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第56話 転回点

 とりあえず、すぐ走れそうな自転車は8台までならなんとかできそうだった。

 だがあと1台が、部品が見つからない。


「くそ、時間切れか」


 1台だけは2人乗りで行くしかなさそうだ。

 とはいえ、


「ごめんなさ~い、ドジで……」


 と、ローゼさんだけは時間内に自転車に乗れるようにならなかったので、仮に全員分の自転車があっても1台は無駄になっただろう。

 で、一番乗り慣れている俺が、ローゼさんを後ろに乗せて帰ることになった。

 ……女の子と2人乗りで家に帰る。くそ、できればもっと平和なシチュエーションで経験したかったぞ。


 行きにあらかた倒したとはいえ、帰り道にも僅かながら魔物が出てきた。

 なのでフィリップ君を先頭にしての疾走だ。

 『光の剣』を振り回し、かつライト代わりにして、調査団はトンネルをひた走った。

 俺はと言えば、


「シュウさん、ごめんなさい~」


 背中に感じるローゼさんの体温と2つの…………に気を取られ、疲れも忘れてペダルをこぎ続けた。

 すぐ後ろを走っているライカの視線がやけに痛かったが……。



*   *   *



 行きは4時間も掛かったトンネルを、帰りは1時間で走破した。

 これは、ログノフさんが時間を無駄にしなかったのも大きい。自転車を漕ぎながら道草は食えないしな。


「帰ってきましたね~」


 一番元気なのは、ローゼさんだ。俺はと言えば、安全な場所について自転車を止めた途端、どっと疲れが出て、その場に座り込んでしまった。


「ごめんなさい~。シュウさん。重かったでしょう?」


 ここで「重かった」とは口が裂けても言えない。


「いや、そんなことはなかったですよ。ただ、慣れないものを漕いだから……」


 だが、へばっているのは俺だけだった。

 一番の高齢(に見える)シーガーさんでさえ、少し息が上がっているだけ。

 運動とは無縁に見えるメランさんだってけろっとしていた。


「さて皆の者、ご苦労だった」


 調査のリーダーであるログノフさんが全員を労う。


「特にシュウ君……だったな。侮って済まんかった」


 おや、ちゃんと自分の非を認めるんだ。思ったよりちゃんとした人だったらしい。まあそうでなきゃ、お偉いさん方から遺跡調査を任されないか。


「シュウ君、ライカさん、『女神様の使徒』がいかに有能か、この目で見せてもらった。いずれまた、一緒に調査に行きたいものだ」


「光栄です」


 ログノフさんはそのあともフィリップ君、シーガーさん、スラヴェナさん、メランさん、ローゼさん……と、参加者全員に労いの言葉を掛けていった。

 そして解散となった。その際、


「シュウ君、『自転車』について、また話を聞かせてもらうかもしれん」


 と言われたので頷いておく。

 さらにローゼさんには、


「出番はなかったですが、『自転車』に乗れて楽しかったです~。ライカには、悪かったですけど~」


 と言ってもらえて、ちょっと嬉しかった。

 そうそう、自転車は、今日のところは各自が乗って帰ることになった。



*   *   *



「ああ、疲れた」


「ふふ、お疲れ様です」


 もう外は真っ暗だ。腹も減ったな……。

 工房に帰り、2人きりになったので、俺はソファに倒れ込んだ。


「シュウさんはローゼを乗せて大変だったですものね?」


 少し頬を膨らませたライカに絡まれた。こんなときは……そうだ!


