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第36話 先送り

 『ゴムの押し出し器』を使ってゴムの丸棒を作り、そこへスキルで穴を空けるという俺の計画はうまくいった。

 直った聴診器を見て、


「これって、何に使うんですか?」


 と尋ねるライカ。うーん、まだちょっとぎくしゃくしているな。それは、俺もか。


「これは、こうして……」


 聴診器の二股になったゴムの先を耳に入れる。こちら側の部品はなかったから、ゴムを二重にし、角を丸めてある。


「こうすると、心臓の音がよく聞こえるんだ」


「そうなんですか? ……じゃ、じゃあ、私の心臓の音を聞いてみてください」


 ライカはそう言って、襟元を緩めた。おいおい……。も、もう少しでその下にあるふくらみが見えそうなんですがそれは。


「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」


 俺は聴診器の先を、ライカの胸部の上に当てた。


「ひゃん!」


「あ、冷たかったか、ごめん」


 聴診器の先は銀合金か何からしい。熱伝導がいいので冷たいんだよな……。

 それでも、物が小さいからすぐに体温で温まる。


「ど、どうですか……?」


「う、うん」


 どくん、どくんというライカの鼓動が聞こえてきた。……かなり速い。いや、きっと俺の鼓動も……。


「す、少し速い……かな」


「そ、そうですか」


「う、うん」


 そして俺は聴診器をテーブルの上に置き、ライカの顔をじっと見つめた。


「ライカ……」


「シュウ、さん……」


 どちらからともなく、手を差し伸べ、指先が触れそうになった、その時。


「ライカ! シュウさ~ん!」


 勢いよくドアが開けられ、ローゼさんが入ってきた。

 俺とライカは反射的に身を離し、背を向け合って立つ。


「あ~、よかった。シュウさん、戻ってきたんですね。そうですよ、いつまでも拗ねていちゃ駄目ですよ~。ライカも、もう少し素直になって、気持ちをちゃんと口にしないと、伝わるものも伝わりませんよ~」


 と、今更のお小言をいただいてしまった。


「ほらほら、2人とも、こっち向いて。手を出して。……そうそう。はい、これで仲直り~」


 ローゼさんは、背を向け合っていた俺たちを向き合わせ、手を取って握手までさせた。


「ライカ、復唱してください~。『シュウさん、ごめんなさい』……はい!」


「シュ、シュウさん、ごめんなさい」


「はい、よくできました~。では、シュウさん。『ライカ、悪かった』……はい!」


「……ライカ、悪かった」


「はい、よくできました~。これでお2人は元通り。それでは仲よく暮らしてくださいね~。私も、忙しい身ですので、それではまた~」


 そう言い残し、ローゼさんは店を出て行ってしまった。


「……」


「……何て言いますか、あの子、天然ですから」


 うん、わかる。天然最強。

 俺とライカは毒気を抜かれたまま、夕食の支度を始めたのであった。



 *   *   *



 翌日。

 お昼ちょっと前に、セバスシャンさんがやってきたので、直した聴診器を見せる。


「おお、さすがですね。『聴診器』と言うのですか。……ふむ、なるほど。心臓の音を聞くための道具であると」


「そうです」


 心臓に欠陥があると、音が不規則になったり、聞き慣れない音が聞こえたりする……はずですと、簡単に説明をした。


「なるほど、そう使うのですか。さすがは『使徒』のシュウ様ですね。ありがとうございました」


 そう言って、セバスシャンさんは代金を置いて帰っていった。


 もうじきお昼になるところで、キリもいいので昼食にする。

 食べながら俺とライカは、


「終わりましたね」


「ああ、終わった」


 ……と、今回の騒動を振り返っていた。

 元を辿れば、今回ライカと俺が口喧嘩したその発端となった……と言えなくもない依頼を無事完了でき、ほっとすると共に、改めてライカとの関係を真剣に考えなければならないな、と思った。

