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第47話 勇者①

 季節は少しずつ移ろい、朝夕の気温に秋を感じるようになった。

 あれからフィリップ君は、10日に1度くらいの頻度でマイヤー工房に顔を出すようになった。

 なんでも、この町を起点にして周辺の町を巡り歩いているらしい。

 俺はこのハーオスの町しか知らないけど、ライカに聞くと、ほぼ1日歩けば隣町があるそうだ。

 フィリップ君はそうした町を巡っているのかな? いったい何をしているんだろう……。


「ターニャちゃんが来なくなったと思ったら、フィリップ君だもんな」


 つい、そんな独り言を漏らしてしまうと、ライカが聞きつけたらしく、


「シュウさん、何か言いました?」


 と、厨房から声を掛けてきた。


「いや、ただの独り言」


 と、正直に答えておく。俺、独り言多いんだよな。独り暮らしが長いと独り言が多くなるというけど、俺、独り暮らしはしてないぞ。

 なんて考えていたら。


「シュウさん、ちょっと味を見てくださいませんか?」


 ライカに話し掛けられ、ちょっと慌ててしまった。


「え、あ、ああ」


 ライカが差し出したのはあんこ。自分でも作ってみたいというので任せたのだ。

 味見をしてみると……うん、美味い。甘さもちょうどいい感じだ。


「いいんじゃないかな」


「よかったです」


 俺のいた日本では、そろそろお彼岸だ。おはぎを作りたいが、米が見つかっていないのが残念。

 いまのところ、あんこはトーストに載せて食べるか、あんパンを作るかといった食べ方になっている。

 そして、あんこは日持ちするので、何日分かを作り置きしておくわけだ。

 さらに、このあんこは――。


「こんにちはー」


「やあ、フィリップ君」


「あんパンを食べさせてください!」


「はいよ」


 と、このように、フィリップ君の大好物となっていたのだ。

 先日、護衛してもらって鉱山へ行ってきた際に、かなりの魔宝石の原石が手に入った。

 研磨は俺のスキルでできるから、丸儲けだ。そのお礼として、フィリップ君が来た時にはいろいろごちそうしているんだが……。

 俺の知り合いって、みんな甘いものが好きなのかな? あ、ドドロフさんはそうじゃないか。まあいいや。

 ちょうどお昼時なので、今日はトーストにあんこを載せて食べることにした。


「ああ、美味しいなあ!」


 俺の倍くらいの速さでパンとあんこを食べていくフィリップ君。俺も食べる速さには自信があったのだが、彼は別格だ。


「もう少し落ち着いて食べたらどうですか?」


 見かねたライカはそんな忠告をするが、


「ああ、済みません。普段が普段なので、食事はできるだけ短時間に済ませる癖が付いているんですよ」


 と返されて、少し顔をしかめている。だけど、お腹が弱いなら、もう少しよく噛んで食べた方がいいんだろうにな……。


「ごちそうさまでした。それじゃあ、片付けくらいは手伝わせてもらいますね」


 早食いなだけで食べる量はそれほど多いわけじゃないフィリップ君は、俺とライカがまだ食べているのに自分の皿を片付け始めた。正直、落ち着かない。天然の善意は突っ込みづらいなあ……。


 食後には煎茶を飲む。『緑茶みどりちゃ』が販売されて以降、うちの定番になった。『りょくちゃ』と呼ばないのが気になるといえば気になるが、もう諦めた。


「ああ、美味しいですね。あんこのあとはこれに限ります!」


 フィリップ君も気に入って飲んでいる。俺とライカは少し苦笑を交え、そんな彼を微笑ましく見つめていた。

 俺は弟を思い出し、一人っ子のライカは弟ができたみたい、と言って。なにせ、フィリップ君はまだ16歳だったのだ。

 身体は人一倍大きい……というか大人並みだが、やはりどこかに無邪気さが残っている。そんなところが弟キャラっぽいんだよな。



*   *   *



「こんにちは、ライカ。シュウ君、いる?」


 お茶を飲み終える頃、来客があった。ダークエルフの魔導士、メランさんだ。


「いらっしゃいませ、メランさん。最近お見えになりませんでしたね」


 まずは店長であるライカが出迎えた。


「うん。ちょっといろいろあったし、何より、この杖が壊れないから」


 そう言って杖を掲げたメランさんはちょっと嬉しそうに見えた。

 そんな彼女は俺を見て、


「シュウ君、今日は……」


 と言いかけたが、


「……フィリップ君? なんで、ここに?」


 と、フィリップ君を見つけて不思議そうな顔をする。


「え、メランさんこそ」


 フィリップ君もまた同様に不思議そうな顔だ。2人は知り合いかな? ……と思っていたら。


「お2人は、お知り合いなんですか?」


 と、ライカがストレートに尋ねていた。


「はい、知り合いと言えば、知り合いです」


「パーティー候補」


「……え?」


 ライカがぽかん、とした顔になっている。うん、気持ちはわかる。


「メランさん! ばらしていいんですか!?」


「うん。この2人なら、大丈夫」


 何やらやり取りしているけど、わけがわからん。


「シュウ君、来たぞい」


 そこに、聞き覚えのある声。そう、シーガーさんだ。


「おんや、勇者殿ではないか」


「あ、賢者さん」


 ええ!? 今、勇者って言った? 勇者って言ったよね?

