第34話 スキルの成長
『研磨』の依頼が一段落付いたのは、春もたけなわとなった頃だった。
「もうシュウさんは、すっかりこの町の重要人物ですね」
「ええ……それはないだろう?」
ライカがおかしなことを真顔で言うので、一応否定しておいた。
「もう……ほんと、シュウさんは自覚がないんですね」
「まあ、多少貢献はしたと思うけど、重要人物とまではいかないだろうさ」
「そんなことないんですけどね……」
そんなとき、来客があった。
奥にいたので遠目に見ると、やってきたのは初老のヒューマン……ああ、柱時計を持ち込んだ人だ。確かセバスシャンさん。
「いらっしゃいませ」
ライカが応対している。俺はお茶を持っていくか。
と思ったら。
「シュウさん、お客様がお呼びです」
と言われたので、急いで相談コーナーへと向かった。
「は、はい」
「シュウさん、昨年は柱時計の修理、誠にかたじけなく。主人も大変満足なさっていらっしゃいました」
「あ、ど、どうも、光栄です」
「それでですね、本日は、これを修理していただきたいのです」
そう言ってセバスシャンさんが出したのは……。
「『西の遺跡』から見つかったものです。シュウさんは『女神様の使徒』でいらっしゃるそうですね。なら、これが何かおわかりでしょうか?」
それは、『聴診器』と思われるものだった。ただし、ゴム管がないが。
そう告げると、
「おお! やはりおわかりでしたか。でしたら、修理をお願いできますでしょうか」
「わかりました。お引き受け致します」
ゴムの管さえあれば、『聴診器』は修理できる。そしてゴム管にも心当たりがあった。そう、『失敗ゼリー』改め『シリコーンゴムもどき』である。
一応、四日間の猶予をもらった。
「それでは、よろしくお願いいたします」
セバスシャンさんを見送った俺は、さっそくゴム管製作に取り掛かることにした。
「とはいえ、どうやって作ろうかな……」
真っ直ぐな心棒の周りにゴムをくっつけ、後で心棒を引き抜く……うーん、絶対ゴムが凸凹になるだろうな。
それじゃあ……ところてん式にゴムを押し出して丸棒を作って、俺のスキルで穴を空ける……できるかもしれないな。候補に挙げておこう。
あとは……型を作ってゴムを流し込む……か。
元々俺は修理屋であって、一から物を作るというのは専門外なんだよなあ……。
ここは、スキルに頼るしかないかもしれない。つまり、ゴムの丸棒に穴を空けるんだ!
普通ならとんでもない製法だが、俺のスキルは素材を選ばない。硬い物に穴を空けられるなら、柔らかい物にも空けられるはずだ。そしてスキルなんだから、直径だけでなく、穴を中心に空けることも……。
まずは実験だ。
適当な端材を『木工旋盤』で丸棒に加工する。直径2センチ、長さ18センチの丸棒ができた。
「これに、『《スキル:人間工具 加工レベル1》』!」
イメージを明確にすれば、精度が上がる。これまでいろいろ加工してきて気付いたコツだ。
「う……時間が掛かるな……」
精度はイメージで向上したが、加工速度は相変わらずハンドドリルで穴空けをするくらい。それはどうやっても変わらなかった。
20秒ほど掛けて穴が空いた。精度は……うん、上出来だ。ちゃんと中心に綺麗な穴が空いていた。
「曲がった穴を貫通させられるのだろうか?」
次の実験はこれである。
『木工旋盤』で加工した丸棒を、火であぶって軽く曲げたものの中心に穴が空けられるかどうか。
「イメージ、イメージだ……」
自分に言い聞かせ、実験開始。曲がった丸棒の中心に貫通穴を空けるイメージ。それを穴が空くまでの数十秒。これが結構きつい。
なんとか貫通させた穴を見て、
「やった! 成功だ!」
つい大声を上げてしまった。
「な、何ごとですか!?」
