第62話 エピローグ
――。
「出てこんかい! われェ!!」
ドアを叩く音と債鬼の声。懐かしい部屋の眺め。畳の感触。
ああ、戻ってきたんだ……。あ、靴を脱ごう。
ええと、借金を今すぐには返せないけれど、持ってきた金貨を換金すれば返せるから……。
……とりあえず金貨を見せて、1日2日待ってもらおう。
担いだ袋を逆さにしたら散らばってしまうから、床に置き、手を突っ込む。
あれ? 何か柔らかいものが……何だこれ? ……人間の手!?
それを掴んでぐいっと引っ張ると……。
……ライカ!?
ぐったりとしたライカが出てきてしまった。
「おい、ライカ!」
気を失っているのか眠っているのか。俺はライカの肩を掴んで揺さぶった。
するとライカは目を覚まし、
「……あっ、シュウさん!」
と言って抱きついてきた。
柔らか……じゃねえ、今はそれどころじゃなかった。
「おらァ!」
ついに債鬼がドアを蹴破って、部屋の中に踏み込んで来やがった。2人もいる。
「居やがんじゃねえか。お、いい女。お前のレコか? そいつでもいいぜ」
何がいいんだ……と俺が思った矢先、
「邪魔しないでください!」
と、ライカの怒号が響き、債鬼が2人とも床に這いつくばった。
「ぐぇっ」
これは……スキルか!?
「《スキル:人間工作機械 レベル2》です。プレスでものを平らにできるんですよ!」
魔王城での成果としてレベルが上がったらしい。……って、平らに!?
のしイカじゃあるまいし、ここでこいつらを平たく潰すのはまずい。いろいろな液体が垂れ流しになってしまう。
「ラ、ライカ、お手柔らかに……な?」
「ふふ、わかってますよ。ちゃんと手加減してます。本気を出したら、多分鉄の塊から薄板が作れますから」
そうか、ほっとした。
債鬼2人は床に押しつけられてじたばた……もできず、青い顔をしている。
そんな2人の目の前に、俺は金貨を数枚並べて見せた。
「見えますか? ほら、こんな金貨が手に入りました。換金してきますから、借金を返せます。ですので、今日はお引き取り願えませんかねぇ?」
と、馬鹿丁寧に告げると、債鬼2人は苦しそうな顔で頷いた。
「ライカ、わかったみたいだから解放してやってくれ」
「はい」
ライカのスキルが解除されると、債鬼2人はよろよろと起き上がり、
「くっそ……今日のところはこれで帰ってやらあ!」
と言い残し、部屋を出て行ったのだった。
そして静かになった部屋には俺とライカの2人きり。
「……」
「…………」
「……来ちゃいました」
「いや、来ちゃいました、って……」
軽いな、ライカ……。
「あの袋の中って、真っ暗で身動きできないんですね。入ってみたのはいいんですが、出るに出られなくなって、一時はどうなるかと思いましたよ」
「そりゃあ、俺にしか取り出せないって『女神様』も言っていたからな。って、そうじゃなくてな」
俺はライカの肩を掴んで、
「何で来たんだよ!」
と怒鳴った。『マイヤー修理工房』はどうするんだ……。
「だって、シュウさんと一緒にいたかったんです!」
ライカもまた、大声で叫ぶように言い返してくる。
落ち着いてゆっくり話を聞いてみると……。
ライカが部屋で一人泣いていると、『女神様』が降臨したのだという。
* * *
「ライカ、泣くのはおやめなさい」
「め、女神様……」
「『幸せの青い星』に願った特典が発動しました。あなた方の仲を取り持って上げましょう」
「あ、はい、ありがとうございます?」
「あなたが取るべき道は二つ。このまま彼と別れるか、彼についていくか」
「ついていくなんてことが、できるんですか!?」
女神様は頷いた。
「シュウの持つ袋の中に入れば、ついて行けます。ですが、身動きできないから苦しいですよ? 息はできますが。で、もし、シュウが中身を出そうとしなかったら、永久に出られません。まあ、万が一にもそんなことはないでしょうけれど」
「ですよね、シュウさんはお金を稼ぎに来たんですものね。取り出そうとしますよね」
