407話 養子な二人
前回、なんだ考察回かよ…。
論文調の文書なんか読みたいわけじゃないだよ…。
という方のことを考えて、頑張って書きました。
永禄十一年二月。織田信長は伊勢攻めに一定の成果を収めると、岐阜城に戻った。そして、その数日後。
「兄上。お呼びとのことで、信包、罷り越してございます」
「おお、三十郎。よくぞ参った。そこに座れ。伊勢攻めの留守居ご苦労、で、恙無いか?」
岐阜城の城下御殿、織田信長の私室に弟の織田信包が招かれた。書院造りの私室には、違い棚には亀の香炉、竹の編み籠に石蕗の花が飾られている。そして、付書院の地板に右腕を載せ、楽立膝に近い形でくつろいだ信長。円窓から外を眺める様子の信長の側には長谷川橋介が控えている。
そして、織田信包が入室し、声を掛けると、弟の方を見て少し微笑みながらそう声を掛ける信長。
「伊勢攻めの勝利、おめでとうございます。北伊勢の国人衆はことごとく平らげたとのこと。して、兄上。わざわざ、それがしを私室にお呼びとのこと。何事でございましょうや?」
そう言うと、信長の正面近く、床の間に向かい合うように座る信包。
「伊勢攻めのことは聞き及んでいるな? 関・神戸一党はしぶとく抗いおった。で、あるのでな。神戸に養子を入れることで和議とした。そして、長野一党は調略で内部から崩した。長野具藤は実家である北畠の下まで逃げ去ったがゆえに、分部、川北ら老臣が次の当主を織田より出して欲しいと願い出て来た。細野藤敦の奴めは、不満があるようだが、な」
「さすがは兄上。この信包。感服仕りました」
そう言うと、平伏する信包。
それを見て、良い良いと手を振る信長。
「三十郎。そのような世辞は良い。ここは長谷川以外はそなたと儂。兄弟のみ。で、だ。長野の養子に入ってくれ。信包」
「中伊勢、奄芸と安濃の二郡を領主、長野家の当主でございますか!」
「頼む、信包。そなたしかおらんのだ。信広の兄者、今はもう大丈夫と信じたいが、過去に美濃斎藤に踊らされたことがある。伊勢となれば、畿内の三好や六角、公家や幕府奉公衆などからも調略の手が伸びよう。斎藤如きに踊らされるようでは…。なぁ。皆まで言わすな、三十郎」
「いえ、嫌がっているのではございませぬ。この三十郎信包。謹んで、長野家養子の件、お受け致しまする。伊勢二郡の主となれば、今まで以上に兄上のために働けると存じます。兄上、その御下命、お受け致しまする」
信包の言葉にホッとする様子の信長。
「本当は、お主には近くで支えてもらいたい、と思っておった。他に様々任せられる連枝がおらんからな。が、伊勢の平定の肝となる長野家当主は、それなりの度量と格があり、しかも信頼できるものでなくてはならん。すまんが、頼むぞ、信包」
「兄上の信頼と期待に応えられるよう、励みまする」
そう言ってくれた信包に向けて普段見せない笑顔を見せ、近づいて、肩を叩く信長。そこには、濃尾二カ国の領主としての織田信長ではなく、三十郎信包の兄としての織田信長がいた。
「で、長野家は良いとして、神戸家の方はどうなさるおつもりですか、兄上」
「それよ!今のところ、三男の勘八丸を入れようと思っておる。和議における人質としての格、後々、神戸家の当主となり神戸家を乗っ取った時、尾張美濃の藩屏となることを考えると、三男の勘八丸しかあるまい」
そう言って、少し悩ましげな表情で顎をさする信長。
その様子を見て、信包が一息吐いた後に、意を決して提案する。
「小木江の信興、それに信行兄上の子、坊丸を織田に戻してから養子に出すこともできるかと思いますが?特に信興は伊勢や長島、服部党攻めにおいて、滝川一益と共に働いたこともありまする。一益と気心もしれておりましょうし、伊勢の事は良くわかっていると思いますので、適任かと思いまするぞ?」
「それよ、儂も信興をいずれかの養子に出すことも考えた。が、長野の当主にしては幼く、軽い。神戸の養子にしては年長で人質として扱いづらい。しかも、信興を動かすと、伊勢長島の一向宗の抑えを別の誰かに任せねばならん。今は、桑名城の滝川と小木江城の信興で長島の一向宗を抑えさせておるのでな。まっこと、長島輪中の一向宗はまるで喉元に刺さった棘の如くよ。なので、な。信興は動かせん」