 ついこの前、ライカと『フィリップ君は勇者様かも』なんて言っていたけど、本当に!? この工房、どうなってんだ?

 俺も少々混乱していたが、ライカはもっとだった。


「えええええ!? や、や、やっぱり勇者様だったんですかあ!?」


 人が取り乱しているのを見ると、かえって冷静になれるものだ。


「ライカ、とりあえず落ち着け。慌ててもなんにもならない」


 そう言って手を握ってやったら、少し頬を染めながらも、なんとかライカは落ち着いてくれた。

 とりあえず、仕切り直しだ。


「ええと、フィリップ君って『勇者』だったのか?」


 まずはストレートに聞いてみる。


「……はい。隠していて、済みません」


 いや、それはいいんだけど。


「どうして、隠したんだ……ですか?」


「シュウさん、お願いですから、今までどおりに接してください」


 悲しそうなフィリップ君の顔。ああ、彼はやはり、その『称号』を重いと感じているのか。

 人々の期待を背負った、その称号。ゆえに人々は、彼を讃え、崇め、縋るのだろう。……なんちって。


「うん、わかったよ、フィリップ君」


 これまでどおりの口調で呼ぶと、彼に笑顔が戻った。うん、やっぱりフィリップ君は笑っている方がいい。……いや、俺はショタコンじゃないぞ。



*   *   *



 メランさんは説明下手だし、フィリップ君は自分のことなので話しづらいだろうし――ということで、シーガーさんに事情と背景を説明してもらうことにした。


「まず前提として、フィリップ君は『勇者』じゃ。勇者というのは、スキル『光の剣』が使えるという条件があり、そんな者の中から、人格や腕前などを総合的に判断して決められるのじゃよ」


 さらに言うと『ヒューマン』であることも条件になるという。これは初代勇者がヒューマンだったからだそうだ。


「それでじゃな、勇者であるフィリップ君はパーティを組むために旅に出たというわけじゃ」


 ゲームじみてきたな。そう思ったが口には出さない。


「そう。それでフィリップ君、私の所に来た」


 メランさんがぽそっと言った。なるほど、勇者、魔法使い、僧侶……なんてのはパーティーの基本構成だもんな。


「そうなんですよ。でも、保留にされてまして」


「なぜですか?」


 ライカを見ているとわかるけど、この世界で『勇者』って、憧れの称号なんだろうと思う。それなのに保留? ちょっと気になったのでメランさんに聞いてみる。


「必要を感じない、から?」


 なぜか疑問形で答えられた気がするけど、必要性、か……。


「ほっほ、メラン殿もそう感じるかね」


 なぜかシーガーさんは嬉しそうな顔をしている。


「どういうことですか? パーティーを組む必要がないとでも?」


 フィリップ君はわけがわからない、という顔だな、あれは。


「……多分、フィリップ君は、人に言われても納得しないと思う。だから、自分で気付いて欲しい」


 メランさんもそんなことを言っている。


「わけがわかりませんよ……」


 悩むフィリップ君を、シーガーさんは微笑ましそうに眺めていた。


「勇者殿、いや、フィリップ君。君は若い。若いがゆえにできることも多い。じゃが、それゆえ、危ういということも自覚しなさい」


「賢者様……どういう意味ですか? あああ、もう! わかりませんよ!」


 フィリップ君は頭を掻きむしっている。将来、毛のことで悩んでも知らないぞ。


「そうじゃなあ……。うむ、もうしばらくこの工房に通いたまえ」


「はあ?」


「人に教えられた知識は、本当の意味では身に付かぬ。自ら気付き、魂に焼き付けるのじゃ」


「はあ……」


 ところで俺にも、さっぱりわかりません、シーガーさん。なんでこの工房に通うと、悟りがひらけるんですか?


「……ということでシュウ君、ライカ嬢、頼むぞ」


「あ、はい」


「え、はい」


 ライカと俺は、いきなり話を振られたので反射的に返事をしてしまった。


「ええと、よろしくお願いします?」


 よくわかっていないフィリップ君もまた、俺たちにそう挨拶したのであった。

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