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第38話 甘味の探求者?

 やっぱり魔人という人たちは、甘いものに目がないようだ。

 ターニャちゃんのお父さん――キルデベルトさんは、あれからほぼ毎日、午前中にやってきては甘いものを食べて帰っていく。

 どうしてターニャちゃんと同じ時間に来ないのだろう? という疑問が膨れあがるが、なぜか聞けずにいた。


「今日はクレープというものか。なかなか美味いな」


 キルデベルトさんに出したのはミルクレープと呼ばれるもので、小麦粉に卵、牛乳、砂糖を加えて混ぜ、フライパンで焼いたものだ。

 まずはそのまま出したあと、あんこを載せてみた。先日アズキが手に入ったので、白あんだけではなく通常のあんこもラインナップに入ったのだ。


「うむ、あんこというのか。これは美味いぞ!」


 俺なら一口で満足するくらいにうんと甘くしたあんこだ。

 それを載せたミルクレープをさらに3皿、ぺろりと平らげたキルデベルトさんは、


「馳走になった。また来る。楽しみにしているぞ」


 と言って帰っていった。

 さて、明日は何を用意しよう……と考える俺。修理職人なのにな。


「……シュウさん、今日はこれからどうするんですか?」


 テーブルに突っ伏しながら、ライカが尋ねてきた。


「そうだなあ……とりあえず依頼の包丁研ぎを終わらせようかな」


 俺も椅子の背もたれに寄りかかってぐったりしながら答えた。

 俺もライカも、キルデベルトさんが帰った後はぐったりする。その威厳というかオーラというか、存在感というか、まあそんな“威圧感”に当てられて、だ。

 急ぎの仕事として、近所の食堂から包丁の研ぎ直しの依頼が入っている。単純な研ぎなら自前でやるのだろうが、何を切ったのか、大きく刃を欠いてしまっていたのだ。

 これではちゃんと刃を着けるまで2時間は掛かるだろう。普通なら。

 だが俺にはスキルがある。


「《スキル:人間工具 レベル4》」


 ダイヤモンド砥石並みの速度で、大抵の物質を研磨できる。今のところ、研磨できない物質には出会っていない。

 このスキルがあるので、掛けた包丁の研ぎ直しも3倍から4倍の速さで行えるのだ。つまり、30分ほどで終了できた。


「これでよし」


「あ、終わりましたか? もうすぐお昼の支度ができますから、手を洗ってきてください」


「了解」


 その間に、ライカが昼食の準備をしてくれていた。

 今日の昼食はラスクのようだ。

 パン屋さんからパンの耳だけを安く買ってきてフライパンで軽く焼いたあと、バターを薄く塗ってその上に白砂糖をかけ、もう一度焼いたもの。

 俺がライカに教えたのだが、何度か作っているうちにライカの方が上手になったのだった。


「あ、そうだ。これをパンの耳じゃなく、スライスしたパンで作ればいいじゃないか」


「あ、いいですね」


 もちろんキルデベルトさんに出すためだ。俺としては賄いのラスクの方が、どちらかといえば好きなんだが。



*   *   *



 翌日、こうして作ったラスクをキルデベルトさんに出したら、


「うむ、これは美味い! さくさくした食感と、バターの風味が何とも言えぬな!!」


 と言いながら、1斤のパンで作ったラスクを、まるまる1人で食べきってしまった。


「また来る。楽しみしているぞ!」


 そう言って、金貨を5枚置いていった。

 貰いすぎだと思うが、もう突っ込む気力もない……。


「さあて、明日は何を作ることにするか……」


「そうですね……どうしましょうか」


 翌日の甘味を検討する俺とライカ。そのうちどっちが本業かわからなくなりそうだ……。

 とはいえ、本業以上の対価を払ってもらっているので無下にはできないというのも事実。


「キルデベルトさんはまったく、甘味に目がないよな……」


「まさに『甘味の探求者』ですね」


「まったくだ」


 俺とライカは顔を見合わせて笑った。……が、明日どうしようかという悩みは消えてはくれない……。

 まあとにかく、今は仕事だ。俺は修理工なのだ。菓子職人じゃない。 

 今日の修理依頼は本だ。

 ヒューマンの執事、セバスシャンさんが持ってきた依頼で、古めかしい学術書が3冊。羊皮紙なので虫に食われているページもある。

 修理のメインは『じ』だ。ページを綴じていた糸が切れ、ばらばらになってしまっていた。


「糸は何を使っているのかな? テグス……じゃないな」


 テグスは半透明だが、残っている糸はそうじゃなかった。

 わからない時、こういう知識はライカに聞くに限る。


「麻糸ですね」


 ほら、わかった。

 なるほど、麻糸か。丈夫な植物性繊維だよな。


「麻糸ならありますよ」


 ライカ、やっぱり頼りになるな。


 そういうわけで、ライカから縫い針と麻糸を借り、本の修理に取り掛かる。

 といっても、本の修理なんて小学校の時図書委員をやって以来だが、なんとかなりそうだ。