厨房で昼食の支度をしていたライカがびっくりして顔を出した。
「ああ、ごめん。ちょっと実験していて、それがうまくいったので嬉しくてつい……」
と、理由を説明すると、
「わあ、そうなんですか? スキルの熟練度が上がるとできることの幅が広がる、と聞いたことがありますけど、実際にできた人って知りませんから、シュウさんはすごいです!」
と、いたく感心されてしまった。……少し照れる。
とにかく、これでなんとかゴム管を作れそうな気がしてきた。
『ゲルの素』と『フトウ水』を混ぜ、固まる前に丸い穴の空いたシリンダーに詰め、ピストンを押せば、ゴムの丸棒ができる。
『ゴムの押し出し器』はドワーフの職人、ドドロフのおっちゃんに作ってもらうことにした。
昼食後、大急ぎでおっちゃんの工房へ向かう。
「ボウズはいつも唐突に仕事を持って来やがるな。まあ、面白いからいいんだが」
文句を言いながらもドドロフのおっちゃんは引き受けてくれる。あとでライカから聞いたが、ドワーフの職人は、面白そうな仕事に目がないのだそうだ。
だから定型仕事より俺が持ち込む厄介な仕事を引き受けてくれているのか。ありがたやありがたや。
さすがにその日中に完成は無理なので、翌日受け取りに行くと約束した。明日は差し入れの酒を持って受け取りに行くことにしよう。
* * *
マイヤー工房に戻ったら、ちょうどお客さんが来たところだったようだ。
「あ、シュウさん、お帰りなさい。……この者が、当工房の修理職人でございます」
ライカは、きらびやかな服を着た中年の貴婦人の相手をしていた。横には使用人か付き人らしき人も控えており、お金持ちの奥様といった雰囲気だ。
「職人のシュウと申します」
俺は自分でも名乗り、お辞儀をした。
「あら、あなたが有名な修理職人のシュウさんね」
「は、はい」
「今日は、これを見ていただきに来たんですのよ」
貴婦人が取り出したのは、綺麗に装飾された丸い筒状の物だった。片方の端には曇りガラスがはめ込まれており、もう片方の端には小さな丸い穴が空いている。
「『覗きからくり』かと思ったのですが、違うようなんですの。あるいは、壊れているのか……」
俺は断ってそれを手に取ってみた。丸い穴を覗き込んだが、反対側の曇りガラスが見えるくらいだ。
軽く振ってみるとシャカシャカ音がする。曇りガラスのはまっている側に、何やら入っているようだ。明るい方に向けてみると、色とりどりのガラス片、あるいは宝石の欠片が入っているようだった。
「どうでしょう? 直せますかしら? それ以前に、これが何かおわかり?」
少し不安そうに、貴婦人に尋ねられたので、
「おそらくは、大丈夫だと思います。これが何か、ですが、今お話ししますか? それとも直ったときにご自分の目でお確かめになりたいですか?」
と、言ってみる。こういうものは第一印象が大事なので、前もって何か知っているよりも、サプライズ的な出会いの方が素敵じゃないかと思ったのだ。
「あら? その口ぶりだと、これは素晴らしいものなのですね? いいですわ。直ったら教えてくださいな」
「承りました」
2日後にお渡しできます、と言って預かり証を渡すと、貴婦人は付き人にそれを持たせ、お願いしますわね、と言って工房を出て行ったのだった。
「シュウさん、これが何かわかるんですか? 望遠鏡じゃないですよね?」
望遠鏡があるのか、この世界。……まあライカも眼鏡を掛けているからレンズはあるわけだし、2枚のレンズで遊んでいれば望遠効果に気が付くか。
俺は筒を調べ、片側が蓋になっていて外せることを確認した。
そしてそっと外してみると、中からきらきらした破片が出てきた。鏡の欠片だ。
「やっぱりな。これは『万華鏡』だよ」
「まんげきょう?」
