手を使わせてもらいたいんだよ」
「だからって、柴田の殿様とかに話をするなんて…」
「話の大部分は自分がするから、ね、網元の人との伝手の話だけしてくれれば!」
「分かりましたよ。網元の野々村の伯父貴に話をつけるところだけ話せば良いのなら、手伝いますよ」
「ありがとう、三郎さん!」
魚屋の三郎さんの手を持って感謝の念を込めて、ブンブン振ります。お千ちゃんもほっとした様子。なんだ、お千ちゃんと三郎さんの二人は良い感じなのか?
こっちは見た目は子供、心は大人なので、気になって仕方ないんですが…。