「うん……どうせなら、ライカと2人乗りしたかったよ」


 と、言ってみる。もちろん本心だ。好きな子を後ろに乗せて登下校……なんて青春時代を送ってみたかった。……年寄り臭いかな。


「あ、え、ええと」


 ライカが焦っている。そんな顔も可愛いな。


「え、か、可愛い!?」


 おっと、声に出ていたか。


「か、からかわないでください!」


 あれ? かえって怒らせてしまったか……うーん、やっぱり彼女いない歴=年齢の俺には荷が重い……。

 仕方なく、1人黙々と水を汲んで風呂に入れていく。疲れたから風呂に入りたい。

 俺が来た時はドラム缶風呂みたいな風呂だったが、今ではボイラーでお湯を沸かして浴槽に溜める構造になっている。工業ギルドにアイデア登録した結果だ。

 熱効率が上がった結果、薪の消費量を半分に抑えることができていた。


「おーい、ライカ、風呂が沸いたぞー」


「……あ、はい。……もうちょっとで夕飯の仕込みが終わりますから、シュウさん先にどうぞー」


 どうやら俺が風呂の支度をしている間、ライカは少し、いやかなり遅い夕食というか夜食というか、その準備をしてくれていたようだ。

 ここは有り難く先に風呂を使わせてもらおう。


「ふいー」


 年寄り臭いが、どうしても風呂が心地よいと出てしまう声。

 今日は疲れた……。自転車なんて丸1年以上乗っていなかったから、普段使わない脚の筋肉がぱんぱんだ。でも風呂に入って大分楽になったな。

 そして、出ようとして気が付いた。


「いけね、替えの下着を持ってくるのを忘れた」


 着ていた下着は、汗になったから水に漬けてしまっている。どうしよう……。

 ここで裸のままこっそり下着を取りに行ってライカと鉢合わせ……うん、誰得だ、そのシチュエーション。

 下着を着けずに上着を着て、自分の部屋で着直せばいいだけの話じゃないか。

 ということで、直に上着を着て、部屋へ……。そして下着を出して着る。ミッションコンプリート。

 ……何やってるんだろうな、俺。

 ちなみにこの後、ライカも風呂に入ったし、ラッキースケベも起きなかったよ。

 マンガではよくあるシチュエーションだけど、実際起きたら、気まずくて一つ屋根の下で暮らせないよなあ。


 遅い夕食を摂ると、眠気が襲ってきたのでその日はもう寝ることにした。


「おやすみ、ライカ」


「はい、おやすみなさい。今日はお疲れ様でした……」



*   *   *



 それから数日は平穏無事を絵に描いたような日々が続いた。

 だがちょうど10日後のこと。


「シュウさん、凄い依頼ですね……」


「あ、ああ……」


 『先日訪れた遺跡の魔物退治が終了したから、自転車を可能な限り修理してくれ』という依頼が入ったのだ。


「自転車の利便性に、皆さんびっくりしてましたからね」


 と、ライカ。そのため、大人数を動員して、あの遺跡……自転車捨て場? までの道を整備したらしい。

 そしてあそこにあった自転車の残骸をほとんど運び出してきたのだという。行動力ありすぎだろう……。



*   *   *



「うわあ……」


 指定された工業ギルドそばにある空き地に行くと、壊れた自転車がある程度分別されて置かれていた。

 ドンゴロスさん、さすがだ。

 俺としても、工具と時間があれば、直すことに問題はない。

 まずは使えそうな部品を確保するところからだ。

 なんと言っても前後の車輪、タイヤ。そしてフレーム、チェーンと、使えそうなものを片っ端からばらし、確保していく。

 午前中は自転車、午後はマイヤー工房という2重生活? が続くこと5日。使えそうな部品が山になった。後はこれらを組み合わせていけばいい。

 寸法が違う部品もあるが、おおよそは規格に合っているので使えそうだ。


「シュウさん、大丈夫ですか? なんだか疲れた顔してますよ」


「うん……まあ、一番大変な仕事は終わったから」


 連日集中して作業していたことに加え、工房の修理依頼もこなしていたので、正直疲れた。使えそうな部品集めというのは精神的にもくるものがある。

 だが明日からは組立という、楽しい作業が待っているからなんとかなるだろう。

 俺はライカが沸かしておいてくれた風呂に入り、夕食を食べると、すぐに床に就いたのだった。


「シュウさん……無理だけはしないでくださいね……」


 ライカが何か声を掛けてくれたようだが、疲れていた俺の耳には届かなかった。



*   *   *



 いよいよ組立に取り掛かる。

 すると、分解の時にはいなかったギャラリーが一気に増えた。いや、ギャラリーと言うよりも、この異世界の技術を目にしたい、身に付けたいという人たちのようだ。目つきが違う。

 まあ邪魔にならなければいいんだけどさ。


「あ、ライカ、ここの曲がりを直してくれ」


「わかりました」


 フレームの曲がりやリム(車輪)の歪みが少なからずあったので、ライカの《スキル:人間工作機械 レベル1》で変形させて直してもらった。


「お役に立てて嬉しいです!」


 ライカのスキルのおかげで、25台の自転車が組み上がった。そのうち19台はそのまま使えるが、6台はタイヤがなかったりパンクしていたりで、『ゲルゴム』でタイヤを作ることで対応した。


「おお、これは凄い! シュウ君、ライカ君、感謝するぞ!」


 工業ギルド長のドンゴロスさんは大喜び。

 この修理でマイヤー工房は修理代として100万マルス、日本円で約1000万円を稼いだ。

 そして俺のKPも、なんと900に達したのだった。


 そして、それだけに留まらなかった。


「シュ、シュウさん!」


 冬も近付いた11月のある日、工業ギルドへ納品に行っていたライカが息せき切って帰ってきた。


「ま、ま、ま」


「落ち着け」


 とりあえずコップに水を汲んで渡すと、ライカはそれを一気飲みした。


「ふう……」


「……で、どうしたって?」


「あ、そ、そうです! ええと、『魔王城に来てほしい』んだそうです!」


「え?」


「ですから、『魔王城に来てほしい』んだそうです!」


「誰が?」


「魔王様……キルデベルト様から、シュウさんと、私に!」


「……マジ?」


「マジです」


 どうやら、運命の歯車が大きく回ったらしい。

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