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第41話 ライカのスキル

 魔王キルデベルトさんはターニャちゃんを膝に乗せ、エッグノッグのお代わりを飲んでいた。


「わあい、ぱぱといっしょにおうちかえれるんだ~」


 ターニャちゃんはご機嫌である。


 そう、あれから少しごちゃごちゃしたやり取りがあって、結論としてターニャちゃんは魔人の国へ帰ることになったのだった。キルデベルトさんの仕事(?)等の都合もあって、今すぐというわけではないらしいが。


「子供1人守れなくて何が魔王か、か。うむ、この胸に響いたぞ」


 えっと、誰かそんな格好いいセリフ言いましたっけ? 子供を親が守らないでどうするんですか? とは言っていたが「何が魔王か」なんて1つ間違ったら不敬罪になりそうなこと、小市民な俺たちには言えませんよ?


「シュウ、ライカ。娘共々礼を言う」


 そしてキルデベルトさんは軽く頭を下げた。うわあ……再び魔王様に頭下げさせちゃったよ。四天王の1人だというトスカさん、怒っていないだろうな……。


「私からも、お礼を言わせてください」


 あ、大丈夫そうだ。


「いいえ、ターニャちゃんはとってもいい子で、私どもも楽しかったですよ」


 ライカが答えている。俺はと言えば厨房で3度目のエッグノッグ作りだ。




「馳走になった」


 外が暗くなる頃、魔王様一家は帰っていった。金貨を20枚も置いて……。


「……なんだか、疲れたな」


「はい……」


 怒濤のような、と言うと少し大袈裟かもしれないが、濃い一日が終わった。風呂に入って寝よう。あ、その前に夕食か。でも、エッグノッグの甘い匂い嗅いでいたからお腹が減らないよ……。


 風呂に入ったあと、残り物を温めて食べ、早々に床に就いた俺たちであった。



 *   *   *



 翌朝、KPカルマポイントが510になっていた。

 500を超えたということは、もしかしてスキルがレベルアップしたかも。


 結論。

 《スキル:人間工具 レベル5》を取得した。内容は『指先でアーク溶接できる』というものだった。

 うーん、接着と機能が被ってる気がする。あ、でも、ものが金属――折れた棒とか、割れた薄板とかの、接着面積が小さい場合には使えるかも。

 ということで、いろいろ調べてみた。

 やはりこのスキルも時間はそれなりに掛かる。実際のアーク溶接と同じくらいだ。便利なのは、スキルを使っている時、目にフィルターが自動的に掛かること。『目が、目がぁ~』にならずに済むのはありがたい。

 いやほんと、アーク溶接の火花からは信じられないほどの紫外線が出てるから、目だけではなく、身体だって日焼けするのだ。

 ただ言えるのは、攻撃用として一番使えるスキルかもしれない。つまり、目つぶしに。


 そしてさらに、驚く嬉しい知らせが。


「シュウさん、実は私もスキルが使えるようになったんです!」


 なんと、ライカもスキルに目覚めたというのだ。


「実は……」


 と、打ち明けてくれたところによれば、先日俺と喧嘩して、波立つ心を静めるために神殿に参拝した際に『女神様』から神託を受けたという。


『ライカ、シュウに負い目を感じる必要はありませんよ。……といっても、乙女心は複雑でしょうからね。よろしい、そなたにスキルを授けましょう』


「ほ、本当ですか! あ、ありがとうございます!」


『……………………。これで、あなたのKPが100になった時点でスキルを覚えられます。内容はその時までのお楽しみです』


 ……というやり取りがあったという。

 なぜ今まで黙っていたかというと、本当にスキルが身に付くのか、そして俺の仕事に役に立つのかわからなかったからだという。


「で? どんなスキルだったんだ?」


「はい。《スキル:人間工作機械 レベル1》です。内容は『素手で物体を変形させられる』だそうです」


「おお、すごいじゃないか。俺の加工と合わせたらいろいろなことができそうだな」


「え、そうですか? えへへ、だったら、嬉しいです」


 普通じゃ見せないような顔で喜ぶライカ。そんなに嬉しかったのか……。

 そんな時、表の通りで、ガシャーンともガッチャンともつかない、もの凄い音がした。


「な、何だ!?」


 慌てて外に出てみれば、立派な馬車が横転していた。そして……。


「どわあっ!」


 俺のすぐ目の前を、丸いものが横切っていった。……あれは馬車の車輪か。ははあ、車輪が外れて横転したんだな?

 牽いていた馬も横たわっている。なんだか、凄く立派な馬だ。

 御者、というんだっけか? 人が石畳の上に投げ出されて気を失っており、近所のおじさんたちが介抱している。

 それより問題は馬車の中の人だ。

 横転した馬車から助け出そうと何人かが頑張っているが、フレームが歪んだのか、ドアが開けられないでいるようだった。なら窓を破れば……と思ったが、窓は小さいもので、そちらからの出入りは無理そうだ。


「手伝います!」


 急いで駆けつけた俺は、緊急事態だと判断し、スキルを使って扉の一部を切断し、ようやく扉を開けた。


「殿下! ご無事ですか!?」


 必死にドアを開けようとしていた1人が叫んだ。でんか? 電荷? 電化? ……もしかして、殿下――王族様ですか? 俺、王族様の馬車を壊しちゃったんですか?