そしてライカは考えた。
「……行きます」
「いいんですね?」
「……はい」
そして、女神様は言ったそうだ。
「わかりました。では、『幸せの青い星』の特典に掛けて、あなたたちを祝福しましょう」
そしてライカは、『女神様権限』で『袋』の中に送り込まれたのだという。
* * *
「……と、いうことなんです」
「そうだったのか……」
しかし、特典か。あの『幸せの青い星』って、ただの伝説じゃなかったんだな……。
* * *
持ってきた金貨、金塊、宝石類は、女神様の加護のおかげか、問題なく売り捌くことができ、借金をきれいに返済することができた。
借金を返してもまだ余ったので、妹も弟も問題なく志望校に進学することができたのだ。
そして。
「ライカお姉ちゃん! 買い物行こう!」
「あ、僕も行くよ!」
ライカと妹と弟は、あっという間に仲よくなっていた。
二人には、ライカは俺が仕事先で出会って仲よくなった、と説明している。
俺たち同様、天涯孤独で、そんなことも手伝って意気投合した、ということになっている。
かなり無理のある設定なのに、弟も妹も無条件で信じているようだ。
おまけに、ライカの戸籍や住民票も、ちゃんとこっちに存在していた。
あの女神様が何かやったのか。特典凄いな。
まあ、ライカがこっちで暮らすために必要なのだから、感謝すべきところだよな。
俺は俺で、なんとこっちでも『スキル』を使うことができたのだ。……え? ライカも使っていたじゃないかって? ごもっとも。
ま、まあ、なんにせよ、だ。『スキル』のおかげで、修理工としての仕事の幅が増えたことは間違いない。
しかもコストゼロなのだ。
さらにライカも手伝ってくれるので、今までよりも格段に楽になった。
その上、ライカ目当てで依頼をしてくるお客もいて、経営は黒字になった。ライカ様様である。
いいことずくめだが、気になることが一つ。
そう、ライカのことだ。
だがライカは、
「シュウさんを追いかけてきたこと、後悔なんてしていませんよ。むしろ、向こうに残っていたら後悔しっぱなしだったでしょうし」
と言って憚らない。
「でも、せっかく『マイヤー修理工房』を立て直したのに……」
と言うと、ライカは悪戯っぽく笑って、
「実は女神様から、帰りたくなった時の帰り方も聞いているんです。それで、魔王城の入口と組み合わせたらこの世界と行き来できますよね?」
と言ったのだ。
そして帰った時、向こうでは時間が経っていないのだという。うん、俺の時と同じやね。
「あ、うん……」
そんな裏技があったとは……。
それなら、うまくやれば向こうとこっちを行ったり来たりすることもできる……のかな?
つまり、こっちで弟と妹が独り立ちしたら、俺はこっちの工場を引き払って向こうに移住するという選択肢もあるわけだ。
「で、その帰り方って?」
「はい。向こうの世界に帰りたくなったらこちらの青い星にお願いすればいいと言われているんです」
なるほど、青い星繋がりか。それなら……。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
だが、俺は気付いてしまった。その致命的な問題点に。
「こっちの青い星って、どれだ?」
「え?」
生憎と、こっちの世界に『幸せの青い星伝説』なんてない。
「そ、そうなんですか!? ……ど、どうしましょう?」
「どうしましょうたって……」
夜空の星に、片っ端から願いを掛けてみるくらいしか思い付かないぞ。もし南半球の星だったらどうしよう。
これは、魔王城の玉座の後ろへ行くより難しいミッションじゃないか?
でも。
「何とかなりますよ」
と笑うライカ。
「だって、シュウさんがいてくれるんですから」
そっか。
ライカのためなら、俺は帰り道を見つけるくらいできそうな気がする。
いや、見つけてやるさ。
なんといったって、俺は『異世界修理工』なんだから。




