414話 長良川の河原にて 参ノ段
ども、坊丸です。
河原で鉄砲の試射という名の明智光秀さんの鉄砲の腕前を確認する場で、うちの加藤さんがやらかしました。
なんと、光秀さんよりも遥かに鉄砲の腕前が良いところを見せつけるという…。しかも、誰の目に明らかな『ゴルゴダの丘の13番目な人』とか『名人伝』レベルの腕を。
偶然じゃあ済まされないレベルで腕が違うという。なので、光秀さんが顔を真っ赤にして俯いてしまっておられます。これは、困った。
「さて、当家の鉄砲上手は、斯様な腕前である。細川殿、明智殿、如何か?」
って、ここで、二人をそんなに煽らないでくださいよぉ、信長伯父さん!
「これはこれは。丹後の稲富流にもこれほどの腕前のものはありますまい。信長様は優れた家臣をお持ちのご様子。この細川藤孝、感服致しました」
「悔しいですが、加藤殿の腕前はそれがしを上回るものにござりまする。それがしもまだまだであることを思い知りましてござりまする。今一度、鉄砲の修練を致す所存。この様な機会をいただき、信長様には感謝いたします」
ちょいと信長伯父さんをよいしょする細川藤孝さんは朗らかに、自省するようなことを口にする光秀さんは俯いたまま、そのままさらに頭を下げ、絞り出すように話しました。
「で、あるか。時に、明智殿。加藤と同じものなら同じことができるとは言わんのか?」
すこし片側の口角をあげて、ニヤニヤした感じの表情を浮かべる信長伯父さん。だから、これ以上光秀さんを煽るようなことを言わんといて!
「いえ、加藤殿がお持ちの火縄銃は銃身が短いものにござります。それよりも命中しやすい長い銃身のものを用いたにもかかわらず、それがしの方が上手く当てることができませなんだ。これでは、道具が違うからだとは、とても申せませぬ」
そういうと、頭を振る光秀さん。
ごめんね、光秀さん。加藤さんの「竜吠」はライフリング火縄銃なんだ。実はかなりモノが違うんだわ。
「で、あるか。今の言、明智殿が火縄銃の道理が分かった方である事、あいわかった。単なる手技の上手にあらず。ならば、よし。佐脇。織田筒を明智殿にお貸ししろ」
「はっ」
って、なんだよ!わざわざ試すようなことをしてたのかよ、信長伯父さんは!
確かに、最初、普通の火縄銃、その後に織田筒を試させるようなことを昨日は言ってたけども。
その段取りのなかに、わざわざこんな演出入れてきたよ、あの人。そして、その演出のために利用されたわけですよ、自分と加藤さんは。全くもう、やれやれだぜ。
「坊丸、加藤。明智殿に織田筒を扱っていただく。織田筒の装填のこと、お手伝い致せ」
「「はっ」」
え?自分、装填できますけど?って表情の光秀さん。
ごめんね、織田筒は椎の実弾丸の早合を使うから、カルカとかちょい構造違うんだわ。そして、たぶん全部の火縄銃知識や情報をさらけ出さないように一部隠せってことなんだと思うの、今の信長伯父さんのお言葉は。
織田家は、鉄砲の運用をシンプルにするため、基本、堺、国友から買う滑腔砲も同じ長さ、同じ口径にしてるし。当然、織田筒も普通の長さの織田筒も「竜吠」も同じ口径です。NATO軍が同じ口径の同じ弾を使うことで、友軍間で弾丸の融通をしやすいようにしているように織田家でも弾丸を規格化しております。統合整備計画の如く!