「どなたか存ぜぬが、助力かたじけない」


 お付きの人らしい1人が俺に礼を言う。ふと見れば、横転した馬車の中からは気を失ったらしい少年が助け出されていた。

 倒れていた馬も脚は折らなかったようで、普通に立ち上がっている。

 負傷者は御者さんと、殿下と呼ばれている少年の2人らしい。


「この礼は、いずれ改めて」


 お付きの人は俺にそう言うと、気を失ったままの『殿下』を守りながらどこへともなく……まあ、町の中央方面へなんだが……馬に乗って去っていった。


「馬車は好きにして構わない」


 と言い捨てて。……おいおい。

 壊れた馬車なんて、誰も欲しがらない。何せ、馬がいなかったら無用の長物なのだから。そしてうちの近所に、馬を持っている家など皆無。

 結論。粗大ゴミ。

 ……となるわけで、ご近所さんたちが集まって協議した結果、


「マイヤー工房さんで引き取ってもらえないか?」


 ということになった。

 まあ、ばらせば何か使えそうな部品は取れそうだし、うち以外でこんなでかいもの引き取れる家もないだろうし。


「わかりました」


 とライカが引き受けたのも無理からぬことだった。



 *   *   *



「それにしても邪魔だな」


「邪魔ですね」


 ひとまず、ご近所さんにも協力してもらって馬車を工房の裏まで運んでもらった。

 工房の裏は空き地で、以前ゴミを埋めた場所だ。そのせいか、少し臭い。

 それはそれとして、俺を驚かせた例の外れた車輪も回収してある。

 見たところ、馬車自体は立派なものだが、整備不良だな。ろくに油も差さなかったのだろう、車軸がすり減って折れたのが横転の原因だ。


「何かに使うにしてもなあ……」


 改造して荷車にするか、あるいはばらして何かに使うか。


「でも、王家の馬車なんでしょう? 下手にばらしたりしたら、後で何を言われるかわかりませんよ?」


「そ、そうだな」


 ここはひとつ、修理しておくことにするか。

 全体をチェックしてみる。

 折れた車軸は別として、横転した時に地面とこすれた傷、ぶつけた傷が目立つ。

 あとは、扉を開けるために俺が切り裂いた部分。

 そして、全体的に歪んだ車体だ。

 傷と切り裂いた部分は修理する上で問題ないが、歪んだ車体と折れた車軸は金属だから、ちょっと手が出せない。

 と、思ったら。


「ここで、私のスキルの出番ですね!」


 あ、そうだ。ライカのスキルがあったんだった。



 *   *   *



 ぶっつけ本番は怖いので、端材はざいで練習してから、ということにしたのだが、思った以上にライカのスキルは凄かった。

 何が凄いって、大抵の物質を変形させられるのだ。相手を選ばないという点は、俺のスキルと共通するものがある。

 2人で協力した結果、馬車は2日で元の姿を取り戻した。


 俺は部材の切断や接着、溶接しての修理を。ライカは変形させての修理を。

 『元の状態』が不明なので、歪みを直すのに時間が掛かったのだ。

 あとは接着と研磨でだいたい事足りた。

 難しかったのはすり減って折れた車軸だった。これだけはドドロフのおっちゃんに頼んで作ってもらった。


 しかし、驚いたことが1つ。この馬車には『ネジ』が使われていたのだ。

 おっちゃんに聞いてみたら、ここ数年で使われはじめたという。俺じゃない誰かが持ち込んだのか、この世界の天才が発明したのか……。

 まあ、おかげで分解組立が楽だった。


「とりあえず直ったな」


「はい」


 もしも『返せ』と言われても大丈夫だ。ちょっとだけ手も加えたし、満足満足。



 お昼を少し回った頃、


「先日は、お世話になりました」


 と言って、殿下……ヒューマンの国、『アストラス王国』の第2王子殿下がお礼にやってきたのだ。


「い、いらっしゃいませ!」


 慌てるライカと俺。

 殿下は小学校高学年か、せいぜい中学生くらいの少年で、金髪に碧眼という絵に描いたような美少年だった。

 女性の騎士が2人、護衛に付いている。1人は若く、もう1人は少し年配に見える。


「馬車が横転して、気を失った僕を助け出すためにお骨折りくださったそうで、そのお礼にと伺いました」


 一般庶民にも丁寧な言葉遣いで、第2王子殿下は挨拶をした。


「と、とにかく中へどうぞ、お入りください」


 工房入り口で立ち話も気が咎めるので、中へと入っていただく。もちろん騎士も一緒だ。


「汚いところで恐縮ですが、お掛けください」


 談話コーナーに座ってもらい、ちょっと迷ったが、飲み物として冷たい緑茶を持っていった。

 これは、水にお茶の葉を入れ、冷蔵庫で1時間ほど冷やしたものだ。冷やしながらじっくりとお茶の葉のうま味が出ている……気がする。


「お口にあいますかどうか」


 と言いつつ、王子と騎士2人分、それにライカと自分の分のコップを置き、順に注いでいく。自分たちの分があるのは先に口にして見せるためだ。要は毒味である。


「ほう、これは?」


「今年から作られ始めたもので『緑茶』といいます」


 と説明し、俺はそれを一気に飲み干した。ライカも同様に口を付ける。

 それを見たお付きの騎士2人がまず口を付けた。


「……美味い」


 若い方の騎士が思わず声に出した。それを年配の方の騎士がじろりと睨んだが特に何も言うことはなかった。余計は発言は禁じられているんだろうか?

 そして最後に第2王子殿下。


「ああ、これは初めて飲む味ですが、美味しいですね」


 冷たい水で淹れると、渋みが少なく、甘味とうま味が出やすいという。どうやら殿下は緑茶の味を気に入ってくれたようだった。

 美味しいものを口にすると、人間誰しも機嫌がよくなるものだな。

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