157話 桶狭間の戦い 第四段
ども、坊丸です。
どんどん桶狭間の戦いに日付が近づいていくので、ちょっとドキドキしている坊丸です。
直接、戦場に出ることは無いけれど、柴田の親父殿を本来の時間線よりも活躍させたい気持ちでいっぱいなわけです。
そんなわけで、桶狭間の戦いの前日夜、柴田の親父殿が軍議から帰ってきました。
その顔は微妙に暗い感じ。
「今帰った。お、次兵衛だけでなく坊丸も起きておったか」
「軍議の様子、如何でございましたか?」
「いかがでした?」
いや、何も決まらない、何も話が進まないかったのは『信長公記』のデータ見たんで知ってるんだけどね。
「いや、信長様は皆の意見を聞くだけ聞いたが結局、如何いたすかは口になさらなかった。沓掛まで今川の大軍が来ていると言うに…」
「そうでございますか。信長様でもどうにもなりませぬか…」
本来の時間線でこの後、何が起こるか、どうなっていくかを知っている自分からすると、今は仕方ないと思ってしまうわけですが、そんな知識のない二人の空気はものすごく暗い感じになっております。
そして、柴田の親父殿はとりあえず自室に来るよう促しました。なので、吉田次兵衛さんと連れ立って親父殿の自室に向かうことになりました。
で、三人して親父殿自室に座りましたが、空気は重いまま。
しょうがない、雰囲気を変えるために自分から何か切り出すか。
でも、桶狭間の戦いの経緯や結末を知っているのはさとられないようにしないとな…。
「ちなみに、他の方々の反応は如何だったんですか?」
「ん、他の者か。林秀貞殿と盛次の義兄ぃは、落胆した様子であったな。林の爺様はすこし嘲るような様子もみられたわ。森可成殿は野戦で今川に一泡吹かすべしと息巻いておった。丹羽殿と池田恒興のやつは、信長様を盲信しているというか、何か考えが有るのを信じているというか感じているというか、そんな感じであった」
「そうですか…。坊丸の存念、述べてもよろしゅうございますか?」
「おお、良い良い。今は藁にもすがりたい思いじゃからな。坊丸の考え、ゆういてみぃ」
「はっ、然らば。伯父上のことですから、何かお考えがあるのは、間違いないかと。軍議で伯父上自身の考えを明かさなかったのは、今川にすこしでもこちらの動きを気取られたくないとお考えではないかと思います」
「ふむ、そういえば殿は、今川の動きを知りたいが故に知多や西三河のものどもに書状をしきりに送っていたのだったな」
「実際に軍を動かす親父殿や次兵衛殿には釈迦に説法とは思いますが、孫子の『彼を知り己を知れば百戦危うからず』とございます。さらには『彼を知らずして己をしれば一勝一敗す』でしたな、次兵衛殿」
「あってございます。坊丸様に孫子の謀攻編を教えたのは、それがしでございますからな」
「坊丸、何が言いたい」
「伯父上は、今川方に織田の動きを可能な限り教えたくないのではないでしょうか。そして、今川の動きは可能な限り知りたいご様子。伯父上のことです、『己を知らぬ』、すなわち今の織田家の実力や率いられる兵力を知らぬと言うことはございますまい。であれば、今川に己の動きを知られないことで『彼をしらず』の状態を作り出したいのかと」
「ふむ、だから軍を動かす直前まで己の考えを言わぬ、ということか」
「坊丸様の考えの通りであれば、今晩の軍議の内容を調べに来た忍びや織田の家臣から今川に情報が流れるのを嫌った、と言うことになりますな」
「伯父上であれば、そこまでお考えかと」
「坊丸は、信長様のことを本当に高く評価するな。そこまで考えてないかもしれんぞ?」
いやいや、考えてるって。『信長公記』の桶狭間の戦いの項目を参照するに、絶対そこまで考えてるって。
「坊丸は、伯父上の深慮遠謀を信じておりまする。伯父上は天下人になる方ですから!」
「はっはっは。坊丸の『伯父上は天下人になる方』がでたか。そうよな、儂も信長様に期待しておる。丹羽や池田の言うように、信長様はきっと何かしら考えているのだろう」
「伯父上の考えが、我が方の動きを今川に知られたくないことを重視しているのあれば、突然に打って出るのではないかと。
今晩、あるいは明日。
いきなり出陣の触れが出るやも知れません。清須城の動きを良く見ておくことが肝要かと」
って、今川軍の動きについて情報の裏がとれたら、未明に出陣するのは知ってるんだけどね。
「急な出陣か。有りそうなことよな。次
兵衛、若党、中間で起きているものに声をかけよ。その者らに清須城の城門を見張らせる。」
「はっ。その様に致します」
「親父殿、清須城に動きがあった場合、柴田家だけが伯父上を追いかけても、支えても仕方ありません。
可能であれば、森殿、丹羽殿、佐久間盛次殿らにも伯父上出陣の場合はお伝えいただきたく」
「功を一人占めできないのは、口惜しいが、織田が今川に勝つのが大事、か。あいわかった。
森殿や盛次義兄ぃ等にも知らせよう。で、坊丸の読みでは殿はいつ頃動くと見る?」
「朝方には鳴海城近くのいずれかの砦に着きたいと考えれば、未明か明け方近く、かと」
「良き読みだな。動きを気取られたくなくば、朝のうちには今川軍の近くの拠点に移っていたいと、儂だとしても思う。
ならば、未明、か。
よし、次兵衛と儂は交代で休むこととしよう。
清須城の見張り役以外の者は、寄騎衆に今晩、明日はいつでも出陣出来るように気を抜かぬよう伝えよ。
次兵衛、すまんが先に休ませてもらう。少ししたら起こしてくれ」
「御意。今の内容で差配しておきます。殿は少しお休みください」
と、次兵衛さんが柴田の親父殿の体を気遣います。
「親父殿、最後に一つお願いしたき儀が」
「なんじゃ、申してみい」
「加藤殿と少しづつ作った焙烙玉が数個ございます。宜しければ、お持ちいただきたく」
「おお、あれか。殿なら上手いこと使うだろう。分かった。持っていく」
「有り難き幸せ。伯父上ならば、きっと、うまく役立ててくれるでしょう。それと、伯父上は意外と熱田神宮を崇拝しておられますから、戦勝祈願を直前に行うのではないかと」
「熱田か、ありそうなことだ。心に留め置く。もう遅い、坊丸は休め」
そう言うと柴田の親父殿は枕元に鎧兜を準備すると、ごろっと横になるのでした。
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そして、明け方近く、清須城に法螺貝が鳴り、信長以下主従六騎が城門から駆け出ていくのを見ると、柴田家の中間は柴田勝家の屋敷に大急ぎでその事を伝えたのでした。
「坊丸の読み通り、か。よし、熱田神宮に向かう。きっと信長様はそこじゃ。皆の者、準備急げぃ。準備出来しだい、信長様の後を追うぞ、遅れるなよ!」
信長の出陣から四半刻足らず、本来の時間線では桶狭間の戦いで『信長公記』に活躍の記載が無いはずの柴田勝家が、今、この時間線では、兵を率いて、いの一番に信長の後を追いかけ始めたのだった。
とりあえず、日曜日に書いた桶狭間関連の部分は、連続していて投稿しました。
明日以降はストックも無いので、いつもの間欠的な投稿になるかと。平にご容赦ください。
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