「坊丸の方は如何ですかな?信行兄上の謀反のこともあり、保身のためとは思いまするが、兄上に忠義を誓うこと、篤い様子。いつぞやの新年の儀にて奇妙丸に未来永劫の忠誠などと大袈裟にほざいておったこともあったと存じまするが」
信包が織田家嫡男を奇妙丸と呼び捨てにしたのを気にしたのであろうか、長谷川橋介がピクリと動いた。
そして、それを感じとった信長が長谷川に向けて声を掛ける。
「今は兄弟として、一族のことを話しておる。叔父が甥を呼び捨てにしたまでのこと。許せ」
「はっ」
「長谷川殿、それがしも皆がいるところでは奇妙丸様と呼ぶ。それくらいはわきまえておる。安心召されよ」
信長、信包の二人からそう言われては、黙認するしかないと、長谷川橋介は再び小さく、はっと答える。
「坊丸かぁ。年回りとしてはちょうど良いし、人質という意味では、謀反した信行の子故、何かあった時にそれほど惜しくは無い、とも言える。が、あれはだめじゃ」
「今の話では、勘八丸より適任と思いまするが?」
「織田筒と呼ばれる火縄銃、火縄銃に使う早合、それに竜騎隊と呼ばれる鉄砲騎馬隊。存じておるな?」
「はい。早合は亡き橋本一巴殿が当家にもたらしたもの。織田筒と鉄砲騎馬隊は兄上と滝川の奴とで考案したと聞き及んでおりますが?」
「あれらは、な。あの坊丸が考え出したものよ」
「なぬ。ま、真ですか」
「残念ながら、真よ。あ奴の事だ。伊勢に出すと、儂の目が届かぬ事をいいことに、神戸の銭を使って好き勝手に何やら新しきものを作るに違いない。
新しきもの作り出すことを禁じたとしても、それを守るとはとても思えん。例えそれを守ったとしても、手元にはそれらを作り出す技があるのは変わらん。身を守るためと言って、織田筒などは作るだろう。そして、それが丸ごと敵の手に渡ったら…」
「坊丸とその一党を取り込めば、敵も我ら織田と同じ品質の鉄砲隊が作れる、ということにござりますか…」
「そうなるな。気がつけば、あの坊主、意外に役に立っておるし、当家の力の一端を担うようになっておる。まぁ、酒ばかり造ったり、甘味や砂糖にこだわったりと変わった童でもあるのだがな」
そう言いながら、顎を軽く撫で、遠くを見るような雰囲気を醸し出す信長。
「兄上。気づいておられますかな?兄上が、坊丸のことを話される時、なんだかとても嬉しそうな顔をなさっておられまするぞ」
「ん?そうか。そんなことは無いとは思うがなぁ。少し気をつける、か」
そう言うと、苦笑する信長。
「いえ、兄上がお子以外の一門衆の事を話す時にそのような顔をなさるんだなぁ、と少し驚いてございまする」
その言葉を聞いた信長は気恥ずかしさを隠すように手元の盃を呷り、円窓から外を一瞥した。
ふぅ、と一息ついた後、居住まいを正し、信包に正対し、こう命じた。
「織田三十郎信包。長野具藤の後を継ぎ、長野家の当主となる事を命ずる」
「承ってございまする」
時は、永禄十一年二月初旬。織田信長による伊勢攻めは順調に進み、残りは北畠家をいかに攻略するか、という段階に進んだ。
が、このとき信長は未だ知らない。北畠攻略はしばらく先のことになることを。
そして、数日後に届く足利義栄の十四代の征夷大将軍の宣下についての一報が自身を畿内の争乱と天下人への道へと誘うことを。
織田信包さんは、三十郎と言うのが通称。
信長、信行の弟さんで四男と言うのが通説。
途中の信包さんのセリフですが、
「後藤さん、気づいている?あなた、帆場のことを話すとき、なんだかとても嬉しそうな顔をしてるわよ」という機動警察パトレイバー劇場版1の南雲隊長の言葉を改変して使用しております。
足利義栄の将軍叙任はは永禄十一年二月八日。宣旨の受取は二月十三日とされます。朝廷からの将軍宣下の使者は山科言継だったので、言継卿記の記載からこれらの日付とされます。
頑張って記載した文、次回はすこし間隔があくかも。
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