「そう。……あとは、直ってからのお楽しみだ。あ、鏡ってどこに売ってるんだろう?」
「鏡、ですか? ガラスの?」
「うん」
こっちの世界の鏡は、ガラス製と金属製がある。ガラスは現代日本でもお馴染みなもの。金属製は古代に使われていたような、銀や青銅を磨いたものだ。
「それでしたら雑貨屋さんに。平らなものは少しお高いですけど」
ガラスの平面を出すのに、丁寧な磨きを必要とする鏡は高価だった。
銀鏡ももちろん高価。青銅(銅と錫の合金)鏡はもう少し安価であるが、やや赤みがかっていて色再現性が劣る。
「そんなに大きなものはいらないから、なんとかなるだろう」
時刻は午後4時。もうターニャちゃんもトスカさんもシーガーさんも来ないだろうから、少し早いけれど店を閉めてライカに案内を頼んで雑貨屋さんへと向かった。
「そういえば、俺は雑貨屋って行ったことなかったな」
「シュウさんはあまり用のないお店ですものね」
「そうなのか?」
「ええ」
その理由はすぐにわかった。
「こ、これは……」
雑貨屋というのは、要するに女性向けの小物を扱っている店だったのだ。そりゃあ、俺には用がない店だよな……。
数名いるお客は全部女性。かなり居心地が悪い。
「シュウさん、鏡はこちらですよ」
ライカに呼ばれたので、俺はいそいそとそちらへ向かった。
「これですね」
「なるほど……」
板ガラスの片面に金属を塗ったものが幾つか並んでいた。
どうやって塗ったのか、興味はあったが、おそらく店の人に聞いてもわからないだろうと、この場は諦めた。あとでドドロフのおっちゃんにでも聞いてみよう。
無骨な長方形のものを1枚買う。大きさはA4サイズくらいで800マルス、日本円で約8000円もする。まあ今の経済状態なら買えない値段ではないので、それを1枚買って帰った。
* * *
「ええと、この大きさなら、2つ3つ作れるな……」
A4サイズ(くらい)の鏡なので、依頼された万華鏡の修理に使っても半分以上余ることになる。
とはいえ、最優先事項は依頼された万華鏡だ。
万華鏡は、3枚の細長い鏡を正三角形になるよう組み合わせ、一端に色とりどりの色紙やビーズを入れ、反対側から覗く玩具である。
鏡に反射して様々な模様が現れる。まさに千変万化なのだ。
「いやあ、このスキルは便利だなあ」
《スキル:人間工具レベル3》は手刀で物質を切断できる。脆いもの、軟らかいもの、硬いもの、材質は問わない。ガラスの鏡も切れてしまう。
切断面は《スキル:人間工具レベル4》で研磨。これは掌で研磨できるというもの。
ガラスの鏡の切断面で怪我をしないよう、僅かに丸めておく。
次いで同じ大きさにきっちりと合わせ、一度筒の中に入れてみた。
「お、よしよし」
がたつきもなくうまく入ったので一旦取り出し、今度は《スキル:人間工具レベル2》で接着だ。
右手の指と左手の指で撫でた面を一定時間内に合わせると接着できるのだ。
「うんうん、うまくいったな」
蓋をはめ込んで完成だ。筒はおそらく真鍮製に金めっき。めっきを落とさないように汚れを落とせば、金色の輝きが戻った。
「完成だ」
覗き穴を覗きながら、明るい方に筒を向ける。
「おお、綺麗だなあ」
色とりどりの宝石の欠片が見事な模様を見せてくれた。
「おーい、ライカ!」
ライカを呼んで、完成した万華鏡を見せることにする。
「あ、直ったんですね」
「直ったよ。こうやって覗いてごらん」
俺はライカに万華鏡を渡した。
「ええと、こうですか? ……わ、わあ! これ、なんで……あ、模様が変わりました!!」
はしゃぐライカ。
こっちの世界はこうした玩具がないらしく、ライカはそれから15分くらい、万華鏡を放さなかった。
このおかげか、KPは430に増えたのである。




