482話 金創医坊丸 執刀医頑張ります! 七ノ段
ども、坊丸です。
異物を取り出そうと筋肉を切り開いたら吹き出した悪臭とそれに伴う吐き気と闘っている坊丸です。
鼻が曲がりそうな悪臭に耐えながら、もう一度同じ手技をすると、灰黄色から榛色の膿汁が出てきました。
くっそ、めっちゃくちゃ臭っせぇぇぇ〜。転生前のオペ室や救急外来なら吸引器で一気に吸い出すんだけどなぁ。
「直の四寸と晒し木綿。どんどん晒し木綿を使うので準備しといてください」
「あ、あい」
桃花さん、あまりの臭さに口呼吸してましたね。まぁ、しかないよね。物はキチンと渡してくれたから、無問題。
ペアン鉗子に晒し木綿を持たせてっと。モスキート鉗子で開いた創部、そこから見える膿汁に向けてペアンで把持した晒し木綿を突っ込むわけです。
すると、木綿の繊維が膿汁を吸い取るのが目に見えてわかりました。膿を吸った晒し木綿は側に出してもらった小さい盥にどんどん捨てていきます。
少しモスキート鉗子の場所を変えて創部を開いては、また膿を吸うのを繰り返すこと十数回。やっと膿汁がでなくなりましたよ。
「鷲見殿。誰ぞ声を掛けてこの膿を吸った木綿布を捨ててくるよう指示を。悪臭が強いので、すぐに焼きすてるのが宜しいかと」
「うぅ、承りました。では、少し外に出て人を呼んでまいります」
そう言うと部屋を出ていく鷲見さん。部屋を出た直後に大きく深呼吸しているような音が聞こえましたが、鷲見さんも悪臭に頑張って耐えてたんですね。
それはさておき。
しかし、だいぶ大腿直筋が壊死していますな。この壊死組織は可能な限りデブリードマンしないといけないんですけど…。端の方は残せそうだけど、膝の伸展する力はかなり落ちてしまいそう…。
さて、この壊死組織のなかから異物を探しますか。
指で触診っと。ん、この直下に触れるぞ!
「ぐぅぅ」
って、盛次殿、ゴメンなさいね。異物を押したから触診するだけでもそれなりに痛いんですね。
「盛次殿。異物を見つけました。もう少し。もう少しだけ、我慢いただきたく」
「んっ」
荒縄をグッと噛み締めたまま、首を上げてこちらをみて、同意してくれる盛次殿。その目には強い意志を感じられました。よし、まだ大丈夫だ。
そして、先程の異物を指先に感じた場所をモスキートで少しずつ探るようにしながら開排。カツリと硬い物にぶつかったのでモスキートの先をそれに押し付けながら再度、開排。ジュワっと滲み出す榛色の膿汁とグッと鼻をつく悪臭。
「塩水を」
シリンジとか無いからやむなく準備してもらった朱泥急須に生理食塩水ぽい濃度の塩水を注いでもらい、それを創部に掛けて洗浄。そしてまた、晒し木綿で膿と生理食塩水をすいとって、と。
モスキートの先に見えた硬いものをそっと鑷子でつかむと、三角形の薄い金属片が。うーん、これは槍の穂先かな。とりあえず、創部から取り除いてっと。ん?まだ何かありそうだぞ。
もう一度創部を確認、確認。って小石もあるじゃん!
小石の周りの方が筋肉の変色が強いなぁ。
こっちが、今回の症状の原因だったのかもしれないな。小石の周りを剥離してっと。はい、小石、取り出せました。
しかし、金属片と小石でしょ。盛次殿はよく破傷風にならかったもんだよ。正直、大腿の持続的な膿瘍形成、慢性的な感染で済んだのが不思議なくらいですよ。
「塩水」
桃花さんも慣れたもんで、手を出しつつ、顔を向けるといい感じの位置に急須が。まぁ、中身はなんちゃって生理食塩水なんですけどね。
で、そのなんちゃって生理食塩水で洗浄して、創部にもう異物がないことを確認。筋肉がだいぶ壊死してますからねぇ。
この壊死組織を残してもまた感染の原因になりそうだしなぁ。
やっぱりデブリードマンかなぁ。救急外来での指導医の先生はちょっと血が出るぐらいまでデブリードマンしてたんだよねぇ。
しょうがない、やるか、デブリードマン。
「鋏」
さっきと違い一瞬だけ間がありましたね。桃花さん、何を切るのか一瞬考えたけど、分からなかったからとりあえず、言われた通りに鋏渡したって感じでしょうか?
それはさておき、壊死組織を鋏で切除!切除!切除ぉぉぉ!
薄っすら血が滲んだ瞬間にあわせて盛次殿が少しだけ動いたのと「ゔぅ」ってこえをあげたので、これ以上はやり過ぎでしょうね。ここで、デブリードマン終了にしときましょう。過ぎたるは及ばざるが如し、筋肉削り過ぎるわけにはいかんしね。
うーん、やっぱり、創部からじわっと血が出る。こんな時、電気メスがあればなぁ。凝固モードでピンポイント止血を繰り返すだけで行けるんですが…。
しょうがない、ここは結紮の鬼になるしかない。
「加藤さん。これから比較的勢いよく血が出ているところをひたすら糸で縛っていきます。参寸の把持と糸切り、お願いします」
「う、承りました」
今度は、結紮、結紮、結紮ぅぅ。ここも、あそこも、結紮!も一つついでに結紮!
よし、だいたい良いかなぁ。広範囲にゆっくり血がにじむところが、やっかいなんだよなぁ。
ガマの油を塗りたくるわけにもいかんしなぁ。あ、そうだ!ミョウバン使うか。
「桃花さん、ミョウバンを」
渡された薬壺を開けるとサラサラの白い粉が。なめるわけにもいかないので、塩や砂糖だ言われたらそうかも?って思ちゃいそうですが。
頼むぜ、ミョウバン!血を止めてくれ!
と、思いつつ、ビビリなので端の方の出血に少し振りかけてっと。
「ぐ」
「盛次殿、止血の薬にござります。少し沁みるとは思いますが、血を止める為故、なにとぞご容赦を。今一度、耐えてくだされ」
盛次殿が声をあげるくらいには沁みるってことだよね。と、滲む血液の色が変わった。そして、止まった。よし、いける。必要なところに一気に振りかけてっと。それなりに止血完了。なんちゃって生理食塩水での洗浄、そして晒し木綿のガーゼでの残った膿や血液を吸取って、と。あとは縫合のみ!
「針糸を」
「はい!」
電メスで止血したわけではないから、血が抜けるルート確保にわざと少し粗めに縫合。
「盛次殿!終了です!」
口に咥えて、強く噛んでいた縄を吐き出す盛次殿。
「坊丸、ご苦労。いやぁ、痛かった。痛かったぞ。で、異物は取れたか?」
「これにございます」
「槍の穂先と石、か。どおりで傷がつかず膿が出るわけだ。は、ハッハッハ」
「殿!」
「鷲見。鷲見も取れたものを見せてもらえ。それと、汗と血で着物がベタベタだ。替えを頼む」
そう言うと、盛次は倒れるように寝てしまったのでした。
金創医篇もだいたいおしまいです。手術シーンの描写がこんなに大変だとは…。
が、これも南伊勢攻略戦のサイドストーリーに過ぎないのです。やれやれ、だぜ。
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