 できれば『女神様』にも相談したいしな。ここと俺の世界とを行き来できるなら全く問題ないんだが、戻ってそれっきりだと……いろいろ辛いだろうし。

 俺は何としても戻って借金を返し、妹と弟を進学させてやりたいし。

 いくらこの世界にいる間、元の世界では時間が経たないからとはいえ、こっちで俺がどうかなったら詰みであるし、いつまでも居続けるわけにも行かない。

 ああ、悩ましいぜ。


 考え倦ねた俺は、(両刃もろはの)必殺技、『先送り』をすることに決めた。

 すなわち、結論を出すのはもう少し先にすることにしたのだ。


「……表の掃除をしてくる」


 食事を終えた俺は、箒とちりとりを手に外へ出る。考えがまとまらないときは少しでも身体を動かしている方が気が紛れる。

 こっちにも春の嵐という気象があるのか、ここ数日風がやや強い日が続いていたので、町中が埃っぽい。せめて店の前だけでもと、俺はせっせと掃除をしていった。

 と、一軒おいたお隣の玄関のところで、女の子が泣いているのに気が付いた。確か名前は……そうだ、レーナちゃんだ。

 確かお父さんと2人暮らしだった。で、そのお父さんは鞄職人なので、なかなか娘であるレーナちゃんに構ってやれないとライカに聞いた気がする。


「レーナちゃん、どうしたの?」


 俺はしゃがんでからレーナちゃんに尋ねた。子供と視線の高さを同じくらいにするのは、話し掛けるときの常道なのだ。


「……が」


「え?」


「アリアが……こわれちゃったの」


 そう言ってレーナちゃんは、胸元に抱いていた人形を見せてくれた。25センチくらいの大きさで、お姫様みたいな格好をしている。


「ああ、これは……」


 調べてみると、木でできた人形に布の服を着せたもののようだが、腕と脚が1本ずつ取れてなくなってしまい、頭ももう少しでもげそうにぐらぐらしていた。

 これなら直せるな、と思った俺は、


「レーナちゃん、俺が直してあげるから、泣くのはおやめ」


 と言って頭を撫でてあげた。……今の日本なら、下手すると捕まる行為だな。


「ぐすっ。……ほんと? おにいちゃん?」


「ああ、本当さ。さあ、うちへおいで」


 そう言って俺は、レーナちゃんの手を引いてマイヤー工房へ連れて行った。案の定、ライカにどうしたのか尋ねられたが、これこれこういうわけと事情を説明したら、


「そうだったんですか。確かにレーナちゃんのお父さんは鞄職人さんですからいつも忙しいですものね」


 と言って、レーナちゃんを椅子に座らせ、甘くしたミルクを入れてやっている。

 そこで俺は、レーナちゃんの相手をライカに任せ、人形の修理をすることにした。


 人形は、ある程度関節を動かせるようになっていた。そうしないと服を着せられないからだ。

 いったん服を全部脱がせてチェックしてみた。


「ははあ、腕と脚を胴体につなぎ止めているのは針金か。何度も曲げ伸ばししたせいで折れちまったんだな」


 折れた針金を取り替えてやればいいだろう。と、その前に、全体的に汚れていたので、拭いて綺麗にしておく。

 そしてなくなった腕と脚は、適当な木ぎれを見繕い、削って作る。そこへスキルで針金がちょうど通る穴を空けるわけだ。

 針金を通した腕と脚を胴体に取り付ければ完了。もげそうな頭は、針金を交換すれば大丈夫。

 服を着せて完成だ。


「レーナちゃん、直ったよ」


「えっ? わあ……ほんとだ……おにいちゃん、ありがとう!」


「どういたしまして」


 直したものを受け取って喜んでくれる顔を見ると、修理屋をやっていてよかったと思う瞬間だ。それがこんな幼気いたいけな女の子の笑顔なら、なおのこと。


「……むぅ」


 ライカが何か言っていたが、俺の耳には届かなかった。



 *   *   *



 この日の午後は依頼もなかったので、ライカはしばらくレーナちゃんの相手をしていた。俺はと言えばプリン作りだ。

 そして午後3時少し前、


「こんにちは」


「おにいちゃん、おねえちゃん!」


 トスカさんとターニャちゃんがやって来た。

 そしてターニャちゃんはレーナちゃんを見て、少しびっくりしていた。こうしてみると、レーナちゃんの方が1つか2つ年下に見えるな。

 ターニャちゃんは年上の貫禄? なのか、


「こんにちは。あたし、ターニャ」


 と、レーナちゃんに挨拶をしているし。レーナちゃんもそれに応えて、


「こ、こんちは。あたし……レーナ」


 と挨拶を返していた。

 次いで、ターニャちゃんはレーナちゃんが抱いている人形を見て、


「あー、かわいいのもってるのね。いいなあ」


 と、女の子らしい正直な感想を漏らしていた。

 そこへ俺は、


「いらっしゃい、ターニャちゃん。はい、プリンだよ。レーナちゃんも、どうぞ」


 と言って、ターニャちゃん、トスカさん、レーナちゃんの前にプリンを置いた。


「わあ、おにいちゃん、ありがとう!」


 ターニャちゃんはさっそく食べ始める。

 それを見てレーナちゃんもスプーンを手に取った。そして俺とライカの顔を交互に見るので、


「どうぞ」


 とライカが微笑むと、レーナちゃんは『いただきます』と言って遠慮がちに食べ始めた。だが、それも一口目を食べるまで。


「……あまい!」


 プリンの味が気に入ったとみえ、二口目からはターニャちゃんに負けず劣らずの速さでぱくつき始めたのであった。


 プリンを食べ終わった2人は、レーナちゃんの人形で遊び始めた。

 思いがけなくできた友達に、ターニャちゃんは上機嫌だし、いつも1人遊びをしているらしいレーナちゃんもにこにこだった。

 2人は夕方、ターニャちゃんが帰る時刻までずっとはしゃぎながら仲よく遊んでいたのだった。


「またねー、ターニャちゃん」


「うん……レーナちゃん、また」


 すっかり仲よくなった2人だが、ターニャちゃんは帰らなくてはならない。

 でも、同年代の友達ができたターニャちゃんは、とってもいい笑顔で手を振っていた。

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