 一番の問題は背表紙と中身が分離してしまっているところなので、これは俺のスキルで直せる。

 それから表紙のカビ。革なので湿気の多いところで保存しておくとカビてしまうのだ。


 まずは虫食いページの修理から。

 ページに空いた穴と同じ形に筆記用の革を切ってはめ込み、接着する。このあたりは和紙の本と同じだし、衣料品の掛け接ぎにも通じるものがある。

 幸いにして虫食いはページの周辺に留まっていて、文字の書かれた部分には及んでいなかったのでなんとかなった。


 次は背表紙と中身の接着だ。

 ばらけた中身をきちんと揃え、板で挟んでずれないように固定する。そして中身の『背』の部分と背表紙を接着すればよい。こういう時にスキルは便利だな。


 問題は、カビ取りだ。

 3冊とも黒く染めた表紙に白いカビが生えてしまっている。


「うーん……俺のスキルじゃどうにもならないな……」


 行き詰まってしまった。


「ああ、カビですか……」


 悩んでいると、ライカがやってきた。


「ライカ、カビってどうやって落としてる?」


「うーん、そうですねえ……本の表紙ですから皮革ですよね? でしたらレーナちゃんのお父さんに聞いてみたらどうでしょう?」


 あ、そうか。レーナちゃんのお父さんって鞄作りの職人さんだったっけ。


「革を扱う職人さんですし、きっと知っていますよ」


「そうだな。ちょっと行ってくる」


「あ、私も行きます」


 そうだな。古くから住んでるライカが来てくれた方がよさそうだ。

 ということで、俺とライカは1軒おいたお隣へ向かった。


 こんにちは、と店に入ると、


「あー! おにいちゃんとおねえちゃんだー! いらっしゃいませ!!」


 と、レーナちゃんが出迎えてくれた。自分の家にいるからか、いつもより元気がいいな。


「こら、レーナ。……おお、ライカちゃん、シュウ君。いつも娘が世話になってすまんな。今日はどうしたね?」


 奥で仕事をしていたレーナちゃんのお父さん、スムスさんが手を止めてやってきた。


「あ、お仕事中にすみません。実は……」


 ライカが用件を説明した。


「なるほど、革の表紙にカビか。3冊? よし、持っておいで。俺のスキルで綺麗にしてやろう」


 レーナの面倒を見てもらっている礼だ、と言ってくれた。

 さっそく俺が工房にとって返し、本を持ってきた。


「ああ、確かにカビだな。……よし、《スキル:クレンジング》……どうだ?」


「あ、ありがとうございます!」


 スキルの効果でカビが綺麗に取れていた。


「そりゃあよかった。あとの2冊もよこしなさい」


「お願いします!」


 こうして、スムスさんによって表紙のカビは綺麗さっぱりなくなった。



*   *   *



 カビ取りの代金はいらないと固辞されたので、俺とライカはスムスさんとレーナちゃんにお昼ご飯をごちそうすることにした。

 時刻は1時になったところで、少し遅いのだが、2人ともまだ昼食を食べてなかったという。職人あるあるだな。……俺も気を付けよう。

 今日のお昼はラスクにした。


「甘くて美味いな。レーナはこんな美味いものを毎日食べていたのか」


「ねー、おいしいよね!」


 パンから作った方はキルデベルトさんに全部食べられてしまったので、パンの耳の方である。これも十分美味しい。

 食べながら、スムスさんのスキルの話を聞いた。


「俺のこのスキルは加減が難しくてな。昔は失敗ばかりしてたよ」


 綺麗にしすぎると、染めた色まで落ちてしまうのだという。やっぱり、職人技といっても苦労しているんだな。俺も、スキルをもっと応用できるよう、頑張ろう。


「でも、おかげさまで助かりました」


 本当に、この世界は一般的な技術の普及は遅いが、こうしてスキルが役に立っているわけだ。

 スキルは公害も出さないし、二酸化炭素も出ない。クリーンな技術だよな。

 公害や環境破壊が問題になっている俺の世界を見て、女神様はこっちの世界は同じ轍を踏まないようにという意図を持っているのかもしれない。



「また何かあったら相談してくれよ」


 そういってスムスさんは帰っていった。レーナちゃんはそのまま残って、ライカと遊んでいる。

 俺は本の修理の総仕上げだ。革の表紙に、保革油を塗り込むのだが、


「こいつを使ってみるといい」


 とスムスさんから貰ったワックスを塗ることにした。

 油分は少なめでロウ分が多く、撥水・防虫効果があるそうだ。

 塗って磨くと、しっとりした艶が出て、高級感漂う本となった。



*   *   *



「おお、これは予想以上の仕上がりですね、シュウさん、さすがです」


 こうした仕上がりにセバスシャンさんも大満足してくれた。

 やっぱりお客さんが喜んでくれると、直した甲斐があるってものだ。

 俺のKPも450に増えていた。

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