そんなわけで、加藤さんの「竜吠」も光秀さんに貸与された織田筒も同じ早合が使えます。使えるはずです。てか、
使えないと困ります。
「弾込めは、当方にて行いますれば、しばしお待ちくだされ」
そう言って、鉄砲箪笥から「竜吠」用の早合を取り出しつつ、加藤さんに目線を送ると、小さく頷く加藤さん。
小姓衆から光秀さんに一度渡されたライフリング火縄銃こと織田筒を受け取り、こちらに持ってきてくれます。
そして、自分が弾込めしている間、自分を気遣う振りや銃を支える振りをしながら光秀さんの視線から銃や弾込めする様子を上手く隠してくれました。さすがです。
で、後は口薬と火縄に点火&火縄挟みに火縄を挟み直してっと。あ、火縄は蜜蝋引きのやつじゃあないんですね。しかも湿度や濡れ対策してない普通の火縄だ。
ふぅむ。信長伯父さん、織田家の鉄砲がほぼ雨天や高湿度でも使用可能なことは隠したいとお見受けしますな。織田筒は使わせるけど、様々改良した点はあまり見せたくない、と。
つまりは、見た目そんなに変化ないけど、謎の高命中率を誇る火縄銃という感じに織田筒を印象づけたいってことですかね〜。知らんけど。
まぁ、発射後にわざわざ銃口を覗き込むような事はしないでしょうし、弾丸は飛んでっちゃうからね。椎の実弾丸とライフリングのことはわからないままになるって寸法ですな。
そんなことを考えながら、装填済みの織田筒を光秀さんにお渡し。
「坊丸殿は、その年で火縄銃の扱いに慣れておられるのですな」
「はっ。伯父上の鉄砲の師匠である橋本一巴殿から、わずかながら手ほどきを受けました故。また、加藤の鉄砲の修練に付き合っておりますので、これくらいは。伯父上の小姓衆などは装填も射撃も上手にこなす者がおりまするので、それがしなどまだまだでございます。ちなみに織田筒は銃床が少し大きくなっておりますので、それを肩にあてながら撃ってみてくださると宜しいかと」
そう言いながら、頭を下げて、鉄砲をお渡ししました。
なんか、光秀さんがこっちを見ながら目を細めてウンウン頷いてますが、どんな意図なんでしょうか?それよりも早く射撃すれば良いのに。
その後、射撃位置につく光秀さん。
あんな雑なアドバイスなのにだいたい正解に近い射撃姿勢を取りました。さすがに火縄銃の取り扱いに慣れていらっしゃる。
そして、乾いた射撃音と白煙。
走る小姓衆。そして、当たりの判定。ま、当然でしょうね。滑腔銃であれだけ当てたんだから、施条銃ならもっといいところに当てるでしょうから。
さすが、信長伯父さんの小姓衆。
今度は、持って来いと言われなくても持って来ました。ただし、霞的の文様付きの腹巻だけ外して。
「ふむ。的の真ん中近くにあてておるな。さすがである、明智殿」
「いえ、先ほどまでとは特になにも変わってはおりませぬ。素晴らしいのは、織田筒の方にございまする」
「これこれ、十兵衛殿。信長様が褒めてくださっているのだ、素直に喜ばぬか」
軽い調子で光秀さんを注意する細川藤孝さん。
「どのような仕掛けがあるのかは存じませぬが、織田筒は狙ったところにかなり正確に当たりまする。げに、素晴らしい品かと存じまする。此度は使わせていただきありがたい経験となり申した。信長様には、織田筒を使わせていただき感謝致しまする」
「で、あるか。すぐに織田筒を使いこなした明智殿の腕も見事であった。本日は明智殿の鉄砲の腕、人柄も知れた。実に面白いものであった。では、ここでしまいとするか」
「「はっ」」
「承りました。では、我らは立政寺に引き上げまする、行くか、十兵衛殿」
「わかりました。与一郎殿。では我らはこれで失礼致しまする。」
〜 ・ 〜 ・ 〜 ・ 〜
立政寺に向かう馬上にて、細川藤孝が明智光秀に問いかける。
「十兵衛殿。堺より仕入れた火縄銃と織田筒と呼ばれた織田家で作られし火縄銃、それほどに違うのか」
「違いまするな。正直、あのように的の真ん中近くに当たるとは思っておりませなんだ。まるで狙ったところに吸い込まれるように当たり申した。あの織田筒を如何ほど数を揃えているかは分かりませぬが、ある程度の腕のものがあれを使えば、敵の大将や侍大将を狙い撃つ事もできるかと」
「なっ。それほどか!」
「そう、思いまする。濃尾両国と伊勢半国を領し、堺から鉄砲を買い付ける国力、資金力がございます。そして、自前で鉄砲を作る技術力もある。やはり織田は侮りがたいかと。義昭様は越後の上杉輝虎を頼みとしておられまするが、越後は遠うございまする。越前朝倉が動かぬ今、やはり頼るべきは織田でございましょう」
細川藤孝はその言葉に強く頷くのであった。




